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災厄の底に、沈められるとしても

作者: 大和カズマ

取り敢えず完結まで描き切りました…少し長いかもしれませんが、読んでいただけると嬉しいです。

「おい、ヒナ…なんか欲しいもんあるか?今日はお前の誕生日だからなんでも叶えてやるぞ」


「え!本当!本当になんでもいいの?」


「あぁ、勿論だ…つっても俺が出来ることだけに限られるけどな」


「ううん!大丈夫!えっとね……じゃあ私と一緒に出かけて欲しいな」


「ん?もしかして二人だけか?それとも全員か?」


「ふ、二人だけ!……ダメ?」


「ハッ!ダメなもんかよ…んじゃあさっさと支度してこい、表で待ってる」


「うん!直ぐに準備してくるね!」


 バタバタと音をたて、家中をひっくり返すヒナを見てなんだか微笑ましい気分になってくる。


 俺とヒナは血縁関係がない、だが家族同然の仲だ。


 ここは教会…だった物を俺達が占拠して住んでいる…俺たちは所謂スラムのクソガキ、孤児だ。


 最初は俺しかいなかったこの教会だが、死にかけているガキどもを見つけるたびに放り込んでいたら、いつの間にか大世帯になっていた。


 俺の次に年長者のヒナ、少しアホだが心優しいエド、誰よりも怯えているがいざとなったら勇気が出るエミリー、あんまり喋らないが皆とのコミュニケーションは豊富なアルハード、獣人と貶されていたが俺たちと暮らしてからは獣人という物を誇りにしてくれたユウ、誰よりも優しさを信じているレベッカ…ハーフエルフだからと追放され、迫害されたメリー、生まれつき目が見えないマリア、そして俺たち全員の弟分、アルフ…全員大事な家族だ。


 そしてスラムのクソガキの大将である俺、名前はカイン…歳は正確には分からんが、恐らく十五とかそこらであろう。


 最初はスリとかして生きていたが、レベッカが来てからはそういうのは止めようという流れになり、善行をしてきた…勿論、スッた人には謝罪をしに行った…まぁ、凄えボコられたけどな。


 それでも弁償すれば許してもらえた…まぁ、俺だけだったら無理だったな、他の弟、妹が居なかったらそんな話にはなっていないだろう。


 俺にはそんな考え方無理だ、大人は全員腐った肉の様に見えるし、普通の階級の奴らも平気で俺達を見捨てる屑ども…いや、それは言い過ぎか、そりゃ見捨てるか、こんな薄汚ねえスラムのクソガキは。


 でも、最近はそんな考え方を変えられるかもしれない…相変わらず大人は腐った肉の様に見えるが…それでもイイ奴はいる、暴力しか無かった俺には到底見えない世界だ。


 善行を為したら、幾分か認めてくれる人達が増えてきた…大抵は前と同じクズ供しか居ないが…それでも手を差し伸べてくれる人はいるんだとも気付けた。


 だから俺が憎むのは人では無い、社会だ…俺達スラムのガキを作った貴族供を、そしてふんぞり返って下々を見ている王族を…マ、今の俺は大分丸くなったからな、その憎しみもある程度は抑えられる様になった。


 他のガキ供が善行を積んでくれたお陰で、仕事にも付けた…外にいる魔物を駆除するという、まぁ…誰もやりたがらない仕事だわな…まぁ、これしか無いから仕方ないんだが。


「カイ兄!準備できたよ!速く行こ!」


「あんまり慌てんじゃねぇよ、…ったく、昔はもうちょっと大人しかったのによぉ」


 昔は何もかもに絶望して、目ん玉の中に何も写していなかった奴がこんなキラキラ目光らしちまって…なんだか感慨深いもんだ。


「もう!昔の話はしないでって…でも私達変わってきたよね…街の人も私達のことを邪険にしなくなったし、一日に毎回ご飯を食べられる様になったし…全部カイ兄のお陰だね!」


「ヘッ!俺だけじゃ無理だったよ、他のガキ供が居たからこんな暮らしになったんだ、そこん所勘違いするんじゃねぇぞ」


「うん!、わかってる!んふふ、いつもは引っ張りだこなカイ兄を独占できるなんて…誕生日最高!」


「ハハ、そんな事で最高になってくれるんだったらいつでも遊んでやるよ…ま、二人きりってのは難しいがな」


 その日はヒナとずっと遊んでいた…日が傾き、もう帰る…その時だった。


 世界が暗闇になった…正確には町全体を覆うほど、暗闇が広がった。


「ッ!ヒナ!走れ!今だったら間にあ………」


 うかもしれねぇ!…そう言う前に、暗闇が俺達を包み、俺は意識を失った。


 俗にこれが、暗黒王都事件と呼ばれた物の最初の出来事だ。


 ────


 ん……ここは何処だ?


 目が覚めると何処かの広場に寝ていた…ッ!そうだ!ヒナは!


「……すぅ…」


「は、良かった…すぐ近くにいた…」


 いや、良くはない、あの暗黒は町全体を覆うほどのデカさだったはずだ…もしかしたら他のガキ供がいるかもしれねぇ。


 取り敢えず周囲を見渡す、近くには他にも寝てるやつがおり、目的のガキ供もすぐに見つける事が出来た。


 ひとまずヒナを抱え、ガキ供の近くに行く…こいつらだけは俺が守らないと。


 目覚めているのは…近くには俺以外いないらしい、暫く時間が経ち、今回の首謀者らしき者が見えた。


「……あ、あー…『目覚めよ(アウェイクン)』…ん?もう起きてる者がいるのか?二人も?…まぁ、良い瑣末な事だ」


「なんだ…ありゃあ…」


 見えたのは骸骨…何やら高級そうなローブを着ている…恐らくリッチとかいう上級魔物…いや、もしくはそのさらに上位、最上位のエルダーリッチか?なんでそんな奴がここに?」


「目が覚めたかね?諸君…私の名はグウィン…至高なる魔王、バルゼウス様の四天王の一人、諸君らは混乱しているであろうが無理はない…何故なら君達は私の領域に転送されてしまったんだからな」


「あの野郎…何が転送されてしまった…だ、テメェが連れてきたんだろうがよぉ」


 独り言ちる…幸い向こうには聞こえてない様だ。


「さて、私が君達を連れてきた理由だが…端的に言おう、至高なる魔王様、バルゼウス様は世界を征服すると宣言なされた。私としてはどうでも良い事なのだが…バルゼウス様がそう言ったのならば実行せざるおえない、そこで手始めに君達の国から滅亡してもらうことにした」


 はっ?滅亡?


「しかし…ここで諸君らを皆殺しにしても良いのだが…なんの宣言もなしに突然連れてきて皆殺し…というのもスマートではない…そこで…だ」


「ゲームをしよう、この場所は地下五十階の深さのダンジョンの最下級層だ、もし、君達がここから地上に戻れたならば、追撃はしない、大人しく帰らせれあげよう、まぁ、無事に辿り着けるかは分からないがね…武器と食糧は一応用意しておいた、使うのは自由だ…それでは諸君、健闘を祈るよ…」


 そう言い捨て、骸骨は消えた…チッ!クソッ!


 周囲は混乱で溢れている、嘆く者、絶望する者…そんな奴らに構ってる時間はねぇ!


 あいつは一応食料を、用意していると言っていた…まずはそれを見つけなければッ!


「オイ!!ヒナ!ガキ供を見てろ!誰も何処にも行かせるなよ、そこでジッとしてろ!いいな!」


「う、うん…わ、分かった」


 了承を聞けたのを確認して駆け出す…この場所は街の様な構造をしている、家屋はあるし、中央には城みたいな建物もある…先ずはそこに向かうか。


 …城に着いた…予想通り、干し肉やら保存食など、いくつかの食料を発見できた。


 片っ端から背中のバッグに詰め込んでいく…恐らく地上に戻るまでは長丁場になる…なるべく持って帰らないと。


 一応他のガキ供のバッグも回収しといて良かった、パンパンになるまで詰めていく…その時だ。


「……まさか先客がいるとはね、私より速いなんて…」


「あ?なんだテメェ…」


 振り返るとそこには…上等な服を着たエルフがいた。


 容姿は白銀の髪を二つに纏め、身長は俺より大分低い…だが絶世の美女という事は女に疎い俺でもわかるくらいには美女だ。


「アンタ、そこを退きなさい」


「…チッ」


 ここらで終いか…まぁ、ガキ供の食糧は確保できた…長居して他の奴らにバレる訳にはいかない…俺は立ち上がる。


「オイ、言っておくが…」


「誰にも喋らないわよ…あ、アンタも私の情報を喋るのも禁止よ、言ったらバラす…いいわね?」


「………チッ」


 クソ…なんだか手玉に取られている様で気に食わねぇ…ん?なんだ?あいつが手に持っているのは…。


 俺と同じように複数のバッグを手に持っている…フン、そういう事か。


 多種多様なバッグ、男物や女物が混じっているのを見て、こいつにも守らなければならない存在がいると確信した…クソッ!なんかイラつく…。


 最後に武器を見る…ロクなのが無え…殆ど三流武器だ…まぁいい、俺は元々武器を使わねぇし、ガキ供が自分で身を守れる盾なんかは中々いいのを見つけられた…食料と同じように回収する。


「ん?なんだありゃあ…」


 壁に掛けられた一本の槍と一つの弓…これだけは他の三流武器とは格が違うように見えた…一応回収するか…。


 二つを手に入れると、さっきのエルフがやってきた…。


「アンタ…本当に何もかもが速いわね…さて、私も早く見つけないと…」


 確かエルフは弓が上手いと聞く…俺は弓なんて使った事ねぇし…それと…同じ境遇だから手助けしたくなったのだろうか?いつもの俺とは違う行動をした。


 さっきの弓を投げ渡す、突然物を投げられて一瞬怒り顔になるが、手に持った弓を見たらそれも引っ込んだ。


「やる、俺はいらんからな」


「………アンタ、これがどんな代物か分かってる?こんな逸品よく手放せたわね…一周回って尊敬しちゃうわ…馬鹿さ加減を」


「ケッ!いらねぇもんを捨てただけだ…それが偶々テメェの方向に飛んでいっただけだ」


「ふふっ、やるって言ったのに捨てたって…馬鹿すぎて逆に面白いわね…ありがたく使わせてもらうわ」


 クソ…なんかアレだ…クソッ!上手く言葉が出ねぇ!


 ハッ!そんな事よりもガキ供が心配だ…速く迎えにいかねぇと!


「ヘッ!じゃあな、ま、くたばんなかったらまた会うかもな!」


「そうね、私もそろそろ戻らないと…」


 互いに違う方向に走り出す…俺とコイツはこの状況を一番理解しているだろう。


 今は混乱が勝っているが、時間が経つと他の奴らも冷静になる…そうなった時に起きるのは…人と人が蹴落とし合いだ。


 そうなる前にさっさとこの場所から上に上がらないと…ガキ供はちいせぇ、真っ先に犠牲になる。


 そうなる前に当面を生きるための食料を確保する必要があった…当初の目的としては成功…といった所だろうか?武器も手に入れられたし、大成功と言えるかもしれない。


 さっきの広場に戻り、ガキ供を連れて出口の方へ走る…後ろからは怒声やらの叫び声が聞こえた。


「カイ兄さん…速いよ、もう少しゆっくり…」


 エドがそう言うが、そんなチンタラしている時間はない。


「馬鹿やろう!他の奴らが混乱している今がチャンスだ、先に上に上がる」


「でも、他の人達も助けてないと……」


「レベッカ…悪いが俺はそこまで強くない…俺が守れるのは精々お前たちだけだ…それ以上の数は守りきれない…お前が正しいのは理解できる…だが正しさだけではこの場所は生き抜けない…今は俺の言うことを聞いてろ…」


「兄さん…ごめんなさい…我儘を言ってしまって…」


 レベッカは聡明だ…そして優しいが故に見捨てる事に心を痛む…すまん、今はお前の心を守れる余裕は無いんだ。


「ヒナ、お前は戦えねぇガキ供を守れ、守るだけでいい、敵は俺が殺す…ユウ、悪いがお前が後ろを頼む、お前以外に任せられる奴はいねぇ、メリー、確かお前は魔法を使えたよな?敵が来たらヒナの援護をしてくれ、殺さなくていい、怯ませれば俺が殺す…エミリーとエドはマリアを、アルハードはアルフを支えろ、いいな!」


「「「「はい!」」」」


「よし!いい返事だ…大丈夫だ、俺が必ず地上に帰してやる」


 そう、必ずコイツらだけは…誓おう、この身がどんな事になってもこいつらだけは救うと…ま、生憎神なんて物は信じたことがないから、自分に誓うだけなんだが…。


 そうこう考えているうちに上へ上がる階段が見えた、そこには…。


 さっきのエルフがいた…その近くには数人のエルフ…コイツらもなんだか着てる服が上等だ、俺達のボロ服と比べることもできない。


「あら、また会ったわね…しかも割と早めに…それで?その子たちが貴方の守るべき存在?」


「あぁ、そうだ…そういうお前も…ハッ!随分と大所帯だな」


「そうね、貴方には負けるけども…ふーん、獣人…それに目が見えない子まで…貴方、言動とは違って中々優しいじゃない」


「ケッ!うるせぇよ、俺はコイツら以外を守る気にはなれないね!…そう言うお前は大変そうだな、そんなちっちぇ体でガキ供を守るなんてよ」


「な!失礼ね!私はこう見えても三桁超えているのよ!訂正しなさい!誰がちっちゃい体よ!」


「ハーッ!そんなナリで三桁いってんのかよ…つくづくエルフは不思議だぜ…」


「あ、あの…カイ兄?その人は?」


「あ!?他人だ!気にすんじゃねぇ…それよりいくぞ…チッ!無駄に時間使っちまったぜ…」


「そうね、私達も行かないと…先に行くわよ」


「あ?何抜かしてんだ?俺が先に行くに決まってんだろ、テメェらは俺らが通った道を行け」


「あら?先に着いたのは私達なんだけど…記憶力がないのかしら?」


 ………クソッ!言われてみれば確かだ。


「それじゃあ先に行くわね…皆?着いてきて」


 ゾロゾロと他のエルフ供が階段を駆け登っていく…仕方ねえ、少し待機するか。なんか直ぐに行くのも癪だし。


「おい!ガキ供!五分休憩だ、そっからはノーストップで上がるからしっかりと体を休めろよ」


 ここまで走ってきて少し疲れたのか、ガキ供が階段の周りで座り込む…いや、そんな柔な鍛え方してねぇから緊張を解してんのか」


「あの、兄さん?あの人達と協力できなかったんですか?」


 レベッカが聞いてきた…んー、なんだかんだあの白銀エルフとは協力できなくはないと思うが…。


「まだダメだな…俺達はこのダンジョンを何も知らない…この場所の特異性やらそこら辺が解ってからじゃねえと…それにあいつらの戦力が未知数だ…足手纏いになられても困るし、ま、このまま登り続けてみねぇとな…よし、休憩終わり!準備しろ!さっきの緊張感を出せ、それじゃあ配置につけ!」


 そう言うと、すぐに皆が準備をする、よし、この練度ならば問題ないな。


「よし…いくぞッ!!」


 俺達は階段を上がる…そこには…一面に広がる草原があった…もう何も驚くまいと思っていたが、初っ端から異次元な光景で出鼻を挫かれてしまった…。


 ムッ…気配が一つ…何かがこっちに向かってくる。


 出てきたのは狼…速度は上々…だが合わせられる!


 飛びかかってきたのを目に、持ってる槍で狼の胴体を縦に割る…よし、やはり上等な武器だな、これぐらいは楽勝か。


「よし、進むぞ、警戒は怠るなよ」


「……わーお、カイ兄…前から強いと思っていたけど狼を裂くなんて…」


「うるせぇぞヒナ、ちゃんとガキ供守れよ」


「うん!了解!」


 ヒナはなんだかんだ言ったことは守る、それに俺とユウに次いで戦闘力が高い、しかも守りとなると俺でも手強くなるほどだ。


 慢心はしないが、なるべく不遜な態度を維持する、コイツらには俺がいると強く思わせる為だ。


 今はまだコイツらも冷静な判断ができるが所詮はガキ供だ、数日経つとその冷静さが徐々に消えていく…その為の俺だ、俺がいれば自分達は大丈夫だと思わせ続けなければならない。


 ……だがそれは綱渡りの様な危険な道でもある…もし俺が倒れてしまったら、全てが崩壊するという意味でもあるのだから…。


 せめて俺以外にもう一人頼れる奴がいれば良いんだが…。


 ふとあの白銀のエルフの姿が浮かぶ…クソが、何回も脳裏に出てくるじゃねぇ!


