教師による個人戦
浅葱達3人は運動場の外側を歩いていた
これから始まる教師による個人戦を観戦するために、ちょうど良い場所を探していたのであった
「んむっ。これからやる個人戦……楽しみだな!」
「火継くん、歩きながら食べるの止めようよ……恥ずかしいよ?」
「ははっ、2人は相変わらず仲がいいね」
浅葱にそう言われた久遠は顔が赤くなり、否定する
火継は聞いていなかったのか、おにぎりを食べるのに夢中であった
そうして歩いていると、目の前に観戦にはちょうど良さそうな場所を見つけた
「おぉ、ここなら試合も良く見えそうだしちょうどいいな」
久遠はレジャーシートを広げ、3人はその上に座り始める
弁当を取り出し、久遠が蓋を取る
中は彩り取りな具材やおにぎりにサンドイッチ等豪華に積められていた
「ずいぶん豪華な弁当だね」
「うん、3人で食べようかなって」
「おー!これ久遠が作ったのか?ひとつ貰うぜ!」
3人が仲良く食べ始めると、そこに2人の人物が近付いてきた
「おいおい、先客がいるじゃねぇか。お前ちゃんと場所取りしたのか?」
「してないよ?」
「なんでだよ!」
浅葱たちはそんなやり取りが聞こえる方に顔を向けると、そこにいたのは柊右京と板風雨であった
「すまない、場所を取っていたのか」
浅葱は柊達に場所を譲ろうと、腰をあげる
しかし、そこですかさず柊が止めに入る
「いや、ここはみんなの場所だ。隣に座るが構わないか?」
「私は構わないが……2人は大丈夫?」
浅葱が2人を見ると、2人は「大丈夫」と頷いた
板風が隣にレジャーシートを敷き、2人は座り出す
板風が弁当の準備をしている間、柊は隣の浅葱達に話しかけていた
「この場所を選ぶとは、中々見る目のある1年じゃねぇか。センスあるぜ」
「それはどうも」
浅葱は素っ気なく返事をする
柊はフッと笑い、手に持っていた水を1口飲む
「お前か?高杉が言っていた浅葱って名前の奴は」
「そうだがアンタは?」
「俺か?俺は柊右京。副生徒会長で、個人戦に出る男だ」
「へぇ、アンタが出るのか」
浅葱は改めて柊を見る
軍服らしき服装を身にまとい、いかにも厨二病といった雰囲気を醸し出していた
自身の実力にそうとうな自信があるのか、堂々とした態度に浅葱は感心していた
「浅葱さん!そろそろ始まる見たいだよ」
その声を聞いた2人は運動場へと目を向ける
真ん中に特設のスタジオが設けられており、その中心には審判とおぼしき人物と向かう合う2人の教師が存在した
「あのスタジオはなんだ?」
浅葱は今まで見たことの無いものスタジオについて、柊に質問した
「あれはシミュレーションルームと同じ作りだ、変な装置はつける必要がない特別なシロモノだ」
「へぇー、そんなもんまであるのか」
火継が会話に入り込む
「そうだ……見てろ、始まるぞ」
皆が注目すると、ゴングが鳴り響く
それと同時に、教師は武器を持ち出した
「おい!武器使ってるぞ!」
「知らないだろうが、個人戦チーム戦は武器の使用を許可している。まぁ怪我を負わないからな」
「武器の使用が可能なのか……」
それを聞いた浅葱はひとり、考え込んでしまった
スタジオ上では教師2人が武器を用いて戦闘を行っていた
片方は長い剣を持ち、もう片方は刀を持っていた
「いいか、あの2種類の武器は人気だぞ。みんな使ってやがるから、特徴を掴めば勝ちやすくなる」
「他にはどんな武器を使っているんだ?」
「例えば銃器なんかもよく見かけるな。単純に強いが、強い奴らには効果は薄い。……もちろん、俺もその効果の薄い1人だがな」
ドヤーっと効果音が聞こえてきそうな自慢に、火継は華麗に聞き流していた
「ふふん。あの子才能あるね……リーダーをからかう才能が!あはは!」
面白がる板風が、笑いながら柊の肩を叩き始める
「そんなつまらん才能は捨てろ!」
柊は板風の手を強引に払い除ける
「……そもそもまともに訓練すらしていない人間が、まともに武器を扱えるわけがない。その点、そこで考えてるアンタは上手そうだけどな」
「まぁ、そうだな」
特に否定もせず、浅葱は答える
そうこうしているうちに、スタジオ内では教師が1人倒れ決着がついていた
勝った教師には拍手が送られており、負けた教師は満足気に下がって行った
「あ、次は先生が出るみたいだよ!」
久遠がスタジオに指をさす
そこには四星が立っており、試合前の準備運動を行っていた
「あのコートを着た奴がお前たちの教師か?」
「そうだ」
「残念だが、相手が悪い。お前ら担任の相手は去年、最強教師のグーテンといい勝負をした男だ。お前たちの担任は新任だろ?可哀想にな」
柊が「やれやれ」とため息を吐いた
四星の相手である男性教師、頭脳派のマリスンは内心ほくそ笑んでいた
(今年の私の相手は女性教師、それに新任ときている。申し訳ないが、黄昏学園の体育祭……洗礼を受けてもらうよ!)
