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黄昏学園物語  作者: 柊谷
1/15

始まりの日、入学式

窓から射し込む僅かな光に照らされた暗い部屋

ベッドや机、棚が置かれた簡素な室内に流れる異音

子鳥のさえずりが朝を告げるように忙しく鳴き続ける

安眠を妨害する様に、いつもと変わらぬ声で彼らは部屋主に呼びかける

しかし、当の本人は気にも留めず起きる様子がない


「うーん」


寝言を言いながら寝返りを打つ彼女

我関せずと道を貫く彼女に第二の刺客が送られる


ジリリリリリリ!!


大きなベル音が鳴り響く

部屋に広がる警笛は、彼女の耳をいとも容易く捉えた

「うるさっ…」とボヤきながら耳に手を当て、体を丸める

尚も止まぬ音はとめどなく、彼女を刺激する

耐えきれなくなった彼女は起死回生の一手を打つ

伸ばされた手は目覚まし時計を捉え、正確にボタンを叩く

カチッとなった目覚まし時計は動きを止め、あれほど音に支配された空間は静寂を取り戻した

もはや子鳥のさえずりなど些事に過ぎず、彼女を起こすにはあまりにも不十分であった

達成感を得た彼女は顔を綻ばせ、再び安住の地へと飛び去って行く

スヤスヤと寝息を立て、これ以上彼女を阻む障害や刺客は現れないだろうと、そう思い込んでいた時


「いい加減起きろ浅葱!」


そう彼女を呼ぶ声と共にドタドタと、階段を上がる足音がドアの隙間から聞こえてくる

一段、また一段と増えていく度に大きくなる音

遂にドアの前まで辿り着いた音の正体

丁寧に回されたドアノブはこの空間最後の砦を解錠し、侵入者を歓迎した

部屋に侵入した男は彼女に近寄り、布団を取り上げる


「さむっ」


布団を盗まれた彼女は目を薄らと開き、機嫌が悪そうに男を視界に捉える

ゆらゆらと体を起こし、目の前の男と敵対する彼女に構わず男は話しかける


「浅葱、今日から学校だろ?いつまでも寝ていないで早く下に降りてきてくれ」

「学校…?」


未だ目覚めない脳に与えられたキーワードが彼女の頭で反芻する

次第にその言葉の意味を理解していくと同時に、彼女の顔が青ざめる


「忘れてたぁぁ!!」


大きな声で叫び、急いでベッドから飛び降りる

クローゼットを開け、男の前などお構いなく制服を引っ張り出す


「お前…前日に用意していなかったのか?あれほど楽しみにしていたのに」

「そんな事より今何時!?」


姿見で容姿を確認しながら急かすように確認する


「今は7時半だ、早く降りてこいよ」


男はそう言うと元いた場所へと戻って行き、彼女一人が空間に取り残された

急いで着替え、簡単に身だしなみを整える


階段を降りリビングに向かう途中、男以外の話し声が聞こえてきた

二人は仲良く談笑しており、降りてくるであろう彼女を待っていた


「もう一人の声…待って、この声は!」


彼女は驚きつつも、時間に背中を後押しされリビングに通じる扉を開ける

廊下と繋がった先の空間にいた人物

先程の男はもちろん、対面の机にはブラウンのヘアカラーにロングヘアーをした大人しそうな女性が座っていた

彼女は浅葱に気付くとニコッとしながら手招きする


「おはよう浅葱ちゃん」

「何で姉さんがここにいるの!」


浅葱は驚きを隠せず、ドアの前で固まっていた

「ドッキリ大成功」と言わんばかりに笑う彼女と男

浅葱は納得がいかないまま、仕方なく席に着く


「目が覚めたか?」


男は笑いを残しながら、朝食を摂る浅葱に向かって問いかける


「当然。聞いていなかったんだから」

「ふふっ、サプライズ」


姉さんと呼ばれた彼女は終始楽しそうに話している


「話を戻すけど、何で姉さんがここにいるの?いつ戻ってきたの?」


彼女にとって当然の疑問であった

彼女の姉は今まで別の場所で生活しており、互いに連絡もあまりに取っていなかった為にこういった唐突な出来事に、浅葱は慣れていなかった


「今日はどうしても抜けられない仕事があって、昨日光さんに頼んだんだ」

「今日は浅葱ちゃんの母親として着いていくね」


食事していた浅葱の手が止まる


(え、実の姉が母親として一緒に学園に行く……?)