 浮かび上がる思考を振り払う様に道を進む…まだ先は長い…。



 ────


 ここに来てから初めての夜。


 結局一層は踏破できず、草原でのキャンプとなった。


 メリーが火の魔術を使えて助かった…流石に火を起こす道具は城にはなかったからな。


「メリー、魔力は十分か?確か飯を食えば回復するんだったよな?俺の分も食って魔力を補充しろ」


「そ、そんな!お兄ちゃんの分まで食べるなんてそんなことできないよ…それにお兄ちゃんが一番動いたんだから一番食べないと!」


 ……フン、皆揃って優しい奴だ…だから守りがいのある。


「俺は自分で仕留めた獲物を食うから良い、それにお前がいなかったらこの肉も生で食わなければならなかったからな、まぁ、褒美だ、黙って食え!」


 道中、狼以外にも猪、コボルト、ゴブリンなどの下級魔物がいた、まぁ、まだまだ雑魚だ。


 猪肉は美味いので全員に分配、狼肉は不味いが腹の足しにはなる。干し肉にしても良いかもしれない…ゴブリンとコボルトは……まぁ、俺専用だな、食うに耐えないが、食糧の消費の目処が経っていない以上なるべく節約しなければ。


「お兄ちゃん…うん、分かった」


「よし、良い子だ…ユウ、俺とお前で見張りだ…すまんな、お前にだけ頼ってしまって…」


 獣人の嗅覚と危険察知能力は凄まじい、俺の察知能力と同様の効果がある、嗅覚に至っては俺のそれを軽く超える…まぁ、まだまだガキだから精度は甘いがな。


「ううん、兄さん、俺みんなの役に立てて嬉しいよ…俺でよかったらどんどん頼ってくれ」


「フッ、やかましい…と言いたいところだが、何も言えないのが悔しいところだな…アルハード!エド!お前らも見張りの訓練をしておけ、このままユウと俺に頼り切ることは許さん!」


「おう!」「……ん」


「カイ兄、私はどうする?見張りに加わる?」


「お前はそれ以外のガキ供を世話をしてくれ、……恐らくだがあと数日でガキ供が決壊する…それを支えろ…いいな?」


「うん!了解」


「……肉体面ではユウが勝っているが、精神面ではお前が頼りだ、俺の次に年長だしな…その分キツくなるが…」


「ううん、私は大丈夫だよ、だってカイ兄がいるもん…私はカイ兄がいればなんでも乗り越えられるよ」


「……はぁ、お前もチッとは兄離れしろよな…だが俺がいなくても…」


「うん…もしそうなっても子供達だけは逃す…でしょ?」


 ……コイツはコイツで中々考えているもんだ…まさか俺がいない状況を考えているなんて…。


 ヒナとの付き合いは一番長い、だからこそ俺に依存しきってるのは分かっていたが…下が出来たからか、ちゃんと自分で物を考えられている。いい傾向だ。


「フン、なら良い…それじゃあ寝ろ、明日は少し早めに起こすぞ」


「はーい、それじゃあおやすみ、カイ兄」


「あぁ、おやすみ」


 ……しかし建物の中なのに夜とはな、不思議なもんだ。



 ────


 日が昇るのを確認し、起床する。そして交代で見張りをしていたユウを寝かせ、他の男供を叩き起こす…アルフ以外だけどな。


「起きろ!エド!アルハード!」


「はい!」「……!?」


 そう言うと飛び起きた…少し面白いな。


「コホン…お前達も分かっているだろうが、この先は危険だ、俺だけでお前達全員を守り切れるとは思わん、だから鍛えなばならん、女達に戦わせるわけには行かないだろう?だからお前達が気張れ!いいな?」


 二人とも頷くのを確認し、武器を手渡す、昨日掻っ払った剣だ。


「よし、ユウが起きるまでは訓練だ、因みにユウは夜に訓練をしている、お前達も遅れるなよ?」


「はい!」「……!」


「それじゃあ、掛かってこい!」


 …そこから役一時間、俺に剣が当たる事はなかったが、動きは多少良くなった……だが。


「エド…?さっきは『俺に当たったら危ない』と言っていたがどうだ?他に何か言う事はあるか?」


「ちょ、調子に乗ってすみません」


「よし、そのねじ曲がった根性を直せただけよしとする、アルハード…生き物に武器を振るうのは怖いか?」


「………」


 エドは傲慢さ、アルハードには怯えが訓練中に見えた。


「確かに最初は怖いかもしれない…だが、一番怖い事を想像してみろ………どうだ?何があった?」


「……みんな…死んじゃうの……怖い…!」


 アルハードは他の誰よりも家族全員を愛しているからな、それが失うのは怖いだろう。まぁ、俺も負けてはいないが。


「そうだ、生き物を殺すという忌避感はあるかもしれない…だが、それを乗り越えなければ皆で生き延びるのは難しい…辛いとは思うが…出来るな?」


「…うん…がんばる…」


「フ、偉いぞ、……朝飯の時間だ、他のみんなを起こしてやってくれ」


「うん!」


 ……あんなに優しい子に殺しを強要させるとは…我ながら反吐が出るもんだ…しかし、反吐を出すとしても生き延びなからばならない…。


「あ、あの…お兄様…」


「ん?エミリー、起きていたのか?」


「はい、何やら怒声が聞こえていたので…エドとアルハードに訓練を施していたのですか?」


「あぁ、まだ使い物にはならないがな…まぁ、後々モノに出来ればそれでいい」


「そ、それで!お兄様!私も何かしたいです!」


「ほぅ…何か、とはなんだ?お前は十分役に立っている…それ以上は気にする事はない」


「そ、それでも!戦闘でお役に立ちたいです!…ダメ…ですか?」


「フム……」


 エミリーは小柄だからな…近接では役に立たないだろう…すると遠距離での牽制…弓なんががいいと思うが…俺は弓なんて使えないし…。


 ム?何やら気配が近づいてくる…目を細め、警戒する。


「…あら?貴方達、いたの?」


 そこには銀髪エルフが…よく出会う。


「なんだ?何か用があるのか?」


 一先ず警戒しておく…昨日の今日だ、何もしてこないとは思うが…。


「いえ?何やら人の声が聞こえたものだから様子を見に来たの…それで?さっきのお話を聞かせて頂戴?」


「なんだ?盗み聞きか?趣味が悪いもんだな」


「むぅ…エルフは耳が良いのよ…折角力になってあげようとしたのに…やっぱり口が悪いわね」


「うるせぇ、生まれつきだ…で?力にならったぁどういう事だ?」


「貴方の考えではその子には近接戦闘が出来そうにないから、遠距離での戦い方を進めたいけど、自分で教えることが出来ないからどうしようかな迷ってる…どう?当たってる?」


「……クソが」


「貴方のそれ、何回も聞いていると、逆に愛らしくなるわね」


「ウルセェ!……んで?なんだ?お前が教えてくれるってか?他のガキ供はどうする、まさか見捨てるわけじゃぁあるめぇよな?」


 もしそうだったら、全く信用できないが…ま、そんな事はないだろうと確信できるくらいには、コイツの事を理解できてしまっていた。……クソが!


「まさか…昨日の戦闘を見たわ、正直驚いた、あんなに強い戦士が埋もれていたなんて…だから、取引しましょ?」


「あぁん?取引ぃ?」


「そう、取引…正直弓だけで敵を倒すのは非効率すぎる、矢が勿体無いし、近付かれたら一巻の終わり…私達には近接戦闘出来る子は今の所いない…逆に貴方達は遠距離の戦力が不足している…足りない者同士協力しましょ?」


「ふん、悪くねぇな…だが、俺はお前の実力を知らん、先ずはそれを見るのと…俺のガキ供を下に見ない…それを守れるのなら…乗ってやっても良い」


「取引成立ね、実力だけど…これで大丈夫かしら?」


 すると目の前のエルフは弓を上に構え、放つ、……綺麗なもんだなと感心していたら、上から何か落ちてきた…。


 落ちてきたのは鳥の魔物…昨日、俺達を襲い掛かってきた魔物の中で唯一仕留められなかった奴だ…それがこんな簡単に…。


「チッ、認めざるをえないな…取引成立だ、よし、取り敢えず顔合わせするか…いや、まだいいか」


「そうね、お互いに朝食が済んでからにしましょ、急に合わせたら混乱を招くしね」


「あぁ、…提案だが、あと一日はこの階層にいねぇか?連携を確認してぇ」


「うん、私もそう思った所…やっぱりアンタしっかりしてるわね…」


「一々癪に触る言い方しやがって…」


「別に他意はないわよ?…あ、そうだ!貴方の名前を教えて?」


「あ?人に聞く前に先に言うのが礼儀ってもんじゃねぇのか?え?……カインだ、そこにいるのがヒナ、エド、アルハード、エミリー、レベッカ、マリア、メリー、それとアルフ…寝ている奴はユウだ、昨日見張りをしていたからな、まだ寝かせてやってくれ」


 流石に悪態を突きすぎたと自覚しているので、先に言う…まぁ、先に言うのが礼儀って自分で言っちゃったし……。


「結局答えるのね…いや、でも確かにそれが礼儀よね、私の名前はユミナ…本当は家名もあるのだけれど、今はどうでもいいわよね?」


「へ!分かったんじゃねぇか!長ったらしく家名まで言えって言われたら手を切る所だったぜ」


「フフっ、なら私の出した答えは正解ね、それじゃあまた会いましょ?」


「あぁ、またな」


 そう言い、ユミナは去っていく、内心早く戻りたかったのだろう…気持ちは分からなくもない。


「あ、あの?お兄様?」


 空気を読んで黙っていたエミリーがやっと声を出す。


「そう言う事だ、エミリー、お前は弓を使え、やり方はあいつが教えてくれるだろう……モノにしてみせろ、いいな?」


「…ッ!はい!」


「よし、それじゃあ朝飯だ、腐っちまうから昨日の肉全部食っちまうぞ」


「わー!ご馳走様ですわぁ!」


「お、調子戻ってきたな、ですわ口調出てきたぞ?」


「あ、やだ…恥ずかしい…もう卒業したはずなのに…」


 エミリーは昔、『わたくし!お姫様になるのですわー!』と言い、一時期お姫様の口調をしていた時期がある…実は結構好きだから続ければいいのにと心の中で思っている。


 女の子は子供の頃は夢見がちな方が良い、ま、大人まで続いたら流石に諌めるがな。


 さて、朝食、先程の話を全体に共有する。ユウも起きて、全員が準備万端な状態になる。


 集合場所は特に明言されていなかったが…俺は向こうの居場所を知らない、向こうはこっちの居場所を知っている…なら自ずと分かる


「兄さん、足音聞こえる、数人来るよ」


「あぁ、予想通りだ…出迎えるぞ」


 その足音のなる方へ向かうと、そこにはユミナ達がいた…まぁユミナの気配はなんとなく覚えてからわかったたんだけどな。


「あら、久しぶりね」


「あぁ、そうだな…ユミナ、そいつらの名前を教えろ、名前がわからんと咄嗟に指示ができん」


「んー、それもそうね…えっと、左からアル、ガイ、ユズリハ、シズク、サユリ、レイチェル、シルヴィア…殆どが女の子ね、全員家名はあるけど気にしなくていいわ」


「それについては構わん、よし、アル、ガイ、お前らは今日から俺達の訓練に加われ、拒否権は無い」


「え、いきなり?」「てか、こいつめっちゃ偉そうなんだけど…」


「男なら女を守れるくらい強い戦士になれ、お前らまさか…全部ユミナに任せれば良いと言う甘ったれた考えをしてるんじゃなかろうな?」


「そ、そんなわけないだろう!」「俺達だってユミナ様を支えたい」


「ならばついて来い、お前らを戦士に変えてやる…ユミナ、こちらからはエミリーを出す、存分に鍛え上げてくれ」


「分かったわ、任せて」


「よし、それでは連携を確認する…ユミナ、俺が突っ込むからお前は援護を頼む、基本はこの動きで決めよう、俺が危なくなったら体制を整えるまではヒナが守り通せるはずだ…だが…」


「なるべく私達二人で倒し切る…どう?合ってる?」


「……フン…」


「やっぱり面白いわね、貴方


 クソが!



 ────


 連携の確認だが、結論を言おう…最高だ。


 あまり人を褒めるなんて事はしない俺だが、それほどまでにユミナの技術は突出していた。


 決して邪魔をせず、それでいてこちらに益のある事しかしない…今までの十倍以上は戦いやすくなったと実感した。


 現在は夜、連携の確認が出来、明日、遂に次の階層に進む。


 今日の探索でそれらしい場所を見つけたからな。


 他の連中も体制を整え、あと一週間後かそこらで出兵するだろう…それまでに数層は超えておきたい。


 ゴブリンの肉を齧りながら思考する…不味すぎるが、まぁ問題ない。


「貴方…よくそんなもの食べられるわね…他のお肉があるのに…」


「次の階層が食物があるとは限らん、その時のために他の奴が食べられるものはなるべく残しておきたい…保存食は多いに越した事はないからな」


 そう言うと驚いた顔に…フン、この流れは知っているぞ?また馬鹿にする前振りだ。


「…なら私も貴方に習ってそっちを食べようかしら」


「は?何を言ってるんだ?こんなの人間の食い物じゃないからやめておけ、腹を壊すぞ」


「えぇー、でも貴方は食べてるじゃない…」


「俺はこういうのは慣れているからな、例え毒が混じっていようとも大概の物は食えるようになってしまった…お前には無理だ、やめておけ」


 家名があるという事はおそらくコイツは貴族だ…しかもこの溢れでる気品はもしかしたら王族に近しく感じる…ま、王族なんて会った事ないから適当なんだが。


「でも、貴方だけに押し付けるというのは…」


「俺は好きでやっているんだ!こんな昔を彷彿させる物を食うのは俺だけで十分だ」


「むー!」


 頬を膨らませて剥れている…カワ…いかんいかん!正気に戻れ!俺!


「はぁ…分かった…だがゴブリンは流石に無理だ、狼とかそこら辺にしておけ」


「そう!なら頂くわね」


 かぷりと一噛み…最初はなんとも言えないような顔をしていたが、徐々に慣れたのか、「案外これも悪くないわね」と言っていた…こいつ…凄いな。


 人間とは慣れる生き物だ、一度グレードアップした生き方をしたらそれ以下の暮らしには満足できなくなるという…ユミナの場合は違うようだが。


「……塩を手に入れられたら変わるんだがな…手持ちの塩は干し肉を作るのに使い切っちまったし…」


「あら?塩を持ってたの?何か料理をしてる最中に飛ばされちゃったとか?」


「いや、何というか…趣味みたいなもんだ、塩を舐めるのが」


 昔は口に入れる物全てが最悪だった…腐りかけの物や泥に塗れた物…だがある日盗んだ商品の中に壺があった、その中に入っていたのが塩だった。


 人舐めしたらガツンと衝撃を受けた…人生であんなに美味い…味がある物を食べたのは初めてだったんだ。


 それからというもの、塩を携帯するようになった…ま、舐めすぎるのは体に悪いが、一日人舐め程度なら問題はないだろう…まぁ今はもう出来ないが。


「ふーん、変わった趣味ね…でもそのお陰で助かってるんだから良いじゃない、尊敬するわ」


「へ、ありがとうよ…明日は早い、さっさと寝やがれ」


「あら、それは貴方が見張りをしてくれるって事かしら?」


「あ?そう言ったんだろ、早く寝ろ」


「……貴方…本当に素直じゃないわね…」


「…うるせぇ」


 なんだかこいつには見透かされている様で気分が悪い…歳が違うからだろうか…確か三桁と言っていたが…。


 ハッ!別に興味ねえからどうでも良いんだがな…取り敢えず見張りを気張らねぇとな…。



 ────


 翌朝、早速アルとガイを交えての訓練だ。


 流石に始めたばかりだから俺のガキ供よりは動きは悪いが…動き自体は悪くねぇ、ちょっと行儀が良すぎる程度だ、まだ直せる。


「んな真っ直ぐな攻撃だと直ぐに見切られるぞ、ちったぁフェイントやら不意打ちやら混ぜやがれ、なんもかんも使わねぇと生き残れねぇぞ!」


「「うす」」


「よし、良い返事だ…アルハード、エド、お前らもこいつらに負けんじゃねぇぞ、この調子だと直ぐ抜かれちまうぞ?」


「はい!」「…ん」


「ユウは合格だが…まだ満足するんじゃねぇぞ、未だに動きが固い時がある、それを直せば前線で使える様になる、気張れよ」


「はい!兄さん!」


「あら、精が出るわね…朝ご飯、出来たから食べましょ?」


「ん…確かに丁度いい時間だな…よし、今日の訓練は終いだ、各自戻っていいぞ」


「「「うひゃあ、疲れたぁ」「……ん」


 エド、アル、ガイがその場に倒れ、アルハードも疲れている様に見える…ユウはまだ余裕そうだな。


「いつも間にこんな仲良くなったのね…なんだか微笑ましいわ」


「同じ訓練、同じ苦行を共に行うというのは一種の連帯感が生まれるからな、自然とこうなる…マ、うちのガキ供がフレンドリー過ぎるのもあるだろうがな、一種の才能だ」


「貴方は仲良くならないの?うちの子供達と」


「それだと恐怖が生まれない、上の物は絶対的な恐怖感を与えられなければ舐められる、そしたら訓練もサボる…悪い事づくしだ、あいつらにとって俺は逆らえない存在でなければならない…マ、俺にはあんな仲良くするなんて似合わねぇよ」


「あら、私には充分似合うと思うのだけれど…」


「ウルセェ、とっとと飯にするぞ」


「フフっ、はーい」


 やっぱりなんだか手玉に取られている気がする…まぁ俺とこいつは真に対等だからな、歳は相手が上らしいし、マ、妥当か……クソが。


 朝食を摂ったのち、直ぐに出発する、道中魔物と出会ったが、今回は下の奴らに任せる。


 ここらの魔物はまだ弱い、現状だと俺とユミナが居なくてもなんとかなる、だから経験を積ませたい。


 戦わせた結果は上々だ、軽く怪我をしたくらいで、大きな怪我はない…が、その後のことの方が驚きだった。


「あわわ、あー君、エド君…それにアル君?ガイ君?大丈夫?」


 マリアが怪我をしたのを察知したのか、心配そうに駆け寄った。


「見えないから分からないけど…痛いの、平気?」


「あ、あぁ、俺達は大丈夫だ」


 アルとガイが言う、マリアは孤児で目は見えていないが、俺達の中でも一番の美人だ。この二人は見慣れていないから照れてるんだろう…ハッ!絶対やらんがな!


「痛いの、飛んでけー!」


 幼い時によくやるおまじないだ、特に効果は無い…筈なんだが……。


 その時だった。


 マリアの手がぼんやりと輝き、アルとガイの怪我がゆっくりと治っていく。


「お、おぉ!マリアさんは治療術の使い手だったのか?これで生存率が高まるな!」


 ガイが感極まった様に言う。


「お、おい!マリア!いつの間にそんなの覚えたんだ?」


 エドもマリアの隠れた才能に驚いている様だった。


「え!?へ!?私にもわかんないよぉ…」


 まさかマリアに治療術の才能があったなんてな……治療術は普通の魔術と違って会得するのに才能がいる、ざっと千人に一人といった所だろうか、因みに魔術は十人に一人の割合で覚えられるらしい、魔力量は人それぞれらしいが、因みに俺はそのどれも覚えていない、魔力も空っぽらしい、以前同僚が教えてくれた。


 他のガキ供は調べてないから分からないが、メリーは確実に使える、他の奴らも一応調べるべきか……?


