約束
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幻の道に風の精霊が一枚の紙片を運んできた。
魔物が森へ押し寄せている。食い止めるが、そちらも注意しろ。精霊王様の元へ急げ。
と。
受け取ったリフィロは息を飲んだ。紙片を覗き込んだフィリアも口を押さえた。リフィロの精霊鳥や周囲にいる精霊達の何体かが三人を取り囲み様子を窺っているようだった。ハルカも何が書いてあるのか気になってはいるが、何故か話す言葉は理解できるのに文字を読むことはできなかった。ただ、だんだんと強くなっていく臭いに魔物が近くにいるのではと不安になった。
少し考え込んだフィリアは、
「私、行くわ。クレネス様が心配なの。きっと戦いに出るから」
フィリアの言葉に二人は驚いた。
「殿下、ハルカをお願いします。ハルカ、気をつけて。森は絶対守るから」
決然とフィリアは言う。
「それなら僕も」
言いかけたリフィロを制して
「殿下はハルカを守ってあげて。それにハルカ一人じゃ幻の道は歩けないもの」
「フィリアは一人で大丈夫なの?」
ただならぬ雰囲気を感じて不安げなハルカに
「ええ!私は大丈夫よ。クレネス様の居場所は何となくわかるから!」
フィリアは明るく答える。それで大丈夫なのかと正直思ったが、フィリアの勢いに押されてしまうハルカだった。
「そ、それじゃあ、えっと、そう!ゆびきりっ」
ハルカが小指をフィリアに向けると、フィリアは微笑んで自分の小指をハルカの小指に絡ませた。
「絶対無事に帰ってきてね。約束っ」
「ええ、きっと、約束っ」
フィリアは笑って手を振って走って行った。精霊たちの何体かフィリアにくっついていったように見えた。
(あれ?フィリアってもしかして……)
ここでハルカは初めてフィリアにある疑問を持つが、今問いかける相手はいなくなってしまったので、ひとまずリフィロに確認することにした。
「魔物が森へ来てるんだよね。リフィロ」
「ああ、ハルカにもわかるんだな」
「うん」
「とにかく僕たちは精霊王様の元へ急ごう」
リフィロはそう言うとハルカの手を取って歩き始めた。突然の事にハルカは頬を染めた。
(いやいや、恥ずかしがってる場合じゃないんだけど……。あ、)
リフィロと繋いでいる自分の左手を見つめていると、夢で見た蔓が巻きついているのが再び見えた。リフィロにも見えているだろうかと隣の少年を窺うと、彼は驚くほど青白い顔をしていた。
「リフィロ?大丈夫?」
「うん。きっと大丈夫だ。兄上達が食い止めてくれる」
リフィロはどこか上の空な様子だ。ハルカはリフィロの手が少し震えているのに気が付いた。
「違うよ!リフィロが大丈夫?」
「僕が?」
リフィロはハルカに向き合うと
「僕は何ともない。ハルカの方こそ大丈夫か?……?これは?」
リフィロはハルカの手首に巻きついている蔓に気が付いた。
「ああ、これがハルカの言っていた、精霊王様とのつながりか……」
(何ともないようには見えないんだけど)
ハルカは心配そうにリフィロを見たが、リフィロは魔物に対する不安と取ったようだった。
「そうか、これをたどれば精霊王様の元へ行けるのか……。なら、僕も戦いに行くよ。」
「えっ?リフィロも行っちゃうの?」
「戦力は多い方がいいから。大丈夫。ここなら森の中よりは少しは安全だ。」
「そういうことじゃ……」
「精霊達もこんな時にハルカを惑わすようなことはしないだろう」
「だから……」
「大丈夫。これでも僕は強いんだ。いざとなれば、僕の命に換えても森は守ってみせる」
「っ!それはダメっ!絶対嫌っ!」
「ハルカ……?」
気付けばハルカは泣いていた。
「死んじゃダメなのっ」
「ハルカ……あの……」
リフィロは珍しく動揺していた。先程までの空っぽな感じは無くなり、オロオロとどうしたら良いかわからないといった様子だ。
「リフィロも死んじゃダメっ。帰って来るのっ。ちゃんと約束してっ。私も……頑張るから……」
ハルカは駄々っ子のようだと思ったが、涙が止まらなかった。突然異世界に来て、その世界は大変な状況で、体は思うように動かなくて、目の前の人は、自分を家族だと言ったその人は、いなくなってしまうかもしれなくて。ハルカの心はとっくに限界だった。
「ごめん、ハルカ。魔物を全部倒してちゃんと帰って来るから」
「絶対?約束?」
「うん、約束するよ」
「わかった。じゃあリフィロもゆびきり」
「えっと……」
「こう!」
ハルカはリフィロの小指と自分の小指を絡めた。
「嘘ついたら針千本飲ーます」
「それ、僕が死んだら意味ないんじゃない?」
「じゃあ私が飲むっ」
「ええっ…………あっはははははは」
呆気にとられたリフィロは次の瞬間笑い出していた。それにつられるように、精霊達がさらさらと光を揺らす。
「それは大変だ。絶対約束を破れないな」
ハルカは突然笑い始めたリフィロに驚いたが、リフィロに対して感じていた不安のようなものが薄らいだことに安心した。リフィロは懐から清潔そうな布を取り出すとハルカの頬を拭った。温かく柔らかな感触に気持ちが緩みかけたハルカにリフィロが言った。
「精霊王様を頼む。きっとハルカにしかできない」
その言葉に、自分のすべき事を思い出す。自分の力に対する不信感が大きいハルカはまた気が重くなった。
「この蔓の先なんだよね」
「ああ。じゃあ僕も行ってくる」
「約束だからね?」
「約束だ」
リフィロは契約精霊の氷の鳥と一緒に走って行った。
一人、幻の道に立ち止まっているハルカは手首に巻き付いた蔓を見た。
(どうしてまた見えるようになったの?もしかして、精霊王様に近づいたから?きっとそうだよね!)
ハルカは明るい予測を立てて、自分を奮い立たせた。自分が精霊王の元へ行っても何にもならないかもしれない。けれど、今はやるしかないのだ。そんなハルカの周りを精霊達が飛び回っている。
「ふふ、応援してくれてるのかな?」
そうだといいな、と思いながらハルカは淡く光る蔓が示す道を歩き始めた。
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