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深い森の古王国  作者: ゆきあさ
花咲く湖上の研究機関
29/65

ハルカ、的になる

来ていただいてありがとうございます。

湖を照らす光がやや強くなり、渡ってくる風が心地よく感じられる。夏が近づいて来ていた。鳥たちは元気よくさえずり、飛び回る。ほぼ一年中湖に咲き続ける白い花も今これからが最盛期を迎える。


午前の授業の終わりにライアーは言った。

「今日は午後から実技の授業に入る。目的は個々の力を伸ばすことだ。皆、自分の魔術の属性は理解していると思うが、攻撃魔術の使い手は演習場へ来るように。授業の内容は単純だ。遠く離れた的に魔術による攻撃を当てることだ。最初は近くの動かない的。的への距離はだんだんと遠くなっていく。そして最終的には高速で動いたり、飛び回ったりする的に魔術を当てられるようにする。それ以外の生徒は師事する教師の元へ行くように」


 ハルカような攻撃魔術を持たない、師事する教師のいない生徒は見学となる。しかし、ハルカは魔術の制御の訓練を自主的に行っていた。ハルカはミリーといつも二人で練習しているおかげで、魔術の制御をある程度こなせるようになっていた。ミリーも薬草だけでなくハルカに魔術を使い、少しずつ治癒魔術を使えるようになっていた。ミリーは最初ハルカに魔術を使うことを怖がっていたが、ハルカが熱心に勧めたので渋々ハルカに魔術を使った。すると、ハルカの小さな傷が治ったり、体が軽くなったりするようになったのだった。


「おっとー、魔術が滑った!」

そんな声と共にハルカに水が降ってきた。正確には水魔術による小さな水玉が飛んできたのだった。さほど威力のある攻撃ではなかったが、ハルカは頭から水をかぶってしまった。見れば、以前ハルカに文句を言ってきた三人組のうちの一人がニヤニヤと意地の悪い笑いを浮かべてこちらを見ていた。

 

 ハルカに直接苦情を入れてきたダークブラウンの髪の少年はエリオット、彼の後ろにいた少年たち二人はジョセフとヤニスという名前だった。ミリーが教えてくれたのだが、彼らは同じ南方の王国出身でエリオットの方が身分が高いので、いつもエリオットに二人が付いて回っているのだ。ハルカに魔術をぶつけてきたのは、ジョセフだ。エリオットとヤニスはそれぞれ風魔術と火魔術を使うのだという。


「おい!お前、人に向けて攻撃魔術を使うなと言ったのを忘れたのか?」

ライアーが怒りの陽炎を立ち昇らせて睨むと、ジョセフは殊勝な態度になり、

「まだまだ技術が未熟で制御を誤ってしまいました。申し訳ありません」

と、ライアーに謝った。

「謝る相手が違うだろう」

「先生、大丈夫です。大した水量じゃ無かったので平気です」

ハルカが水を拭きながら笑うとライアーは一瞬驚いた後、ニヤリと笑った。

「いい根性だ。では何も言うことはない。すべて防いでみろ」

「はい」

ハルカは近くの的の前に立った。

「ジョセフ、今度はちゃんと狙って当ててみろ。当てられるなら」

「何をおっしゃっているのです?人に向けて魔術を使うことは……」

「いい、俺が許可する。彼女の魔術は防御魔術だと判明した。彼女の訓練に付き合ってやってくれ」

「へえ。わかりました。……大した魔術ではないですが、全力でいきますよ」

ジョセフは酷薄な笑みを浮かべた。




「っこんな、こんなバカな……!」

ジョセフは肩で息をしている。ジョセフは一抱え程の水の塊を魔術でハルカにぶつけ続けていた。最初、全力でいくとはいうものの、ちょっと脅かせば泣いて謝るだろうと先程よりやや強い魔術をぶつけた。しかし、ジョセフが放った魔術はハルカに当たることはなかった。激高したジョセフは彼の全力の魔術を放ち始めた。しかしハルカの白銀の光の盾は揺らぐこともなく、その全てを防ぎきった。いつの間にか周囲には人だかりができており、訓練どころではなくなっていた。演習場は学園と研究棟の間にある。教室からも研究棟の窓からも人が見ていた。そこへ慌ててレイティが走ってきた。

