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深い森の古王国  作者: ゆきあさ
花咲く湖上の研究機関
51/65

森の夏休み 嫉妬

来ていただいてありがとうございます。

大地に描かれた魔法陣。その中心に黒々とした穴が開いている。吹きすさぶ風の中、琥珀色の砂が嵐となって襲い掛かってくる。そして最初の()()が這い上がってくる。



ハルカは森の中で目を覚ました。胸がどくどくと脈打っている。何か恐ろしいものを見たような気がした。緑の木々と青い空、精霊達がふわふわと飛んでいるいつもの光景にホッとする。ころりと寝返りを打つと時が止まった。怖い夢の光景は吹っ飛んだ。


(え?リフィロ?何で?寝てるの?)

そこには目を閉じたリフィロが、ハルカと同じように横たわっていた。しかもハルカはリフィロの腕を頭の下に敷いている。いわゆる腕枕というやつだ。そしてハルカの体にはリフィロの上着がかけられている。

(なに、なに、なんで、こうなってるの?ど、どうしよう……)

ハルカはとっさに目をつぶり、起き上がるべきか、このまま狸寝入りを続けるべきか悩んだ。そしてリフィロが眠っている今のうちにそっと起き上がってしまおうと思い付いた。

(そう、なんでもない感じで起きちゃえば……)


ハルカがそっと目を開くと、リフィロの顔が目に入る。精霊達の光がリフィロの青みがかった金色の髪を輝かせている。リフィロの顔は彫像の様に美しかった。その穏やかな表情にハルカは見惚れた。

(きれい……)

思わず彼の髪に手を伸ばして、そっと触れてしまった。リフィロがゆっくりと目を開く。青緑色の瞳がハルカを映した。ハルカは慌てて手を引っ込めた。リフィロは微笑むと

「お返し」

と言って手を伸ばし、ハルカの髪を梳くように触れた。


「ご、ごめんね!きれいだったからついっ……」

瞬間、カッと顔に熱が上がり、ハルカは飛び起きて、リフィロから離れて立ち上がった。

「うん……ハルカの気持ちが分かったよ。森の中で昼寝をするのは確かに気持ちが良いね……」

リフィロは起き上がりながら、すこし眠たげに言った。

「でも、そろそろやめておかないと、熱を出してしまうよ」


そろそろ夕刻に近く、辺りにはややひんやりとした空気が満ちておりハルカは思わず身を震わせた。

「あの、これありがとう」

ハルカはリフィロに上着を返した。いや、返そうとしたが、リフィロに着せ掛けられてしまった。

「着ていて。女の子は冷やすと良くないとフラム兄上が言っていたから」

ハルカは困ってしまった。上着はリフィロの香りがしており、さっきまでの状態を思い出してしまう。顔の熱が冷めず、言葉を紡ぐことが出来なくなる。


「少しうなされていたね。大丈夫?」

リフィロは心配そうにハルカの頬に手を触れた。ハルカはリフィロの言葉にさっきまで見ていた夢を思い出す。

「うん、なんか最近変な夢を見るの。同じ人の夢みたいで。さっきのは少し怖い夢で……」


「それは、きっと誰かの記憶を受け取って共感しておるのだろう」

突然、ココちゃんが現れて会話に入ってきた。

「え?ココちゃん?どうして?」

ココちゃんは森へ帰ってきてからは、ハルカの元へ姿を見せることがあまり無かった。森は精霊王の領域で護衛の必要が無いからだとハルカは理解していたが、少し寂しい気持ちもあった。

「む、すまん。我も少し忙しくてな……」


「精霊王様、さっきのお話は……」

リフィロが尋ねる。

「受け取る力が強いようだな、ハルカは。まあ、特に害は無いが、先ほどはハルカの恐れが感じられたのでな……。様子を直接見に来たのだ。それと」

「ココちゃん……」

ハルカはココちゃんが自分を心配してきてくれたことに嬉しくなった。が、

「ハルカ!フィリアに聞いたぞ!我にもプリンを食べさせてくれ!」

この言葉で台無しになった。


ハルカは今度、料理番のステラルにプリンをつくってもらうと言ったが、ココちゃんはハルカがつくったのがいいと聞かず、結局ハルカがまたつくることを約束させられた。リフィロは何か言いたげだったが結局は何も言わなかった。


「うむうむ、よしよし。しかし我がこう言うのもなんだが、ハルカは押しには弱いな。そんなだから、エリオットに何度もせまられるのだぞ」

「ちょっとココちゃん?何言ってるの?そんなことないでしょ?」

スッと辺りの温度が下がった。確実に。リフィロがハルカの肩を掴み自分の方に向かせた。

「エリオットに何かされたの?」

そこに氷の王子が再誕していた。ハルカを見つめる目には冷たい怒りが燃えている。

(な、なんだかリフィロがこわい……)