 だがマリアが治療術を使えたのは嬉しい誤算だ…更に生存率が高まる…マリアは目が見えないというハンデを背負っている、自分の事を足手まといと勘違いもしていたからな…どうにかしたいと思っていたが、治癒すると言う役割を得たのならそんな風に自分を卑下することも無くなるだろう。


 だがそうなるとマリアを最優先で守らないとな…最低でも護衛は二人程のつけた方がいいだろう。俺達の命綱となるのだから。


「おい、ユミナ、お前ん所に治癒術を使える奴はいるか?魔術でもいい」


「基本的に魔術は全員使えるわ、中でも一番得意なのはレイチェルね、治癒術はサユリしか使えないわね」


「それは良いな…オシ!アル!エド!アルハード!ガイ!お前達でサユリとマリアを守れ、絶対に一人続けるんじゃねぇぞ!良いな!」


「「「はい!」」」「…ん」


「良い返事だ…あー、レイチェル…お前は魔術が得意なんだってな?」


「え!?、え、ええ!そうよ!何か文句あるかしら?」


 急に声を掛けて驚いたかどうかは知らんが、何やらキョドっている…チッ、少しめんどくせぇな…。


「お前は魔術が一番得意と聞いた、だからうちの魔法担当の先生になってやってくれ」


「せ、先生?…わ、分かったわ!私に任せなさい!一流の魔術師にしてあげるわ!」


 ありゃ?案外素直だな…ま、どうでもいいか。


 メリーを呼ぶ。スタスタと小走りでやって来た。


「メリー、お前の先生になるレイチェルだ、しっかり学べよ」


「……は、はい…」


 ……メリーはハーフエルフとエルフ達に迫害された身だ…打ち解けるのには少し時間がかかるか…。


「あ、貴女が私の生徒さんなのね!私の名前はレイチェル!私から学べる事を光栄に思いなさい!……あの?今から教えるんですか?」


 そっと耳打ちされる、あ、緊張してるだけだな、この子、もしくは俺たちの様な手合いに慣れていないかだな。


「いや、魔力は無駄に出来ん、一先ずは今日は次の階層に行く、その後に教えてやってくれ」


「ふん!分かりましたわ!その時を楽しみにしているのね!」


 そう言うと他のエルフの子達の元へ戻った。


「お、お兄ちゃん…私やっていける自信ないよぉ…」


「いや、ありゃ単にどう接して良いかわかんねぇだけだ、一緒に過ごしていけば態度も軟化するだろ…大丈夫だ、メリー…ここにはお前を蔑む奴はいない、いたらボコボコにしてやる、安心しろ、な?」


「……うん、お兄ちゃんが言うなら…」


「よし、良い子だ、へっ!今日も肉をたらふく食わせてやるよ」


「んもぉ!私を勝手に大食いにしないでよね!」


 そう言ってプリプリと怒って皆の列に戻っていった、俺は沢山食えばいいと思うんだがな…。


「これで大体の役割は決まったわね、それでどうする?先に進む?」


「あぁ、よし!お前ら、ついて来い!今日中に草原を踏破するぞ」


 そう言い歩を進める。暫く歩いた後、いかにもな場所に出て来た。


 全体を止まらせる。


「よし、先ずは俺が先行する、俺が扉に入った10秒後に全員で入って来い」


「待って、それだと貴方が危険になるわ、私も行くわ」


「いらねぇ……と言いたい所だが、危険なのも事実だ。ユミナは俺と一緒に頼む、十秒後、ユウが先導して中に入れ、いいな?」


 本当はユミナに任せようと思っていたが、思わぬ提案が出たので次点のユウに任せる。


 目の前の景色は異様だ、草原がブッツリと消え、正面には巨大な扉が見え、その扉を押す。


「………ッ!」


 力を入れると自然と扉が開き、中に入る…突然の奇襲は無いか…。


 十秒が経ち、後続が続々と入ってくる、それ横目で確認しつつ、正面を警戒する。


 何の原理かは分からないが、薄暗い空間が、段々と明瞭になってくる…明るくなっていく過程で部屋の中央に何かいるのが見えた。


 そこにいたのは俺達が狩っていた狼よりも数倍はデカい狼だった。その狼は俺達を獲物と思ったのだろう。まるで矢を射る様な速度でこちらに迫って来た。


 が、俺には通じん、走ってくる狼を正面から槍で叩き潰す、狼の首がひん曲がり、動かなくなる…が、警戒を続ける。


 明らかに弱すぎる…これではまだ後があると言っている様な物だ。


 ………前の方でガタンと音がした……ムム?


「カイ兄?多分これでこの階層はクリアだと思うよ?」


「あ?ヒナ、そんなわけないだろ、あの程度の魔物だけで終わるわけがないだろうが」


「いや、あの程度って…私達には充分脅威だったよ?カイ兄が強すぎるだけだって…実際あの狼が走り出した時ユミナさん以外誰も動けたなかったし…」


「ほう?ユミナ以外動かなかった…だと?……ユミナ、あの狼はそれほど脅威だったのか?俺の主観だと判断できん、お前の視点を貸してくれ」


 ユミナは少し迷う様な顔をするが、すぐに意見を言ってくれた。


「そうねぇ…私でもこっちに着く前に足を潰すぐらいは出来るかもしれないけどあそこまで迫られたらちょっと厳しいわね…それを正面から倒すのは私でも無理ね、本当に凄いと思うわ」


 心の底から称賛する様に言われる…チッ!クソが、何照れてんだ俺。


「あ、あー…これはダメだな、下が育たん…だが幸いにも敵の脅威度は測れた、恐らく数層は同じ難易度だ、その付近までは俺は戦闘を自粛する…ユミナ、お前も援護だけに徹しろ」


「ええ、私も同じ事を思ったわ、うーん、それにしても私も近接の訓練した方がいいかしら?貴方だけに任せるのも申し訳ないし…」


「フン…お前にはお前の役割がある、無理に適正外の分野まで手を伸ばす必要はない」


「そう…?なら私は私の役割をもっと頑張って鍛えないとね、貴方に負けないように」


「ハッ、俺は負けん、誰にもな…よし、隊列を変えるぞ、ユウが戦闘、俺が最後列、それ以外は変わらん、進め!」


 そうだ、俺は誰にも負けない…負けない事こそが生き残る道だった。


 弱い奴は生き残れない、勝ち残る者こそが生存する。そんな生き方しか俺は知らない…が、この生き方が間違っている事は知っている。


 だってそうだろ?普通に幸せな人生を歩んでいく方が楽で、良いはずだ、俺はもうこの生き方が染み付いているが、ガキ共は違う、もっと普通の…ありふれた幸せって奴を得られる筈だ。


 だからこそこんな所でくたばるわけにはいかない、必ず生きて返す。


「………おい、お前はもっと前の筈だ、持ち場に戻れ」


 最後列で後ろの警戒をしていると、ユミナがそっと近づいて来た。


「いえ、貴方が何か張り詰めているような感じがしてね…少し心配よ、貴方のその生き方」


 幾らか歳をとっているからだろうか、俺の信念など簡単に見透かしてくれる。


「……張り詰める事こそが俺の生き方だ、張り詰めて、張り詰めて…千切れようともまた結び、張り詰める…ま、確かに歪かもしれんな、俺の生き方は」


 きっと俺と言う存在は歪んでいる、一本の糸として俺を表すのならば、きっと俺は玉だらけになってるだろう。


「だがな、そんな歪存在でも守れるものはあると信じてるんだよ、俺は」


 ……ケッ、らしくねぇ事を言っちまった…なんかこいつ相手だと油断しちまうんだよな…。


「……まだ私の十分の一も生きていないのに…立派ね、でもね、定型文かもしれないどその生き方は辛いわよ?誰かに頼る生き方も模索してもいいんじゃないって言うのは簡単だけど、難しいわよね…」


「……もしそんな事を言ってきたら一発ぶん殴ってやろうと思ったが…何だ?お前のその俺に対する理解力は、悉くタブーを回避していくぞ」


「だってそうでしょ?その人にはその人の人生がある、それを否定するのはその人全ての否定だもの、対して知り合って数日の人間が口を出せるほど軽いものじゃないわ」


「…ま、そうだな」


「……これでも結構生き続けてきたからね、だから、私がその頼れる人になりましょう!」


「はぁ?何言ってんだお前…」


 急にイカレた事を言い出した…何だ?コイツ…。


「私は貴方の子供達と違って、真に対等よ?貴方と力のベクトルは違うけれど実力は均衡してるし…それに取引しあった仲じゃない」


「あ?いらねぇよ、誰かに頼るのは確かに良いことかもな、だが俺にはいらねぇ、俺はそういう生き方をすると駄目になる、きっと俺じゃなくなる」


 魔物退治なんてその最たる例だ、本当はもっと安全な、普通の職業もあった、確かに安全だ、危険と隣り合わせなんて事にはならないだろう…けどな、なんか違えと思ったんだ。


 生き続けていた環境の違い、その差異を直すには俺はもう遅かった、取り返しのつかない所まで深く、俺の根幹に深く突き刺さっている。


「偉そうに頼れる人になりましょう!…なーんて言ったけど、本当は違うの、私は頼りにされたいのと同時に頼りにしたいのよ貴方のことを…多分」


「あ?」


「私も急な事で動揺している、頑張って誤魔化してきたけどね、きっと一人だと責任感で潰れていたでしょうね…でも、貴方が現れた」


「………」


「最初は警戒していた、だってあの状況よ?でもその警戒は長続きしなかった、あんな不用意に宝物級の聖弓を放り投げたんだもの、そして必然的に出会い、今、行動を共にしている。……きっとね、私達は似てるのよ」


「ケッ!似てねぇよ、俺と、お前は」


「そうかしら…まぁ、私は勝手に似てるって思うけどね、それにね私達はこの中で唯一対等の仲よ、他の子供達とは違う。そんなフェアな関係を続けていきたいの…私だけが頼るわけにはいかないもの…だから頼りなさい!私を!」


「そうしたら、頼り、頼られる…理想的な対等関係じゃない?私達!」


 キラッキラの眩しい笑顔で、そんな小っ恥ずかしい言葉を言ってきた、普段だったら即座に鼻で笑っていただろうが、何故か出来なかった。


「ハッ、んな小っ恥ずかしい事よく言えんな、ま、お前が俺を頼るのは自由だ、検討してやらん事も無い…俺は頼らんがな」


「なんと!ほんっとうにいじっぱりねぇー…ま、いいわ、いつか頼らせてみせる…当分はそれが目的ね」


「へっ、言ってろ…」


 無理矢理鼻で笑う…お前の笑顔に見惚れてたなんて、絶対に認めるわけにはいかないからな。



 ────


 あれから数ヶ月が経ち、現在は二十九階層、折り返し地点を少し進んだ所だ。


 結局あのやたら強い魔物は階層ごとに出てきたが、この階層になるまで俺が前線に立つ事は少なかった。


 基本的にサポートをすれば他のガキ共が対応できる範囲であったのが幸いだ、新しく近接にシズクが入り、安定としている、魔術戦力も上々だ、地上に出たらそれなりの実力者と驚かれる事になるだろう。


「はぁあッ!」


 目の前の昆虫型の魔物を叩き潰す、この階層は昆虫型の魔物が多く、毒を飛ばされる事が多い。


 体質的に毒が効かない俺が自然とサポートから前線に変わるのはごく自然な事だった。


「………今日中にこの森を突っ切るぞ、目指すは三十階層、セーフティポイントだ!」


 このダンジョンを進むうちに判明した事だが、十、二十階層は魔物が一切湧かないセーフティポイントという事だ、恐らく最初の街は零階層という事になるのだろう。


 この森は野営するには厳しい、焚き火の光に魔物は寄ってくるし、寝てる最中に襲われる可能性もある。それにあいつらは音を出さない、気づかれずに毒牙に刺される可能性もあった。


 だから今日中に踏破したい所なんだが…現在はもう夕方に近い、十中八九野営する事になるだろう。


 あれから更にスピードを上げて進むが…扉は見えない。


「カイン?もう暗いし、危ないけど野営するしかないわ」


「……それもそうだな…よし、お前ら止まれ、ここで野営をする、今日の見張りは俺、他全員は明日に備えて寝ろ、いいな?」


「「「「はい!」」」


 ユミナのエルフ達が返事をする。


 よし、いい返事だ、最初の頃はただの同行者だったが、今ではコイツらも中々言う事を聞くようになった……可愛い部下みたいなもんだ。


「でも貴方の負担が大きすぎる、私も……」


「俺は数日寝なくても運動スペックは変わらん、それにお前が万全な状況でなければ勝てるものも勝てん、お前は絶対に寝ろ、なに、最近は逆に寝過ぎていたくらいだ、問題は無い」


 昔は不眠不休で一週間以上動きっぱなしだった事もある、流石にそこまでしたら能力は落ちるがな。


「私が言ってるのはそう言う意味じゃなくて…んもおぉ!分からない人ねぇ…」


「あ?うるせぇとっとと寝ろ、安心しろ…お前達は守ってやる」


「…そう言ってカッコいい事言っても騙されてあげないんだから…でも貴方の言ってる事も正しいわ、今回は騙されてあげる、でも!明日の戦闘はなるべく自重する事!いいわね!」


 まるで親が子を躾けるように言う、ま、俺にはそんなものいないが分からないんだが。


「うるせぇ、分かったよ、明日はなるべく戦闘をお前らに任せる」


「分かったならいいわ、それじゃあ私達はテントの設営をするわね」


「あぁ、任せる…俺は今のうちに少し寝る、お前らが寝る時間になったら起こせ、飯もその時に食う」


 今は少しでも体力を温存させなければ、いつもはコミュニケーションをする場として飯は全員で食う、俺の場合連携などは自分で合わせられるから、俺としては俺以外の奴らだけで食えばいいと思うが、ガキ共が一緒にと言って効かねぇからな。


 コミュニケーションは連帯感には必要だ、仲良い奴と一緒にいれば自然と愛着が湧く、逆もまた然り…だが、幸いガキ共同士は仲良いからな、これも問題ない。


「分かったわ、それじゃあおやすみなさい」


「おい!分かってるとは思うが絶対に起こせよ、寝かせたままするのは無しだぞ、それは裏切りだからな!」


 偶にガキ共がそういういらねぇ気遣いをするからな、心配だ。


「はいはい分かってるわよ、私はちゃんと起こすわ」


 もしガキ共がそういういらねぇ気遣いをしてもユミナなら起こしてくれるだろう。コイツは必要な時はしっかり理解している。


「フッ、お前はこういう時にはありがたい存在だな、頼りになるよ」


「……むぅ、私はもっと根幹的な部分で頼られるたいのだけど…ま、今はこれで満足してあげるわ」


「へっ!言ってろ、………」


 目を閉じ、なるべく楽な体勢を取る。すると自然と意識が澱んでくる。


 俺の体はこういう時便利で、すぐに仮眠を取る事が出来る、ありがたいこった。


「…………」


「ふぅ、やっと寝たわね、やっぱりこういう時にすぐ寝れるのは一種の才能ね、ちょっと羨ましいかも」


 どんな環境で生きていたかは分からないけど、きっと私達とは別世界の様な場所で生きてきたんだと思う。


 私はエルフの国、ユグドミレニアの王族、所謂ハイエルフという存在だ、全てのエルフが尊ぶ存在、他の子達もエルフの貴族で高貴な身分ではある、シルヴィアは違うけどね。


 私は自分の事を高貴なんて全く思えないけど、それでも優遇されて生きてきた事は分かる、だから私の力の範囲で守れる存在、サユリやシルヴィア達だけは守ろうと決めた。


 守ろうと決めたのだけど…見通しが甘かったのは否めない、私もこんな事態は初めてだったから。


 まさか外交しに行った先で巻き込まれてしまうなんて誰が予想できるだろうか。


 まず最初に食料を確保しに行った。最初に食料の争奪戦が起きるのは目に見えて明らかだったから、幸い他の人達は混乱してから、私たちの分は先に確保出来た。


 その時に出会ったのが彼、カイン。目つきは鋭く、まるで全てを敵と認識している様な視線、私より早く冷静にこの状況を察し、行動していた。


 そこから関係が続き、良好な関係を築けているとは思うのだけど…やっぱりやるせないわね。


 だって全く頼ろうとしないんだもの!私は大分歳上だし?頼りになる所を見せようとした…けれどそれは無意味だった。


 だって全く隙がないんだもの、潜ってきた死線が違うというか何というか…結局のところ頼りっぱなしになっている事が殆どだ。


 けれどこれでも大分進歩してきたと思うのだ。最初の頃はこんな風に起こせ、なーんて言ってこなかったもの、きっと仮眠も取らないで見張りをしていただろう。


 ちょっとは信頼されていると思う、けれどちょっぴりだ、私はドーンと頼って欲しいのだけれど…それはまだ駄目らしい。


「……もっと私に頼りなさいよ、この頭でっかち…」


 頭を撫でようと手を近づけるが…止める、カインは近づく存在に敏感だ、きっと触る前にガッ!と手を掴まれるだろう。


 ……自分でも分かっている、多分、きっと、おそらく、もしかしたら…私はカインに惹かれている、三百歳のお姉さんがたったの十数年生きているだけの子に。


 危機的状況での吊り橋効果なんて物はとうに超え、原始的な頼れる男の人として惹かれている、この想いはこの場所でしか育まないのだけど。


 立場が違う、生き方が違う。地上に出たら、この関係だってあっさり切れるだろう……分かっている事だけれど寂しいな…。


 だからどうか、今、このひと時を大切に、エルフにとって刹那であろうとも、この想いは永遠の様に…過ごせたらいいなぁ。


「ユミナさーん!ご飯出来ましたよー!」


 カインの子供達が私を呼ぶ、最初はぎこちなかったけれど、今では割と慕われている自信がある。えへん!


