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深い森の古王国  作者: ゆきあさ
花咲く湖上の研究機関
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想い

来ていただいてありがとうございます。

ハルカは森の古王国の自室で、窓の外を見ていた。精霊達の飛び交う森はハルカを安心させてくれた。

(なんかずいぶん久しぶりな感じがする……)

エレはハルカの為にお茶の準備をすると言って、厨房へ行ってしまった。一人でいると、ふと怖いことを考えそうになる。そんな自分が情けなくて嫌だった。

(自分で決めたのに……。怖いなんてだめだなぁ)

ハルカは本棚に並んだ恐竜の図鑑を手に取る。エレが並べておいてくれたようだ。

(この本も返さなきゃいけなかったのに……)

ページを開いたハルカは思い出していた。学園から帰る時のことを。




「私も名前が欲しい!」

湖水の精霊王は少年の姿でそう言った。ハルカは少し考えた後、思い付いて言ってみた。

「エラスモサウルスに似てるから、ラス君でどうかな?」

「ラス……」

ハルカは安易すぎただろうかと心配した。

「嫌だったら……」

「いや、良い。良い響きだ!私はそう呼んでもらいたい」

湖水の精霊王はどうやら気に入ってくれたようだ。反応がココちゃんと似ているのでハルカは笑ってしまった。

「えー、あるじ、わたしも、わたしもー!」

幼い浄化の大精霊も名前を欲しがったが、良い名前が浮かばなかったので考えておくねと返事をした。


早朝であるにも関わらず、エリオットが見送りに来てくれた。ハルカは今度はきちんと求婚を断り、謝ることが出来た。

エリオットはその日は黙ってハルカの話を聞いてくれた。

「分かった。求婚は取り下げるよ。でも、僕は君を諦めない」

「エリオット……、私は」

「うん、分かってる、全部ね。それでも僕は君がいるこの世界を諦めないよ」

そう言うと、エリオットは手を差し出した。

「……!エリオット、ありがとう」

ハルカはそっとその手を握り返した。







ハルカにはまだ左手にエリオットの温もりが残っているように感じて、自分の手を見ていた。その時扉がノックされて、リフィロが入って来た。

「ハルカ、一人?」

「うん、エレさんは今お茶の用意をしてくれてる」

「そうか」

リフィロはハルカに近づくとその手を取って一緒にソファに座った。当然のように肩を抱かれる。

(なんか、いつもより距離が近い……?こ、恋人同士ってこんな感じなのかな……?)

「……やっとハルカを補給できた」

リフィロがハルカには意味不明なことを言う。

(おばあちゃん、やっぱり、リフィロが少し変みたいです)

「あ、あの、リフィロ?つ、疲れてるなら休んだ方が……」


そこへお茶の準備をしたエレが入って来た。

「あら、まあ」

エレはテーブルにお茶とお菓子を用意すると、にっこり笑った。

「じゃあ、私は帰りますね」

「ああ、ありがとう。わざわざ来てくれて」

リフィロはハルカを離すことなくお礼を言った。どうやら、エレはハルカを心配して赤子を預けて来てくれていたようだ。

「エレさんありがとう」

(でも、できればもう少し帰らないで……!)

ハルカの心の叫びは届かない。扉は無情にも閉じられた。


「少し、話をしようか」

そう言うと、リフィロはお茶のカップをハルカに持たせた。そして、小さな焼き菓子をハルカの口の前に差し出す。

「?」

ハルカが、どうしたらいいか分からずにいると、

「もうすぐ昼食だけど、ハルカは最近あまり食事をとってないから」

「そ、そうじゃなくって、えっと、自分で食べられるから」

ハルカは恥ずかしくてリフィロの方を見られない。

「……ダメだ。それとも僕のことが嫌なの?」

「そ、そんなことない!」

「じゃあ、はい」

リフィロはにっこり笑って焼き菓子をハルカの口元へ再び運んだ。ハルカは意を決して口を開けた。

「美味しい?」

「……ん」

リフィロの言葉に頷いたものの、味わう余裕などないハルカだった。


真っ赤になりながらお茶を飲むハルカを見て、リフィロは満足したように自分もお茶を飲んだ。

「不安にならなくていい。ハルカは死なせない。穴を塞いで瘴気を消すまでは、君の時を止める」

「時を止める?」

「学園の図書室はね、学園長ノル・アストランディアの書庫なんだ。彼はもう途方もない年月を生きてる魔法使いだ」

「何だか、おとぎ話みたい……。それも魔法なのかな?」

「きっとそうなんだろうね。彼の力は書庫と学園のある島の敷地に限定されるらしい。だから、世界の穴に何もできずにいたことを悔やんでいた。彼の知識の中には時を止める魔法があった。発動させるにはいくつかの媒体が必要だけど、それはこの森に全てある。だから、ハルカが眠っている間に世界を修復してみせるよ」


(こわい)


「魔物との戦いになるんだよね……?人がたくさん死んでしまうかもしれないのに……私のせいで……」

ハルカは両手を膝の上で握り締めた。リフィロはハルカの手に自分の手を重ねた。

「違うよ。僕はハルカの為だけに戦うけれど……。世界の穴を塞ぐことは研究機関の魔術師達の悲願だ。そしてこの世界は近い将来、あちらの世界にほぼ侵食されるだろうというのがノル・アストランディアの見立てだ」

「…………そんな」

「森だけじゃないんだ。滅びに瀕していたのは」


(こわい、……こわい)


「……私の時を止めるって言ったよね?いつまで?私が起きた時みんなはそこにいる?…………リフィロは?もう会えなくなっちゃってたら?そんなの嫌だよ!」

ハルカは目に涙を浮かべてリフィロを見つめる。


(そう、いちばんこわいのは、だいすきなひとにおいていかれること)


「私も、私も一緒に行きたい。リフィロと一緒に」

「それは駄目だ。もしハルカがいなくなったら、僕にとってこの世界そのものが存在する意味がなくなるから。その時点で命を絶つよ」

「な、そんなのっ、ずるいよ」

半ば脅迫のようなリフィロの言葉にハルカは思わず反発する。


「ねえ、わかってる?」

ハルカは突然立ち上がったリフィロにソファに押し付けられる。

「こうしてる今も、君の命は削られ続けてる。僕がどんなに怖いか。君は本当にわかってる?」

真剣な言葉に、ハルカを見つめる眼差しに、ハルカは何も言うことが出来なくなる。

「本当なら、今すぐにでも君の時を止めてしまいたい」

ハルカの顔に頬を寄せ、耳元でささやく。そして崩れ落ちていく。


「あの時、ハルカがセシリアに刺された時、湖に落ちた時、どんな気持ちだったかわかる?」

リフィロはハルカの膝に縋る。

「あんなのは二度とごめんだ。今度ハルカを失ったらこの世界から消えるって、そんなのは許せない。駄目だ。ハルカの魂も僕のものだ……っ」

押えた声、震えた声が肌を通して伝わる。森を渡る風が、さやさやと聞こえてくる。ハルカもまた覚悟ができた。



(こわいのはリフィロも同じ……。ずっと同じように想ってくれてた。そして私はリフィロをこんなに傷つけてしまってた)


ハルカはそっとリフィロの震える体に触れた。

「ごめんね。私、待ってるから。だから……きっと迎えに来てね」

ハルカは顔を上げたリフィロに涙ぐみながら微笑んだ。

リフィロは立ち上がると、ハルカを引き寄せ口づけた。そしてハルカもリフィロを抱きしめ、自分からも口づけを返したのだった。








ここまでお読みいただいてありがとうございます。

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