「ちょっとちょっとちょっと!何してるの?ライアー先生!人に向けて魔術を使わせるなんて!」

「大丈夫だ。上には報告済みだ。責任は俺が取る」

「え?そうなの?じゃあ、私も近くで見てていい?」

「…………」


ハルカは自分の力が防御魔法なのではと思っていたが、確かめる方法が無かった。そのため、リフィロとフラムに自分に魔法をぶつけてほしいと頼んだのだ。もちろんリフィロは大反対、フラムもそれはちょっとーと難色を示した。しかしそれなら別の人にお願いするとハルカが言った為、仕方なくハルカの実験に付き合ってくれた。最初はほんの小さな氷の粒をそれから徐々に大きな氷の魔術を。途中、ライアーに見つかって小言を食らったが、それ以降はライアーも面白いと言って実験に立ち会ってくれた。結果から言えば、ハルカの魔法はリフィロやフラムの魔法をある程度防ぐことが出来たのだった。もちろんハルカに対魔物用の本気の魔法を放つことはないが、それでもハルカの能力には二人も驚愕した。ミリーにヒントをもらい、自らの魔力にイメージを加えて、魔物に襲われたあの時のようにガラスのドームやガラスの盾の様に変化させた。強度を増す練習もコツコツ行った。



「よし、そこまで!もう十分だろう」

ジョセフは魔力切れを起こしてその場にへたり込んだ。対してハルカはまだ余裕で立っている。エリオットとヤニスがジョセフに肩を貸し、演習場の隅へ連れていく。レイティは興奮したように目を輝かせていた。

「すごいじゃない!ハルカさん、いつの間にこんな!」

「ちょっと秘密の特訓をしてました」

「ライアー先生も知ってたの?ずるい!私もまぜてよ、そういう時は。でもそっか、防御魔術か、うーんそんな感じじゃなかったと思うんだけど、でもそうよねえ。うーんでも魔力の反応が……」

ライアーは何やら考え込んでいるレィティを置いておき、ハルカに向き直った。

「十分実戦で使えそうだな。よく頑張った」

ライアーはハルカの頭に手をポンポンと乗せた。

「はい。ご指導ありがとうございます」

ハルカは小さい頃、祖母によくこうして褒めてもらったことを思い出して、嬉しくなった。ハルカの笑顔に少し見惚れてしまったライアーは、慌ててレイティの方をみる。彼女はまだ考え事をしているようでこちらを見てはいなかった。ライアーはほっと胸を撫で下ろした。


この時から、ハルカに対するクラスの生徒の態度が少し軟化した。ずっと遠巻きにされていたのが近くにハルカがいても普通に過ごしていたり、以前は用事があってハルカが話しかけるとやたらおどおどしていたりそっけなかったり、時にはあからさまに無視されることもあったが、普通に話してくれる生徒も増えてきたのだ。この変化にハルカは安堵したが、ココちゃんは「今さら何だー!」と憤慨していた。学園にいる間は、魔物が出るようなよほどの危険がない限り、ハルカに自分で対処させてほしいと頼まれているココちゃんは少しストレスが溜まっているようだった。夜になるとハルカが用意したお菓子(主にフラムからもらっている)をバリバリと食べるようになってしまっていた。









研究機関の奥。暗い部屋、精霊石がぽつぽつと灯っている。壁一面に本棚。傍らの止まり木には大陸の西側ではよく見かける茶色の小鳥。小鳥を自分の指に乗せて、やわらかな心地のいい椅子に深く座った観察者は小鳥の額に自らの額を付けた。

「へえ、なかなか面白い力じゃないか……わざわざ招待したかいがあったな……」

艶の無い長い髪を耳にかけなおして、観察者は笑みを浮かべた。










初夏の風は湖を渡り、白い花々を優しく揺らす。研究機関がある島から、遠く離れた湖畔の村では時々魔物が出没していた。その村には山脈の中ではやや低い山を越えて魔物がやってくるのだ。村人は恐れながらも日常的に魔物の討伐を自力で行ったり、魔術師を招請して対処していた。だから、最近やや魔物の出現が増えていることにあまり疑問を持たなかった。今年は少し多いなと思う程度で。そして気が付いていなかった。湖に咲く花の中に真紅の花があることに。  



ここまでお読みいただきありがとうございます。

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