「はーい、今行きます」


「あれ?カイ兄は?寝てるんですか?」


「そうねぇ、後で食べるって言っていたから、ちゃんと残してあげましょ?」


「そうですね!それじゃあ………」



 ────


 ユミナに起こされ、飯を食いながら火の番をする、飯には頑張れ!という無駄なメッセージが書いてあった…恐らくうちのガキ共だろう。


 全く…紙も無駄には出来ないというのに…ま、裏紙としては使えるから残しておいてやるか。


 カサッと茂みから物音がする…やはり来たか。


 本当は木の数本を切り倒して広さを確保したいところだが、その音に釣られて魔物を引き寄せてしまうかもしれん、全く面倒な…。


 続々と現れる魔物…主に昆虫型の魔物だが、コイツらは本当に面倒な一言に尽きる。


 獣の様な知性は無く、ただ獲物を刈り取る為に全身全霊をかける、奴等には怯えなんて感情は無く、殺しきるまで向かってくる、それに生命力も高い、更に毒を持っている個体もいると来たもんだ……だから嫌だったんだがな…。


 槍を携え、構える。半年前とは違い槍の扱いにも慣れたもんだ、今では一番得意な武器種と言えよう。


 魔物が一斉に襲い掛かってくる。冷静に一つずつ落としていく。


 奴等の数は無尽蔵ではないはずだ、いつかピークが過ぎる、それまでは耐久戦だな……。


 幾らか時間が過ぎる、幸い魔物の一匹一匹は雑魚だ、テントに近づかさせる事はおろか、俺に傷がつく事もあるまい…そう思った直後だった。


 焚き火の火が不自然に揺らめく…だが気付くのが遅かった。


 右腕に小さな痛みが走る…即座に右腕に付いている異物を叩き落とす、そこにはまるで髑髏のような、道化の様な模様が付いていた蜘蛛がいた…クソッ……まさか他の虫共は囮だったとは…。


 魔物の狡猾さを侮っていた、それ以前に慢心もしていた、もし本気で警戒していたならばこの攻撃にも対応できていただろう…たらればの話など、どうでもいいがな…。


 腕の痛みが急激に増幅する、毒耐性と言っても、ただ毒に慣れているだけだ、効かないわけではない。


 確実に俺を殺す為の布石…どうやらこのダンジョンも本気を見せてきた様だ。


 だが…問題は無い。


 痛み?そんなのは慣れている。体を動かせているのならばそんなのは些細な問題だ。


 毒が体に回る?それ以上の速さで体に耐性を作ればいい、なぁに、昔から自然とその手の抗体が出来るのは早かった、なら…今回も問題あるまい。


 この程度で死ぬ程度ならば俺は今この場所には居ない。


 まだ夜は長い…迫り来る魔物と痛みに耐えながら、俺は槍を握る。


「……殺せる物なら殺してみろ……ハッ!手前らみたいな雑魚には無理だがな」



 ────


 朝日が登る、なんの原理か知らんがこのダンジョンの中には太陽が写る、疑問などとうに消え、今はもう慣れてしまっているが。


 あの後は慢心を殺し、常に全力で魔物を撃退していた、何度か同じ様に奇襲をしてきたがそう何度も引っ掛かる俺では無い、全部潰してやった。


 魔物を殺した数としては……何匹だろうか?百の先からは数えていないが……。


「…ふぅ…」


 朝日が登り始めたところで、魔物が襲ってくる数が激減した。あの襲ってきた魔物共は夜行性らしいな、そういえば昼と種類が違かった。


 毒の痛みは一向に収まらない、むしろどんどんと増すぐらいだ、どうやら相当強い毒の様だ。


 脂汗が滲む…そろそろあいつらを起こす時間だ…なんとか誤魔化せればいいが……。


「おい、お前ら!起きろ…朝だぞ」


 そう声を掛けると続々とテントから出て来る。寝起きが良いのはいい事だ。


「……ふぁあ…おはよ、カイン…どうだった?魔物は…」


 ユミナが眠そうに返事をして来る、コイツは朝が弱いんだったな…。


「……問題は無い、数は多かったが、一個体は雑魚だった」


「そう?それならよかっ……待って……カイン、体ちょっと見せて」


 クソが…やはりこういう時コイツは目敏い、今まではありがたかったが、今は少し厄介だ。


「問題は…無いと言ったはずだ…」


「じゃあ他の子達がいない場所に行きましょ、それならいいでしょう?……ガイ!他の子朝食の準備をお願い!」


「あ、はい!わかりました」


 まるで有無を言わさない様に他の奴らに指示を渡す。


「さっさと来て、拒否権は無いから…」


「……チッ…」


 ………少しガキ共から離れ、無理矢理地面に座らされる。


「上着、脱いで、速く」


「問題ないと言ってるだろうが…!」


「いいから!速く!」


「ぐ………」


 普段と打って変わって強い口調だ。これには俺も従わざるをえない様な雰囲気だ。


「貴方のそういう所…否定するつもりはないけど…嫌いだわ、ええ、今心底嫌になった。でもこれは私のエゴ…勝手なのよね…」


 手を止めず、処置を続けている。嫌…か、それでも否定しないのはコイツの生き方なのか、それとも俺を慮っているのか…。


「こんなにも体を蝕んでいるなんて…しかもこの毒…カイン?いつから我慢してたの?こんなに症状が進んでいるなんて…こんなの数時間経っていないと…ってまさか!貴方…もしかしてずっと…」


「うるせぇ…テメェのケツは自分で拭く…これは俺の自業自得だ、ハッ!俺もこの生活に慣れちまってた様だな、自分の力を過信していた…もうちっと命の駆け引きをするべきだった…」


 いつも通りの言動、俺のこの体に染み込んだ習慣はそう簡単には抜けん、むしろ日に日により強固になっていく…。


「…やっぱり私は頼りないかしら…いえ、頼りないわよね、私達ずっと貴方におんぶに抱っこ、対等なんて言ってたのが馬鹿みたい…全然対等に慣れてないじゃない…」


 が、コイツの前ではそれが少し砕ける。ハッ!何が対等じゃないだ、俺の中ではお前は充分に対等なんだよ。


 じゃなかったら俺のガキ共をお前に任したりなんかしない、俺の寝姿なんて絶対に見せやしない、決して守るだけではない、背中を任せられるからこそ、俺はお前に起こす事を任せた。


 俺は絶対に人を頼らない、どんなに小さな事でも自分でやるか、ガキ共にやらせる、ましてや自分の起床させるなんて事はガキ共にさえさせなかった。


「対等だよ、お前だけは」


「違う…だったらこんなになるまで一人で戦うわけないもん…」


 いつもの大人びた口調とは違い、見た目相応なその姿は、涙を堪え、悲しみに満ちていた。


「……違えよ、俺は根本的に人に頼りなんてしない、俺の世界は俺だけが分かればいい…だからだろうな、俺は人に頼るっつうことがあり得ないぐらい下手くそなんだ」


 俺がそんな顔にさせてしまった…よく分からない感情が俺の中を駆け回る。だが、そんな顔にさせたままにしたくないと、自分の口を回す。


「下手くそ?」


「あぁ、そうだ、本来この傷の手当ても一人でするつもりだった。自分の弱みなんて見せるわけにはいかないからな…だが、見つかっちまった…お前は本当に人の事をよく見ている」


「………」


「お前は分かっていないだろうがな、これでも頼っているつもりなんだ、お前はそう思っていないだろうがな、俺は簡単に人に体を任せたりなんかしない、それはこの半年間過ごしたお前ならば分かるだろう?」


「確かに、貴方は傷の手当てなんかは絶対に自分でやってた…誰かにさせてるなんて一度も…」


「そもそも、この傷は自分の不始末…自業自得だとさっきも言っただろう?つまり…あれだ……察しろ…」


 男が自分の失敗を見られて恥ずかしいわけが無い、男の意地的にも隠し通しておきたかったんだぞ!本当は。


「察しろって貴方…もう!もうもうもう!本当に意地っ張りね!例え生まれ変わっても治らないほどに意地っ張りだわ!」


「……黙れ」


「もう!男の人って全員そうなのかしら?いえ、きっと貴方が特別に意地っ張りなのね…もう、分かりました!今回は許します!」


 でもね、と付け足す。


「次からは…怪我をしたら言ってね?お願いよ…貴方がいなくなったらと思うと私…」


 いつもとは違い、弱気な姿…一瞬かわ…と言い掛けたが、なんとか押しとどめる。結構珍しいなこの姿は。


「ま、気が向いたらな…」


「もう!気が向いたらって何よ!絶対よ!絶対に次は言ってね、言いなさい!」


「うるせぇ、うるせぇ…わーったよ、お前にだけは言うよ、多分…」


「本当!」


「う……」


 そんなに目をキラキラ輝かせて喜ぶ姿を見たら、実は誤魔化してやろうとしていた心が霧散する…はぁ…ま、コイツだけならいいか、別に…。


「よし!カイン、これ飲んで、外傷は確認した限りあんまり無かったけれど…毒が酷い、この毒は確かアサシンスパイダーの蝕毒…それに呪いまで貰ってるわよ?普通ならその場で昏倒するはずなのだけれど…」


「あ?呪い?そんな変なもん使ってくる敵はいなかったはずだが…まぁいい、というか、俺は簡単に昏倒するような柔な鍛え方してねぇよ!後数時間したら普通の戦闘をこなせるぐらいには回復する…ま、そん時まではお前に任せるわ」


「いや数時間って…待ってなさい、今解毒薬を調合するから、回復すると知っていても心配だし、本来その毒は死に直結するほどの激毒なのよ?でもごめんなさい…解呪は現状だと出来ないのもう少し待ってもらえたら大丈夫なのだけれど…」


「もうボス部屋に入るのは決定事項だからな、解呪についてはどうでもいい、それに解毒薬は有難いが俺はいらん、他のガキ共の為に取っといてくれ、ちょうど良い機会だ、この毒の耐性を作る」


 俺の毒耐性を貫いてくる毒なんて久々だからな…実はちょっと喜んでいる。


 自分の力になる物はなんだって嬉しいもんだ、それを得る為にどんなに辛い目に遭っても死ぬことが無ければ良い。


「貴方ねぇ…!そんなもん知るもんですか!多めに作ってあげるから貴方も飲む事!い、い、わ、ね!」


「………チッ!」


「チッ、じゃなーい!」


 その後結局薬を飲まされる事になった。クソが。



 ────


 その後森を進み、あのやたらめったら強い魔物がいる扉、通称ボス部屋へたどり着いた。


 解毒薬を貰ったとはいえ、現状の俺の身体スペックは普段の半分…いや、もっと低い、四分の一程度で済めば良いほうだろう。


 ……あのやたらめったら強い魔物は一層ごとの強さの差はあまり無いのだが…十層ごとに強くなっている様な気がする…それが少し心配だが…ユミナもいる事だしそこまで心配する必要もあるまい。


「じゃ、じゃあ…入るぞ…」


「うし!今はカインさんは本調子じゃないみたいだし、俺たちだけでやるぞ!」


「「「おー!」」」


 あれから時が過ぎ、少しはやる様になったエドが先頭に立ち、これまたやる様になったガイが音頭をとる。


 他のガキ共もその言葉に続く。フッ…コイツらも成長したもんだ。


 扉の中に入り、最初の時と同様に段々と明るくなってくる。


 そこにいたのは巨大な骸骨、騎士のよう格好をしておりその背格好に似合う巨大な盾と大剣を持っていた…およそ五メートルくらいだろうか?


 骸骨が大剣を振り下ろす様に動き出す、ガキ共はそれを察知し避けようとしているが、骸骨の動きは予想を超えて遥かに速かった。


「ッ!拙い!」


 鈍った体を無理に動かす、なんとか剣を振り下ろす前に体を滑り込ませ、なんとか槍で受け止める。


「グッ…!」


 体が軋む、普段ならば余裕を持って受け止められるはずの攻撃がこんなにも効くとはな…!


「ッ…!ガァ!!」


 なんとか剣を弾き返す、弾き返したところでユミナが弓で骸骨の膝を撃ち体勢を崩してくれる。


「何をボサっとしている!早く動け!さっきのお前らだけでやるというのは虚言だったのか?」


「……!ち、違う!虚言なんかじゃない!おい!みんな!やるぞ!」


 ガイが他の者を鼓舞し、大盾を構える…そうだ、確かに一撃は重いが、お前達も成長している、全員で協力すれば倒せない相手ではないはずだ。


 そこからは最初のビビっていた時とは違い、完全に対処していた。


 あの骸骨は魔法に弱いという事を発見し、近接は攻撃を受け止める事に専念し、メリー、レイチェル達を中心に他の者達はその支援に専念している。


 俺はあの一撃を受け止めて以来特に何もしていない。ユミナもガキ共のちょっとしたフォローをしているが、それだけで、ユミナに頼り切りというわけではない。


「なぁユミナ…あいつら成長したな」


「えぇそうね、とっても成長した。私達の力が無くても自力で魔物と戦っていけてる…まだちょっと危なっかしいけどね」


 いつまでも…庇護の対象であると思っていた存在がこの事態故仕方ないが俺の手から離れ成長している。その事を嬉しくも思い、何処か寂しい感情もある。


 いつかは離れるとは思っていたが…早かったな。


 ガキ共の性根は善良で真面目で…とにかく俺とは違う。


 俺は生き方を変えなかった。善良な存在など食い物にし、悪辣を進んで行い。それに対する悲観なども全く無く、まぁ所謂悪党という存在だ。


 別に俺が悪党なのは仕方ない、何故ならその生き方しかできないから、善良に生きるにはこの体は悪に慣れ過ぎた。


 ガキ共を集めたのも利用する為、手駒が欲しかった。俺に言葉全てに従う便利な駒が。


 ヒナをはじめとしたエド、ユウ…最初はこの三人を拾った。


 命を救われた奴は大体が従順になる、それが幼少期からなら尚更だ。スラムではそんな存在は当たり前のようにいたし、そんな奴らは大体使い捨てにされる…俺もそのつもりだった。


 だけど…なんでだろうな…コイツらのあの信頼しきっている顔が…兄さんと慕ってくれているそんな顔が無くなるのが怖くなった…スラムで生きるには必要の無い情なんていう強者にしか許されない弱さ…それを隠すように、その弱さが有っても生きていけるように…誰よりも強く、ガキ共を護れる存在になろうと誓った…。


 今ではどうだろうか?自分達より遥かに強い魔物がいても全員で力を合わせ、打破する…そこに俺は存在しないし、俺は必要ない。


 いつかの日に、俺は確かにヒナに兄離れしろと言った…。ハッ…何が兄離れしろ…だ、俺の方こそ、そろそろガキ離れしないとな。


 善良な者は善良な者と、悪辣をな者は悪辣な者と、道が交わることは無い。区別をしっかりしないとな…。


「でも、私達の力が無くても大丈夫とは思うけど、それでも私達が要らない訳じゃないと思うわよ?そもそも必要じゃないからもういらない…なんて言うのは寂しいし、私が関わりたいのだしね…そういうのは理屈じゃなくて感情で動く派なの、私」


「………」


 本当に年の功なんて物は厄介だ、俺の考えなど簡単に見透かしてくれる…見透かしていなかったとしてもユミナの言葉は俺を容易く貫く。


 理屈じゃなくて、感情…一緒にいたいからいる…俺もそう思えたら良いのだけどな。


 俺の存在は中々に厄介であると自覚している。スラムの頂点の一角、その立場にいる為に他の派閥から恨み買い、溜まっている…そんな俺と共にいるのはリスクがありすぎる。


 ユミナの言葉は優しいがそれだけでは生きていけないのがスラムだ、まぁ今考えても仕方ない事か。


 ガキ共の戦いは終わりに近づいている、骸骨の動きももう時期止まるだろう。それぐらいガキ共は上手く立ち回っていた。


 エドの剣が頭蓋骨を叩き割る…ガキ共の体は傷を多少は負っているが、致命傷ではない、完璧な勝負運びというべき物だろう。


 骸骨は倒れ、扉が開く。


 ガキ共はその勝利の余韻に浸り、喜んでいる。俺も喜ばしい、ふと笑みが溢れる。


 きっと、このダンジョンから出る頃にはコイツらはもっと成長するだろう。それこそ最初から最後まで俺の手なんて掛からなくなる程に。


 だから、そこまでは…コイツらと共にいるのを許せと…誰にも届くことは無い独白する。


「カイ兄!私達やったよ!」


「へへ!カイ兄さん!俺達もやるもんだろ?」


 ヒナ、エドが誇るように成果を俺に告げる。


「…フッ、馬鹿言うな、なら最初の不意打ちぐらい防いで見せろ」


「グッ…それを言われちゃあ…」


 ガックリと肩を落とすエドを尻目に他の奴らを見渡す。


 自身に満ち溢れている顔だ。


「…だが、まぁ…お前達にしてはやったんじゃないか?やるべき事をした者には褒美が必要だな…今日の飯は豪華にしてやる、とっておきの肉を出してやろう!」


「「「やったー!!」」」


「貴方も大概甘いわね、そういうところ好きよ」


「…チッ!うっせ…」


 揶揄われるように言われてしまい、つい言葉を吐き捨てる。やはり、ユミナにはまだまだ敵わないようだ。



 ────


 昼過ぎにボス部屋き入ったせいか、扉から出た頃には夜になっていた。扉から出てすぐ、俺は解毒薬をさらに投与され、直様休息となった。


 俺としては体の調子は元に戻り始めていたし、解毒薬は要らんと言ったんだが…、ユミナから猛烈に反対を受け、その討論の末、根負けした訳だ…解せん。


「聖樹ユグドラシアよ…彼者(かのもの)に癒やしよ…」


 何やら大層な詠唱が聞こえると同時に、ユミナのがいつも付けているペンダントから光を放ち、体の痛みが急速に和らぐ…おぉ、凄いな、これ。


「なんだ?これは…体が軽い…むしろ、前より動くぞ」


「これは我がユグドミレニアが誇る最大の宝物…王族にしか持つことが許されない…って!あ!」


 ………あー、位が高いとは思ってはいたが王族とは…うむ、やはりというか、そんな気はしていた。


 ガイやらシズクもだが、コイツら全員どう考えても貴族だ、その貴族がユミナの事をあり得ないほど敬っているのを見て想像しない方が馬鹿だ、もしくは能天気…俺のガキ共はそのどちらにも当てはまる。特にヒナとかエドとかな。


「えっと…もう半分ぐらい言っちゃったし、カインなら分かっているとは思うからそのまま続けちゃうわね…それとも…聞きたくないかしら?」


 一抹の不安、関係が変わるのを恐れているのか、そんな感情が見える。


「……ハッ!言うなら言え、言わなければどうでもいい、俺にとっちゃお前達なんぞ共に進むだけの間柄だからな、別にどんな正体であれ、気にする必要もあるまい」


 だから、なるべくその不安を取り除けるように、いつものような口調で言う、まぁ実際俺自身も全く気にしていない。スラムの人間からしたら大通りを歩いている人間ですら別世界の住人だからな、別世界の住人の別世界の住人なんてもう訳が分からんし、そんな奴らと察するのと大して変わらん。というかその対処法しか知らん。


「…!うん!それじゃあそのまま説明するわね!これの名前は聖樹の癒しって言ってね!効果は対象の有害な効果の全除去!どう!凄くないかしら!」


「お、おう…」


 急に早口になった、まぁ自分の好きな物を語り出すと止まらないと言うし、仕方がない事なのかもな。


「さっきも途中まで言ったけどこれはユグドミレニアが誇る宝物でね!この世に二つとない物なのよ!それには理由があってね!ユグドミレニアの王族が生まれた時に聖樹ユグドラシアからの祝福の形なの!だからこの世に二つとない宝物でありながら私専用の物なのよ!どう?凄くない!」


「そ…そうか…」


「そうなの!だから普段は効果を使う事は無いのだけど…貴方には特別よ?本当の本当に特例!ガイ達にだって使った事は無いんだから」


「そんなに大事な物だったらなんで使ったんだ?別に俺としてはあのままでも構わなかったんだぞ?」


 ごく自然な問い、あのままの状態でも治癒できたし、更には解毒剤もまだある。ユミナが特例というぐらいなのだから普段は本当に使わないのだろう…そんな物を何故俺に?


