帰る日①
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その前夜
エリオットは慌てていた。彼がハルカの事件について知ったのは、ハルカが戻ってから随分と時間の経った時のことだった。彼は舞踏会で知り合いの女性二人とその家族に時を置かずに話しかけられ、気が付けば随分と遅い時間になっていた。女性の部屋を訪問するには、あまり好ましくない時間に。それでも、ハルカの様子を尋ねようと二人の王子の部屋へ向かっていた。だから、彼は見てしまった。その光景を。
その朝
翌朝、今日は学園に帰る予定の日だ。ハルカは早めに朝食をすませ、制服に着替え身支度を整えた。予定していた事情聴取は行われず、何の為に来たのかも分からない。その上良くないことばかりが起こったように思えたハルカは、もうこの国はこりごりだと思っていた。不意に扉がノックされ、エリオットの来訪が告げられた。
「おはよう、ハルカ。もう大丈夫?昨夜は見舞いにも来られず、すまない」
エリオットはどこか沈んだような表情で尋ねてきた。
「エリオット、おはよう。ううん気にしないで。もう平気。体調も戻ったの」
「そう、良かった。今少しいいかな?」
そう言ってエリオットはハルカを外へ連れ出した。
「エリオット、どこへ行くの?」
「この先に、綺麗な花がたくさん咲いている場所があるんだ。昨日見つけたんだ。ほら」
エリオットが指を差した方向に小さな薄黄色の花が一面に花をつけていた。
「わあっ!すごいっ」
ハルカは歓声をあげた。それは向日葵に似た小ぶりな花々で、今朝の真っ青な空に良く映えていた。笑顔になったハルカを見てエリオットは切なそうに微笑んだ。
「僕は今日、国へ戻る。学園が休みの間にやるべきことが出来たから」
「あ、あのエリオット……」
ハルカはエリオットの求婚を、きちんともう一度断ろうと思った。中途半端にしておくのは良くないと考えたのだ。
「ゆうべ、僕は二人の女性から婚約の申し出をされた」
エリオットはハルカを遮って話し始める。その目は静かにハルカを見つめている。
「!」
ハルカは驚いてエリオットを見つめ返した。
「けれど、断った」
ハルカは自分が返事を先延ばしにしていたせいだと唇をかんだ。ハルカは意を決して口を開く。
「あ、あのねエリオット!私、私好きな……」
好きな人がいるから、あなたとは結婚できません。とハルカは言おうとした。
しかし、ハルカの唇はエリオットの人差し指で塞がれた。
「まだ、何も決まってない、そうだよね?」
ハルカは驚いて一歩下がる。ざぁっと夏の朝の爽やかな風が吹き、花達が揺れ、当たり一面に芳香が漂う。
「エリオット……でも私はっ」
「僕は必ず、もっと強くなって戻ってくる。チャンスが欲しいんだ」
そう言いながら、エリオットはさっきハルカの唇を塞いだ指先を自分の唇に当てた。そうして上目遣いでハルカを見て、挑むかのように笑った。
「…………っ」
エリオットのしたことの意味を悟ったハルカは羞恥の為、言葉が出ない。もちろん顔は真っ赤だった。
「また、学園で」
そう言うと、エリオットはハルカに何も言わせずに、自分の国へと帰っていったのだった。
後に残されたハルカは、その場に立ち尽くしていた。
(な、な、何今の?もしかして、か、かんせ、)
そこまで考えて思考を止めた。
「エ、エリオットのばかぁっー!」
ハルカは赤い頬を押さえて叫んだ。
(行動がリフィロと変わらんな。正直なところは善きところだ。それにちゃんと言葉に表すのは潔い。これからの成長に期待というところか……)
ココちゃんはハルカの婿候補をこっそり品定めしていた。
昼に近い午前中
「陛下、このような場所へわざわざおいでにならずとも!」
「ああ、うるさいよ。私は私の行きたいところへ行く。邪魔をするな」
そのような会話が廊下で行われていたハルカの部屋の前。
赤の王国から、学園へ帰る日の昼前、ハルカの部屋で馬車の準備ができるのを待っていたフラム、リフィロ、ハルカのところへ、赤の王国の国王レオンス・シュペルヴィエルがやって来た。
「やあ、君達、もう帰ってしまうのだね。もっとゆっくり、何ならずっとこの国にいてくれてもいいんだよ」
レオンスはにこやかに話し始めた。フラム、リフィロ、ハルカは制服姿で驚いて立ち上がった。そのまま礼を取ろうとしたが、レオンスが手で制した。
「ふむ、こんなに美形がそばにいると、我が国の貴族男性達もかすんでしまうようだね、ハルカ?我が国の麗しい貴族達はお気に召さなかったかな?」
ハルカはしばらく考えて、国王の言葉の意味する所に思い当たった。今朝、エリオットと別れてから、やたら貴族風の男性、それもやたら見た目の良い者達に話しかけられたのだ。やれハンカチを落としましたよ(落としてない)、一緒に花を見ませんか(もう見てきた)、よそ見してると危ないぞ(してない)、…………。
(あれって国王様がやらせたの?この方って何がしたいの?)
