最奥
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ハルカはあの会議の後、森の古王国の自分の部屋で眠っていた。眠るには早い時間だった。しかしリフィロと話すことが出来ずに沈んだ気持ちで部屋に戻ると、ひどく疲れを感じて早々に着替えて寝台に身を投げ出した。
「会いたい。アマリネ。君はどこへ行ってしまったんだ」
(ああ、またあの夢だ)
「まだ、君と話したいことがたくさんあるのに」
(私も話したい事あるのにな)
「僕は君にもう一度会いたい」
(私も会いたい、会ってちゃんと謝って、それから……)
「帰ってきて……この世界へ……」
(ジニアもアマリネが大好きなんだね……)
「ここって……どこ?」
ハルカは寝ているうちに森の中に来てしまったのだと思った。目が覚めて最初に目に入ったのは明るい色合いの木々と色とりどりに咲き乱れる花々。自分は夢遊病になってしまったのかと考えた。しかし、見上げるとそこにはドーム状のガラス屋根があった。どうやら建物の中、巨大な温室の中にいるようだった。そしてその中央には巨大な結晶が鎮座していた。結晶の前には椅子が置かれ、こちらに背を向け誰かが座っている。周囲を西側でよく見られる茶色の小鳥が飛び交っていた。
「ようこそ、ジニアが招いた三六九〇人目の客人よ」
その人物は立ち上がり、艶の無い髪を耳にかけ直しながら振り向いた。彼の黒いローブの肩に小鳥がとまる。
「ジニア……」
(あの夢の人の名前)
ハルカは気付く、その透き通った結晶の中に少年が閉じ込められていることに。少年は一筋の涙を流した。
「ああ、君だったか、なんだってまた……」
自動ドアが開き、ライアーが姿を見せた。彼はいつもの教師の服ではなく、目の前の人物の着ているものと同じ形の白いローブを着ていた。
「ライアー先生っ、それに自動ドア?」
「ああ、これ、説明すんの俺か……。面倒だな……」
ライアーは片手で額を押えた。
「いろいろと時間がない。移動しながら説明する。こっちへ来い。ハルカ」
「私も行こう。補足する必要もあるだろう」
ライアーと鳥を肩に止まらせた男性がハルカを挟むように走り出す。ハルカは訳が分からないながらも一緒に走り出した。
まずライアーはここが研究機関の最奥だと告げた。自分は侵入者の気配を感じて様子を見に来たのだと。
「でも、私は森の古王国にいたはずなんですけど」
ハルカが戸惑って言うと、
「それは私が補足しよう。私はローダン。この機関の創設者の一人だ。君はジニアに二度召喚されたのだよ。これは大変珍しいことだ」
「二度、召喚された……?」
艶の無い髪の男性は興味深げにハルカを見た。ハルカは自分が事故によってこの世界へ渡ってきたのではないことを知った。もちろんこの人物の言うことを信じるのならではあるが。
「そう、一度目はこの世界へ。そして今回はこの機関の最奥へ」
三人は人工的なつなぎ目の無い廊下を歩いていた。ハルカはテーマパークのアトラクションへ続く廊下のようだと思った。精霊がいて魔法があるこの世界に似つかわしくない無機質で人工的な空間だった。むしろ自分のいた世界のような感覚だった。
「ああ、そっちの説明はまた後だ!とにかく急いでくれ!こっちだ」
「今度はエレベーター?」
「とにかく時間がない。ここにずっといるのは危険なんだ」
ライアーの焦った声にややのんびりしたローダンの声が重なる。
「では、私はここまでだね。またゆっくりと話をしよう。幸運を」
ローダンはにっこりと笑って手を振った。ライアーは軽く舌打ちをするとハルカの腕を引き、扉の開いたエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターは上昇しているのか下降しているのか、それとも横に動いているのかは、ハルカには判断がつかなかった。エレベーターが止まり外へ出るとライアーはようやく安心したように息を吐いた。エレベーターを降りた先は学園と変わらない建物の中だった。
「ここまでくればもう大丈夫だ」
ライアーはハルカを促して歩き出す。ライアーが立ち止まった部屋のドアを開くと、そこには、
「コンピューター!?」
そしておびただしい数のモニターが整然と並んでいた。部屋の中には人影はなく、どうやら皆出払っているようだった。
「まあ、厳密に言うと少し違うんだが、そうか君はそれが分かる人か。話が早くて助かる。昔はどうだか知らんが、現在の研究機関はその上層部の大多数が転移者、渡り人か?で構成された組織になってる」
ハルカは驚いて声が出ない。機関には渡り人がいるのだろうと思ってはいたが、まさかそんなことになっているとは。
「今は西側の各地の様子が映し出されてる。ああ、原理は聞かないでくれよ、時間がないし説明できる気もしないからな」
「魔物が、それに湖が……どうして……」
