消失
来ていただいてありがとうございます。
(なんだか、気まずい……)
ハルカは今、赤の王国からの迎えの馬車に乗っていた。隣にはリフィロ、前にはフラムそして斜め前にはエリオットが座っていた。四人とも学園の制服を身に付けている。夏も本番でかなり気温も高いが、制服あるいは馬車に魔術が施されているのか、長袖なのに涼しく、とても快適だった。ただし、空気がひんやりと感じるのは決して魔術のせいではないとハルカは思っていた。何故か三人とも口を開かないのだ。とても重い空気が漂っている。
学園は一か月の夏休み期間に入っていた。本来なら試練の洞窟での魔物討伐の成績が春季の成績になるはずだったが、トラブルで中止になったので、急遽筆記試験が行われることになった。何とかハルカも合格点を取ることが出来た。ちなみに学園は春季、秋季、冬季と期間が区切られており、その合間にそれぞれ休み期間が入る。春季と秋季の間の休み期間が一か月と一番長く、その他はそれぞれ一週間ずつだ。
赤の王国は国土の一部を研究機関のある湖に接しており、大陸西側に存在する四大魔術王国の中でも一番の面積と武力を有している。また、研究機関への一番の出資国であり、代々王族を筆頭に国民の中に火の魔術師が数多く存在する。そんな国から、フラム、リフィロ、ハルカ、そしてエリオットに招待状と称する、命令書が届いたのだ。試練の洞窟での詳細を是非当事者から聞きたいという要請だった。
(どうしよう、誰かに話しかけた方がいいかな?でも誰に?リフィロ、はまだ、あれからまともに顔見て話せてない……、恥ずかしくて……。エリオット、は無理無理無理、絶対無理!何を話せばいいのか分からない!フラムが一番話しかけやすいはずなんだけど、なんか今日は一番怖い気がする。怒ってるみたい?私何かしちゃったかな?どうしようこの状況)
突然、ココちゃんがブレスレットから出てきた。ハルカは両手にココちゃんを乗せた。
「ココちゃん?どうしたの?お腹すいた?あれ?何だか今日はいつもより薄くない?」
「だから、我は薄くないと、……おや?薄いか?ふうむ……」
ココちゃんは自分の体を見回す。
「ハルカ、君の精霊がそこにいるのか?」
エリオットが声を掛けてくる。フラムの眉がピクリと動く。リフィロの表情をハルカは見ることが出来ない。
「う、うん。ごめんね、一人で喋ってて。変だよね」
「いや、丁度いい。この前のお礼を言わせてくれ。この度は助けていただき有難うございました。他のメンバーのことも」
エリオットはハルカの両手に乗った見えないココちゃんに向かって深く頭を下げた。エリオットはフラムやリフィロにもこうして事件後にきっちりお礼を伝えていた。
「うむ、なかなか見どころがあるな」
ココちゃんは感心していた。見えない相手にこうして敬意を持てる人間は珍しい。
「気にしなくてよいぞ。ハルカを助けるついでだからな」
ハルカはココちゃんの言葉の前半部分だけをエリオットに伝えた。
馬車が一度大きく揺れたので、ハルカは外を見た。どうやら赤の王国に入ったようだった。石畳の道が続く。途中の検問では馬車が王家の紋章を付けていたので、殆ど時間を取られることなく通ることが出来た。行き交う人が増え、活気のある声が飛び交っている。ハルカが好きだった中世のヨーロッパを舞台にしたゲームの街並みに似ていた。
「なんだか、赤い花が多いね」
ハルカは道端や家や商店の脇の路地に所々咲いている花に気が付いた。
「赤の王国の国花だったりするのかな?」
「コッカ?」
エリオットが不思議そうに尋ねる。
「うん、国の花。国を象徴する花。私のいた国の花は菊とか桜って言って、そうだ!桜はこんな色の花が木にたくさん咲くの」
そう言ってハルカは制服のポケットから、薄紅色のハンカチを出して見せた。これはミリーがハルカに助けてくれたお礼だと言ってくれたものだ。ミリーが自分で花で染めたのだと言っていた。
「そういう花を制定する国はこちらにはないが、君の国、って精霊の国のことかい?」
「ううん、私は転移者だから。元の世界で私がいた国のこと」
「ハルカっ」
リフィロの声が重なる。
「転移者?君が?そうか、どおりで二人とは雰囲気が全く違うと思った。やっと納得がいった。おかしいと思っていたんだ。なら、さらに遠慮する必要は無くなったな」
エリオットは嬉しそうに笑った。
「ねえ、それはどういう意味?」
フラムが静かに尋ねる。
「僕がハルカに結婚を申し込んでいることは、もうお伝えしてありますが」
(え?……じゃあリフィロも知ってるの?)
ハルカは不安になって、リフィロの方を窺い見た。リフィロは無表情で、何を考えているのかハルカには分からなかった。
「ハルカがそちらの国民では無いのなら、ハルカは自由だ。どこにでも行き、自由に生きる権利がある」
「自由……」
本来なら自由はいい言葉だ。しかし今のハルカにとっては恐怖を覚える言葉だった。属する世界、国、学校、友達、そして家や家族。ここにはそのいずれもが無い。全てがハルカの前から消えてしまった。ハルカはいきなり見知らぬ世界に放り出されたあの時の感覚を思い出して、目を伏せた。自分はこの異世界でたった一人きりなのだ。ハルカはすうっと自分の周囲が暗く冷えていく感覚に囚われた。
ふいに、膝の上のココちゃんに添えていた右手が温かくなる。リフィロがハルカの手を握っていた。ハルカが驚いて顔を上げると、リフィロが優しく笑ってこちらを見ていた。
「ハルカは僕達の家族で、森の古王国の国民です」
リフィロはハルカを見つめたまま、エリオットに答えた。
「リフィロ……」
「そして我の仲間でもある」
ココちゃんは、ハルカの膝の上で左手に前肢をかけて、ハルカを見上げた。ハルカの心が温かくなる。
「うん、ありがとう」
「すまない。君を傷付けてしまったようだ」
エリオットはすぐに謝ってきた。
「ううん、そんなこと無い。大丈夫」
ハルカは笑顔で答えた。見れば、フラムも先程とは違い、いつもの優しげな笑顔でハルカを見ていた。
いななきとともに、馬車が止まり赤の王国の王城に到着した。
ふつりと何かが途切れたように、ココちゃんが消えた。
「ココちゃん?」
ハルカはブレスレットに呼び掛けるが、翠色の石は光を反射してただ輝くのみだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
※日本の国花は法律で制定はされていないそうです。
このお話の中のハルカの知識ということでご理解をお願いします。