 そう言うとユミナは少し不満そうに、口を窄める。


「もう…言わなくちゃ分からないの?…私がどれだけ貴方を心配したか分かってる?分かってないわよねぇ…」


 少しだけ威圧感を混ぜた声に、少し気圧されながら普段通りの声音で話す。


「うるせぇ、俺のことなんざ心配するだけ無駄だ、諦めろ」


「まぁ貴方はそう言うでしょうね…でも心配するのは私の勝手、私が貴方のことをどう思おうと勝手…でしょ?」


「グッ…!」


 いつもは俺が好き勝手傲慢に言っている手前なんとも言いづらい、そう、俺が自分を張り詰めるのも勝手、ユミナがそれに対し、どう思うのも本来は勝手なのだ、俺はそれを拒否し、ユミナはその拒否を拒否した…まぁ最終的に………。


「…チッ…勝手にしろ…」


 としか言えなくなってしまうのだ。いつも。


「えぇ、そうね、勝手にする」


 はにかみながら微笑む…その顔を直視するには眩しい。


「あー…そういやペンダントと一緒にブレスレットも付けているよな、模様も似ているし関連物なのか?」


 気恥ずかしさから話題を逸らす様に言う。


「!!よく見ているわね、そうよ…さっき聖樹ユグドラシアから祝福が贈られるって言ったわよね?」


 やけに嬉しそうにこちらに問いかけるユミナ、その視線を更に逸らす様に。


「あぁ、言ったな」


 と無愛想に応える。


「実はその祝福において大抵二つの物を戴くの、私の場合はネックレスとブローチね、中には剣と盾とか戦闘に役立つものや逆に針とか戦闘に役に立たない物もあるの、でも必ず二つの物を戴く…」


 その無愛想に言い放す言葉さえも優しく受け流し、自身の想いを丁寧に溢す。


「そして自身の伴侶にその片方を渡す…遥か前から伝わる王族の婚姻方法よ?覚えておきなさい」


 何故か俺に対し覚えるようにと念を押して来る。


「いや、俺が覚えておく必要ねぇだろ、んなもん次の日には忘れてるわ」


「!?ひっどーい!どうしてそういうこと言えるのかしら!ちゃんと人の気持ち考えてくれる?」


「いや、知らねぇよ、人の気持ちなんて考えた事ねぇよ…」


 そのままその流れで口喧嘩もどきの口論を暫く続け、ガキ共に止められるまで続くのだった。結局最終的に俺が打ち負かされた。解せん……。



 ────



 あれから一年経ち、現在は四十九層…もう終盤に差し掛かっている。


 上に行くほど魔物は手強くなり、登るペースもだんだん落ちてきた。


 しかし終わりが見えているからか、ガキ共のメンタルは保てており、コンディションも上々だ。


 むしろ二十とか三十九層の方がメンタル的にキツそうであったな……だがあのグウィンという骸骨ローブの言っている事を愚直に正しいと思えない…。


 こっから十、二十と階層が続いてもおかしくはない……が、まぁ何度かあの骸骨ローブと出会う事はあったが、あの骸骨は敵にしてはなんというか…誇りを持っているというか敵に敬意を持って接している気がする。


 だから信じて良いとは思うが、このダンジョンはあの骸骨ローブが管理していると言っていた。そして自らは四天王の一人なのだと。


 それは良い、問題は他の四天王の存在、まだ他の四天王には出会っていないが、もし他の奴が出てきて、そいつがあの骸骨ローブとは違い、敵をなんとも思わないような普通の敵が出てきたのならば…覚悟しなければなるまい。


 ま、仮定の話だ、今は特段気にする必要はあるまい。


「よーし!ボス部屋の前に着いたね!カイ兄!どうする?今日はここで野営する?それともそのまま行く?」


「そうだな…」


 現在は昼、魔物による被害も特に無し、俺は特に問題ないが他のガキ共がどうかは知らん、その意味も含めてユミナの方へ向く。


「そうねぇ…んー、ガイ達の疲労も大した事ないと思うし、そのまま突っ切っちゃっても良いと思うわよ?」


「そうか…ではこのまま進むぞ」


「「「……………」」」


 ユミナの判断を聞き、方針決めたところで、ユミナのガキ共も含め、ガキ共がこちらの方をジッと見ていた…あ?なんだ?


「お前らどうした?聞いてなかったのか?さっさと進むぞ…」


「いや…あー…」


 ガイが言葉を口に含めるように、何かを言いたげな顔をしているがこちらの様子を窺うだけで言おうとしない…ガイだけではない、他の奴らも同様だ。


「?みんなどうしたの?」


 ユミナが不思議そうな顔でガキ共を見渡す、俺も同様だ。


「んん?…んー……」


 ヒナが更に何か言いたげな顔をする……いや、言いたい事があるなら言えよ。


 そんな俺の心の呟きを察したのか、遂にエドが口を開ける。いや、正確には周りから目配せさせられ言わされたと言う感じなのだが…。


「いや、あのー…カイ兄さんとユミナさん…前々から仲は良いと思ってたんだけど……ここ最近更に仲良くね?」


「あ?」「え…?」


「なんか以心伝心って感じでさ、カイ兄さんってあんましそういう人に意見聞くなんて昔は全然してなかったし、いやなんなら俺達には今もしないけど…けど!ユミナさんにはそんな事ないから…ちょっと気になったというか…なんというか…」


「はぁ…ったく、ゴールが近いからか?んな余計なこと考えやがって…テメェらは目の前の事に集中しやがれ……ユミナもそう思うだろ?」


 ため息混じりに言う、全くだ。そして横にいるユミナを見ると…。


「そそそそうね!ま、全く!何を考えているのかしら!ちゃんと集中して!」


「………はぁ…」


「ななな何よ!そんな残念な子を見るような目をして!私一応貴方よりも年上なのよ!」


「もういい、進むぞー」


「あ!ちょっと待ちなさい!カーイーンー!」


「フハハハハ!誰が待つか」


 笑いながら先に行くカインとそれを追うユミナ…そんな二人も見てヒナは思う。


 あんな陽気な兄は見たことがないと。


 兄は昔から身内以外には冷酷で残酷で…しかし一度身内と認めた人間にはとことん甘く、厳しい人だった。


 そんな兄を見て育った私は兄に憧れていたし、尊敬もしていた。


 だけど…憧れるだけで、何も出来ないとも思っていた。


 結局最後は兄に頼り切りになり、甘えてしまうのだ私達は…そんな存在を兄が頼る訳がない…そんな存在でなくても兄は頼らない。兄は孤高な人だった。


 兄を支えてあげたい、助けてあげたいと思う度に、私達は自覚する。


『あぁ、私達は護られる存在なんだ…』と。


 最初もそう、いつもそう、そして…このダンジョンから脱出出来そうな最後もそう…私達は兄に護られるだけの存在だった。


 最近は自立できていると思っている。しかし、心の奥底では兄がなんとかしてくれるという絶対的な依存があるのだ。


 だけどユミナさんは違う。


 ユミナさんだけが兄と対等だった。頼るだけの私達とは違い、頼り頼られる…そんな関係。


 昔、私達全員が目指して、そして諦めてしまった理想の関係がそこにはあった。


 最初は違かった。兄は誰にも頼らない、誰にも負けず、誰よりも自分に厳しく…そして誰よりも優しい…けど途中から変わってしまったのだ。


 最初に自覚したのは私達が倒した骸骨の騎士と戦う前の夜、兄が他人に寝る瞬間を見せるのは初めて見た。


 寝顔を見る事はある、しかし他人と同じ空間にいながら就寝するなんて私達ですら有り得ない。


 兄は本能的に他人を警戒する。自身の庇護下に置いた物ですらちょっぴり警戒してしまうのが兄という存在だった。それを知った時の私の動揺と嫉妬心は計り知れない。


 その後、ユミナさんに対し少し当たってしまったこともあった。


 どうしてそんなにも兄に信頼されているのか!私達ですら無理だった。どうして!貴女だけが!……と。


 今思っても酷い八つ当たりだ、自分に出来ないことをできる…そんな不条理にあたるただの子供だ。


 でも、そんな八つ当たりさえも優しく包み込み、ユミナさんは言った。


『それはね、私が対等にしてやる!っていうなんていうかな…反骨心?みたいな?……兎に角!私を認めさせてやる!って足掻いた結果なのよね』


 そんなの…そんなの私達だって足掻いた!誰よりも遠い兄に追い付くために、支える為に…でも、それでも無理だったのだ。


 そう言うと、ユミナさんは少し悩ましい顔をしながら言った。


『んー……今から酷いことを言うね?…多分貴女達ではカインと対等になれないと思うの、一生、だってカインは頭でっかちで頑固で強情だもの、一度決めたものは一生変えないわ、何が心変わりするほど決定的な何かを起こすのだとしたら別だけれど……でもヒナちゃん?貴女達はカインに依存してしまっている。誰よりも頼りになる存在だからね、その気持ちは分かる…でも』


 まるで鋭い矢のよう、矢継ぎ早に紡がれる言葉は私の心を抉ってくる…そして理解する、次が、私の息の根(恋心を)を殺す言葉になると。


『貴女の気持ちは届かない、護られることに妥協してしまった貴女では絶対、カインは優しいけど無情よ?妥協してしまって届くほど安い人じゃないわ…届かない星に手を伸ばし…そして手に入れる、それくらいの覚悟をしないと届かない……私でさえ頼りきりになってしまう程頼り甲斐があるんだもの、それを幼い頃からずっと付き合ってきたのだから仕方ない事だと思うわ』


 その言葉は胸にすっと吸い込まれ、あぁ、そうなんだと納得もできた。


 ユミナさん程の人でもそう思ってしまうのだ、それほどまでに兄は位が高い、身分とかそう言う話ではないのだ。魂の格が違う。


 兄は基本的に自分の事を悪人だと思っている。実際起こしてきた事件などは数を数える事は出来ないし、してきた事も善いとは決して言い切れない物が幾つもある。


 だけど、悪人という殻を被ったとしても、悪という属性に染まっていたとしても…その核は変わらない。


 きっと、兄は生まれる場所を間違えたのだ、それ相応の身分で生まれたのならば、決して誰もが称賛してやまない高尚な人物になる。


 この最低で、最悪なスラムという環境であっても消す事ができないほどに兄という光は眩しいのだから…兄は多分『あ?んな訳ねぇだろ、俺は俺だ、この俺から変わる事などあり得ん』とか言って否定するだろうけど。


 高望み…だったのだろう、兄を兄と呼ぶ限り、妹という関係である事を妥協してしまった時、きっと始まる前に終わってしまったのだ。


 それを今自覚した、いや、理解させられた、私たちよりも全然一緒にいる時間が少ないのに、私達の方が兄の事をたくさん知っているのに……それでも私達の中で一番兄を理解しているのはこの人だ。


 流れる涙を拭う…涙なんて初めて流れた、明るく、誰よりもみんなのムードメーカーである事が取り柄だったのに。


 私の恋は終わった…だけど、ただ終わるだけでは終わらせない。


『わかりました…でも!兄はしぶといですからね!覚悟してくださいね!』


 だから、前を振り向いて歩いて行こう、終わってしまったものは仕方ない、しかし、そのまま停滞する方が良くない…だって、兄はそういう甘えは許さない人だから…。


 意識が現在に戻る。


「もー!カイ兄!ユミナさん!そんなに走らないでよー!」


 先駆者として、ユミナさんを応援しよう、ふふっ、きっと先は長いだろうけど。


 それまで兄は私達の兄だ、せいぜい私達占めしておこう…きっと、それはすぐに終わるけれど………。



 ────



 あの後すぐにはしゃぐのを止め、改めてボス部屋の前に立つ。


 実は前々から考えてきた事がある。それはあの最初の一層の再現、自分の力の確認。


 あの時は事故のような形であのやたらでかい狼を屠った。


 その後はガキ共やユミナ達と協力してボスを討ち果たしてきた、まぁ、最初の方は魔物が弱かったからガキ共の成長を見込んで任せっきりにしてきたが、どこか燻る心があった。


 俺はどこまで行けるのだろうか、現在の魔物は最初の頃とは違い手強い存在だ……きっとボス魔物は最初の頃とは比べ物にはならないだろう。


 それに俺は挑戦したい、弱さを持ったまま強者になれると証明したいのだ……きっと反対されるだろうけど。


「カイ兄、もう行く?準備なんかは殆ど終わったよ?」


「あー…それなんだが、お前ら全員に頼みがある」


「カインが頼み?珍しいわね」


 ユミナが割り込んでくる、グッ…!一番の難関はやはりコイツ…コイツは心配性だからな…どう丸め込んだらいいのやら…。


「………今回のボス、俺一人だけで戦わせてくれないか?」


「ふーん…ガイ?ヒナちゃん?貴方達はどう思う?」


「え?俺?…あー、カインさんがやりたいなら止めませんよ?俺は…というか止められません…」


「私はカイ兄がやる事を止めるつもりはないよ」


「そう…じゃあ良いわよ?カインが何かを頼むなんて珍しすぎるし、叶えてあげたいもの」


「お、おぉ」


 まさかこんなにあっさり了承されるとは思わずイマイチな反応をしてしまう…端的に言うと拍子抜けしてしまった。


「但し!」


「あ?あぁ…」


「私達と一緒に行く事!危なくなったら絶対に割り込む!それが約束できるなら良いわよ?」


「あぁ、分かった」


 まぁ、それぐらいなら構わんだろう、俺もここで死のうとしている訳じゃないしな。


「………ユミナさん、良かったんですか?カインさん一人に戦わせちゃって」


 ガイが私に言う、確かにいつもなら危険な事は止めていただろうし、やらせるつもりはない。でもそれは実力に見合ってない場合だ。


 実を言うとこのメンバーの中でカインの戦闘能力は突出している、距離が離れていれば私にも勝てる可能性はあるが至近距離なら瞬殺よ瞬殺。


「いいのよ、カインがやりたいって言った事はなるべくやらせてあげたいし…何より……」


「何より…?」


「ここでダメって言ったら絶対一人で突撃する…なら近くで見ていた方がまだマシよね……」


 カインは基本的には聡明だけど不意に猪突猛進になる、絶対的に自分の考えを重視しているから私達が止めたとしても、『まぁ、それならそれで構わん、勝手にやるだけだ』…と言って突撃するだろう…なんて厄介な…。


 それならば目の届く所に置いておく方が安全だ。


「あー、確かにそうですね、でもカインさん一人で大丈夫ですか?今のボスって相当強いっすよ?流石のカインさんでも危なくないですか?」


 前回のボスは私や子供達全員で戦ってなんとかという難易度だった。でも…カインは…まだ本気を出していなかったように思える。


 まるで周囲を気にしているような、周りを気遣っている範疇で自身の全力で戦っているように感じたのだ。


「んー…カインならなんとかしちゃう!っていう予感があるのよね…」


「はぁ…ユミナさんがそう言うなら信用します…それじゃあ俺は準備しますね」


 ガイがそう言って装備のメンテナンスに戻った。


「さて!私も準備しますか…!」


 いつでもカインを助けられるように。



 ────


 槍を携え、ボス部屋の前に更に改めて立つ、段階としてはまず俺が先に扉に入り、その少し後にガキ共とユミナが入る手筈だ。


 扉に手を掛け押す、扉はグギギといった重い音を立て開く。


 扉を開くと同時に頭の中で何かが切り替わる。


 戦闘本能を呼び起こす、いつものような上品な戦い方ではなく、二年前の、仕事の時のような戦い方だ…。


 中に入り、敵の姿を確認する。


 今回の敵はやけにゴツい鎧を着た大盾と大剣を持っていて、首と胴体が離れている、デュラハンと呼ばれている敵らしい。


 見るからに強者だ、ガキ共ならば中々に苦戦する事が伺える…が、俺は別だ。


 ゆっくりと歩くように前に進み、徐々に速度を上げる。


「ガァッ!」


 先ずは一発、槍を大振りに振り下ろす。


 デュラハンはそれを難なく手に持っている大盾で受け止め、お返しとばかりに大剣で俺を弾き飛ばす。


 受け身を取り、どう攻めるかと思案する…まず邪魔なのは盾だ。


 盾がある限り俺の攻撃は通らんだろう…どうやって剥ぎ取ろうか…。


 …………取り敢えず殴るか。


「うぉらぁ!!」


 槍を振り上げる、また防がれるが、今回は盾を弾き飛ばすように振るったからか、衝撃を殺しきれなかったようだ。


 デュラハンは大きく後退し、こちらを様子を窺っている。


 今度はデュラハンの方から仕掛けてきた。


 鎧を着ているくせにその動きは俊敏だ、距離など感じさせずに俺に接近し、大剣を振り下ろす。


 俊敏といっても俺にとってはそこまで速くはない、見切り、避けると同時に槍を薙ぎ払う。


 槍はデュラハンに当たるが体勢を整えず振るったからかそこまでダメージは無いように見える。


 またもや仕切り直し、距離ができる…同じような攻防が幾つも繋がり、状況は均衡していた。


 ふむ…どうするか…奴の防御力は中々に高い…盾を剥ぎ取る方法を見つけなければ攻略は不可能だろう…。


 一瞬、ユミナが居てくれれば楽…なんて考えが過るが…浮かんだ瞬間にその選択肢を消す。


 あー…?俺はいつからそんなに腑抜けたんだ?


