魔物の授業
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やや強めの日差しが木々の下に濃い影をつくっている。湖に反射する光と白い花々は活力を増しているようだった。学園では、この春入学してきた生徒たちの基礎能力の把握がほぼ終わり、実技の授業の割合が増えてきていた。
研究機関及び学園では魔物に対してランク分けがされている。魔物の討伐を行う際、魔物の強さと数によって魔術師のチームの編成とその数、そして魔術師のレベルを変えている。
基本魔物には一人で向かわない。必ず複数人でチームを組むことになる。
攻撃魔術を使う者、二名以上。補助魔術や治癒魔術を使う者、魔術道具を使用する者(魔術剣士など)。五名以上のチームを組んで討伐に当たる。更に魔術道具の通信鏡をそれぞれのチームが持つ。
低級魔物:狼や小型の昆虫やワーム型など、基本的に人間の身長を超えないもの。集団で動くことがある。
中級魔物:人間の身長を超えるもの。知能を待たないもの。
上級魔物:人間の身長を超えた大きさ。簡単な知能を持つ。他の魔物を捕食して力を増すことがある。
リフィロやフラムにとっては退屈な授業だったが、学園の生徒なので授業を受けない訳にもいかない。フラムは「弱いのはさ、魔法で消し飛ばせばいいんだよねー」と小声で呟いていた。それに、ハルカとはクラスが分かれてしまっているので様子を知ることもできず、二人は気をもんでいた。ハルカがクラスで孤立気味だということは気付いていたが、ハルカがいつも大丈夫だからと笑うので何もできなかった。
そしてリフィロには悩みの種がもう一つあった。セシリアを筆頭とした主に貴族の女子生徒達だ。彼女達は何とかリフィロとフラムの気を引こうとしてくるのだ。何とかして何かしらの「約束」を取り付けようとしてくる。フラムは何とか軽くかわしていたが、リフィロは人が周りに群がってくるこの状況にうんざりしていた。
彼女たちが必死になるのは、二人が精霊の国という神秘の国の王子であるということ、そしてもちろんリフィロやフラムの美貌のせいもある。しかし彼らの魔力の強さも大きな理由の一つであった。二人のいるクラスでも「的あて」授業は行われているが、彼らにとっては幼い頃からの遊びのようであり、早々に全てクリアしてしまい、この授業は免除されていた。
学園の教師の一人で魔力を引き出す能力に長けているレイティなどは、彼らの授業を見に来ていた。何やらおかしな眼鏡をかけて。研究機関の技術開発部門にあった「見えざるものが見える眼鏡」を借りてきたのだという。彼女は精霊を見てみたいらしかった。だが、的あて程度では精霊を呼び出す必要は無かったので、レイティはがっかりしていた。
授業は退屈だが、合間の休み時間よりはまだましだった。魔物や魔術について知らなかったこともある。それは主に魔術道具についてだった。魔力の弱い者でもある程度の魔物に対抗できる術があることは、森の国民たちの防衛にも有効だと思われた。
リフィロは魔術道具の専門の教師たちに色々質問するために、教師たちの研究室をよく訪れていた。その度に、転移者についての質問をしてみている。だが、どの教師に質問しても大体同じような答えしか返ってこなかった。「転移者は機関に集められているようだよ、機関で職に就けば会えるんじゃないか」と。
やはり研究機関の内部に入れなければ情報は集まらないのかと、リフィロは歯噛みした。だが逆に少し安心もしていた。ハルカを帰す方法が見つからなければ、彼女はずっとこの世界にいてくれるのだ。そんなことを考える度にリフィロは自分が嫌になった。なんて自分勝手なのだろう。五年前のあの日から何も変わっていないじゃないかと。
そんな葛藤を抱えたリフィロは、ハルカを少し避けるようになってしまった。ともすれば、ずっとここにいて欲しい、一緒に森へ帰ろうと懇願してしまいそうだったからだ。リフィロは一人図書室で調べものをする事が増えていた。
