帰郷
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ライアーは赤い花の魔人との戦いの翌朝、朝というには遅めの時間に朝食をとっていた。昨夜のうちに各国への報告書を書き上げ、その後は泥のように眠った。何やら自分が寝ている間に学園の建物が氷結するという珍事が起こったようだが、目が覚めた時には氷など跡形も無かったので、レイティがなんか騒いでるなというくらいの認識だった。
ライアーは、朝食のサラダをつつきながら考えていた。野菜は幼い頃から苦手だった。
(今回はいけるかもしれない)
実は機関の魔術師達は、過去に何度か世界に空いた穴を塞ごうと大陸の北の果てへ赴こうとしたことがあったのだ。しかし、そのどれもがことごとく敗走するという結果に終わっていた。ライアーはまだその作戦に参加したことは無かったが、過去の報告書を見ればその原因は理解できた。圧倒的な戦力不足だった。魔物は北へ行くほど強くなる。吹き出す瘴気の源に近いのだから当然と言えば当然だが、過去には「穴」の近くへすら到達できていなかったのだ。
(次の作戦では、精霊の国が全面的に協力してくれる。こんなに力強いことは無い)
そして、エリオットの国である大陸西部南方三国も、エリオットの意向で戦力を出すことになった。この国々は森の古王国ほどでは無いが、魔物の脅威にさらされている。これ以上の犠牲者を出したくないという国民の気持ちがとても強いのだ。そしてこれはまだライアーのカンだけではあったが、赤の王国も協力を申し出てくるのではという期待があった。赤の王国も今回のことでは少なくない被害を受けているようだった。そして、赤の王国の国王はハルカや森の古王国に興味を持っているようだったのだ。夏休みの間にも何度も問い合わせや、調査、報告を求める書簡が届いていた。穴へ到達できてしまえば、もう封じ込めるための魔法陣などの対策は出来ているのだ。これだけの戦力があればあるいは……
「いける……!」
ライアーが呟くと、後ろから頭をはたかれた。
「なら、さっさと食べてしまいなさいよ!食べ物で遊ばないのっ!」
「おま、レイティっ!何度も人の頭をはたくなよっ!いてーなっ。それ地味にヤバいぞ、その攻撃っ。俺の頭脳が……」
「うるさいわねぇ。ライアーのは石頭だから大丈夫よ」
などど言いながらレイティはライアーの隣の席に座った。
「誰が石頭なんだよ……」
ライアーはぶつぶつ言いながら、サラダを食べ始めた。
「セシリアさんのことなんだけど……。赤の王国への移送が決まったわよ。今度のことは赤の王国の国王様が酷くご立腹らしくて、かなり厳しい処分が下りそうですって……。魔人に操られていたようだって、一応学園長が庇ったらしいけど……」
レイティは複雑そうな顔をしていた。短い間とはいえ、生徒だった少女の行く末が気になっているようだった。
「そうか、そうなってくると、俺らには何もできないな……」
セシリアの罪は今回のことだけではないのだが、赤の王国で起こったことはこの二人は知らなかった。更に赤の王国での事件の真相を国王は掴んでいたが、明確な証拠がないのも事実なので罪に問うことも出来ずにいたのだ。だが、今回は目撃者は多数。更に言うなら、魔人に操られていたのではなく、手を組んでいたのではないかと疑われても仕方がない状況だった。
レイティはハァーっとため息をついてテーブルに頬杖をついた。そして話題を変えた。
「私、あんな重要な会議に参加しちゃったけど良かったのかしら?『世界の穴を塞ぐ戦い』なんて……」
学園長が図書室へ皆を集めたあの時、彼は提案したのだ。皆で世界に空いた穴を塞いではどうかと。この世界に魔物が現れ始めたのは、アマリネが世界に開けた穴のせいだ。その穴を通じて別の世界の瘴気と魔物がこちらへ来てしまうという状況が続いている。
「それに……、ハルカさんのこと……ショックだったわ……。普通の女の子なのに、こんな……」
レイティは沈痛な顔で言った。
ハルカ・モリ……黒髪と笑顔が印象的な少女。転移者であることは知らされていたし、分かった。他の二人とは容姿の特徴が違ったし、何より纏う雰囲気が全く違う。普通の少女に見えたし、魔術が使えないのならさぞ苦労していることだろうと思った。しかし、意外にも精霊の国に受け入れられ、大切にされているようだった。ひどい扱いを受けているのなら、招待を受け入れなくても救いに行く予定であったのだ。学園も機関も。彼女もジニアの召喚の犠牲者の一人なのだ。
(まさかあんな大きな力を持ってるとはね……)
学園長が語ったことによれば、精霊王の復活の助けになり、浄化の大精霊を生み出し、洞窟では仲間を守るだけでなく魔人を追い詰めもしていたのだ。
「力の代償か……」
「ライアーは大丈夫、よね」
レイティは不安そうに尋ねる。
「ああ、俺は体は何ともないな。ハルカのことは精霊の国と学園長が何とかするだろう。彼らがついているんだ俺たちは心配する必要はないさ。彼らはもう国へ帰ったのか?」
「ええ、今朝早くに出発したわ。早く帰って安心させたいんですって」
「そうか、本当に大切にされてるんだなぁ……。さて、俺も後片付けに参加するか……」
ライアーはサラダを食べ終わると空の皿がのった盆を持ち、レイティと共に席を立った。
「大切な報告があります」
リフィロは重々しく切り出した。
(ああ、あの話をするのか……)
フラムは辛そうに目を伏せた。
リフィロ、フラム、フォルア、森の精霊王、そしてハルカは幻の道を通り、森の古王国へ帰って来た。フォルアの姿を見た森の古王国の人々はとても驚き、森の精霊王の説明に歓喜した。特に国王と王妃は涙でしばらく声が出ないほどだった。
そして、精霊王の本体から無事だと報告を受けてはいたが、ハルカの顔を見て安心した王妃やフィリア、エレといった面々がハルカを抱きしめながら再会を喜び合った後、ハルカを部屋で休ませた。そしてリフィロは会議室に王族達に集まってもらったのだ。
「ハルカは僕の恋人になりましたので誰も手を出さないで下さい」
(そっちかー……)
フラムは椅子から落ちそうになった。二人が空から帰って来てから親密さが上がったなとは思っていたが、はっきりと宣言されたフラムは少なくない胸の痛みを感じた。
「まあ!リフィロ!本当ですか?よくできました!褒めてあげますよ!」
王妃が珍しく大きな声を出す。国王はその様子に驚いたようだったが、ややあって気を取り直した。
「それはめでたいね。早速婚約の儀を……」
「あ、あの、いっそのこと、結婚式を一緒にしてしまいませんか?」
フィリアがおずおずと、それでも目をキラキラさせて提案すると、
「まあ!それは良い考えだわ!!王子妃教育なんて後からでもいいものね」
王妃も目をキラキラさせた。
「残念ですが、それは無理です」
リフィロは一連の事情を説明した。皆、しばらく衝撃と動揺で声も出ない。
「……んで、何でなの?」
フィリアが声を震わせている。クレネスがフィリアの肩を抱き、痛ましげに顔を歪めている。王妃は手で顔を覆ってしまった。
「リフィロ、ずいぶんと落ち着いているんだね」
ヴァンが不思議そうに尋ねる。国王もクローもリフィロを見る。
「僕はハルカを死なせるつもりはありません。そのための方策も講じてきました」
リフィロは静かに話し始めた。
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