 これは俺が始めた戦いのはずだ、なのにどうしてユミナの事が脳裏に浮かぶ?


 あー…あ…あ?


 脳裏に浮かぶ考えは止まらない、どうしてだ?どうして俺はこんなに……。


 今まで絶対にしてこなかった、戦場での意識の乱れ、その油断が、均衡を崩し、俺に一撃を与えた。


 瀬戸際で槍で受けたもののその一撃は重く、俺は壁まで吹っ飛んだ。


 それでも考えは止まらない。どうして?の四文字が永遠と脳内を回る。


 意識が遠くなる、その状態でもまだ回り続ける。


 音が小さくなる、ユミナが何か俺に叫んだ気がするが、それでも考えは止まらない。


 どうして…どうして?何故…何故?俺は…俺は……こんなに弱くなったんだ?。


「あ?…あー…そうか……ぬるま湯が心地よかったんだな?俺は」


 目の前にデュラハンの剣が迫るそれを両手で挟むようにパンと受け止める。


 実際はパンなんて軽い音ではなく、ガギィン!!という派手な音が出たんだが…まぁ気にする必要はあるまい。


 通称真剣白刃取り、やったのは別に初めてじゃないが魔物相手にやったのは初かもしれない。


 視界がクリーンになる、疑問が解けた事による覚醒ってわけだ。


 そのまま懐に潜り込み、蹴りを入れる。


 鎧があるからか、そこまでダメージは見られないが、距離を離す事には成功した。


 槍を拾い、構える。


 この槍も俺の弱さ原因…と言えるものなのだが、これを捨てるのは流石にな…フッ…コイツと一年以上共に戦ってきたんだ…愛着が湧いても仕方あるまい。


 目の前にはデュラハンが迫ってくる、大剣を振り下ろし、俺を両断する勢いだ。


 ギリギリまで見極め、振り下ろされる前に大剣の側面を全力で殴り、大剣の軌道をずらす、地面に大剣がめり込む……今だ!


 そのまま体の軸を左足に、デュラハンの腕を所謂回し蹴りで蹴りぬく。


 その衝撃でデュラハンは握っていた大剣を離す…狙い通りだ!


 その隙を見逃さず、手離された大剣を遠くに蹴り飛ばす。


 さっきまではどうにか盾を剥ぎ取る方法を考えていたけどよぉ…武器をもぎ取る方が手っ取り早いよなぁ!


 武器を持っていない敵などただの的…こっからペース上げてくぞッ!


 そのまま勢いを殺さずデュラハンを蹴り飛ばし、そのままデュラハンを追撃する。


「フハハハハ!楽しくなってきたな!この野郎!ミンチになる準備はできたかぁ!?」



 ────


 豹変するカイン、その様子を戸惑いながら、飛び出しそうになる体を抑えて見る。


「あー…今まで出てなかったけど、ここで出てきたかぁ……」


 ヒナちゃんがまるでやっちゃったなぁ…みたいな雰囲気を出して言ってくる…え?どういうこと?


 そんな私の視線を感じたからか、ヒナちゃんは私の疑問に答えてくれる。


「えーっとですね…カイ兄の戦い方ってどう思います?」


「え?戦い方?…そうねぇ、冷静沈着、やるべき時にやるべき事をして、手を出しちゃいけない時は手を出さない、質実剛健な戦い方だよね?」


「そうですね、それも合ってはいるんです…いるんですが、それは私達が一緒にいる時の戦い方なんですよね…昔カイ兄の仕事…あ、カイ兄は魔物討伐の仕事をしていたんですが、その仕事をこっそり見学した事があったんです」


「そんな仕事してたの?でもカインなら周りと合わせて堅実な戦い方をしそうよね…」


 あのカインだ、カインはリスクを極端に嫌う…あれ?でもそれは子供達がいる時の話のはず…。


「あ、ちょっとわかりました?そうです、カイ兄は私達がいる時は本当に慎重になるんですが、それが自分一人の事になると、もー!向こう見ずになりまして、しかも他の人の事なんて気にもしませんから、カイ兄以外その討伐場にいないんですよ…付いた異名は鏖殺のカイン…今見ると、本当に無茶な戦い方してるなぁ、カイ兄…」


 本当にそうだ、あんな致命的までに自分の事を度外視にしている戦い方は見たことない、あんな戦い方はカインの並外れた動体視力、運動神経がなければ成立し得ないものだろう。


「それとユミナさん、カイ兄が得意にしている武器って何かわかります?」


「え?カインの得意な武器?槍じゃないの?いつも使っているし」


 だが戦闘を眺めていると…あれ?なんだか槍をあまり使っていないような?


「いえ、カイ兄が槍を本格的に使い始めたのはこのダンジョンに閉じ込められてからなんですよ?昔は長物は好かん!って言ってたもんですから…それに買うお金も無かったですし……」


「それじゃあまさか…カインの本当の戦い方って…!?」


「そうです!カイ兄は本来徒手空拳…武器を用いないで戦うのが本来の戦い方なんですよ?」



 ────


 ………足りんな…これは…。


 俺本来の戦い方、格闘では致命打になり得ん。


 格闘の利点として、本来格闘というのは魔力やらなんやらを込めて用い、対象の内部破裂を狙った戦い方だと聞いた…しかし俺には魔力などこれっぽっちも無い。


 俺が格闘を始めた理由など、金が無くて仕方なく…だ、武器なんて大層なもんを買う余裕は俺には無かった。


 魔物は頑丈だ、本来魔力を込めていない格闘なんかで倒せない存在なんだが…それをどうにかできてしまう程の膂力が俺にはあった。


 あったというか、鍛えていただけだ…だがそれは雑魚までの話、このデュラハンの鎧の硬さには及ばない…せいぜい全力で殴ってヒビを与えるぐらいだ。盾なんて更に硬い、ビクともしないとも言ってもいい。


 だが今の俺にはデュラハンに通じる武器がある…へっ、やっぱ貰っといて良かったなこの槍。


 今までは俺の戦い方が嵌まってなかった…それもそうだ、何故ならそこまでの敵が現れなかったのだから。


 複数人で戦う事に慣れ、本気を出す事が少なくなり、自身の戦い方を研磨しなかった…出来なかった。


 だが今ここで完成する…俺の全力を槍に乗せる戦い方…一瞬をも見極める俺の戦闘方法!今までの経験を全て組み合わせ!新しい俺の戦い方を創る!


 デュラハンの足刈り取るように足払いをし崩す、今!この瞬間、全ての力を槍に乗せる!


「さっさと!沈めッ!!」


 全力で振り下ろした槍は、苦し紛れに構えた大盾をも砕き、デュラハンごと地面を叩き割る。


 ドゴォン!という派手な音を立て崩れる地面…デュラハンの肉体は全然した通り、ミンチとなった。


 警戒は怠らず、確かユミナが言うには残心という物だったか?…だが俺には敵を殺したという確かな感触があった。デュラハンが起きることは二度とあるまい。


 体はボロボロだが調子はすこぶるいい、今までの自分を凌駕したような、漠然的な充実感がある。


 ユミナがこちらに向かって走ってくる。なんだかんだ最後まで手を出さないでいてくれた事には感謝しなくてはな。


「おー、ユミナ、勝ったぞ」


「勝ったぞ…じゃないわよ!馬鹿!いきなり真剣白刃取りした時は本当に心配したんだから!それに吹っ飛ばされた時も本当に本当に……」


 その姿は今までユミナとはかけ離れていた、心身を傷心しきっているような、目尻に涙を溜めながら言ってきた。


「あ、あー…ああん!?」


 急にそんなしおらしくなられても困るってもんだ、俺は、そんな態度に多少面食らってしまったが…なんで俺が戸惑わなきゃいけないんだ!?あ?


「勝手に心配なんかしてんじゃねぇよ、お前に心配されるほど俺は弱くねぇ」


「はぁあ!何よ!人が心配しているのにその言い方!もっと優しく否定してくれてもいいんじゃないかしら!傷つくわよ!私!いいの!?もっとギャン泣きしちゃうわよ!」


「あー!喧しい!悪かったよ!確かに言い方悪かったなこの野郎!でも俺は悪くない、俺がこの程度の敵に負けるって思うお前の認識が悪い」


「なによなによ!もぅ!カインったら!」


 怪我を気にせずユミナとの口喧嘩に励む、なんだかんだ、このギャアーギャアー言い合うのにも慣れてきたもんだ。


 勝利への確信、緩みきった警戒心、この事態はなるべくしてなったもんだ。


 突然、俺達の首元にガシャンと嫌な音がした。


「……あ?」


 静まる声、冷静に…冷静に首元を見る。


 首元には、いかにもな首輪が掛けられていた…禍々しく、お前を絶対に逃がさないという意志がひしひしと感じられる。


「……んー!お疲れ様…よく頑張った!冒険者達よ!困難を乗り越え!第四十九最終フロアボスのナイトハルト君をよく打ち果たした!第五十層はボスのいないフロアだ、もう君達が戦うことはない…勝ったんだ!君達は悪意を踏み倒し、自由への道を切り開いた!おめでとう…おめでとう…心から賞賛を贈ろう拍手を贈ろう!……でも…それってグウィン君が勝手に逃すって言ってるだけだよね?」


 ふざけた口調だ、今まで出会って来た誰よりも愉快で不快な声だ…。


 ガキ共を見る、その首元には俺と同じ首輪が掛けられ、絶望を写している。


「んー!逃すと思った?逃すわけないじゃん!馬鹿なの?我等が魔王様に仇なす輩を僕が逃すとでも?…いや、逃したかもね?そこの君がいなければ」


 そう言い指差してくる…対象は…俺だ。


「ナイトハルト君が負けても、まぁ別に変えの効く存在だし?別にいいんだけど…ナイトハルト君は直接戦闘能力なら四天王にも匹敵しちゃうぐらい強いんだよねー、まぁ四天王の特殊異能がないから、戦ったら絶対に僕らが勝つんだけど…まぁそれでも人間が一人で倒せるわけないんだよ、…凄いね!君、人間やめてんじゃないの?」


 とうとうその姿を見る、ふざけた口調にふさわしい格好…俺達を嘲笑う道化師がそこにはいた。


「いやー!凄い!君は凄いねぇ、凄いから特別賞!その首輪をプレゼントしちゃうね?いやー喜んでくれてるかな?嬉しいよね?」


「あ?さっさと外せ、…いや、殺す」


 槍を思いっきり投擲する、予備動作を極限まで殺し、奴の目には突然槍が迫って来たように見えた筈だ。


「ッッ!……」


 道化師はそれにギョッとしていたが、奴に槍が直撃する寸前、ガギィン!と槍が何かに阻まれるような音がした。


「んー、危ない危ない…本当に危険だなぁ…君は、うっかり障壁を展開しなかったら僕の首吹っ飛んでたよ?マジで…でもごめんね?君の前では警戒心は最大限上げているんだ…何のためにナイトハルト君が倒された後、最終フロアに近づいて油断している君達を狙ったと思っているんだい?」


「チッ!」


「んー!君のそんな悔しそうな顔が見れるなんて嬉しいな…これで二十九層での借りは返せたかな?」


「借りだと…?」


「そう!僕は二十九層で一度君に負けてるんだ…あのアサシンスパイダー、実は僕の特別性でね?本来なら君はそこで死ぬはずなんだ、解毒に成功しても呪いが君を蝕んで死ぬ…流石にユミナちゃんのアレがあったとしてもあの呪いはあれはそんなに弱い物じゃない、即死してもおかしくないほどの強力な呪詛の筈なのに…君は生き残った」


 あれほどに俺達を嘲笑っていたピエロの表情が歪んだ。


「完敗?完敗だねぇ…んー、そんなの許せないよね?負けたままになんてしてやらない、必ず何かしらの形で君達を滅ぼすって決めたんだ、僕は」


 更に更に…口角を曲げ、狂っているように顔を歪める奴は…。


「ナイトハルト君を単独で倒したから君達を逃がさない?そんなのは実はどうでもいいんだよねェ、君達を…君を必ず殺す、カイン君?君が絶望する顔だけが、僕の望みなんだよォ?」


「うるせぇな…とっとと黙って死ね、狂人ッ!」


 落ちた槍を拾い透かさず大きく振り払う…が、やはり障壁に阻まれて止められてしまう。


「おぉ、怖い怖い、十層の障壁が九層まで減らされてるよ、いやぁおしかっ……グッ」


「アンタさっきからカインの事ばっかり見ているけれど…私達のことを忘れたのかしら?馬鹿なんじゃないの?」


 ユミナが奴が喋っている途中に奴の腕を射抜いた、まだ障壁が残っているようで威力が落ちていたが、それでも奴にダメージを与えていた。


「んー、君もいたねぇ…はぁ、やっぱりカイン君とユミナちゃんは厄介だなぁ、でも僕にそんな事していいの?僕がちょっとそれを操作したら…ネ?」


 突如、首が閉まる、別に事程度で窒息はしないが…ッ!まさか!


 ガキ共を見る、ヒナ、ユウ、アルハード、エドは無事だが他の奴等が…!


 急いで駆け寄り、首元に隙間を開ける。


「ほらほらぁ、もっと隙間を開けてあげなきゃ…死んじゃうよ?君の子供達」


「クソがぁ…ッ!チッ!こうなったら首輪ごと引き千切る」


 ニタァっと笑うこの道化師をぶっ殺したい衝動を押し殺し、ガキ共の首輪を引き千切ろうとした瞬間。


「あ、いいの?その首輪を無理矢理取ったらその子死んじゃうよ?しかも、人間としてじゃなくて、化け物としてね」


「………あ??」


「その首輪は輪呪転生の首輪って言ってね?一度付けたが最後、外したらその身を怪物にする呪いを埋め込んでいるのさ…まぁこの使い方は本来の用途の使い方とはちょーっと違うけど、なんなら外してみて試してみればいいんじゃない?どうなるかわからないけど」


「……………」


 どうする、どうすればいい、奴の言っている事は多分合っている、だが、このままではガキ共が…。


「ま、ここで殺すのは面白くないし…今は緩めてあげるよ」


 途端、首の拘束が緩み、ガキ共の呼吸が安定して来た、突然首が閉まったからか、さっき言った四人とユミナの近接組以外を除き、気を失ってしまったが。


「んーふふ…どうだい?自分の大事な者の命を他人に握られる気分は怒ってる?怒ってるかい?怒ってなきゃおかしいよなぁカイン君」


「…………ッッ!」


「おっとー、そんなに睨むなよ怖いだろ?ハハハ、その激怒した顔もいいけどね、僕が見たい顔とはちょーっと違うんだよなぁ…まぁいいか…コホン…それじゃあ取引をしないか?」


「取引?」


 突然訳がわからん事を言い出した奴にユミナが奴に問う。


「そう、取引、僕はね、君達が…いや、カイン君が怖いんだ、人質を取って、絶対安全を確保しないと対面すらしたくない、さっきの槍だってカイン君は本気の本気じゃないんだろう?それなのに僕の全力の障壁を九割砕くなんてたまったもんじゃないよ…だから取引、カイン君、君が死んだら他の人は全員助けてあげるよ?どうする?乗る?」


「ダメよ!カイン!そんなものに乗ってはダメ!」


 ユミナの声色を荒げ言う。


「ユミナちゃーん…ちょっと煩いから黙っててね」


 そう言い、ピエロが光弾をユミナに向けて撃つがユミナはそれを避ける。


「チッ!ほんっとに厄介だね君達は…まぁ、今は答えを聞かないよ、答えはこのダンジョンの出口でしょうネ?ま、早くとも明日までに答えを出してくれよ?そうしないと手が滑って全員の首輪を解いちゃうかも……ネ?」


 そう言い奴は消えていってしまった。


 残ったのは気を失ったガキ共、絶望の眼差しで俺達を見るガキ…そして、俺とユミナの奴への憎しみだけだった。



 ────


「カイン、どうする?奴への対処」


「あぁ…何をすべきか」


 実際問題かなり詰んでいる。


 あの後気絶しているガキ共と他のガキ共を休ませて、その後に奴の言葉が本当に正しいのか俺の首輪を少し外してみたところ。


 まるで肉体がが造り替えられるような激痛に襲われた、幸いすぐに付け直したら痛みは引き、身体の変調も無くなったが…奴の言葉が正しいと証明してしまった。


 この呪いはおそらくだが奴を殺しても止まらん、呪いは首輪にあり、奴が呪いを操っているわけではないからだ、奴が操っているのは首輪だけだ。


「チッ!手詰まりか…」


 空を仰ぐ、何も変わらない、一年以上見続けて来た石壁が、どうしようもなく俺の苛立ちを加速させる。


 油断…油断だ…あの時油断をしなければこうはならなかった…とは言えない、『もし』なんて考えるだけ無駄で、起きてしまったことは覆せない。


 どうする?こうなったら本当に俺が死ぬしか……。


「カイン?今貴方自分が死ぬしかって思ったでしょ…」


「うるせぇよ…んなつもりは俺にもねえ…ねぇが…」


 ガキ共が助けるにはそれしかねぇんじゃないか?さっきからその考えが脳裏にぐるぐると回っている。


「カイン、きっと打開策はある、だから安易な言葉に乗らないで、あの道化師は多分性格が捻り腐っている、きっと私達も逃しはしない…絶対ね」


「俺もわかってる…わかってるが…クソッ!考えが纏まらねえ………」


「………私に一つ手があるの」


「あ?…お前!もしかして」


 ユミナの掛けているペンダントを見つめる。


「そう、この聖樹の癒しさえあれば呪いは解ける…けどこれはそんなに気軽には使えない、一日に一回しか使えないし…全員癒す間にタイムリミットが迫っちゃう…それに…」


「それに?」


「アイツ人間を化け物に変えるって言ってた…そんな状態になった人を元の状態に戻せるかどうかわからない」


「………賭けだな」


 もし奴を殺せたとしても即座に首輪を締められたり、もしくは即座に外されたら俺達の負け、その前に殺せたら俺達の勝ち…と言ったところか…。


 分が悪い賭けだが…やるしかない。


「私はどうすればいい?カイン、あの障壁を破るにはカインの力を使わなければ不可能よ、私には破れない」


「………俺が障壁をぶち破った後、空かさず奴の急所を狙えるか?」


 俺からの問い。


「……えぇ、私なら狙える、撃ち抜けるわ」


「そうか、なら問題はない、時間が勿体ない、ガキ共を起こして進むぞ」


 できる出来ないの問題でもない、やるやらないの問題でもない、これはただの問い掛け、雑談みたいなもんだ。


 成功の成否に限らず、俺達は別れる。そこには身分的な問題や、様々な要因があるが…それでも、この二年間俺達は仲間としてやって来た。


 そこにはあやふやな何かが結ばれた筈だ。きっと、俺はこの二年間を忘れたりしない。


 さぁ…最後の戦いだ。



 ────


「お、来たねぇカイン君、それにユミナちゃん、それと他の子達も…いやあ待ってたよ、つい待ち切れず指を滑らそうとしたけれど何度も何度も我慢したんだ、褒めてくれよ?」


 相変わらずピエロがふざけた声でこちらに語りかけてくる。奴は丁度出口の少し前に陣取っている。


「ハッ、テメェの汚ねぇ面を見るのもこれで終いにしてぇもんだな…」


「汚いなんて酷い、雑談を楽しもうぜ?カイン君、あ!そうだ、さっきその首輪には本来の使い方があるって言ったよね?聞きたい?まぁ聞きたくないって言っても言っちゃうんだけどね、ははは」


