最終話
来ていただいてありがとうございます。
夢を見ていた
魔物達の跋扈する砂原を進んでいく。その北限へ向かって。途中倒れる者たちもいた。けれど歩みを止めることは無かった。
白いローブの魔術師達がいた。
風の大精霊を連れた少年がいた。その後ろを水魔術の魔術師が付いていく。
魔術剣士のギルドのメンバーの中には一回り成長した少年が強い意思の光をもって追従していた。
赤黒い炎を纏う大きな火蜥蜴の背に乗ったオレンジ色の髪の男性は、己の国の魔術師団の精鋭部隊と、四大魔術王国の魔術師団を引き連れてきていた。
刀のような剣を持った一団もいた。森の古王国の第一王子がその先頭に立っている。
治癒魔術師のグループもいた。おさげの少女が魔法薬を持って参加していた。
精霊達がいた。森の精霊王から分離した五大精霊達が。
そして森の古王国の王子達がいた。先頭に立って進んでいる。
隣には癖のある髪の白いローブの男性。彼がこの部隊と作戦の指揮をとっている。
やがて彼らはその地へ到達する。
荒れ果てた北の大地。瘴気が濃い。息をするのも苦しいほどだった。
一人の魔人が立ちはだかっていた。しかし何とかこれを撃破し、魔術師達がアマリネが施した魔法陣を打ち消し、封印するための魔法陣を展開する。しかしここで異変が起こった。向こうの世界からこれまでにない強く大量の瘴気が溢れてくる。そして一体の魔物が姿を現わし魔法陣を打ち破ろうとして来た。これまでの戦いでその戦力の半分以上を失っている彼らの目に絶望が宿る。ただ一人氷の王子だけがそれに向かっていく。
ハルカはいつの間にかジニアと向かい合っていた。
「ごめんね。僕はたくさんの人に迷惑をかけてしまった。ごめんね」
「ううん。私はいいよ。でも他の人達は……」
「うん。無意識だったとしても、僕のしたことは許されないことだ。せめてもの罪滅ぼしに僕が行ってくる。向こうから扉を閉めてくるよ」
「怖くない?」
「本当はすぐにアマリネの後を追いかけて行くつもりだったんだ。何故、あの時魔法陣が反転してしまったのか分からないけれど……。君とみんなが道を開いてくれたおかげで、やっとアマリネに会いに行ける……。ありがとう。本当にごめんね……」
「アマリネに会えるといいね」
「うん、僕の声、聞いてくれて嬉しかった。君が答えてくれたから、目覚めることができたんだ……。そうだ、魔物達は僕が連れていくよ。結晶に封じられてた間ずっと考えてた召喚魔法があるんだ」
「封じられていた……」
「……もう行かなくちゃ。この世界をよろしくね。さようなら…………」
ジニアの声は遠く小さくなって、やがて消えた。
「さよなら、ジニア……」
氷の王子は魔法陣ごと魔物と瘴気を凍り付かせていた。しかし氷に徐々に亀裂が入った。
「そのままもう少し押さえていてね」
少年の声がして魔法陣が上書きされる。より精緻で巨大なものに。美しい白い光の魔法陣が力を放つ。そして……。
少年が魔物と瘴気を押し返し、世界に空いた穴の中へ飛び込んでいった。世界に強い風が吹き荒れる。その風が魔物達を穴の中へ運んでいく。ジニアが行った最後の召喚魔法はこの世界の魔物のほとんどを向こうの世界へと連れて行った。そうして扉は閉じられ、魔法陣は消えた。世界にはもう穴は開いていなかった。
数年後
澄んだ空気と青空。琥珀の砂原だった場所は、白い花が咲く野原へ変わっていた。大陸東部の森は徐々にその領域を取り戻している。フィリアは野原の真ん中で深く息を吸う。そして精霊達に話しかける。
「みんな、ありがとう。もう大丈夫ね」
白い花達が一斉にほのかな光を放つ
「フィリア―っ!ただいまー!ぜんぶきれいになったのー。これでハルカにあえる?」
どこからか浄化の大精霊が白いドレスをひらひらさせて飛んできた。
「ええ、今頃リフィロが迎えに行ってると思うわ」
近くの泉から湖水の精霊王が、少年の姿で現れた。
「少し、時間がかかってしまったな。ハルカに早く会いたいものだ」
「湖水の精霊王様、お久しぶりです。ええ、本当に!」
三人は精霊樹の方を仰ぎ見た。
その日、森の古王国では研究機関との通信鏡に連絡が入った。瘴気濃度計測器の値がゼロになったと。ちなみにこの瘴気濃度計測器は研究機関の技術開発部の魔術師達の制作したものである。世界各地に設置された計測器から瞬時に情報が送られてくる仕組みになっていた。
リフィロは幻の道を精霊の背に乗って駆けていた。精霊樹の根元ではすでに森の精霊王が待っていた。ハルカを守る緑の結界の蔦はすでに取り払われ、眠るハルカが光の球体に包まれている。リフィロは光に手を触れ、解呪を唱える。魔法陣と結界の光は徐々に失われ、ハルカを世界へ、時間の流れへ解放した。
とくん、と脈をうつ。
呼吸が始まる。