ハルカは意味が分からす混乱していた。
「そうか、なら私の後宮に入る気はないかな?」
国王は笑顔でとんでもない提案をしてきた。この発言にハルカの思考は一瞬フリーズした。本当に何を言われているのか理解できなかったのだ。フラムとリフィロがハルカを隠すように前に進み出る。
(こうきゅう、こうきゅう、あ、後宮?!うわあ、最低!)
国王の後宮に召し上げられるということは、本来はとても栄誉なことなのだろう。しかしハルカは現代日本の女子高生だ。思わず嫌悪感が顔に浮かぶ。
「謹んでお断りさせていただきます」
ハルカは深く頭を下げた。ハルカの返答に国王に付き従ってきていた家臣達から、非難の声が上がる。
「なんと無礼な!」
「このような栄誉を……」
「断るなどと」
「学園の学生風情が!」
「黙れ」
しかし彼らは王の一喝で静まり返る。
「うーん、お兄さん傷付くなあ。まあ、こういうのも君には響かないか」
響くどころか、ハルカはドン引きであった。レオンスはため息をつき、仕方がないというように続けた。
「それなら素直にお願いしてみようかな。君をこの王国へ迎え入れたいんだ、ハルカ。学園を卒業したら、我が魔術師団へ入団してもらいたい」
(なんだ、ただのスカウトだったんだ)
ハルカはやっと国王の真意が分かってほっとした。
「恐れながら、陛下」
フラムが口を挟む。レオンスは視線でフラムに続きを促す。
「彼女は我が森の古王国の国王の臣下であり、国民です。そう言った要請であれば、正式な手続きを踏んでいただきたい」
「森の古王国の?それは違うな。彼女は異世界からの渡り人、転移者だろう?」
レオンスはハルカを見つめた。ハルカはビクッと体を震わせる。
「彼女に対する権利は誰も有してはいない」
「……どうして……」
ハルカは小さな声で呟く。リフィロがハルカの肩を抱き寄せた。
その時、レオンスの肩にひょっこりと見覚えのある精霊が這い上がる。あのトカゲの姿をした精霊が顔をのぞかせた。レオンスはトカゲ精霊と目を合わせ、その頭を撫でた。
「あ……」
ハルカは気が付いた。この国王には精霊が見えている。フラムもリフィロも同時に気が付いたようだ。
「どうして?これが理由の一つ。君は精霊達に愛されている。それがどういう意味を持つのか、君達精霊の国の王子なら理解できるだろう?」
レオンスはフラムとリフィロを見た。
フラムもリフィロも、そして森の古王国の国王も、他の王族達も気が付いていた。ハルカは精霊達にとても好かれている。そしてそれは精霊達の力を容易く借り受けることが出来るということだ。ハルカはそれを望まないどころか考えもしないだろうが、世界を変えてしまう力にもなり得るのだ。ただ、実際、世界を征服しようと考え、大量虐殺などを命じるような人間には精霊は見向きもしなくなるだろうが。
「そして、もう一つ。我々が直面する新たな脅威。『魔人』あれに、唯一、たった一人で対抗し得たのは、君一人だからだよ、ハルカ」
「私は、対抗なんてできていません。戦うことすらできません」
ハルカにとっては苦い記憶だ。仲間が怪我を負ったのは自分が動けなかったせいなのだ。ハルカはうつむく。レオンスは困ったように笑った。
「だが、誰も死ななかった。君はどうやら自分の力を過小評価しすぎているようだね。君の精霊魔法使い達と精霊達、機関の魔術師達がてこずった敵に、君は一人で立ち向かい、その未知の攻撃を防いでみせたのだよ。まだ、魔術を使い始めてたった数か月の少女がね」
「……くっ」
『あの娘を守るのは、魔物からだけじゃないぞ』
あの時ライアーから言われた言葉を、フラムは今さらながらに思い出していた。ハルカはとっくにこの国に目を付けられていたのだ。やはりこんな招待は無視して森へ帰れば良かったと歯噛みする。だが、後悔しても遅すぎた。
レオンスは冷酷な王の目でハルカを見た。
「もし、君が断るなら、君の大切な者たちが困ったことになるかもしれないね」
ハルカは胸の前で両手を強く握りしめた。
「陛下、それは我が国に何かなさるということですか?」
それまで黙っていたリフィロが、国王を睨みつける。ピシッ、ピシリッと何かが凍り付く音が響く。
レオンスはリフィロの態度を気にする様子もなく続ける。
「いやいや、流石に君達の国と事を構える気はないよ?困るのはほら、ハルカ、君の学友の治癒術師の少女とか、南方王国の貴族の少年とか、ね」
(ミリー!エリオット!)
ハルカの脳裏に彼らの顔が浮かび、ハルカは身をすくませる。国王の明確な脅しに、ハルカは何も言えなくなってしまう。
(やられた……)
フラムは奥歯を噛みしめる。ハルカの一番弱い所を正確に理解してついてきたのだ、この男は。
「何、多くは望まないよ、私は。君はこの国にいてくれさえすればいい。後は自由だよ」
赤の国の国王は泰然と笑った。
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