「変な事しないでね…」

「?。するわけないでしょ」


ハーっとため息を吐きながら、食事を進める


「こうしてみると夫婦みたいだよな」


男がポロッと言葉をこぼす


「浮気者」

「冗談だ」


そんな他愛もない会話をしつつ、浅葱は朝食を終え洗面台で最後の確認を済ませる


玄関に辿り着き、靴を履き、ドアノブに手をかける

浅葱は振り返り、見送る男に「行ってくる、クリス」と言った


「楽しんでこいよ、学園生活」


クリスはそう返事をして、彼女達が扉を閉めるまでその後ろ姿を見守っていた




浅葱と光の姉妹は仲良く横並びに、学園への道へと歩いていた

辺りには新入生と思しき人達が一様に歩を進めていた


「早く新しい友達出来るといいね」

「まぁ…ね」


感情が相反した二人が向かう学園

黄昏学園と呼ばれる非常に大きな学園、黄昏内ではあまりにも有名であった

黄昏内の有名な人物達が教鞭を取り、設備も研究でも常に第一線を走っている

そんな由緒正しい学園に入学することになった浅葱は内心楽しみにしていた

これから起こることを妄想しているだけでも、彼女にとっては楽しかった


そうこうしているうちに目の前に学園が見えて来る

流石の浅葱も喜びを抑えきれず、感情が表に出る

そんな浅葱を横目にみた光は口に出さず、穏やかに見守っていた

門を潜り、敷地内へと踏み入れる

ぶわっと流れた風が、まるでこれから入学する彼らを歓迎する様に流れる

正面の入口付近には看板が立てられており、そこには各自持っていた番号に応じた、各クラスへの場所が記されていた


「じゃあ、私先いくから」

「頑張ってね!」


自分の様に喜ぶ姉に恥ずかしがりつつも、示されたクラスに行く

階段を登り、クラスの前にたどり着く

浅葱は緊張する自分落ち着かせる為に一息つき、ドアを開ける

既に教室内にいた人達が一斉に浅葱の方へと顔を向ける

クラス中の視線が浅葱に向けられる

彼女はそれを歯牙にもかけずに、空いている席へと向かう

その行動を見ていた彼らは興味を失ったように目を逸らし、再び談笑を始める


「となり、いいかな?」


浅葱が座っていた人物に声をかける


「あっ…ど、どうぞ」

「ありがとう」


オドオドとした眼鏡をかけた彼女は少し横にズレ、浅葱のために席をつくる

ドサッと座った浅葱は特にすることも無く、開始の時間まで無為に過ごしていた

隣の女子生徒は本を読んでおり、物語に熱中していた

暇を持て余した浅葱は不意に、そんな彼女に声をかける


「ねぇ貴方名前は?」

「…へっ?私ですか?」


彼女は驚いた様に本から顔を上げ、自分を指さして浅葱に聞き直す

「うん」と頭を振った浅葱を見て、彼女は答える


「東雲久遠です」

「いい名前ね。私は草薙浅葱、これからよろしく」

「あっ、はい。よろしくお願いします」


お互い会釈をし、再び自分世界へと帰っていく

そうして過ごしている内にだんだんと生徒が集まっていき、集合時間予定の9時まで残り5分となった時、不意に前のドアがガラッと開く

先程と同様、生徒たちは音の場所へと振り向く

そこにはコートを羽織り、青い髪を束ねたポニーテールに、所々赤が混じった髪をした大人が歩いていた

教壇の前に立つと、両手をバンっと叩きつけ元気に口を開いた


「お前ら!よく集まった!」


シーンと静まり返るクラス

彼女はそれを気にすることなく続ける


「私はこのクラスを担当する教師の四星だ。私の事は名前か先生、それか社長と呼んでくれ」


そう自己紹介した先生こと四星は、満足気にしていた


(なんだこの教師は…)


