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神樹神䛡大繋・神樹幻想秘話

神樹幻想秘話 幻想の刃

作者: アリス法式

神樹神話体系‐異伝‐ 2作目




「神を殺すのに必要なモノを知っているかい?」


そう言って嗤うその――――に、背筋に走る怖気を抑えながら私は首を傾げることとなる。


「浅学のためわからないのですが、単純に良い刀とかでしょうか?」


「なら、何をもってそれを良い刀と成すのかい?」


「……禊された神刀とか?」


「ふむ、確かに間違いではない。古式豊かな宝剣であれば傷くらいは入れられるかもしれない。ただね、今回の命題は神の殺し方だ。

物があっても、それを扱える格を持つ者が果たして何人いると思う?」


「……あ」


時にこの――――は、当たり前のように真理を語る。

人の形を真似た悍ましい――――でありながら、人の世を語る――――には、込みあがる吐き気を抑え込むのに苦労する。


「だから、私のようなものがいるんだよ」

「僕とて、望まれたモノ」

「俺のようないぶつであっても、世界は許容する」

「我々にも成すべきことがあるからね……」


嘗ての当主達は何を思ってこんな――――を産み落としたのか。


「それで、何をもってあなたは神を殺すのですか…?」


「幻想だ」


「…げんそう?」


「そう、神秘を殺すのは科学、などとよく言うが、神秘をもっと効率的に殺すのは幻想だよ」


――――め。


「なんせ、幻想とは願いそのものだからね

真理など解き明かさなくても、願いの重たさに潰されて、磨り潰されて神秘は朽ちる

そこには、神剣も神刀も宝剣もいらない

あくまで、その想いを受け止める器があれば、そして、それを振るに足る格さえあれば、あっさりと神は死ぬのだよ」


初めて合った目は、ひどく澄んでいた。

まるで、深淵を称える湖畔の一滴。墨一つ零れたどこまでも暗く重い純粋なまでの狂気。


「………だから、お前たちはそこで見ていろ、くだらない意地と、矜持で神を穢した愚か者ども。

古き者どもは、力あるゆえにそこに在ることを許されている。

その意味すら知らず、汲み上げようとせず、傲慢にも傷をつけた愚か者どもの後始末をしてやろうというのだ。

我も少々気が立っている」


カタリ語り騙りと音を揺らし進んでいく――――には、すでにまともな形を留める気すらないようだった。


「人に人の理があるように、獣にも獣の理がある

傲慢な人などには理解できないだろうがなぁ」


ひたり浸りヒタリと音を奏で消えていく――――。

私はいつまでこの場所に囚われているのだろうか、只の仕事のはずだったのに、それが随分と大きく歪になってしまった。

吐き出したため息は、大きく響き、虚空へと消えていった。





「で、どうするというのだ」


不機嫌そうに吐き出されたその言葉に、頷く者達。

各々がみな不機嫌といった気配を纏い他の者らを睨む、年はそれぞれ年かさの者ばかりであった。


「あの異形の蛇は動かぬからこそ意味がある

動いてしまえば対処するしかあるまい」


「すでに周囲は結界で封じた、あとは静まれば終わりだが、厄介なことに今回の不始末者は表の者だ贄として差し出して終わりとはいくまい」


「…ならばどうする」


すでに、同じ会話は三度巡り、この場にいる者達すら終わることの無い問答へ辟易としていた。


「彼奴等に話を通すしかあるまい、異端なれどあれでも管理者の一端だ否とはいうまい」


「……はやく、その結論がでていればねぇ」


背筋にて熱した鉄棒でも押し込まれたような怖気が走った。

一同の視線は声の基へと集う。

男であるか、女であるか曖昧なその気配、人であることは確かだが揺らめく陽炎のような重圧と、見上げるかのような重しが彼らの体を圧迫していた。


「あれは、すでに殺すと決めて動き始めたよ」


「な、世界の理を歪めるつもりか!」


「あれにとって、それはあくまで人の理だよ。終わらせてやることこそが摂理だと定めたようだね」


「バケモノが摂理を語るか!」


ずんと重みが増し、空間の温度が数度下がったような気がした。


「理が違うからこそ、あれは人なんぞよりよほど越えてはいけない境界に敏感だよ。今回の件においては寧ろ傷ついた獣自身が望んだからこそあれは動くと決めた。

同じ摂理に動くモノたちを好んで殺すほど、あれは狂っていないからね」


声を荒げた彼は、刺し殺すような殺気に縫い留められていた。

この場にいる以上、荒事は人以上に熟してきたが、向けられた殺意はまるで路傍の虫けらを踏み潰すかのような冷酷鋭利なものであった。


「これは、お願いではない、我々からの通達だ

