あのあと 学園にて
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時は少し遡る。
ハルカとリフィロが虚空へと消えてから数時間後、リフィロは、眠るハルカを抱いて精霊鳥の背に乗って島へ降りてきた。その顔には強い決意が表れていた。
「ハルカっ、無事なのか?」
「あるじっ」
フラム、精霊達、エリオット、ライアー、レイティ、ミリーといった面々が彼らを取り囲む。
「ハルカは生きています」
「良かった」
ミリーやレイティが涙ぐむ。
「でも、どうして……あの時確かに……」
エリオットは言葉を濁す。
「龍神様が一度だけ、チャンスをくれました」
リフィロは愛おしそうにハルカを見つめる。
「リュウジンサマ……?」
皆、一様に疑問を浮かべた。
「精霊王さま」
リフィロは一人離れてことを見守っていた森の精霊王に近づく。森の精霊王はハルカの顔を見て、息を吐く。
「我は、我は……、王などと名乗っておきながら、なんと無力なことか……我が森だけでなく、こんな少女すら守れないとは……」
森の精霊王に苦悩の表情があった。その体は震えているようだった。
「しっかりして下さい。まだ終わっていません」
「……?」
「そのお嬢さん、我々に返してくれないかな?」
黒いローブを身に付けた集団が研究機関の方から、こちらへやって来た。
「返す、とは?」
フラムが前に出て問いかける。
「もともとはこちらが召喚した方なのでね」
ローダンがにこやかに告げる。
「本来はこちらに落ちる予定だったのだよ。そのお嬢さんも」
「おいっ!今頃になって何しに来やがった!お前ら!」
ライアーが激怒して前に出る。白いローブの魔術師達も彼らを睨みつけている。
「ああ、ライアー君ご苦労だったね。島を守ってくれてありがとう」
ローダンはにこやかに告げた。彼は心底感謝をしているようで悪意は全く感じられない。どうやら彼は無意識に他人の神経を逆なでする癖があるようだった。
「貴様っ……!」
ライアーの怒りは更に増した。レイティが掴みかかろうとするライアーを止めているが、彼女もローダンを睨みつけている。
「ハルカが召喚されてここへ来たことは聞きましたが、そちらへ落ちるとはどういう意味ですか?」
リフィロは静かに尋ねる。
「本来ならばジニアの近くへ召喚されてくるはずなのだ。そちらにおわす、森の精霊王、彼の願いをそのお嬢さんが聞き、受けとめたものと私は推測している」
「我の願い……」
森の精霊王は戸惑ったように呟く。
「そう、貴方の声に引き寄せられたと考えている。そうでなければ、ジニアが召喚した意味自体が消失する」
「ジニア……」
リフィロは思い出す。ハルカが言っていた結晶の中の少年の名前だと。
「ジニアは世界に穴を開けた我々の仲間、アマリネを取り戻すために四百年の間召喚を続けている。その数はそのお嬢さんで三六九〇人目だ」
「四百年?!」
「仲間を取り戻すため……?」
フォルアとフラムは訳が分からないというような顔をする。
「そう、アマリネはとても力の強い魔法使いだったからね。それこそ世界と世界を繋いでしまう程に。ジニアは自分が彼女と同じ世界へ行くことが叶わなかった。だから、アマリネを召喚魔法で取り戻すことにしたのだよ」
「くそったれが……!」
ライアーが毒を吐く。
「そんな理由で、無関係の人間を召喚し続けているのか……」
エリオットが、呆れたように呟く。
「我々が召還している訳ではないけどね。あれはもはや、自動召還装置と化しているから」
ローダンは困ったようにため息をついた。
「ただね、召喚された人々は中々面白い能力を持っている者が多くてね。興味深いんだよ。そのお嬢さんの力も中々素晴らしい……。異世界の神のような存在を宿しているようだね。是非私に研究させてもらいたいものだ」
ピリッと空気が震える。黒いローブの魔術師達に対するライアー達白いローブの魔術師達、そして精霊の国の者達。一触即発の空気が流れた。
「そろそろ、午後のお茶の時間だよ。皆休息をとりたまえ」
この場にそぐわない穏やかな声が割って入った。
「学園長っ!」
ライアーは驚いて叫んだ。学園長と呼ばれた男性は白いローブを着ており、それまでフードを目深にかぶって他の魔術師達に紛れ込んでいたようだった。
「まさか戦闘に参加してたんじゃないでしょうね?」
ライアーがジト目で問うと、学園長はその真っ白な頭を掻きながら
「いやあ、我が学園の危機だと思ってね」
と、笑った。
「まったく……無事だったから良かったものの……」
「まあまあ」
「我が師よ」
ローダンも驚いたように呼びかけた。
「ここ数十年お姿を見ないと思ったら、学園においでだったのですか」
「皆、戦いで疲れているだろう。ひとまず休みなさい」
学園長はその紫色の瞳に慈愛の光を湛え、指を鳴らした。
「ここは、学園の図書室?」
リフィロは驚く。壁には一面の書棚。前に通っていた時とは配置は変わっているが、そこは見知った図書室だった。以前とは異なり、大きな円卓がある。その上には温かいお茶と菓子が準備され、良い香りがしていた。心地の良い椅子に座っているのは、学園長その人と、リフィロ、フラム、エリオット、森と湖水の精霊王、フォルア、ローダン、ライアー。学園長はこの人数を一瞬でこの場所へ移動させたのだった。
「ハルカっ?!」
リフィロは腕に抱いていたハルカが消えていることに気づき、学園長を睨む。
「大丈夫だよ。後ろをご覧」
ハルカはリフィロのすぐ後ろの大きな長椅子に横たえられていた。ハルカの体にはやわらかそうなブランケットがかけられている。両端にはレイティとミリーが座っており、ハルカが生み出した幼い精霊がレイティの膝にちょこんと座っている。
「そのお嬢さんには、休息が必要だ。私の学園では、私の生徒には手を出させない」
そこで学園長はローダンを厳しい表情で見た。
「いいね?ローダン」
ローダンは目を伏せ答えた。
「承知いたしました。マイマスター」
「さて、回りくどいのは苦手だ。あのお嬢さんは、このままだと近い将来命を落とす。間違いないかね?森の王子よ」
学園長はリフィロに問いかけた。それは問いかけというよりは確認の様であった。
「何故……」
リフィロは表情を再び険しくする。肯定を意味する言葉に、その場にいた一同に衝撃と動揺が走る。
「器に対して、力が強すぎるのだよ。見ていれば推測ができる」
そう言うと学園長はお茶を一口飲んだ。
「皆もお茶を飲みたまえ。疲れた頭では最良の判断はできないよ」
「あなたは、一体……」
リフィロは困惑したように尋ねた。
「私はノル・アストランディア。この学園の創設者、学園の長、そして原初の魔法使いと呼ぶ人もいるね」
「原初の魔法使い……」
「あのお嬢さんには感謝している。私の弟子達が分断してしまったこの大陸を再び結んでくれたのだから。救いたいと心から願っている。何よりも私の学園の生徒だしね」
そう言うと、ノル・アストランディアは穏やかに笑った。
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