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深い森の古王国  作者: ゆきあさ
花咲く湖上の研究機関
42/65

湖水の精霊王

来ていただいてありがとうございます。

「毒か。人とは相変わらず非道なことをするものだ」

「あ、貴方は一体……」

(水の中のはず、何故息ができている?ここは一体……)

リフィロは暗い水底でハルカを抱きかかえて座り込み、一人の少年と対峙していた。少年は十歳位の年の頃で、澄んだ美しい水色の髪をしている。肌は透き通るように白く、どことなく森の精霊王を思わせるような長い衣を着ていた。全身が淡く光を放っており、人ではないことは明確だった。


「ゆっくりと死に向かう毒だ。体が少しずつ動かなくなる。最後は何もわからなくなる」

少年はリフィロの質問には答えず、続けた。

「毒?ハルカに?そんなっハルカっ」

「心配しなくともよい。その娘は随分と聡い。飲む前に気が付いている。ほんの微量が体内に入ったのみ。今回のことは私にも責任の一端はある。毒を取り除いてやろう」


水色の少年が両腕を広げると、ハルカの体の中から、ほんの小さな黒い雫が泡のように浮き上がってきた。少年が広げた手のひらを握りこむと、黒い雫が弾ける様に消滅した。しばらくするとハルカのまぶたが震え、ゆっくりと目が開いていった。


遠くの深い青の空がゆらゆらと揺れ、キラキラと輝いている。時折魚の群れがゆったりと泳ぎ去っていく。

「きれい……水の中みたい」

「水の中だ」

「そっか、私、水に捕まって、湖の中に……。どうして生きてるの?」

「私のおかげだな」

「ふふ、ココちゃんみたい」

ハルカは夢うつつのようだった。


「ハルカ?大丈夫か?」

「あ、い、嫌っ、離してっ」

ハルカはリフィロを押しのけようとした。

「ハルカっ?どうしたんだ?落ち着いて!僕だ!」

「リフィロ?」

リフィロは辛そうにハルカを見ている。ハルカの目から涙が零れる。

「……怖かった……」

ハルカはリフィロの胸に縋りついた。リフィロはハルカを強く抱き締めた。

「遅くなってごめん」

「よく頑張ったな。こちらまで来てくれて助かった。無事で何よりだった」


ハルカは泣き止むと改めて周りを見渡した。青く暗い空間。目の前の明らかに人とは思えない水色の淡く光っている少年。そして、リフィロに抱き締められている自分。リフィロにしがみついている自分……。

(う、うわーっ!近い近い近いちかーいっ)

「ご、ごめんね、リフィロっ、あ、ありがとうっ」

起き上がり、リフィロから離れようとするも、まだ体がふらつき座り込んでしまう。リフィロが傍に来て肩を抱いて支えてくれた。


リフィロはハルカを支えながら、少年に問いかける。

「私は森の古王国の第七王子、リフィロ・ベルデヴェンドと申します。そして、こちらはハルカ・モリ。同じく森の古王国の民です。よろしければ貴方のお名前をお聞かせ下さい」

「私は大陸の西を統べるもの。湖水の精霊王。と言ってもこの姿は仮の姿だ。本体は私の後ろにある」


水色の少年の後ろを見たリフィロとハルカは大きな影があるのを見つけた。リフィロは息をのむ。

「きゃー!」

「……またか」

少年は傷付いたように目を反らした。

「すごい、すごいっ!恐竜だ!首長竜だ!エラスモサウルスだ!初めて見た!本物?かわいいっ!!」

ハルカは目をキラキラさせて少年の後ろの竜を見ている。

「は?」

少年は困惑したように、そしてやや頬を染めてハルカを見た。

(かわいい……?)


ハルカは小さい頃から恐竜好きだった。実はこの世界に持って来てしまった本も、図書館で借りた恐竜図鑑だった。西の主、湖水の精霊王の本体は首長竜の姿をしていた。エラスモサウルスはハルカの最推しの恐竜だったのだ。

