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深い森の古王国  作者: ゆきあさ
花咲く湖上の研究機関
56/65

浄化の大精霊

来ていただいてありがとうございます。

「もう一度赤い花の魔人へ攻撃を仕掛ける。そこで倒せない場合は避難者を守りつつ、南方への撤退行動に入る」

東の空が白みかけた頃、集まった白いローブ姿の魔術師達にライアーは宣言した。

  


「ココちゃん、湖水の精霊王様は?」

「……赤い花はこの湖水からあやつの力を吸い取って養分としているようだ。我もあの花をずいぶんと散らしたが、増殖が速すぎる。やはりあの本体を叩くしかないだろう」

「もし、倒せなかったら、湖水の精霊王様は」

「…………」

「そんな!」


ハルカの脳裏に寂しそうな薄青の少年の姿が浮かぶ。大好きな恐竜の姿もだ。自分に助けを求めてくれた精霊。また会いに行く約束もまだ果たせていない。でも、自分には戦う手段がない。下手をすれば、足手まといにもなりかねないことをハルカは理解していた。


現にココちゃんは次の戦闘には参加しないと言っている。理由があると言っていたが、おそらく自分の守りにつくためだろうとハルカは考えていた。ただココちゃんが本来の精霊王の姿でいないことはハルカには不思議ではあった。ハルカは悔しい思いをしていたが、とにかく自分にできることをしようと考えた。実際島の守りを一手に引き受けることには不安があったが、せめてこのくらいはやらねばと自分を奮い立たせた。


「危なくなったらすぐに幻の道へ連れて行ってもらうんだ。いいね?ハルカ」

「前のような無理は禁物だからねー」

リフィロとフラムがハルカに念押しする。ハルカは心配性だったおばあちゃんみたいだと思ってしまい、くすっと笑ってしまった。

「ちゃんと聞いてるー?」

フラムがハルカの頭をぐりぐりと押さえる。

「い、いたっ、ご、ごめんなさいっ。気を付けます!だから、二人も気を付けて、無事に帰ってきてね。お兄ちゃん達」

そう言ってハルカは微笑んだ。ハルカの言葉にフラムは仕方ないな、というように笑いハルカの頭を撫でた。リフィロはやや複雑そうな顔をしたが、やはり笑ってハルカを抱きしめた。ハルカは動揺しつつも、最近のリフィロはこうして触れてくることが多くなってるのに気が付いていて、不思議に思っていた。

(やっぱり、妹扱いだからかな……?)

などと、ハルカはフィリアやクローなど、王国の人々から総ツッコミを受けそうなことを考えた。


エリオットは少し離れたところでハルカの様子を見ていた。

「僕は遅かったのかもしれない。でもハルカに出会わなければきっと現状に胡坐をかいて、新たな力を得ようとは思わなかった」

そう呟くエリオットのそばに風の大精霊が寄り添った。エリオットは驚いた。精霊からエリオットに近づいてくることは稀だったからだ。

「エリオット!」

見れば、ハルカがエリオットの元へ走って来た。

「エリオットも気を付けてね。ちゃんと帰って来てね」

真剣なハルカの表情に笑いかけながら、頷いた。ハルカの肩を左手でポンポンと二度ほど叩き、宝剣をその手に握った。

(僕はもっと強くなってみせる。ハルカにもっと頼ってもらえるように)

翡翠の竜が満足そうに笑ったように見えた。


日の出とともに戦闘が始まった。昨日同様ライアーの指揮で魔人までの道をつくり、今日はリフィロ、フラム、エリオットだけではなく、魔術師達も後に続いた。速さは三人には劣るが、風魔法を操り十分な速さで魔人に向かっていく。島に残った魔術師達は近づく魔物達を倒していく。


幸いであるのは、魔物達が生まれたばかりでまだ上のクラスの魔物に進化せずにいることだろうか。しかしその状態もいつまで続くか分からない。とにかく時間との戦いであることは確かで、この場所が第二の琥珀の砂原になるかどうかの瀬戸際であった。魔術師達は四、五人のチームを組み攻撃に参加する。ハルカが島の防御を担うのは、結界を張れる魔術師をチームに組み込み防御力を上げるためだった。ハルカは自身の魔法をこんなに広範囲で発動することは初めてだったが、ライアーに自分の体を守るイメージを島全体に広げろとアドバイスされた。白銀の光が島を覆う。ココちゃんはハルカに近づこうとする魔物達を薙ぎ払う。




(……おかしい、昨日とは何かが違う……時間がかかりすぎている)

ライアーは表情には出さずに焦っていた。魔人が明らかに昨日より強くなっている。昨日までは蔓のような物を幾つか伸ばし、近付いた者を払う程度だったが、今日は毒霧を吐き出し、魔物を生み出しもしてくる。皆、思ったように攻撃を加えられずにいる。


(ハルカの精霊から、魔人がこの湖水を通して湖の精霊王から力を吸い取り養分としていると聞いていたが、何かが変わったのか?)

