月の石
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目を覚ますと、白い天井が目に入った。白い壁、清潔なシーツ、上掛け布団、ベッド。そしてややデコラティブな白い寝巻?これはネグリジェとかいうものではないのだろうか?やたら、フリルやレースやリボンがあしらわれている。それでいて寝心地はとても良い。どうやら匠の仕事であるようだ。
ハルカはぼんやりとした頭で、どうして自分がこんなところにいるのか考えた。夕暮れ空、窓の外を飛ぶ鳥の影が、さっと横切ったその瞬間に全てを思い出す。全身から汗が噴き出し、震えがくる。ベッドから飛び起きると、駆け出そうとしてふら付き、転んで大きな音を立ててしまう。ちょうどその時、部屋へ入ってきたミリーが驚いて駆け寄ってくる。
「ハルカっ大丈夫?!」
「ミリー!ミリー無事なの?ケガしてない?みんなは?ジョセフは?……ケホッケホッ」
ハルカは矢継ぎ早に質問するが、急にしゃべったために咳き込んでしまった。
「みんな生きてる!大丈夫だから!安心して!」
ハルカの体から力が抜ける。掴んでいたミリーの服から、手が落ちた。
そこへ一人の白い簡素なドレスに白いエプロンを身に付けた女性が入ってきた。簡素なドレスと思われたが彼女が近づいてくると、ドレスにもエプロンにも動きを邪魔しないようにフリルやレースやリボンがあしらわれているのが分かった。
「ああ、良かったわ。目が覚めたのね。でもまだ無理をしてはダメよ」
二人はハルカをベッドへ戻すと、代わる代わる話してくれた。
「あなたのチームメイトは、全員生きてるから安心してね。ジョセフももう大丈夫よ。一時は少し危なかったけれど、ミリーさんの薬と治癒魔術があったおかげね。後は私たち機関の治癒魔術師達が総出で治療にあたったから、容態は落ち着いているわ。ここは学園の医務室よ。ジョセフはちょっと大怪我だったから、まだ機関の医療棟にいるわ」
「エリオットもロイも怪我はほとんど無かったし、ヤニスの足も先生がすぐに治してくれたの」
ミリーは先生と笑い合った。
「…………かった……」
ハルカの目から涙が落ちていく。あとからあとから落ちて止まらない。ハルカは両手で顔を覆った。
「本当に、良かった。っ私、危ないって、分かってたのに、っ分かってたのに。止められなかったっ!何もっ、できなかった。あ、頭も体も動かなくて、ジョセフがっ……」
嗚咽交じりにハルカは吐き出す。自分は戦いというものを何もわかってなかったのだ。それなのに役に立ちたいだなんて、傲慢だったと思い知らされ、打ちのめされていた。
「ミリー、ミリーありがとう。ミリーがいなかったら……。ジョセフを助けてくれてありがとう」
ミリーは泣きながらハルカに抱き着いた。
「何言ってるの!?私こそありがとう、だよ!ハルカが言ってくれなかったら、私、何もできなかったよ!それにずっとハルカが守ってくれてたじゃない!何もできないなんてない!ハルカがいたからみんな生きてるんだよ!」
二人は涙が止まるまでしばらく抱きしめ合った。
「さ、ハルカさんはもう少し休まなくては」
治癒魔術師の女性は香りの良い水をハルカに飲ませ、横になるように促した。食事はハルカが受けつけなかった。
「あ、あの先生」
「ああ、私は、治癒魔術師で学園の医務室担当のユエインよ。よろしくね。って、あんまり私はよろしくしないほうがいいわね」
そう言うとユエインはふふふっと柔らかく微笑んだ。
その笑顔にハルカも和み、笑顔になった。しかし、質問しないわけにはいかなかった。
「ユエイン先生、あの、魔物はどうなったんですか?」
「大丈夫。倒されたわ。」
「そう、ですか」
「あなたの精霊と王子様達はすごいわね。機関の魔術師たちはほとんど必要なかったみたい。あの魔物はかなり強くて大変だったみたいだけれど、最終的には消滅したそうよ」
ユエインはハルカに上掛けを掛けて、安心させるようにポンポンと叩いた。