学園の図書室は不思議な場所だった。明らかに建物の奥行きを超えた広さを備えている。おそらく何らかの魔術が施されているのだろう。数千とも数万とも思われる本が棚に並んでいる。こんな情報を知りたいと思うとその場所に部屋が導いてくれる。その中でリフィロはこんなタイトルの本を見つけた。
『召喚魔術』
より強い力を持つ存在を呼び出し、使役する魔術。呼び出した者の力が弱い時は使役できずに暴走することがある。呼び寄せる存在は神、精霊、神獣、悪魔、魔物、異世界のそれに類する存在。
学園の本も不思議だ。本を手に取るとタイトルと大体の内容があらすじのように浮かび上がってくる。リフィロは自分たちの精霊魔術に似ていると感じ、更に異世界という文字に興味をひかれた。ちょうど、転移者について書かれた文献を一通り読みつくしてしまったのだ。だが、その本を借りて寮の部屋で読もうと思い、図書室を出たところで、運悪くセシリアに捕まってしまった。
「リフィロ様、やはりここにいらしたのですね!良かった!リフィロ様はとってもまじめでいらっしゃるのね。そんなところもとても素敵ですわ!ねえ、リフィロ様、以前からずっとお話していますけれど、そろそろお返事をくださいませ。父にはもう手紙で伝えてあるので、夏のお休みにわたくしの屋敷に一緒に来ていただきたいのです!いいでしょう?」
リフィロは小さくため息をついた。
「そのお話はすでにお断りさせていただいています」
何度か同じような話をされて、その度に断りを入れているというのに、セシリアは一向に諦めようとしなかった。
「遠慮なさる必要はありませんのよ。リフィロ様だってあんな危険な場所に戻るよりも、こちらにいらした方がずっと楽しいと思いますわ!わたくしも微力ながらお手伝いします。わたくしと婚姻を結べば赤の王国でも地位が約束されますし。父も賛成してくれていますし。リフィロ様は魔力もお強いですし、何よりもリフィロ様ならそのお姿だけでも社交界で人気が……」
「お話はそれだけでしょうか?」
「え?」
「申し訳ありませんが、私は森の王国を出る気はありません。よってどなたのお申し出もお受けできません」
リフィロの冷たい表情にひるんだセシリアだったが、彼女は諦めなかった。セシリアは悲しげな表情を作った。
「責任を感じておられるのですね。それも当然と言えばそうですけれど、もう贖罪はよろしいのでは?わたくしたちは気にしていませんわ。どの道、もう森は滅びゆく運命だったのですわ、きっと。それは悲しいことですけれども仕方ないことなのですわ。父もそう言っていました。」
「滅びゆく運命?」
セシリアは精霊王が目覚めたことを知らないようだった。知ったとしても森の古王国へ戻ってくることはないのだろうが。
「そうですわ!ですからもう前を向いて新しい土地で再出発するのです!」
セシリアは一段と低くなったリフィロの声に気が付かず、父親の言葉を熱く語り続けた。だが、全く反応しないリフィロに焦った。
「そ、それにあの渡り人の方も一緒に迎え入れて差し上げてもいいですわ。リフィロ様、あの方を気にかけていらっしゃるようでしたし……」
「渡り人……ハルカ……」
不意にリフィロの表情が柔らかいものになる。彼の心に温かい風が吹いた。直前までの冷たい気持ちがハルカの笑顔を思うだけであっという間に溶け去っていった。
セシリアはその表情に見惚れた。自分の優しさ、懐の深さに感動して自分にその表情を見せてくれたのだと錯覚した。
「そうですわ。ハルカさんがお望みでしたら、わたくしの侍女でもメイドでも……」
しかし次にリフィロがセシリアを見た時には、元の冷たい無表情に戻っていた。
「貴女とは考え方が根本的に合わないようです。もうあまり話しかけないで下さい。お互いの為に良くないでしょう。失礼します」
そしてこの時から、リフィロはセシリアと目を合わせることが殆ど無くなった。
セシリアとリフィロが婚約するのではという噂がハルカの耳に届くのは、この後しばらくしてのことだった。
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