すでに、あの古き神々を殺すと我々は定めた、それによって揺れ動く土地を鎮めること、それがお歴方ができる唯一のことだよ」


「…っ」


一方的な言葉のみ残して、それは空間から姿を消した。

流れ出る冷や汗に顔を顰め、それでも己を定める矜持を杖に背筋を伸ばす。

周りの者も皆、似たような状態であった。


「……そろそろ、潮時かもしれんな」


数人、居並ぶ中で武闘派といって良いものだけが涼、しげな顔で背筋を伸ばしているのを横目に眺めながら、彼は変わりゆく世界に思いを馳せる。

すでに、世界は人の手を離れ徐々に加速を始めていた。

次元が変わる、摂理が変わる。

バケモノとはいえ、人の成りをしたあれが神を殺すのだ。

すでに知覚できなく生りつつある真理に眉を顰めながら、彼は世界が変わることに思いを馳せた。

その先を見れぬことを悔やみながら、しかし、それ以上にようやく手放せる重石の降りた肩がやけに軽く感じられた。


「…うむ、帰って孫とでも戯れるか」


一人、また一人と摂理の階梯を堕ちていく、残るのは人ならざる者たちの世界を許容した者のみ。

元来、どこか摂理から外れていた者たちのみであった。


「世界が、変わるか…」


「いや、回帰するだけよ、嘗ての秩序の元に」


数名の言霊を残して、界は閉じられる。

新たな編纂の元へ―――。




「…始まったか」


境界となる儀式場を越えて、荒ぶる異形の蛇の座する地へと踏み込む。

かの蛇を長い年月慰撫し続けた古き獣が、今回の事の発端だった。人が持ち帰ってしまった土地から零れ堕ちた遺物が、かの獣が由来するものだったのは何の因果か。

嘗てこの土地に住まう者たちは、荒ぶる蛇を畏れながら、それ故に戯れに蛇を構い鎮める獣を崇めた。

その関係を、その在り方を理解せずとも、嘗て土地と共に住まう者たちは古きモノどもを自然と敬って生きてきたのだ。

それは、住まうものが居なくなっても変わらず、嘗ての願いは土地に絡みつき彼らは二身にして土地の守り神として知られずに存在し続けた。

人がいなくなれば自然が還り、代わりに獣が住み着く、住人こそ変われど住まう者たちにとって土地に流れる願いは変わらず蛇を鎮め、長らく獣はその地に在った。

土地の願いを受けた遺物は、自然と土地へ還ろうとする。

例え、その拾い主を傷つけてでも。

土地と人との認識の乖離。

世間一般によく起こる、神社やお寺に持ち込まれるお祓いとった業務の大概はその認識の差から起こることがほとんどだった。


今回の、事の発端もその一つ。


『斬ってはいけないものを、斬り祓ってしまったかもしれない』


若い退魔士の元に持ち込まれた遺物を、彼女は、注意深く祓った。

準備をし、丁寧に、願いを込めて。

その、重みから生涯最高の一振りだったといってもよいかもしれない。

しかし、足りなかった。

理解していなかった。その向こうに在るものを、自分が何に傷をつけてしまったのかを―――。



『殺してくれ…』


異なる理とは、時に多大な毒なる。

その小さな傷跡は、獣の矜持と、そして、その格を貶めてしまった。

神に至ったものが貶められる、それは、世界の揺らぎをもって、現実へと波及する。

特に、その存在が自然に近しいものでああればあるほど、人の意思に関わりなくその傷は、時に災害として人の世に多大な被害を催す切っ掛けとなりえる。

だからこそ、嘗て人と共に生きた獣は、己の死を選んだ。

そして、己の死と共に解き放たれる異形の蛇の死を、望んだ。


「よいのか、私としては、それもまた人の業、それで人が滅びようと頓着せぬが」


『長く生きた、そして、最後を選んだ…、それでよい

一つ、蛇に伝えてくれぬか』


「…承わろう」


『待っていろと、また、絶対に見つけてやると』


「確かに、受け賜った」


異形が立つ。

獣へと背を向けて、抜身の刃に酒精を帯びて異形の主は舞い踊る。

まるで、最後の神楽の舞を―――。


そして、古き獣の意識は途絶えた。




―――「これは、神へと捧げる願い」

―――「向かう旅路に、幸あれと」

―――「願い、願し刃を振るう」


異形の蛇が堕ちる、二対の翼は根元から切り裂かれ、長き牙はすでに折られた。

対するは人の如き異相の異形。

振るう対なる刃は砕け、折れた角からはドクドクと命の灯を零れ落ちさせる。


想いは届く―――幸あれと。

――――の振るう刃が蛇の芯へと貫いた。

願を受けるのが、神ならば、真なる想いを振り払うことは出来ない。

故に神を殺すのは――――。






―――『願』―――


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