すぐには言葉が出ないハルカの様子に、肯定したと受け取ったリフィロは更に周囲の温度を下げていく。

「何をされた?」

「は、花を見せてもらったの。赤の王国で。帰る朝に」

「それだけ?」

「っ」

実際、リフィロが怒っているのはエリオットに対してだけであるのだが、目の前で見ているハルカにはその怒りが自分に向いてると思えた。

「もう一度、きちんと断ろうと思ったんだけど、出来なくて……」

ハルカはこんなに怒る程、心配をかけてしまっていると思うと申し訳なかった。肩を落として俯くハルカにリフィロの怒りが少し弱まる。


「口を塞がれたのだ、仕方がないな」

うんうんと、ココちゃんが不足気味の情報を放つ。

「……は?」

リフィロの周囲に氷の結晶が浮かび始める。

「ゆ、指で!人差し指で、止められたの!」

ハルカは急いで追加の情報を加えた。だが、それは火に油、いや、氷に塩、水を液体窒素に代えただけかもしれない。


(……触れた?アイツがハルカに?)

「後はお前と同じだ。それから諦めないみたいなことを言って国へ帰っていったぞ」

ココちゃんのその言葉にリフィロは、目の前がクラクラとする。自分と同じ、それは……。パキパキと周囲の木々が凍り付く。


「それでは、我は精霊樹へ戻るぞ。ハルカ、約束だからなー」

ココちゃんは呑気にそう言うと、来た時同様、突然姿を消した。

(え?ここで放置なの?この状況で?リフィロすごく怒ってるみたいなんだけど?どうしたらいいの?)

ハルカはパニックを起こしている。


リフィロはハルカの頬を両手で包んだ。自らの指で幾度もハルカの唇をぬぐう。まるでエリオットの痕跡を消し去るかのように。

「他には?何かされた?何を言われたの?」

「な、何もされてない、チャンスが欲しいって」

リフィロの迫力と近さに混乱して考えがまとまらないハルカは余計なことまで白状してしまう。


「チャンス?」

「好きな人がいるからって断ろうとしたの……そうしたら……」

リフィロの顔がハルカのそれに近付く。

「誰?」

「え?」

「好きな人って誰?」

自分の余計な一言に気が付いたハルカは、リフィロから離れようとするが叶わず、リフィロに腕を引かれ、腰を抱かれ、引き寄せられてしまう。リフィロの上着がパサリと草の上に落ちる。ハルカは更に近付いた距離にもう何も考えられなくなる。


「フラム兄上?」

ハルカは頭を振る。

「学園の誰か?」

再び否定するハルカ。

「もとの世界にいる人?」

「……違っ」

ハルカは俯いていた顔を上げた。リフィロの額がハルカのそれに触れる。

「答えて、ハルカ……」

リフィロの吐息がかかる。ハルカは恥ずかしさに耐えきれずに顔を背けようとしたが、リフィロはハルカの顎を取り、自分の方へ向かせた。


「答えて」

ハルカは目をぎゅっと閉じた。互いの唇がふれようとした瞬間、ハルカの目から涙が零れた。リフィロはハッと我に返る。気が付けば、自分の服を掴んでいるハルカの手が震えている。


「……っごめん。こんな……」

リフィロは戸惑ったような声で言い、力を緩めた。ハルカの目からぽろぽろと涙が零れていく。

「……っ」

ハルカは何かを言わなければ、と思ったが言葉が出ず、咄嗟にリフィロの前から逃げ出した。



(僕は何をしようとした?無理やり……。ハルカを怯えさせて、泣かせた。泣かせた、僕が……)

後に残されたリフィロは茫然と立ち尽くした。








「止まらない。もう、何で泣くかな……」

ハルカは止められない涙に、文句を言ってしまう。

「何で、ちゃんと言えないの?」


(こわい)


「何で逃げちゃったの?」

ハルカは自分で自分が分からなくなった。


(こわい)


一言、リフィロのことが好きだと言えば良かったのだ。

「簡単なのに……難しいよ、おばあちゃん」


(こわいの、いなくなっちゃうかもしれないから)


「謝らなくちゃ……」

泣いてしまったこと。逃げ出してしまったこと。

「ちゃんと、伝えなくちゃ」

あなたが好きなのだと。





夕闇の中、泣き続けるハルカの周りを心配そうに精霊たちが飛び回っていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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