「あ?」


「その首輪はね?本来は娯楽用玩具なんだ」


「娯楽用…玩具?」


「そうだよ、ユミナちゃん、ある一人に首輪を付け、もう一人はつけない…なるべく広い空間の方がいいかな?その場所でね?片方の首輪を外すんだ…実はその首輪の呪いの効果は直ぐには現れないんだ、そうだなぁ…2分ぐらいかな?それぐらい経つと化け物化が進行する…でもその前に首輪を相手に無理矢理着けて、擦りつければ呪いを移せるんだよ…後は…分かるよね?」


「そんな……酷い」


「チッ」


 ガキ共が冷や汗を流しているのが見える、本当に性格が歪んでやがる、何よりこれを娯楽用なんて言い切る精神が気持ち悪い。


「そう!そうなったら互いに呪いを移し合う泥沼の戦いさ!できれば親友同士がいいな、その時のショーなんて最高に盛り上がったね、最高だね…まぁ結局は擦りつけた方も化け物になった親友に殺されて死んじゃったんだけどね。いやあの時の泣き叫ぶ声!今でも思い出しちゃうなぁ」


「下衆が…アンタには死すら生温い…!」


「なんとでも言えばいいさ、さぁ選択の時だ…カイン君?君は皆の為に死ねるかな?」


 その姿は気持ち悪い笑顔で歪んでいる。あ?この俺が他の奴の為に死ぬ?そんなの……。


「誰が他の奴の為に命を使ってたまるか、俺は俺が一番大切なんだよ」


「?あれ?予想していたかいと………ボァッ!ガァっ!」


 今の今まで隠していた奥義を使った。


 おそらく奴は俺達を監視していた筈だ、でなけりゃあんな風にタイミングよく現れたりなんかしない。


 だが、俺がこのダンジョンで一度も使っていない技があったとしたら?それを奴が初見で対処できる訳がない、それにこの技は初見殺しの効果も含んでいる。


 縮地法による速さ、俺独自が編み出した特殊な筋力操作により、踏み出しを超高速化する、ただそれだけだ、そのシンプルな効果こそ、俺の奥義足りあるものだ。


 この時の俺の速度は音を超える、そんな速度で思いっきり槍をぶち当てたらどうなるか…分かるだろ?


 奴の障壁なぞ一瞬で叩き割り、正面の扉を粉砕する勢いでぶつかるが、大きく揺れ、軽くヒビが入る程度のダメージで済んでいる。


 俺の槍は十分な威力を叩き出した筈だ。それ程扉が頑丈という事だろう。


 奴の体はまだ五体満足だ、血だらけになっているが、仕留め切れていない!


「ゴホッ…!はぁ…はぁ…やってくれたね、君やっぱり人間じ」


 音もなく、奴の眉間に矢が刺さった。


 狙いは正確、一ミリの狂いもなしに奴を絶命させた。


「よくやったなユミナ、ドンピシャだ」


「あれだけのお膳立てをされたらね…皆!異常は無い?」


 周りを確認する。首輪に異常は無い、無くなりはしないが、締め付けたり、外されたりする事態にはならなかったようだ。


「………作戦は成功だな、他の奴に見つかるのも面倒臭い、さっさとダンジョンから出るぞ」


 俺は奇襲の警戒の為に最後列に、先ずはガキ共から逃さなくては……。


 扉に方は向かい、歩いていく、確か奴の体をここにぶっ飛ばしたからな、死体の表情でも拝んでおくか。


 飛ばした場所に行く、死体は見つかった…見つかったが…その死体の姿は異様だった。


 普通、死に姿というのは恨みや、妬み…あるいは無表情だったり、戸惑い顔が妥当なのだが…なんだ?この異様な笑顔は。


 最後の奴の表情は覚えている。俺の事を人間じゃ無いと驚愕の眼差しで俺を見ていたのは覚えている。…フハハ、今思い出しても滑稽な最後だ…今までの溜飲が下がったのも覚えている…なのに…不信感が払拭できない。


 何故ここまで満面の笑みができる?まるで満足したかのような……。


「フフ…ハハハハハ!!ヒャハハハハァァ!!!」


 脳髄が飛び出ている顔面から狂ったような笑いが溢れ出てくる。


 その瞬間死体と思っていた道化師の体は黒い液体となり、爆散し辺に撒き散らされる。


 幸いコイツの様子を見にきたのは俺だけだったので、ガキ共やユミナには黒い液体に掛かったのは俺だけだった。


「カイン!どうしたの!?」


「問題無い!お前達はさっさと外に………!」


 出ろ…と言う前に、体に異常が出てきた。


 体がやけに重い、歩き出そうと思っても、一歩歩き出すのが億劫になる程身を焦がすような痛みが疼いてきた。


 だが、これ位ならば…俺なら耐えられる。


 一歩一歩着実に、確実に…扉に向かい歩き出す。


 他の奴らはもう外に出ているようだ、偽物では無い、久しぶりに感じる陽光が見える。


 一歩ずつ………一歩ずつ……あと少しで太陽の輝きが見えるというところで。


「ざんねーん…英雄カインの冒険はここで終わってしまうのであった」


 パチンと何か音がした。


 その瞬間さっきまで動かせていた体がとうとう動かなくなった。


 なんだ?何が起こっている?


 全力で体に力を入れる、それでもできたのは少し前を見ることだけだった。


 目の前には意匠が悪い、禍々しい首輪が、その場に落ちていた。


 あぁ…失敗したか…。


 残った感情はそれしかなかった、あれだけ完璧に殺せたという確信が持てたのいうのに…生きていたとはな。


「フフ…んふふふふ、んー!!!!!!殺せたと思った!思ったよね?勿論!殺せたとも!君達は魔王軍四天王が一人、呪縛のマエストロを殺せたとも!僕が一年以上準備してきた呪い分身をね!」


 呪い…分身?


「僕は君が怖い、一年以上見続けてきて君が怖くなかった時なん一時も無かった!恐ろしい!恐ろしいんだよ!君が!そんな僕が、直接君と戦うと思っていたのかい?そんな訳ないじゃ無いか!んー!そんな直接戦うなんてグウィン君でもあるまいし、そんな非効率する訳ないじゃないか!でも君は誇っていいんだぜ?僕と同等の力を持った呪い分身を罠にして、僕の扱う中で最高最大の効果を持つ呪いを大量に!直接受けたうえで体を動かせるんだから、凄いよ!僕の選択は間違っていなかった!んふふふふ!!」


「カイン!今助ける!」


 ユミナが駆けつけてくれるが、道化師がそれを防ぐ。


「ッッ!!退きなさい!!」


「んふふふー、そう言われて退くわけがないんだよねー」


 そういい道化師は障壁を扉一面に敷き、ユミナが通る道を塞ぐ。


「ッッ!」


 ユミナはそれを破壊しようとするが、障壁はびくともしない、ガイやヒナがそれに加勢するも障壁にはまるでダメージが通っていない。


「カイ兄!!」


「カインさん!!」


「んー!!やっぱりカイン君がおかしいだけで、この障壁は硬いんだなー、今それを確認できてホッとしたよ……正直気分がいいから君たちの事は逃してあげてもいいんだけど…後顧の憂いは断つべしって言うし…君達も殺すかー…あ、そうだ、まだ首輪が残っていた。


 クソみたいなニヤケ面でこちらを一瞥した後、奴は大袈裟な動作で指を鳴らす。


 その瞬間ユミナ達の指輪が外れる。それと同時に道化師が呪いのようなものをユミナ達に放つ。


「ンフフ…カイン君は特別呪いとかに強い体をしているからね、あと5分は持つんじゃない?この子たちは別だけど」


「……ガァっ…ぁあ…や……め……ろ……………」


「んー!!!!そう!僕は君が絶望する顔が見たいんだ!君のような圧倒的強者が!僕が恐れ、怖い君のその顔が!んーーーー!!!!!!」


 崩れ落ちるユミナ達、俺は…何もできないのか?


 今までガキ共の兄貴分として守ってきたのに…最後の最後で?コイツらが怪物に成り果てる姿を見ろって言うのか?


 そんなのは…そんな事許せるわけねぇだろ!


 体を動かそうとする、しかしまるで幾億の錘を乗せられているかのように体が重い。


 動け…動け!動け動け動け動け動け動け!!!!!!


 ギギギっ…と体を動かすには鳴ってはならない音が体から鳴るが、んなもん知るか!


 今…立ち上がらなきゃ絶対に後悔する。ガギッ!ボギっ!と骨の軋む音を無視し、体に力を入れる。


 先ずは足から…片膝を立て、そこから両足で立つ…崩れ落ちそうな体を腹筋で支え、手に持つ槍に力を込める。


 今まで自然とできていた事を意識してやるなんざ…あんましねぇから手間取っちまったよ。


「んふふふふ…んふふ…んー…………な、なんで?なんで立ち上がれるんだい?君はもう体を碌に動かせないはずだ。なのに…なんで?なんでなんでなんでなんで!?」


「は、ハハッ……誰の絶望する顔が見たいって?あ?あ!?言ってみろよ、なぁ?道化師よぉ」


「あ、あり得ない…そんなのはあり得ないんだ、アレを真正面から、しかも大量に浴びて、更に首輪の呪いもあるのに、人間が動けるわけないんだっ…!」


 今まで見た事無いほどに焦燥感丸出しの奴を見ているとさらにハッピーだ!無理矢理動かしている体にさらに力が入る。


「はぁ…はぁ…まずは邪魔なコイツからぶっ壊さなきゃな……」


 槍を持つ両手に力を入れる。


「フンッ!!」


 障壁はドゴォン!と鈍い音を出すが破壊するには至らない、無理もない、こっちは呪いを受けて力が全然入らない状態なのだから…だが…それでもこいつをぶっ壊さない理由にはならない。


 続けて力の限りを持って槍を振るう、先程と同じ様な音が鳴る、何度も…何度も何度もコイツが割れるまでッ!。


 ビキッ…と音が鳴る。


「あ、あぁ…!嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!」


「オ……ラアアアァァァァぁぁ!!!」


 最後に全ての力を振り絞り、槍を障壁には叩きつける。


 その瞬間パリーンっと軽快な音がして、障壁は粉々となった。


 あれほどまでに遠くに感じられたユミナたちがすぐそばにいる。


 その事をへっと鼻で笑いながら苦笑い…やればできるな、俺…まぁ俺ならできると思っていたが。


「だ、だか!君が首輪をどうにかできるわけがない!ふ、ふはは!無駄!無駄なんだよ!」


「……あ……?ククッ…なんだよ、…もう忘れたのか?テメェがヒントをくれたのによぉ」


「へ?」


「呪いは片方に押し付ける事ができる…だったか?なるほど、いい事を聞いたぜ…」


 足を引きずり、ユミナ達の貴方のもとへと歩いていく。


 呪いは他人に押し付ける事ができる。それならこいつら全員の呪いを俺に向ける事ができるんじゃないか?


 俺は自己犠牲なんてもんは嫌いだ。反吐が出る、でもそれでもコイツらが化け物になるのを見るよりはマシだ。それに…それに…。


 ヒナ、エド、ユウ、アルハード、エミリー、レベッカ、マリア、メリー、アルフ…それにアル、ガイ、ユズリハ、シズク、サユリ、レイチェル、シルヴィア、俺は…コイツらの兄貴分だからな。


 他人なら絶対に見捨ててた。例え知り合いであろうと友人がいたら、友人であろうと、俺は絶対に見捨ててた。


 ………いつの日か、ヒナが俺は生まれてくる場所が違かったら絶対に高尚な人間になる…つってたか?…ハッ、笑わせてくれる…もしそうなるのだとしてもとしても、今の俺は絶対にごめんだね。


 赤の他人まで救う?んなもん、本当に大切なものを知らないから、んな事ができるんだ。知らない人間まで本気で助けたいと思えるようになったら、それはそれでそいつが可哀想に思えるね、哀れな人間モドキって言ってやりたいくらいだ。


 俺は生まれは底辺だ、底の底、最底辺からこの世界を見てきた。


 俺より小さいガキが死ぬことなんざ日常茶飯事だった。俺よりデカい大人が死ぬなんて当たり前だった…他人はゴミ…自分だけが生き残れば良い世界、そこで生まれた…それでも、そんな世界でも大切な物ができたんだ。


 それはきっと本当に不要で、捨ててしまえばい生きやすく、身軽になるなんて分かっていた。それでも捨てたくないと思えるような存在に出会う事ができた。


 きっと、当たり前を当たり前と思えるような世界では得ることは出来なかった。この最底辺な世界で生まれたからこそ!俺は、俺として存在できている。カインとして生きていけたんだ!


 ズリっ、ズリっと足を引きずり歩く…さっきの障壁を割ることに俺の全力を使い果たした。もう…碌に体が動かねぇ…きっと、俺の冒険はここで終わるだろう。


「…ヒナ、ハハ…お前とエドとユウを…最初に拾ったんだったか?最初の頃のお前は本当に無口だったな、今ではお転婆になったもんだが…悪いな、お前の事最後まで見れなくて」


「カイ……兄?」


 ヒナの首輪を腕に巻く、どうやら自動的にサイズが変わるらしく、腕輪としても機能していた。


「エド…お前は本当にお調子もんでな…それでもその明るさは大事なもんだ、これからも…その調子でな…」


「カイ…兄さん…」


「ユウ…お前は本当に手が掛からなかった。いつも周りの事に目を向けて、自分の成すべきことを成していた…お前なら大丈夫、このままやっていける筈だ」


「兄…さんっ!」


「アルハード…お前は無口だが、それでもお前の気持ちはしっかりと伝わってくる…あの時、最初の層でお前が溢したあの言葉…俺は本当に嬉しかったんだぜ?それと同時に優しいお前にそんな事をさせたのは本当に悪かったと思っている…ごめんな?」


「……兄…さん…」


「エミリー…お前がいつも怯えていたのは分かる…だがその怯えを抑え、ユミナに弓術まで学んで戦ってくれたのは今でも覚えている、よくやったな」


「お兄…様?」


 次々と首輪を回収し、嵌めていく、呪いが強まるのが感じ取れる…それと同時に自分の体が変容していくのも。


「レベッカ…お前が誰よりも優しいのは知っている、そしてお前が俺に大分依存しているのも…最近は少し外に目を向けることも多くなった…そのまま進め」


「兄…さん!!」


「メリー…お前はそのまま魔術を教えてもらえ、なぁに、レイチェルはいい奴だ…そのまま学べば…学びは絶対お前の力になる、励めよ」


「お兄…ちゃん」


「マリア…お前は生まれながらにしてハンデを持っている…だがそのハンデを打ち消すほどとの良さがお前にはある、治癒術なんかじゃなく、お前のその生き方は尊いもんだ…まぁ、それでもそのハンデはお前を生き辛くするだろう…だが、そんな時は人に頼れ、ヒナ達でも、ユミナ達でも…大丈夫だ、コイツらは頼りになる奴らだよ」


「お、お兄ちゃん?」


「そして、アルフ…お前はこの冒険で一切戦わなかったな…仕方あるまい、お前はまだ幼い…だが、お前は戦い以外で役に立っていたな…だがな、そんな事よりも、大切な事がある、お前は俺達の帰る場所で戦う理由だった…戦えないお前がいるからこそ、俺達は戦えた、帰る場所を護るからこそ、いつも以上の力が出せた…フッ、こうして無事とは言えんがしっかりと帰せて俺は俺が誇らしい…これからも健やかにな」


「兄ちゃん…」


 ゴフッ…そろそろ…限界が近いか?なぁに…俺なら、大丈夫な筈だ…俺なら……。


「ガイ、テメェは中々に骨がある奴だ。お前なら…マリアを任せるのも吝かでもなくもなくもない…まぁ、そこら辺はマリアに任せる…まぁやってみせろ」


「カイン…さん?」


 こいつがマリアに好意を持っているのは分かっていた。まぁガイは性格は悪くない、マリアもガイを気に入ってるようだしな…まぁなるようになるだろ。


「アル…それにシズク、お前は俺のシゴキによく耐えた…これからも怠けるんじゃねぇぞ…」


「カイン様…」


「師……匠…?」


 チッ…様呼びと師匠呼びは止めろってつったんだがな…まぁ、今更か。


「ユズリハ…サユリ…レイチェル…いつもガキ共の世話してくれてありがとうな…ユズリハはそのままエミリーに弓術を教えてくれるとありがたい…マリアはまだまだ未熟だからな…サユリが面倒を見てくれるとありがたい…レイチェルは…メリーの相手をしてくれてありがとう、きっと…メリーも喜んでいる筈だ」


