フィリア
来ていただいてありがとうございます
フィリアは嬉しかった。厳かな城の回廊で踊り出してしまいたいほどに。
(やっと来てくれた!ずっと待ってたの。だって、私だけじゃ駄目なんだもの)
「ご機嫌だねフィリア。踊っているのは久しぶりに見たな」
「ええっ、私踊ってました?」
フィリアは焦って真っ赤になって頬を手で隠す。フィリアに声をかけたのはこの国の第三王子、クレネスであった。彼は国王とハルカの会見に同席した人物でもある。薄い金色の髪は毛先が淡く青色に染まって見える。優しげで温厚そうな青年だ。クレネスは回廊に面した中庭の木々をまぶし気に見つめながら言った。
「前はよく踊っていたよね。お祭りの舞い手になるんだって言って」
そうしてからかうように微笑みながらフィリアに視線を戻す。
「本当に小さい頃のことではないですかっ。もう忘れてくださいっ」
更に顔を真っ赤にして半ば叫ぶようにフィリアは言った。この国の王族は気さくな人間が多く、幼少のころから国民たちと触れ合いながら過ごす。クレネスやリフィロ、そして他に王子が今は四人いるが皆年の近い少年少女たちとはほぼ幼馴染だった。また、魔物の襲撃があって民の数が減り、生まれてくる子どもの数も少なくなって、皆助け合い家族のように生活するのが当たり前になっている。
「討伐、お疲れ様。無事で良かった。」
クレネスは話題を変え、今度は心配気な顔になる。
「ありがとうございます!」
フィリアは嬉しそうに微笑むと次に真面目な声で続ける。
「今、討伐対策部に報告に行ってきたところです。今回の場所では少し魔物の成長速度が上がっているようでした。」
「……そう。状況は更に悪くなってきてるということだね。」
クレネスは深刻な顔で言った。
「これは、避難の準備をもっと急がないといけないね。それにしてもフィリア、君たちが無事で本当に良かった。本来なら私も討伐に出たいところだが、」
「大丈夫です!私強いですから!」
フィリアは任せて!というように胸に手を当てて、努めて明るく言う。
この世界では人間の中に魔力を持つ者がいる。その人間が使う様々な力を魔法と呼ぶ。ここ森の古王国では精霊と契約することによって、自分の力より強い力を使うことが可能になる。この魔法は精霊魔法と呼ばれる。そして王族とそれに近しい者に魔力の強いものが生まれやすい。結果、王族は魔物との戦闘の先頭に立つ。以前はクレネスも魔物討伐に出ていたが、大怪我を負って足を軽く引きずるようになってしまった。以降、主に国の内政を執るようになっている。クレネスはそれをとても歯がゆく思っており、何かあれば自分も戦闘に参加しようと考えていた。フィリアをはじめ、周囲の人間はそれを見抜いて何とかクレネスを止めようとしていた。万全とは言えない彼を守るためでもあるが、城で一番政の才があるのがクレネスであるからだ。でも、
(王子様方の中で一番優しそうなのに、結構好戦的なのよね……まあでもそこが素敵っていうか、素敵なんだけれども!)
周囲の人間とはまた別の情熱もあるフィリアなのであった。
「そうだね。フィリアは強いからね。でもくれぐれも気を付けて。決して無理をしてはいけないよ」
クレネスはほんの少し残念そうになったが、気を取り直してフィリアに微笑みかけた。
「そう言えば、さっき渡り人の子に会ったよ」
クレネスの言葉にフィリアははっと我に返る。
「ごく普通の子に見えたけど、とても疲れているようだった。また今度ゆっくり話を聞いてみたいものだね」
こう言うと、クレネスは執務室に戻っていった。
(普通……ええ、きっと私の、私たちの世界ではそう。でもきっとここでは……。私は何かをずっと待ってた気がする。それはたぶんあなたなの)
フィリアは頭の、心の、深い深いところか浮かんでくる光をハルカの姿と重ね合わせていた。
中庭の木々が、そして森がさざめいた。
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フィリア:直感