洞窟の試練 黒い針
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このお話には流血の表現があります。ご注意ください。
苦手な方はお読みにならないようお願い申し上げます。
エリオットの言う通り、ハルカ、ミリー、ロイは特に何もすることなく、他の三人が順調に魔物を倒して行く。チームは奥へ奥へと進んでいった。時々、キャーという女子生徒の声や、魔術の爆発音が遠くから聞こえてきている。他のチームもどんどん先へ進んでいるようだった。魔術の光が所々ぼんやりと灯る、暗い通路の途中で休憩をとり、最後の扉へ来た。
扉の前に立ったその瞬間、ハルカは強烈な吐き気にみまわれた。今までに経験のないそれは濃密な瘴気の気配。ブレスレットからココちゃんが飛び出してくる。
「ハルカっ」
「……う、うん、ココちゃん……」
ココちゃんがハルカの肩に乗ると少し吐き気が治まる。ココちゃんの姿は大体の人間には見えないし、声も聞こえないので、ハルカが扉の前で独り言を言っているように見える。そのことに苛立ったジョセフが声を荒げた。
「おい!何してるんだ!そんなとこにいたら、中に入れないだろう!」
ジョセフはハルカを押しのけようとする。
「駄目!!ここは駄目!絶対開けちゃ駄目!」
ハルカは扉の前に立ちふさがるが、ジョセフは体格が良く、簡単に押しのけられてしまった。しりもちをついてしまうハルカ。エリオットが手を貸そうと手を伸ばした。
「大丈夫か?おいっジョセフ!乱暴はよせ!」
エリオットがたしなめるが、ジョセフは気にしなかった。
「エリオット!止めて!早く!」
ハルカの焦燥は伝わらない。エリオットは戸惑って問いかける。
「どうした?確かにここには多分今までで一番強い魔物がいると思うが……」
ジョセフは扉に魔力を流すと、簡単に開いてしまう。
「後はここの魔物を倒せば、終わりです。最速記録をとれるかもしれません!」
ジョセフは嬉々として穴に入っていく。ヤニス、ロイも後に続く。
「待って!」
結局チーム全員が最後の横穴に入ってしまった。「手前」の最後の横穴は今までのそれよりかなり広かった。ドームのようになっており、奥行きもあった。
「誰を倒すって?」
そこに人がいた。いや、人の姿をした何かがいた。ねっとりとした瘴気の塊。密度の濃い邪気。男性の姿をした闇。男の足元には狼のような魔物がうずくまっている。ハルカは全身が総毛立った。
「はあっ?誰だ、お前は!何でこんなところにいるんだ!」
ジョセフ達にはその気配が分からない。
「ミリー!通信鏡で先生に知らせて!これは低級じゃないっ!」
ハルカがそう言うと、ミリーは訳が分からないという顔をするが、鞄から通信鏡を取り出す。すかさずヤニスがそれを取り上げた。
「待てよ!これで知らせたら、リタイアになっちゃうよ!」
次の瞬間、通信鏡はパリンと高い音を立てて、粉々に割れた。何か黒い影のようなものがぶつかってきて割れたようだった。
見れば、影の男が右手をこちらに向けて伸ばしていた。男が何かを投げつけたようだった。
「お前っ何をするっ!」
洞窟に入る前に注意を受けていた。通信鏡で助けを求めてきたらその時点で終了。試練は最初からやり直しになる。また通信鏡を破損したチームは減点対象になると。激高したジョセフが水魔術を放つ。前のように水の塊を投げつけるのではない。より攻撃力の高い研ぎ澄まされた水の刃だった。しかしジョセフの魔術は男の手の一振りで消失する。
「ああ、攻撃されちゃった。仕方ない」
男がそう言った瞬間、男から放たれた黒く長い針のようなものがジョセフを貫く。
「え?」
ジョセフは自分を貫いた針を見て驚き、後ろへ倒れこみ、洞窟の岩壁に衝突した。ジョセフの体から、鮮血が流れ出す。
「きゃああああああああああっ」
ミリーの叫び声が響く。
ロイが落とした剣がカランカランと金属音を立てる。
「うわああああああああっ」
恐慌状態になったヤニスが逃げようとするが、同様の黒い針がヤニスの足を貫いた。