そう考えていると不意に、四星から声がかかる
「今日はよろしく頼む」
四星は手を差し伸べ、握手を求める
マリスンはそれに応じ、握手を交わす
「私はマリスン。2年生の担任を務めている」
「あぁ、ご丁寧にどうも。私は1年の担任で四星だ。よろしく」
「あぁ、いい試合にしよう」
少し会話を交わしたあと、お互いに距離をとる
四星は拳を構え、マリスンは細身の剣を鞘から抜いた
「あの細い剣はなんなんだ?」
火継が疑問に思い、柊に質問する
「あれはレイピアだ。マリスンはあの細い剣を扱い、スピード重視で敵に攻撃を仕掛けるのが特徴的なんだよ」
「なるほど……でも私達の担任が負ける未来が見えないね」
「へぇ?それほどまでに肩を持つ理由は?」
浅葱はスタジオに指をさし、こう答える
「見ていれば分かるよ」
スタジオ内ではお互い構えを取り、審判による開始の合図を待っていた
「四星くん。戦いにおいて、最も重要な事はなんだと思う?」
「え?……圧倒的な力とかですか?」
「違う……違うのだよ四星くん。力だけではダメなのだよ。それを活かす圧倒的なスピード……速さが重要なのだよ!」
「始め!!」
試合開始の合図でマリスンは剣先を四星に向ける
「これは洗礼だ!うおおお、喰らえ疾風突きぃぃ!!!」
マリスンがそう叫んだ瞬間、彼は地面に寝転んでいた
すぐ隣には四星が立っており、マリスンを見下ろす
審判も含め、会場にいた全員が状況を理解出来ずにポカンとする
「なるほど、勉強になりますマリスン先生。あなたを見習って、私もスピード重視で決着を付けさせて頂きました」
そんなセリフを吐き捨て、四星はスタジオを後にした
地面に寝転がるマリスンは身動きを取れず、衝撃によって気絶していた
「し……勝者、四星!」
審判が高らかに勝者を宣言する
すると、会場は驚愕の声を上げ始める
「信じられない!あのマリスン先生を一撃で倒した!」
「おれ、動きが一切見えなかったよ!」
辺りでは四星の強さを初めて見た生徒たちによる感想が飛び交っていた
もちろん、それを見た柊と板風も同じである
「なんだよ今の……人間の動きか?」
「今の攻撃、速すぎるよー!もしかして……そういった能力者なのかな?」
「じゃなきゃ説明が付かねぇよ」
あまりの強さに2人が感心していると、横から自慢げに火継が割り込んでくる
「すげぇだろ、俺たちの担任は!」
「あぁ、確かに強い。だが、それだけではグーテンには勝てない。見ろ、次の試合はグーテンが出るぞ」
スタジオの上では既に次の試合の準備が行われており、そこには耳の長い人物が立っていた
「あの髪を結んだ耳の長いエルフの女だ。あいつがグーテンだ」
「亜人の教師か」
亜人とは、黄昏の地下に存在する空間に潜む異形の形をした者たちの総称である
十数年前に突如として見つかった巨大な穴、その先に広がる空間に潜む彼らを、我々は見つけた
とある人物の活躍により、亜人達との戦争は避けられ今は手を取り合って生きている
「亜人は俺達より身体能力が高いからな。それも含めて、奴の能力は正直反則だ」
試合が開始され、相手の教師がグーテンに切りかかる
グーテンは一切構えずに、抵抗するせずにざっくりと斬られてしまった
「うわ!け、剣が貫通して真っ二つに!」
「あぁ……私ダメかも」
火継は驚き、久遠は気絶してしまった
「あっ、気絶しちゃった」
板風がそっと頭を持ち上げ、膝の上に乗せる
次の瞬間、観戦側から声が上がった
何事かとスタジオを見た瞬間、驚愕の出来事が起こっていた
斬られたはずのグーテンが無傷で立っており、ナイフを刺された教師が倒れ込んでいた