一つ大きく息を吸って、ハルカのまぶたが震える。ゆっくりと目が開き、一度閉じられる。優しい木漏れ日はそれでもハルカには眩しかった。もう一度目を開けた時、その目に映ったのは大好きな人の姿。
「リフィロ……」
「ハルカ、終わったよ。もう大丈夫だ」
リフィロは腕の中の少女に笑いかける。
(……やっぱり置いていかれちゃった……。リフィロ、ちょっと大人っぽくなってる……)
「ありがとう……。これからはずっと一緒……?」
ハルカはリフィロに手を伸ばす。リフィロはその手を取って自らの頬に当てた。
「ずっと、ずっとだ。もう離さない」
リフィロはハルカを強く抱きしめた。
森の精霊王と精霊達が深い森の中、二人を優しく見守っていた。
冬の森
世界から瘴気と魔物が消えてハルカが目覚めてから、季節は巡り森に冬が訪れていた。少し前から雪がしんしんと降り続き、辺りは一面の雪景色となっていた。
ハルカは日課の、森の中の散歩を楽しんでいた。
(桜みたい。こんなところあったんだ。きれい……)
雪の中、その場所には白い花が無数に咲いている木が何本も生えていた。満開を迎えているようで風が吹くと一斉に花びらが舞い散っている。辺りは日も沈んで薄暗いというのに、花が光を放っているようにふんわりとした明るさに溢れていた。
ハルカはその花に見惚れていて気が付かなかった。リフィロが歩いてきたことに。ハルカは無意識に少しずつ木々の間に足を進めていた。夢見るような表情で。リフィロはどうしようもない不安感に苛まれていた。
(手を伸ばせば、届くだろうか、今ハルカはそこにちゃんといるのだろうか)
リフィロがハルカに手を伸ばそうとしたその瞬間に、ひときわ強い風が吹き、まるで嵐のように花と雪とを舞い上げ、ハルカの姿を隠してしまう。
(待って)
咄嗟にリフィロはハルカを後ろから抱きすくめた。
「っリフィロ?!どうしたの?」
振り返った時に見えた青みがかった金色の髪、そして氷の精霊の気配、そして彼の声。ハルカは動揺しながらも、リフィロを気遣った。彼は微かに震えていたから。自分を抱きすくめる彼の手にそっと自分の手を重ねた。どれだけそうしていただろうか、やがてリフィロは小さな声で言った。
「…………消えてしまうかと思った」
「消えたりしない。ずっと一緒って約束したもの」
ハルカは振り向いてリフィロを見つめた。そして安心させたいと思ってリフィロの手を握った。
「私が眠ってる間ね、おばあちゃんと龍神様が力の制御の仕方を教えてくれたの」
「力の制御……」
「うん。すっごく厳しい修行だった……」
そこでハルカは遠い目をした。本来なら幼い頃から少しずつ行う修業を短い間に叩き込まれたのだから、かなり大変だったようだ。
「世界はみんながきれいにしてくれた……。だから、もう本当に大丈夫なんだよ」
ハルカは一生懸命説明した。
「うん、ハルカも頑張ってたんだね」
リフィロは少し笑った。
リフィロの後ろで白い花びらと雪が舞い踊っている。リフィロは氷の精霊魔法の使い手だからぴったりだなと思わず笑みをこぼした。
「?」
首を傾げたリフィロに
「リフィロはきれいだなって思って……。この森の人達は男の人も女の人もみんなきれいだよね」
ハルカはふふっと笑った。
「僕は、ハルカが一番きれいだと思う」
リフィロがとてもまじめな顔で言うのでハルカは真っ赤になって慌てて否定した。
「そ、それは無いと思う。それは、ほら、リフィロだからそう思うだけで……」
「僕だから?何で?」
リフィロが近づいてくる。
「え?えっと、その、リフィロが……」
もう二人の間に距離は無い。
「うん?」
(なんか、リフィロが意地悪だ……)
ハルカは目をそらし、真っ赤になりながら
「リフィロが、私の、恋人だからそう思うんだと思う……」
本当に小さな声で答えた。
リフィロはハルカの手を取り、ハルカの前に跪いた。
「僕と結婚してください」
「……っ!」
ハルカは驚いて声が出ない。
「フラム兄上から聞いてる。ハルカの世界では結婚の年齢がもっと先だと。でも、僕は……」
ハルカはリフィロの言葉を遮るように抱き着いた。
「嬉しい。これからもずっと一緒なんだね……」
泣き笑いでリフィロを見た。リフィロもまた安心したように笑ってハルカを抱きしめた。
その時、溢れんばかりの光が乱舞した。そういえば何故か今まで精霊達の姿を見なかったと思った。ハルカとリフィロは精霊達の祝福を受けて、城までの道を手を繋いでゆっくりと歩いて帰った。
そして次の年の森の灯り祭りの夜、皆の祝福を受けて二人は結婚し、森の古王国でずっとずっと一緒に幸せに暮らしていった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
この物語はここで完結となります。
書かせていただいてとても楽しかったです。
お読みいただいた皆様が少しでも楽しんでいただけましたらとても幸せです。
本当にありがとうございました。




