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東京大地下道

作者: 雉白書屋

 夢を見ていたわけじゃない。現実見つめ、定職求め故郷を離れ着いた先は大都会大東京。

 初めはうまく行ったが水が合わない人と会わない。孤独蟲毒。叱責嘲笑。田舎者だからというのは、ただの自虐。合わなかったのは自分の問題。能力不足。それがわかっているから、なお苦しい。

 責められ責めて心を病み都落ち。実家に出戻り早数年。流れぬ水はやがて腐る。臭い臭いと家を追い出され行き場をなくし、縋りついたのは、ある時、曇った眼にただ映した、あるニュース映像。

 東京には居所をなくした者たちが集う場があると。それが、やけに心に残っていたのは羨望か。

 刹那的享楽主義者の集まり。先行きは明るくない。そうだと薄々わかっていても下手糞、青色に染めた髪、落ちない指の汚れをそのままに再びの都上がり。夜の繁華街へ背を丸め震えながら足を踏み入れる。

 そこにあったのは煌びやかとは言えないが、光。月明り、星明りを退ける外灯、看板の光。地べたに座る者たちが見上げるのはビル群、ホテル、スマートフォンに映る自分の顔。

 月を想う心なし情緒なし。騒ぎ、騒ぎ、手首切り、青い薬をイチゴミルクに溶かし流し込む。

 詩も音楽性の欠片もない喧騒に載せ、煽り酒呷り。品性の欠片もない笑い声が飛び交い、嘲笑われていると思うのは被害妄想でもない。

 きっと、もう彼らのようには笑えないだろう。

 先程、駅のトイレの鏡で見つめた自分の像を頭に浮かべ彼らと見比べ、自分の若さがとうに失われているのだと彼は知る。

 自分以外にも若者という枠からはみ出た男の姿はあるが、敷いた段ボールの上に座り壁に背をピッタリつけ置物に徹してまで、その場に在りたいとする哀れ傘なし地蔵と、膝を折り曲げ目線を合わせ猫なで声で買春交渉の男。

 その指で示す札の数。「どうだ。明るくなったろう」燃やすほどの財はない。身を削り、その身を焦がすのは男も女も同じか。お先真っ暗。一瞬でも火が灯れば儲けものか。

 喧騒に怯え、逃れ行き着く先はどこだろうか。


 ――落ちる。


 転落人生。そのことではない。路地裏を行く足。ゴキブリを避ける足。見たことのない大きなネズミに慄き、踏んづけたビニールゴミから足を離し歩け歩け、夜は短し。どこへと考え自分に問うも、どこへも行けない。

 とりあえずとりあえずと下を向いて前へ前へと進み、ふと顔を上げ、路地の向こう側、雑踏に目を細め、やがて閉じたその時。その身は意識は暗闇へ。落ちた落ちた。


 しばし経ったか、目を開け今やどこともつながらないスマートフォンを掲げ辺りを照らす。

 壁と壁。通路に立ち、見上げるも上に光はなし。ここは下水道か。ネズミの影はあれど水の音はなし。ただ湿った空気と臭気に鼻をすする。とりあえずとまた歩く。やがて開けた場所へ。目を見開き、声を漏らす。

 逃れ逃れ、辿り着いた先は東京大地下道。

 奥行き見えず、無限の闇。ここは旧陸軍の地下壕か。

 立ち尽くし見つめる暗闇の先。ぽつりぽつりと灯りが見える。今ふと思った蛍の光とは、あながち間違いではない。近寄り、近づいて来るはどこか安心感のある姿。

 そのくたびれた様はかつてこの東京で敗れ、逃げようと思ったいつかの日の晩の自分によく似ていた。


 闇に浮かぶいくつもの青白い顔。笑みを溢し、かわす挨拶。やがてカンテラの灯りに蝋燭の火。彩られていく空間。

 さながらラーメン、おでんの屋台、果ては縁日の雰囲気に心和む。平和平和。薄い酒飲みかわし、軽い言葉で胸を満たす。



 淀む東京大地下道。ここは『地下道』つまり『道』

 留まればどこへも行けず。止め病み闇の中。

 時忘れ姿忘れ享楽陥落、泥の底。もはや身を任せる流れもなし。

 腐り鎖、縛られたそこは幽獄。天国地獄行き場はなし。

 されど幸せならそれでいいじゃないか。そう笑い、哂い、己を嗤う。

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