森の精霊王
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短いです
夜の静けさは小さな声を届けてくる。
「今、そなたの心に直接語りかけておる」
眠るハルカに呼び掛ける声があった。だが、今は夜だ。異世界でも夜は眠る時間だから、ハルカは眠っていたかった。せっかく、この世界へ来て初めてご飯が美味しかったのだ。次はゆっくり眠って体力を回復させるのだ。なのに、
「起きろ起きろおーきーろー」
正直無視していたかったがあまりにもしつこいので仕方なく声の方へ意識を向ける。
「ふむ、ようやく気付いたか。渡り人とは鈍いのか?」
とても偉そうな声に反発しようとした瞬間、ハルカの目には、この世の者とは思えないほど美しい人の姿が映った。声からして男性かと思われたが、女性のような顔立ちをしていた。うっすらと翠色の光をまとい、流れるような青緑の髪は足元まで伸びている。ハルカより背が高いので視線を上げて顔を見ると、瞬く星の光をいくつも宿したような深い緑色の瞳と目が合う。そして肌は白く透けるようであった。
「ん、ていうか実際透けてる……?」
そこで、ハルカは自分が寝ていた部屋とは違う場所にいることに気が付いた。真っ白な何もない空間に二人で向かい合っていた。慌てて手足をバタバタと動かすと身体は軽く、自由に動けた。
「あれ?ここどこ?」
「だから言っておるであろう。心に直接語りかけておると」
少し苛立ったような声に戸惑いながらも、ハルカは自分が夢を見ているのだと悟った。
「ええと、私ははるかです。あなたは誰ですか?」
「我は森の精霊王と呼ばれる者。そなたを助けにきたのだ。だから我のことも助けてくれ」
「……は?」
「そなたを苦しめているのは、そなた自身の力だ」
森の精霊王と名乗った存在はいきなり核心をついてきた。
「あまり時間がない。すぐに理解せよ。」
そして割と無茶なことを言ってくる。ハルカにしてみれば状況を理解するのがやっとだ。
「そなたは不浄な気を取り込んで清浄な気に換えることができるようだ。そしてその気は原初の気に近い。ただ、どういう訳かわからぬが、その力が身の内にこもって出られなくなっておる。溢れ出す気の力は出口を求めておる。間もなく体の中で暴発してそなたは死を迎えることになるだろう」
精霊王は静かにハルカを見つめて語った。
(神様のお告げみたい)
ハルカはぼんやりとそんなことを思ったが、その言葉の意味が頭の中にしみ込んでくると、息をのんだ。自分はこの世界でたった一人でこんなに早く死んでしまうのか、と恐ろしくなった。
「……っ」
ハルカは青ざめ、無意識に自分の体を抱きしめた。その様子を見た精霊王は慌てて続けた。
「だ、大丈夫だっ。そうならないように我が来たのだ。心配するな。今、そなたと我は一本の細い蔓で繋がっている状態だ」
「つながっている……?」
精霊王は自分の左手首を示し、そのままハルカの左手首を指差した。そこには細い糸のような蔓が二人を繋いでいるのが見て取れた。
「そうだ。そなた我の一部を口にしたであろう?」
「?」
「精霊樹の実だ。あれは我の力を現したものだ」
よく見ると精霊王の髪にあの綺麗な青紫色の実がなっている。ハルカはとっさに口を手で押さえた。
「こらっ、嫌そうな顔をするなっ。そのおかげでそなたは今命を拾っておるのだぞっ」
「え?どういうことですか?」
「わずかだが、そなたの中の清浄な気が我に流れ込んでいる。というか、我が吸い上げておる。そのためにまだ決定的なことは起こっていないのだ。だがもう時間がないのだ。そなたにも、そして我にも」
風のない星明りの夜。どこか遠くではらはらと木の葉が散る音が聞こえる。
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