「ぐあああっ」
「うっるさいなあ。俺はただここに仲間閉じ込めて、なぶり殺しにしてるのは何でか、聞きに来ただけなんだけど」
男の周囲に一本、また一本と次々に黒い針が出現していく。針先は全てこちらを向いている。誰一人としてこの場から逃がす気はないようだった。
「ねえ、誰か教えて?」
黒い針の男は禍々しくも美しいその顔を笑みの形に歪めた。
「仲間、と言ったな。なら君は魔物なのか?」
エリオットが前へ進み出る。ハルカに一度視線を向けてから。
「ああ、まともに話せる奴がいたんだ」
目の前の状況に体も頭も動いていなかったハルカは、我に返った。そっとミリーの手を取って、小声で言った。
「ミリー、ミリー!ジョセフに薬を!」
「あ、あ、」
混乱しているミリーは震える指で、鞄から薬を取りだそうとするが中々うまく行かない。ハルカも手伝ってジョセフに薬をかけるが、ジョセフの傷は塞がらない。だが何とか流れ出る血の量が減ってきた。
(このままじゃ、ジョセフが死んじゃう)
医療の知識のないハルカにもジョセフが危険な状態であることはわかる。もう魔法薬は使い果たしてしまった。
「ミリー!お願いっ治癒魔術を!ジョセフにかけて!」
「む、無理よっ!こんなケガ、私の力じゃっ」
「きっともうすぐ先生達が来てくれるよ。こんなに大騒ぎしてるんだもの。それにミリーの治癒魔術もどんどんすごくなってる!一緒に練習いっぱいしたでしょ?」
ハルカはわざと明るく言った。しかし、ハルカは気が付いていた。さっきから外の音が聞こえてきてないことに。
「そ、そうだよね」
ミリーの顔は青ざめたままだったが、ジョセフに治癒魔術をかけ始めた。
「その魔物が、君の仲間ということなのか?」
エリオットがゆっくりと会話を続けようとする。
「……あのさあ、質問してるのは俺。答えないならお前も要らないから」
男の言葉とともに、数えきれないほどの黒い針がエリオット目掛けて飛んできた。
「ダメっ」
ハルカはエリオットの前に飛び出し、白銀の盾を展開する。同時に少し離れたところで動けないでいる、ヤニスとロイの周囲にも。黒い針は今度は誰も傷付けることなく消失した。
「へえ、なにそれ」
男の目がハルカを捕らえる。ゆっくりとゆっくりと男が近づいてくる。その間にも再び黒い針が増え続ける。
「ハルカに近づくでないっ!」
ココちゃんが変化する。ハルカの肩に乗れるような大きさだった狐が、輝く翠の毛並みを逆立ててハルカの前に立った。大きさはハルカの世界の大型犬くらいになっている。ココちゃんはその圧で男を黒い針ごと吹っ飛ばした。
「また、魔物?」
エリオットが険しい顔で呟く。
「失礼であるっ!全くこっち側の人間はこれだから!」
ココちゃんは悔しそうな声で言う。
「エリオット!ココちゃんは味方だよ。精霊お、精霊さんなの。ってあれ?皆には見えないんじゃなかったっけ?」
「フン、我くらいになると、姿を現すこともできるのだ。まあ、今は隠す余裕もないがな」
ココちゃんの声に珍しく焦りがある。こちら側、つまり大陸の西側では制約があり本来の力が出せないのだ。
(ココちゃんにもこの魔物は倒せない……?どうしよう、どうしよう、どうしよう、このままじゃ……どうしたいいの?リフィロ……!)
「ココちゃん、お願いがあるの」
ハルカは意を決してココちゃんに向き合った。
深い水底で眠る存在に小さな精霊が語りかけている。遠い水面はキラキラゆらゆらと輝いている。自分が見える人間に出会ったのだと嬉しそうに語る精霊。話しかけても答えてはくれないその存在の周りを飛び回る。その存在はいつまでも無反応と思われた。小さな精霊はしょんぼりと輝きを弱める。
しかしその存在は突然驚いたように目を開き水面を見つめた。
「森の?……」
音ではないその声は誰に届くことも無く、暗い水底に響いただけだった。
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