「いったい、何が起こったんだ?」
浅葱が疑問を口にする
そんな独り言に乗っかるように、柊は答える
「簡単だ。攻撃がすり抜けた後、持っていたナイフで一突き。急所に刺さって一発KOだ」
柊がナイフで刺すような動作を行いながら説明する
「攻撃が通り抜ける……そういった能力なのか?」
「あぁそうだ。こっちの攻撃は通らず、相手の攻撃は一方的に受けるクソみたいな能力だ」
「なんだよそれ、ズルじゃねぇか!」
火継は吠える
四星が負ける場面を見たくない火継は、グーテンを指摘した
「後天性の能力者なんだろ。枠外の能力者ってのは大体がそんなもんだ」
柊は悟ったように、そう説明する
火継は自分の事のように悔しがっていた
しかし、浅葱は四星が負けるとは思っていなかった
(確かにグーテンの能力は透過だ。しかし、体力測定の時のあの不可解な攻撃。四星先生は何か隠しているはずだ。私の目では分からない何かを……!)
そんな考えているうちに、久遠が気絶から立ち直る
「かーっ、人が斬られるのを見た程度で気絶しやがって……」
「え?すっごい口調が変わってる……」
久遠が気絶したことにより、朱鷺が出てきてしまう
突然の出来事に柊と板風は驚き、困惑する
「あぁ、朱鷺。聞きたいことがあるんだが」
「なんだよ」
全く驚いていない浅葱が朱鷺に対して、2択を迫る
「四星先生とグーテン。どっちが勝つと思う?」
「四星だな。間違いない」
朱鷺は即答する
「それは何故だい?」
「アイツは能力を封じる何かを持っている。序盤に様子見なんてしないで全力でやれば負けないだろ」
その言葉を聞いた柊が朱鷺の肩を掴む
「能力を封じるだって!?」
「お、おう……それがどうした?」
突然の出来事に朱鷺は驚く
目を丸くして、柊を見つめていた
柊は「すまない」と一言謝罪し、ポツリと話し始める
「あまり他言しないで欲しいんだが。能力封じっていうのは、実はあまりいいものでもない。能力社会でもある黄昏において、それを封じる能力ってのは言わば危険因子なんだよ。最悪の場合、ブラックリスト行きだ」
柊はいつになく真剣に話す
しかし、そこで浅葱がつっこむ
「いや、先生は無能力者だよ。朱鷺の勘違いじゃない?」
「そんなことは無いはずだが……」
「とにかく、次の決勝戦を見れば分かるだろ」
柊がそう言うと、5人は再びスタジオへと視線向ける
既にスタジオでは優勝者を決める準備が整っており、真ん中にはグーテンと四星が向かい合っていた
「さっきの試合、見てたぜ!けど、勝たせてもらう!」
いつもの如く、四星は手を差し伸べる
しかし、グーテンは無言で身を翻す
開始の位置まで歩いて行き、開始位置に立ち止まると振り返る
「早く開始位置に着いたらどうた?」
冷たくそう言い放つグーテンに多少驚きつつも、四星は笑いながら歩いて向かう
お互いに距離を取り、開始の合図を待つ
四星は今か今かと待っており、それに対しグーテンはため息をついていた
(また、今年も勝ってしまうのか)
グーテンはそう考えていた
黄昏学園で教鞭を取り始め、体育祭の個人戦にも参加してきたが、彼女が負けることは無かった
透過の能力を持ち、亜人の身体能力によって誰も勝てなくなってしまっていたのである
(やはり、我が王しか)
そう思っていると、「おい」と不意に声がかかる
前を向くと、四星がグーテンに対して呼びかけていた
「言っておくが、負ける気は無いからな」
「そうか」
(あぁ、彼女も他の人達と同じ言葉を発するのか)
一切期待していないその言葉を受け取り、遂に教師による個人戦最終決戦が、ゴングにり始まろうとしていた