精霊樹へ
来ていただいてありがとうございます
「我のもとへ来るのだ……早く契約を……そうすればそなたも我も……」
途切れていく声、薄らいでいく美しい姿に
「消えてく?ちょっと待って!まだ聞きたいことがっ」
ハルカの呼びかけは届かない。
(私にそんな力本当にあるの……?)
「ハルカ、ハルカっ、大丈夫?」
ハルカはフィリアの切羽詰まった声で目を覚ました。
「……フィリア?」
「ああ良かった!全然起きないから心配したわ」
起き上がったハルカをフィリアは涙を浮かべて抱きしめた。そばには安堵したような表情のエレもいた。声をかけてもなかなか目覚めないハルカを心配してエレがフィリアを呼んできたのだった。窓から差し込む光はだいぶ日が高いことを示していた。相変わらず体は重く、起きたばかりでまだ頭はぼんやりとしていたが、二人に笑って言った。
「フィリア、エレさんも。心配かけてごめんなさい。ありがとう。何か変な夢見ちゃって」
「良かったわ。体調は……変わらずって感じね。それで?変な夢って?」
「うん。何か森の精霊王様に会ってお話した」
「えっ?」
「まあっ」
フィリアとエレは驚いて顔を見合わせた。
その後の展開は早かった。ハルカが夢の内容を伝えると、
「まあ、ただの夢なんだけど……」
ハルカは夢の中で蔓が巻き付いていた手首を見たが、今は跡形も無い。
「大変っ、すぐに皆様に伝えなきゃっ」
フィリアはハルカの話を聞き終わると慌てて立ち上がり部屋を出ていった。
「え」
エレはテキパキとハルカの支度を整え始めた。
「あれ?」
結果としてハルカの夢の話は国王以下全ての王族や幹部、討伐部に伝えられた。ちなみに次期国王候補である第一王子は現在、避難民受け入れの折衝のため南方の島国へ赴いている。
森の精霊王の目覚めは皆の悲願だ。しかし彼を目覚めさせる方法は見つからず、森の北と西を囲む魔物の砂原の侵食もじわじわと続いている。国民たちの心を諦めと絶望が支配しつつあるのだ。そんな中でのハルカの森の精霊王との邂逅である。ハルカがいくら夢の話だと言っても取り合ってもらえなかった。皆の中にはハルカの話に懐疑的な者たちもいたが、国王は素早く決断した。
「わずかでも可能性があるのならそれに掛けよう」
もちろん全国民の避難の準備を進めながらである。
こうして、ハルカとフィリア、そしてリフィロの三人は再び幻の道を歩いていた。森の最奥、精霊樹を目指して。森の中は木の根が張り巡らされており、体力のないハルカが歩くには無理があった。リフィロの道案内とフィリアの支えが必要との判断だった。リフィロが契約している鳥の姿をした氷の精霊を呼び出し、先導する。ハルカは再び幻想的な世界を見られたことを少し喜んだ。だが、それも最初のうちだけで、あっという間に息が上がってきた。
「ハルカ、大丈夫?」
苦しそうに歩き続けるハルカを支えながらフィリアが心配気に尋ねる。
「うん、精霊王様の話だと病気って訳じゃないみたいだし、頑張る」
言いつつもハルカにはまだ半信半疑だった。ハルカは元の世界ではただの高校生だったのだ。
「ハルカが会ったという森の精霊王様の姿は話に聞くそれと同じだ。その方がお呼びということは早く向かった方がいい」
前を向いたままリフィロが言う。
「リフィロは精霊王様に会ったことないの?」
「……ああ」
「精霊王様は五年ほど前に眠りにつかれたの。私たちは十歳になると魔法を一人で使うことが許されて、精霊王様の元へ行くの。そこで初めて精霊王様にご挨拶するのよ」
フィリアが説明してくれるが、どことなく声が悲し気に聞こえる。
「僕が精霊王様にお会いする前に、数えきれないくらいの魔物たちが急に森へ侵入しようとしたんだ。精霊王様はそれを食い止めるために力をほとんど使い果たしてしまった」
ハルカの前を歩いているリフィロの表情は見えないが、何だか苦しんでいるようにハルカには感じられた。ハルカは二人の、特にリフィロの沈んだ様子が気にかかった。彼らを守護する森の精霊王が眠りについたのだから、当然なのだろう。ただ、それだけではないような気がした。けれどなんとなく理由を聞くことはできなかった。
その時、突然鳥の姿の精霊が三人の周囲をくるくると飛び回り始めた。かなり慌てているようだ。ハルカも鼻と口を押さえてしゃがみこんだ。
「う、なんか焦げ臭い、気持ち悪い……」
「急にどうしたんだ、二人ともっ」
リフィロが精霊鳥とハルカの様子に驚く。
「……まさか、これは……魔物が森に?」
フィリアが茫然とつぶやいた。
琥珀の砂を巻き上げて、無数の悪意が迫ってくる。
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