雷雲が近づき、雷鳴が轟始めた。その音を合図とするように赤い花が再び増殖を始める。

(な、早すぎるっ!)

ライアーは撤退の指示を出すことを考え始めた。






湖岸で防御魔法を発動し続けるハルカの目に、ふと足元の湖面に枯れかけた白い花が映る。濁った水が寄せては返し、赤い花が出す瘴気で今にも散ってしまいそうだった。

(少しだけ……)

以前のように無理をして倒れるわけにはいかなかった。ハルカが意識を向けると、取りついていた赤い花は見る間に塵となり瘴気は消えた。それでも白い花は萎れたままだった。

(頑張って……)

ハルカから白銀の光が花に注がれる。


「あ、待つのだ、ハルカ!それは無理…………ん?」

空を見上げていたココちゃんがハルカを静止しようとしたが、すでに変化は起こっていた。まばゆい光が白い花から放たれる。光の中からふわりと白い花のようなドレスを纏う幼子が現れた。花冠がかわいいとハルカは思った。そしてドレスの端をつまんで挨拶した。ハルカに向かって。

「はじめまして。おかあさま」

「え?」

ハルカの防御魔法が一瞬揺らいだ。


「おかあさま!わたしなにをしたらいいかしら?」

白い花の精霊があどけない笑顔で問いかけてくる。

「えっと、そのお母さまっていうのは……?」

「おかあさまが、ちからをわけてくれたから。わたしはうまれたの。だからおかあさまなの」

ハルカの戸惑った問いかけに、その精霊は嬉しそうに言葉を返してくる。


その時、地響きのような音がして、一度その数を減らした赤い花の増殖が復活する。

「ああ、また瘴気が、魔物が……。どうしたらいいの?フィリアみたいにできたら……」

ハルカは唇をかみしめた。どうして自分には何もできないのだろうと。その様子を見ていた幼い精霊は

「わかったの!きれいになればいいのね?わたしできるわ!おかあさま、わたしがんばる!」


そう言うと白い花の精霊は、ふわりふわりと舞うように湖の上を飛び始めた。ゆっくりとゆっくりとそれは美しい舞だった。そして精霊が触れた赤い花と瘴気が消えていく。湖の白い花がふたたびゆっくりと息を吹き返す。一輪一輪どこからか光が宿り始める。


「もしかして、この湖の白い花って、精霊さんだったの?」

ハルカは不思議に思った。初めてこの島に来た時からずっと見ていたが、花に精霊の光は見えなかったからだ。

(こわいけど、がんばる。精霊王様が苦しんでる)

ハルカの耳に小さな声が聞こえた。光は湖底から、いやもっともっと奥底から上がって来るようにハルカには感じられた。


光が溢れた。湖に。少しずつ少しずつ。白い花が咲き戻り、花に光が宿り、湖水が清められていく。

「……浄化の大精霊だな……」

「ココちゃん?」

「まったく、眷属を生み出すとは……。精霊界から精霊達が戻ってきておる。ハルカよ。花は湖水の精霊王の眷属なのだ。湖水の精霊王は水を力の源とする。それを浄化していたのが花の精霊達。精霊達はその全てで魔法陣を形作っておる」

「精霊の魔法陣……」


「うーむ……」

「ココちゃん、どうかしたの?私何か良くないことをしちゃったの?」

「花達は湖水の精霊王の眷属なのだ、ハルカ。それをハルカが自分の眷属にしてしまったのだ。つまり……」

「え?私、もしかして泥棒?」

ハルカは青くなる。自分は人の道にもとる行為を犯してしまったのかと。

「いや、そうではなく……通常はあり得ないというか……、渡り人であったからかというか……、そもそもそのようなことが可能なのか、というか……。まあ、仕方がない。全ては魔人を倒し、あやつを解放してからだな……」

ココちゃんはとても気になる言い方をしてそのまま口をつぐみ、近くに残っている魔物を倒しに行ってしまった。

「ちょっと、ココちゃん?待って!」

ハルカは不安な気持ちのまま、防御魔法を発動し続けた。



変化は湖にいる全ての人間に知覚された。瘴気が浄化されていく。ゆっくりと。ハルカのいる湖岸から。光の波が進む。波紋が広がるように。

「ハルカ?」

「うちのお姫様は何したんだ?」

「あの白い精霊は……?」

リフィロ、フラム、エリオットも口々に戸惑いを表す。誰にもまだ何が起こったのかは分からない。しかし、

(……スコアが変わった)

ハルカの近くで状況を見ていたライアーは笑みを浮かべた。




力が、戻ってくる……。自らの編み上げた魔法陣に新たな力が注がれ、清められていく。

「ハルカ……」

自分を締め付ける忌まわしき根を、湖水の精霊王は引きちぎった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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