ハルカは映し出されている画面を見て愕然とする。あちらこちらで魔物が人を襲い、魔術師や戦士と思われる人々が戦っている。そして目につくのは赤い花。特に湖の惨状は顕著で、白い花が一面に咲き乱れていた美しい光景は失われ、その全てに赤い花がとりつくように咲いていた。そしておびただしい数の魔物が飛び交っている。
「フラム、ココちゃん、え?エリオット?精霊さんと一緒なの?……リフィロ……!」
皆が魔物と戦っている。
「ここを見てくれ」
ライアーが指さす先には湖の上に巨大な木の様な真っ赤な花が咲いている。よく見れば顔のようなものが幹に付いていた。
「魔物……、魔人?」
ライアーは近くのコンピューターと思われる装置で何かしらの操作をするとハルカの右手を画面に触れさせた。
「おそらく。よし、行くぞ」
「え?どこへ?」
「とりあえず着替えろ。その恰好じゃどうしようもないだろ」
ハルカは自分が寝巻のままでさらに素足だったことを思い出した。ライアーに案内された女子更衣室で名札の無いロッカーから、ライアーの着ている服と同様のものを借りて急いで着替えた。ブーツも同じように借り受けた。
「着替えながら聞いてくれ」
ライアーはドアの向こうで話し始めた。
「察しがついてるとは思うが、ここが研究機関だ。普通に存在している方の。さっきハルカがいた場所は正確に言うと、この世界には存在しない」
「存在しない?」
「ああ、機関の上層部の大部分が転移者だと説明しただろう?この世界へ召喚された人間は大体が特殊な力を持っている。歴代の転移者達がこの機関に改造を加えた結果があの不思議空間になってるらしい。今、機関の内部は二つの派閥に分裂している。何としても元の世界に帰りたい奴らと、この世界を守りたい奴らとに。あっちは元の世界に帰りたい奴らの研究施設でもある。最初は単に魔法を研究するための集まりだったらしいけどな」
ハルカは自分が見た夢を思い出した。おそらくあれが最初の魔法使いたちの集まりなのだろう。
「ライアー先生はどっちなんですか?」
「俺は、どっちかって言うと後者だな。まあ、世界なんてどうでもいいが」
「守りたい人がいるんですね」
「……」
「ふふっ。じゃあ、あの場所が危険なのはどうしてですか?」
ハルカは質問を変えた。
「あそこは時間の流れがここと全く違うんだよ。そもそも世界が切り離されている。あの短時間でこっちではもう多分三日は経っている」
「え?何なんですか?それ?」
ハルカの体感では数十分も経過した感じはしていなかった。それを三日とは。
「じゃあ、私三日も行方不明ってことですか?みんな心配してるかも。どうしよう……」
ハルカはものすごく焦った。ライアーの話ではここは研究機関のある西側だ。ココちゃんを呼んで帰るにしても二日はかかってしまう。
「あ、そうか!とりあえずココちゃんに連絡してもらえばいいんだ!」
「そうか、ハルカは大事にしてもらっているんだな」
ライアーは小さな声で呟いた。
「ハルカの精霊を呼ぶのはいいが、ここには結界が張ってあるから、外に出ないと無理だぞ」
着替え終わったハルカはドアを開けて出てきた。
「え?そうなんですか?あれ?私は何で入れてるのかな?」
「君は呼ばれたからだな。それにさっき認証を行ったから、もう自由に出入りできるぞ」
「掌紋認証ですか?」
「いや、魔力認証だな」
「そういえば、私達って何語で話してるんでしょうね?」
「知らん。そのくらいの能力、標準装備でなきゃやってられん」
「あはは、そうですね」
そんな話をしながらハルカとライアーは機関の建物の中を走り抜けていった。
「さっき見てもらった通り、外は大変なことになってる。それでもこのドアの向こうへ行くか?ここは安全な場所だが……」
「行きます。行かないとみんなを心配させたままになっちゃいますから。それに、私にもできることがあるかもしれませんし。邪魔にならないようにします。お願いします」
ハルカは頭を下げた。
「わかった」
ライアーは息を吐き出すとドアを開けた。
(みんな、無事でいて…………リフィロ……)
研究機関の建物を出て、演習場を走り抜け、学園の建物を通り抜けた。学園の中には怪我人がたくさんいたが、ハルカに出来ることは無かったので、そのまま学園前の広場までライアーと共に走った。
「ハルカ―っ!どこに行っておったのだーっ!!」
いきなりココちゃんが飛び込んできた。大きな狐の姿だったのでハルカは抱きとめたものの転びそうになってしまった。
「心配かけてごめんね、ココちゃん……」
ハルカは謝ると、空を見上げた。リフィロの姿を探す。
(大丈夫かな?大丈夫だよね?リフィロは強いもの……)
リフィロの姿をやっと見つけ、ほっとするも、リフィロがバランスを崩す。魔物が彼に襲い掛かる。
「っ!!」
(ダメッ!!)
ハルカは防御魔法を発動した。
「リフィロっ!」
ハルカは大好きな人の名前を叫んだ。
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