クラス内の生徒全員がそう思ったことだろう

突然現れた教師と名乗る彼女は今まで見てきた教師とは明らかに違っていた

これまでの教師のような風格は無く、教師としては似つかわしくない人物だった


「これから入学式が始まるからお前達を案内しにきた。気を付けろ…学園長の話は長いぞ」


真面目な顔をしてそう発言する四星

それを聞いた生徒は緊張の糸がほどけたのか、一斉に笑い出す

それをみた四星も一緒に笑う

そんな様子を見ていた二人は互いに顔を合わせ、苦笑いする

どうやら彼女達にはあまりウケが良くなかったようだ


「なんだか、すごい先生だね」

「そうだな…」


浅葱はこの先の学園生活が楽しみなのと同時に、この先生に不安を感じたのであった


入学式が始まる時間となり、「よし」と言った四星は生徒たちを引き連れ、講堂へと向かっていった

向かった先の講堂は大きく、次第に集まった新入生達が次々と入っていく

保護者席と新入生の席が上下で別れており、浅葱が見渡していると姉の光と目が合う

それに気付いた光は手を振るが、浅葱は恥ずかしさのあまり目を逸らした


しばらくしてマイクの音声が入り、入学式が始まる

司会の教師が軽く挨拶をし、入学祝いの言葉をかける


「次に学園長から皆様への式辞です」


そう言って司会の教師は壇上を後にする

次に、一人の女性が向かって右側から歩いてくる

水色のロングヘアーに黒のドレスを身にまとった女性は台の前に立つと、マイクに話しかける


「皆さん、入学おめでとうございます。私はこの学園で学園長を務めているイスカ・カレンドールと言うものだ」


顔に大きな傷をつけた女性がそう挨拶した

その後も他愛ない社交辞令の言葉を並べていった


「…それでは、楽しき学園生活を送って行って欲しい」


そう言って、学園長はその場を後にして戻って行った


「学園長ありがとうございます。続きまして……」


その後も長い入学式は続き、全てが終わった生徒達は再び自分のクラスへと戻って行った

教室に戻り、各自好きな席に座り担当教師が戻ってくるのを待っていた

みな長い入学式が終わったことに安堵しており、気を抜いて話していた

そこに四星が戻ってきた


「お前ら、まずは入学おめでとう。この後はこれからの予定表を渡して、自己紹介でもして解散としよう」


そう簡単に説明し、資料を配る

浅葱が資料に目を通し、授業や行事を確認する


(体力測定に健康診断、体育祭に学園祭…色々あるな)


そのどれもが浅葱に取って楽しみでしか無かった


「うわ…体力測定」


横からそうボヤく久遠がいた


「嫌な事でもあるの?」

「あ、私体動かすの苦手で…それに……」


そう言いながら憂鬱そうにまた、資料に目を落とす

「そうなのか」と言い、浅葱はそれ以上聞き返さなかった


「…で、説明は以上だ。質問はあるか?」


四星が資料の説明を終え、質問がないか周りに問いかける

特に何もないようだった為、四星は続ける


「よし、じゃあ今から自己紹介でもするか!」


急に元気になった四星がそう発言する

生徒達は「おおっ」とざわめく


「それじゃあ私から軽く自己紹介をしよう」


そう言って四星は黒板に名前を大きく書き始めた


「改めて、私の名前は四星。周りからは先生や社長と呼ばれているからそう呼んでもらっても構わない。自分で言うのも何だが、私は文武両道だ。教えられることは多いと思うから、困ったことがあったら遠慮なく聞きに来てくれ」


そこまで説明した四星に、生徒たちは感心する

先程までの発言とは違い、今の自己紹介には確かに安心できる様な力を感じていた

浅葱も少し感心し、見る目を変えるようにそう思った矢先


「好きな物は酒と煙草だ!週末よく飲みに行く!」


その言葉を聞いた生徒たちは心機一転、不安になってしまった


(こんなダメな大人で大丈夫なのか?)


彼らの心情に大きな波が出来ていた


「ま、私に対する質問は置いといて…お前達の自己紹介を頼む!軽くでいいぞ!」


一番肝心な所を飛ばし、早々に生徒へとバトンタッチする

生徒達が口々に「えー!」と不満を声にするが、四星は聞き入れずに強引に進めていった


「よし、右の席から順番に行くぞ!一番手頼んだ!」


一番手を言い渡された生徒は渋々席を立ち、その場で自己紹介を始めた


「俺の名前は桐島火継だ。好きな事は戦うこと、体育祭は絶対勝つぜ!」


そう元気よく自己紹介する火継

四星は「うんうん」と頷き、元気の良い彼に感心していた

彼のおかげで場が盛り上がった所で、次々と自己紹介が行われていった

遂に浅葱達の番が回ってきた

浅葱は席を立ち、先に自己紹介を始める


「草薙浅葱だ。趣味は特にないが、好きな事は体を動かすことだ。よろしく頼む」


スっと席に座り、隣の久遠にどうぞとバトンを渡す

緊張していた彼女に「頑張れ」と声をかける

それを聞いた久遠は覚悟を決め、自己紹介する


「な、名前は東雲久遠です!好きな事は読書です!よろしくお願いしましゅ!」


最後に噛んでしまった事に気付き、顔を真っ赤にして席に座る

みな彼女が噛んだことには言及せずに、その後も雰囲気のいいまま進められていった


「…です。よろしくお願いします!」


やがて最後の生徒が自己紹介を終えると、四星は「よし!」と手を叩き、いつの間にか座っていた椅子から立った


「これから1年間は同じクラスで過ごすんだ、皆仲良くやっていこうじゃないか!…じゃあ今日はここまでだ!また明日!」


そう言って初日の学級開きが終わり、各々帰路に着いて行った


帰り道、浅葱は光と歩きながらどうだったかを聞かれていた


「どう?上手くやって行けそう?」

「どうだろうね、まだ初日だし」


浅葱は淡々と返事をしながらも歩を進める


「友達できた?」


光が不意に問いかける

浅葱がそれに反応し、一瞬考えた後に


「まぁ…一人は」


そう返事した

それを聞いた光は「可愛い!」と言いながら抱きついた

「やめろ!恥ずかしい!」と浅葱が言っても止めず、帰り道の間彼女はご満悦だった

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