「もう上層部は大騒ぎよ。何しろ人の姿をした魔物なんて今まで見たことも聞いたことも無かったから。私たちはあの魔物を他の魔物と区別して『魔人』と呼称することにしたわ。それから、洞窟での訓練は中止になったわ。ただ、このことは、口外しないでね。皆の不安を煽ることになってしまうから」
「……はい」
「さあ、もうおやすみなさいね」
ユエインはそう言うとミリーと部屋を出ていった。ハルカは考えたいことがたくさんあったが、体の方がまだ休息を必要としており、やがて深い眠りに落ちていった。
「聞こえていたでしょう?もう大丈夫よ。あなた達も、もう部屋に戻りなさい」
夜が近い、薄暗い医務室前の廊下。ユエインは優しく声を掛ける。ミリーも心配げに三人の様子を窺う。リフィロ、フラム、エリオットが沈んだ表情のまま立ち尽くしていた。
ユエインとミリーが立ち去った後も、三人はしばらくその場から動くことはなかった。
その夜、ハルカは熱を出した。かなりの高熱だった。ユエインの見立てでは魔力の使い過ぎだろうという事だ。実は魔法や魔術に目覚め始めた幼い子どもによくある症状で、自分の限界を超えて力を使ってしまい、体が悲鳴を上げると起こる症状だ。知恵熱のようなものかもしれない。
月の光が照らす医務室。ハルカの枕元にはいつもの大きさに戻ったココちゃんが座っていた。
「いつまでそこにおるつもりだ。入ってきたらどうだ」
ココちゃんが窓の外へ声を掛ける。ハルカが眠る部屋は一階にあり、その窓の下にリフィロが座り込んでいた。
「女性の寝室に入る訳にはいきません」
リフィロは無機質に答える。
「何を言っておる。森ではしょっちゅう入ってきておっただろうが」
「あの時はハルカの体調が……」
「ふん、今とどう違うのだ。お前に弱ったハルカを襲うような根性があるとは思っておらん。さっさと見舞ってやれ。そしてお前も休め」
「…………」
リフィロは開いた窓から、そっとハルカの眠る部屋へ入ってきた。ジョセフは研究機関の方で治療を受けているので、今夜は他に病人や怪我人もおらず病室は静かだった。
ハルカは熱の為か頬が紅潮し、息も苦しそうだった。
「ハルカ……」
(僕は何の為にここへ来た?ハルカを守る為だったのに)
「……ん……」
ハルカは少しうなされているようだ。ハルカの閉じた眦に涙が丸く浮かんでいる。
(ああ、月の石みたいだ)
月の石とは、森を流れる川の底に極稀に見つかる透き通った石のことだ。森の王国の子ども達は一度は月の石探しに夢中になる。見つけられる子は殆どいないが、見つけられた子は、お守りとしてそれを一生大切な宝物にするのだ。リフィロはあまり興味が無かったが、母である王妃に見せてもらったことがあった。とても綺麗な石だったことを覚えている。
リフィロは指でハルカの涙を掬いとる。その時わずかにハルカの目が開いた。
「リフィロ?」
リフィロは慌てて手を引っ込めようとした。しかしハルカの手に捕まってしまう。
「リフィロの手、冷たくていい気持ち……」
ハルカは捕まえたリフィロの手を自分の頬に当てた。
リフィロは動けなくなってしまった。ハルカの唇が少しリフィロの手に触れているのだ。リフィロの体にカッと熱が上る。ハルカはリフィロの手を抱きしめるように頬を寄せる。
「いつも助けてくれてありがとう」
ハルカは小さな小さな、ささやくような声でそう言うと再び眠ってしまった。ハルカの手から力が抜けてリフィロの手は自由になった。けれど名残惜しくてその頬から手を離せない。
(愛おしい)
リフィロは思った。心の底から。洞窟であの姿を見た時は心臓が止まるかと思った。同時に湧き出す自分への怒り。
リフィロはそっとハルカから手を離すと、自らの口元へ持っていく。
(もう二度とこんな目に合わせない)
そしてハルカに顔を近づけ、自分の額をハルカのそれに合わせた。ほんの少しの氷の魔力を乗せて。ハルカの呼吸がわずかに楽になったようだった。それを見届けると
「ハルカをお願いします」
そう言って窓から出ていった。
「ああ、任せておけ」
ココちゃんは鷹揚に頷いた。
が内心冷や汗をかいていた。
(…………ちと危なかったか……?)
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