「キョウリュウとは……?随分変わった娘だな……?」


「ハルカ、落ち着いて。この方が毒を取り除いて下さったんだ」

「そうなの?」

ハルカは身を正し、正座して湖底に手を付いた。

「助けていただいてありがとうございました」


「気にするな。先程も言った通り、今回のことは私にも責任がある。もう禁を解いている。そこにいるのだろう、森の」


「今回は洒落にならぬぞ。湖の。」

怒気をはらんだ声がする。ブレスレットの宝石が光り薄い緑の子狐が出てくる。

「ココちゃん!」

ハルカがほっとしたように呼び掛ける。


「……ぷっくっわはははは!何だその姿は!」

湖のと呼ばれた少年は可笑しそうに笑った。

「むう。笑うなっ。これはそもそも、お主との古き約束のせいであろうが!」

ココちゃんが抗議する。

「……何か約束したか?」

「忘れておるのかーっ」

ココちゃんの怒りの声が湖底に響き渡った。



『お主が山脈から西側、我が東か』

『そうだ!半分ずつを支配し守護していこう』

それは遠い昔の約束。二人ともまだ幼さが残る頃の。大気に力が満ち溢れていた頃の。


「ああ、したな。そんな約束も。相手の地では力の制限もありと決めてたか」

うんうんと腕を組みながら頷く湖水の精霊王。彼が頷くとちらちらと細かい滴が散って、キラキラ輝いた。

「そもそもお主が言い出したことであろうが。忘れているとは何事か!」

ココちゃんは後ろ足で立ち上がり、片方の前足を突き付ける。


「ええと、では精霊王様が突然消えた理由は……」

リフィロが困惑したように尋ねた。

「こいつのせいだーっ!!」

ココちゃんが怒髪天を衝く。

「うむ。私が存在を禁じた」

水色の少年は静かに答えた。


「えっと、それは何故ですか?」

ハルカははいっと手を上げて質問する。

「挨拶も無しで、私の陣地に入ってきて、出て行こうとするから、腹が立って……」

むすっとした表情で水色の少年は答えた。

「お主、前に喧嘩した時に、『もう顔見せるな、バーカバーカ』って言っておったであろうが……」

ココちゃんは疲れたように目を伏せた。

「あれ?…そうだった、かな……」

水色の少年の語尾が小さくなる。何かを思い出したようだ。


「私達は何を見せられてるのかな?」

「……さあ」

ハルカとリフィロはやや呆れ気味で二人を見ていた。

「とっても仲良しなんだよね。きっと」

「うん、多分」

「「仲良しじゃないっ」」

二人の精霊王の声が重なる。

「やっぱり仲良しだ」

ハルカは小声で呟いて笑った。そんなハルカを見てリフィロも微笑んだ。


「こんな所に引き込もっておるから、ボケるのだー!」

「違う。私が本来いるのはもっと広い……いや、悪かった。力の制限の件は無しにする。それから、精霊界も開いておく……」

「当然だ。この大馬鹿者が!」


「でも、良かった。ココちゃんに何かあったんじゃなくて」

ハルカはココちゃんを抱き上げて抱き締める。

「もう大丈夫のようだな。すまぬ、ハルカ。危ない目に合わせた」

「ううん。ココちゃんのせいじゃないから」

そんな二人のやりとりを、湖水の精霊王は寂しそうに見ていた。


「そもそもお主は、何でこんな湖底に引き込もっておるのだ」

ココちゃんは再び、湖水の精霊王に尋ねる。

「…………だって、人が私を見て、魔物だって言うから…………」

湖水の精霊王はぷうっと頬を膨らます。その綺麗な少し深い水色の瞳には涙が浮かんでいる。


「あ……」

ハルカは手で口を押さえる。

「……なんてことを」

リフィロは眉をひそめる。

「まったく、まったく!これだからこちら側の人間はーっ」

ココちゃんの絶叫が再び響き渡った。


ハルカは思わず少年に駆け寄り、抱き寄せた。

「ごめんなさい」

「べ、別にもう気にしてないし……そなたのせいではないし……」

彼は赤くなってそっぽを向く。


「精霊王様、そろそろ戻らないと、兄上が心配しているでしょうから」

リフィロはココちゃんに向かって言った。

「おお、そうであったな!おい、湖の、陸に上げてくれ」

ココちゃんは湖水の精霊王に頼んだ。


「また、遊びに来てくれる?」

湖水の精霊王は目をキラキラさせてハルカを見上げる。

(うわぁ、かわいい!恐竜もかわいいけど、ちっちゃい子もかわいいな……)

「うん、また来るね」

ハルカは微笑んだ。

「あ、そんなに簡単に約束をしては……」

ココちゃんの焦ったような声に湖水の精霊王の声が重なる。


「きっとだよ」


やって来た時と異なり、ハルカとリフィロとココちゃんは水色の光に包まれ、気が付けば元の湖岸に戻っていた。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

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