 この三人にはガキ共もよく懐いていたな…まぁユミナ達は性格のいい奴らが多いいからな…任せてやらんこともない…俺はもう…見てやれないからな。


「シルヴィア…テメェについちゃ何も言わねぇ…が、だが、アルハードにちょっかい出すならもっと積極的にいったほうがいいぞ?あいつ鈍いからな…」


「んな!なんで!」


 まぁシルヴィアは確かうちの国の王女だったか?んな高貴?な奴がまさかうちのアルハードとはなぁ…まぁ本人の自由だ、俺が気にする必要はあるまい。


 さて…これで首輪はあと一つ…ガキ共の分は全て回収した…後は…。


「カ……イン…駄目よ…貴方だけに押し付けるわけには…」


 ユミナは呪いに少しは耐性があるのか、ガキ共とは違い、まだ体が少し動いているようだ…それを横目で見ながらユミナが着けていた首輪に手を伸ばす。


「駄目…駄目駄目駄目駄目!!」


「へ…んな体で対抗できるわけねぇだろうが、さっさと渡せ」


「駄目…ダメったら!だって…カインの体…戻らなくなっちゃう!」


 そう言われ自分の体の状態を確認する。


 頭からは変な角が生えているし、肉体が意志とは関係なく流動している…体が作り替えられてるな…こりゃ。


「これ以上貴方に負担を掛けたら…戻れなくなっちゃう!!だからこれ以上は…お願い…やめて…」


「………………あぁ、そうだな…もう手遅れだ」


 無理矢理首輪をひったくり、腕に着ける…これで…全部か…。


 合計で十九個の首輪…腕とか体の余っているスペースに着けているから腕輪とか足輪とかになっているが…気にする必要もあるまい。


「駄目!今すぐ返して!他の子の分も…速く!」


「ケッ……やだよ、テメェらは…ゴフッ……速くこっから出て行きやがれ……」


 あー…俺なら大丈夫っつー自己暗示が解けかけた…危ねぇ…でもそろそろ限界だな…。


「私!貴方と対等になるって決めたの!それなのに…こんな…全部押し付けて…こんなの全然対等じゃない!私だけは…私だけは貴方に…貴方と…」


「ゴホッ…コフッ…んあ?…俺とお前が?対等だって?…んなもん当たり前だろうが」


 目がチカチカする…黒と白の景色が瞬間瞬間に切り替わり続けて、気分が悪くなる…フハッ…気分なんざ…呪いなんつーもんで、ずっと最低で、これ以上下がること無いんだがな…。


「俺は…ガキ共の親代わり…兄としていつも上の立場にいた。別にその事に不満なんざない、ビビリなんかもしない…が、それでもお前がいてくれて何度も助けられた」


「カイン?」


「同じ立場の人間いる…そんなのは別にどうでもいい。お前が…ユミナという存在がいる事が助けになった…ハハ…そういえば…最初に見た時も…認めたくはなかったが…お前に見惚れたのを今でも覚えている」


「………へ?」


 あぁ、決して言うまいと思っていたのに…最後だからって分かるからか?いつにもなく口が滑る。


「それからの日々も…今思えば楽しかったんだろうな…このクソみたいなダンジョンに閉じ込められてるっていうのにな…張り詰めて…張り詰め続けるというのが俺の生き方の筈なのに…お前がいるだけで緩んじまうんだ…」


 ペラペラと俺らしくない…こういう自身を吐露するなんて…でも、こいつ相手なら…そんな俺も悪くない。


 体を…ダンジョンの方へ向ける、これで、俺の役目は終わりだ。こいつらの危険を全て遠ざけた…後は中にいるあの道化師…あいつだけは…アイツだけは徹底的に潰す!


「…あぁ、そうだ…ユミナ、ガキ共を…お前に任せていいか?あいつら…俺がいなくなったらきっと沈むからな…お前なら…お前にしか任せられない…頼むわ」


「いいえ…!そんな事出来ないわ!だって私達は一緒に帰るんだもの!絶対に…絶対に置いて行ったりしない!」


「……優しいなお前は…でも分かるだろ?俺が…もう助からんという事を」


「そ…それは…」


 もう…タイムリミットの5分を超えている…俺の怪物化は止まらんだろう…。


「でも…私…私!貴方を諦めることなんて絶対出来ない!嫌よ!いやいやいやいや!」


 駄々を捏ねるユミナを見て、何故だが笑みが溢れる。


「ハハっ…ガキかお前は、俺よりも遥かに年上だろうに…でも…それもお前らしいな」


 このまま去ろうと思ったのに…欲が出てしまった…きっと…この言葉はユミナを傷つけるだろう…責任感が強いユミナの事だ。これからの生き方にも関わるかもしれん…今の俺には、わからないけれど。


 再びユミナの下へ歩き…そっと、砕けやすい硝子に触れるように…慎重に慎重に……そっとユミナの体を抱きしめる。


 まともに触れるユミナの体は…本当に壊れそうで…ユミナの存在が近くに感じられる…きっと、こんな事が起きなかったらこんな事しなかっただろう…住む世界が違うからな。


「へ?へ!?か、カイン?」


「今から酷いことを言う…忘れてくれてもいい、むしろ忘れてくれ…俺は助からん…これは事実だ…それは認めるしかないだろう?」


「でも…でも……!」


 ユミナが両の手を背に伸ばす、周りから見れば抱き合っているように見えるのか?


「だから…お前がいつか助けろ、何年掛かってもいい、どんな助け方でもいい、死を持って救いを与えるのか…それか…別の方法か…お前が好きに決めろ…お前の手で…俺を救え」


 いつの日か…ユミナの事を頼りにすると言った気がする、記憶はもう曖昧で、あやふやだが。


「その時まで…こいつは預かる…ハハッ…取り戻したかったら俺を助けなくちゃあなあ」


 ユミナの胸元のペンダント、聖樹の癒しだったか?それを剥ぎ取り、首にかける、本当はなんでもいいんだが、これが一番印象的だった…ユミナを…側で感じられる気がする。


「カイン…うん!絶対に…絶対に待っててね!何年掛けても…何十年でも何百年でも!絶対絶対絶対!助けるから!」


「そうか…それなら安心だな…」


 本当に忘れてくれていいんだ、ただ俺が言いたかっただけ、ただの自己満足だ。


 あぁ、自己満足といえば一つ…最後に一つだけ言ってしまおう。自分の心の奥底…深淵の中に閉まっていた感情…実は今気づいたんだがな。


「それとユミナ…言い忘れた事がある」


「なに?…カイン…私カインの為なら何でもするよ?何でも言って…」


「俺は…お前に惚れているよ、今も昔も…これからも」


 異形と化した体でダンジョンへと走る…返答は聞かなくてもいい…いつか…また会えた日に応えてくれればそれで…いいんだ。


 ダンジョンへと戻り、道化師を探す、奴はまだ蹲っていた。


「はぁ…はぁ…よぉ道化師、今度こそぶっ殺しに来てやったぞ?クソ道化師が…」


「い、意味がわからない…どうして?何故君は生きている?僕の呪いをあんなにも浴びたのに…わからない…わからない!わからない!」


「あ?…んなもん決まってるだろうが…俺はな、気に食わねえ奴は必ず殺すって決めているんだ…必ず…必ず………」


 肉体の脈動が止まらない…自身の肉が唸り、異様に膨らんでいるのが肌でわかる。


 怪物に成り果てる呪い…側から見たら俺はもう…人間じゃないんだろうな…。


 後一発…後一発この道化師に叩き込めば全てが終わる。


 力を込め、手に持つ槍を全力で振り下ろす前に………。


 バチンっと何かが千切れる音がした…。


「……………………………………」


「ヒッ!……ん?」


 前を見る。


 僕の死は確定した筈だ。もう呪い分身は無い、僕の死を覆す手段も何も無い。


 前にいるのはまさしく怪物だった。


 肉体は歪に、腐れ爛れている、人間の尊厳を冒涜的なまでに破壊し尽くしている。


 その怪物が、槍を振り上げている動作で固まっていた…よく見るとあれ程までに強靭な意志の光を持つ両眼が、曇り、燻っていた。


 慌ててその場所から離れる。


 周囲をよく見ると僕が用意した呪輪転生首輪が幾つも転がっていた。


 ………そうか、カイン君は呪いに強い体質だが、あくまで強いだけ…あれだけの呪いを受けたら流石に自我を保てないか……。


 おそらく怪物化が進み、肉体の大きさが変化している途中に首輪が千切れたんだろう…そうでもないと僕が生きているわけがない。


「とにかく…速く地下に戻らないと……」


 力の大部分は使い果たした。奥の手もいくつも使った…この場にいても僕には何もできない。


 最後に一目…一瞬だけカイン君だったモノを見た。


「…………………」


 動きはない…異常な量な怪物化の呪い…さしものカイン君も生きている訳がない。


 そして道化師は立ち去り、その場には一匹の怪物だけが残った。



 ────


「俺は…お前に惚れているよ、今も昔も…これからも」


「私も…私も好き!貴方を愛してる!これからも!永遠に!ずっとずっと…愛しているわ…」


 そう言う前に、カインは立ち去ってしまった…おそらくあのクズを仕留めるのだろう。


「カイン…カイン…!カイン!」


 私は何も出来なかった…最後の最後までお荷物で…貴方の役に立てなかった…。


 流れ出てくる涙を抑える事なんて出来なかった…生まれ落ちて二百と数年…何の為に生きていたのか分からなくなってしまった。


 私は二百年も何をしていたんだろう?もっと力を付けていれば…もっと強かったなら…カインはきっと救えた筈たのだ。


 涙は止まらない…でも進むしかない…だって…カインに頼まれたんだもの…子供たちを頼むって…。


「皆…立ちなさい…」


 子供達の反応しない…それもそうだ…私達の精神的支柱であったカイン離脱…それは頼りにしていればしているほど心に来るだろう。


「立ちなさい…私達は生きなければならないの…それがカインの意志だもの…」


「でも…カイ兄…カイ兄が!戻らないと!速く…戻らないと…」


「ヒナちゃん…ごめんね…それは難しいの…この状態でダンジョンに戻ったら私達は今度こそ全滅する…それは許せる訳ないの…ごめんね…」


「でも…」


「今は!…進むしかないの…!…わかって…お願い…!」


「ユミナさん…」


 ヒナちゃんは賢い子だ…きっと理解している…。


「…皆、まずは私達の国まで帰ろうと思うの…地理が分からないから…ひとまず周囲を散策するのが直近の目的よ」


 カインはいない…それなら私が頑張るしかない…だって、私はカインと対等なんだもの…それくらい出来なきゃね…。


 カイン…カインカイン…!待っててね…絶対に…絶対に助けるから…。


 私の手で…絶対に…私が絶対に助けるんだ…その為なら何をしてでも…!


 愛しているわ…カイン…。



 ────


 魔王が現れ、一つの国が滅ぼされかけた。


 首都の住民のほとんど全てが何処かに連れ攫われ、その殆どが帰ってこなかったという暗黒王都事件…幸いにも国王とその嫡男は諸国への挨拶回りをしていた最中の出来事であり、無事だったが、国としての機能は果たせず…最初の年はゴーストタウンとなっていたが、周辺の国々や他の領地の支援もあり、再興の兆しが見えている。


 その王国…バゼルギア王国の第一王女シルヴィア•ルヴィーネ•バゼルギアその人が国への帰還を果たしたのはその事件のおよそ二年後であった。


 事件の真相が判明し、首謀者が魔王である事が知れ渡り、その対応策について各国で会談があった。


 ある国では各国全ての戦力を集結し、全軍で魔王に攻めるべき…や、あるいは魔王と相対する勇者を待つべきと言う声も上がる…しかし、とある大国による提案により、各国の意思が固まる。


 大国曰く…古来より魔王に匹敵するのは勇者である…しかし勇者が見つかる保証もない…ならば異世界から呼び出すのはどうか?と。


 前例がない話ではない。数世代前の魔王招来の時は異世界の勇者を召喚したという事例もある。


 全ての国の意思が一つとなった。召喚の儀は各国精鋭の魔術師で構成されたが…召喚の儀はとてつもない魔力と念入りな下準備が必要であり、その前工程が終わるには十年もの時を必要とした。


 ………それから…あの扉は開かれる事なく、静謐に満ちていた。



 ────


 ダンジョンの中、残されたほとんどの住民は帰還する事を諦めていた。


 進めば進むほど強靭になる敵、無茶に行軍による多大な犠牲者…それにより残っている住民は最初の三分の一にも満たない数になっていた。


 しかもその住民の殆どは進む事を諦め、留まることを選んだものや、その住民を守る為に残った者…帰還は絶望的であると悟り、逃げた者だ。


 幸いダンジョンの中には土地があり、農業や酪農も可能な場所も所々ある…無理をしなければ生き続ける事は可能であった。


 そこまでして生き続けたいと思うのか?とも思うが、無理に死ぬ理由もあるまい、住民は来るはずもない救助を惰性的に待つまでである。


 しかし、ダンジョンに閉じ込められおよそ二年が経った頃、突如として悪趣味な意匠の首輪が突如として住民全てに嵌められてしまった。


「んー!!ふふ、ふはは!…今まで頑張ってよく生きてきたね?でもザンネーン君達の努力は無駄だったね?お疲れ様…と言いたいところだけど、僕、やる事があるだよなぁ…まぁ、君達を処理する事なんて後でいくらでもできるし……いっか、まぁ楽しみにしておいてよ、あ、首輪を外す事を推奨するよ?きっと…本当に面白い事が起きるから……ネ?」


 と道化師が突如として現れ、そしてすぐに消えていってしまった…。


 状況が理解できない住民達…そして一人の男が苛立ちながら首輪を外す。


 なんだ…外れるじゃないか…。


 住民の殆どはそう思い、一人、また一人と首輪を外す…しかし最初は特に何の反応もなかったが、時間が経つにつれ、首輪を外した者達が苦しみ出した。


 ガギッ…バギッと体を鈍く鳴らし、悲鳴を上げる者達、次第と彼らの体は変容し、周囲の者達へ助けを求めるが、その異様な光景に住民達は眺めることしか出来なかった。


 悲鳴が止んだ…代わりに、動物のあげるような唸りをあげ、理解不能の叫びを上げる。


 その姿は怪物としか表せないほどに、異形で満ちていた。


 そこから先は…まさしく地獄であった。


 襲い掛かってくる怪物、怪物の攻撃により首輪が外れ、新しい怪物になる住民もいた。


 一斉に逃げる人々…怪物は逃げ遅れた者達を優先して襲う、それを尻目に住民は逃げ続ける。


 怪物のいない場所へ、どこか、平穏に暮らせる場所へ……停滞を選んだ住民はいつまでも逃げ続けるのであった。



 ────


「はぁ…はぁ、アイナ、もっと速く!」


「お、おねいちゃん…私もう…」


 幼い妹を連れ、走る。


 あの鬼畜道化師により、偽りの平穏は崩された。


 怪物から逃げて逃げて逃げて……逃げ続けて数日が経ち、やっとのことで隠れた場所も見つかり、また逃げている。


 もう…ダメかもしれない、怪物は徐々に迫って来る…追いつかれるのも時間の問題だろう。


「アイナ…一人で走れる?」


「お、おねいちゃん?」


「走れる!!」


「う、うん……」


「そっか…なら頑張って走って…ね?」


 引く手を離す、戸惑う妹を見ながら、強め怒気で。


「走りなさい!真っ直ぐ!」


「う、うん!」


 妹は私の言った言葉を素直に聞き、走る…そう、それでいいの。


 妹が助かるなんてわからない、きっと怪物はどこにでもいるだろうし、あの子一人で生きていけるかわからない…それでも…生きて欲しいと思ってしまったのだ。


「こっちよ!」


 走りながら拾った石を怪物に投げつけ、注意を引く…狙い通り、妹ではなく私を狙うようになった。


 そこからは進路を逸れ、妹が走った方向とは別に走り出す…それでも…少ししか時間は稼げなかったけれど。


 怪物に捕まり、足を掴まれる。


 私の人生…どこで間違ったんだろう?


 平穏に…優しい両親と可愛い妹過ごす日々、あの時の日常がどれほど尊いものだったか、今の私なら理解できる。


「ぁあ…私…ここで死ぬのね…」


 怪物の口が大きく開き、私を頭から食べようとしている。


 迫り来る怪物の顎……それが余計に恐怖を加速させた。


「……誰か…助けて…!」


 別に誰かに対して言ったわけではない、ただ、溢れでただけだ…。


「助けて!!!」


 ギギギギギギぃぃぃぃ…と金属を引き摺るような音がする。


 その音を怪物も聞いたのか、私を捕食するのを一瞬停止するが、一瞬だけである、すぐさま行動を再開しようとするが……。


「ガガガガガァァァアアアア!!!!!!」


 張り詰めた矢を発射する様な速さでナニカが飛び出してきた。


 そのナニカは怪物を強引に引きちぎり、その衝動で私は地面に投げ飛ばされる。


「きゃっ」


 短い悲鳴…それすら言い終わる前に、怪物は抉り殺されていた。


 何度も何度も、赤や黒や白色の色が混じった禍々しい何かを執拗に怪物へと突き刺していた。


 やがて怪物がもう動かないと知ると…私の方へと振り返る。


 金属を引き摺る音は変わらず、私はとうとうそのナニカをはっきりと視認できた。


「ィ……!」


 さっきの怪物なんかとは比べ物にならないほどその姿は異形だった。


 膨れ上がる異様な肉体、時々噴火のように噴き出る血潮と散る血肉…まるで時が経つほど体が変容している様に、その肉体は脈動を止めていなかった。


 その根源的恐怖すら覚える冒涜的な存在悲鳴すら出せず、ただその場にいることしかできなかった。


 ソレは私に手を伸ばしてきた。


 あぁ、もうダメなんだと理解できた…助かったと思いたかったけれど…それは無理だったようだ。


 せめて、痛くありませんように…思わず目を閉じてその時を待ってしまう。


 ………が、一向に痛みは来なかった…代わりに首元で何かが千切れる音がした。


「え?」


 目を開ける。


 その異形は千切った首輪を肉体に埋め込み、また何処かへ走り出した。


 首輪を外されたという事は…私は怪物になってしまうのだろうか…恐怖で体が震える……しかし、数分経ってもその気配は無かった。


「もしかして……助けてくれた?」


 どうして助かったのか…分からないけれど…その事実だけは理解できた。


「救世主…?…神…さま?」


 この暗い…地獄で、初めて光を見たという事だけは…理解できたのだった。























 ………暗い闇の底、深淵よりも深い奈落に、一人の獣がいる。


 穢れを一切知らなかったような純白の聖槍は呪いを蓄え…その身に悍ましいほどの呪いを宿していた。


 災厄の獣は…ソコにいるのだった。

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