薄暗い廊下
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今は授業の時間のはずだ。二人は多忙だという学園長と面会するために、特別に授業から抜けてきている。ここは学園長の部屋や教師たちの研究室もあるHの字型の学園の建物の西側に当たる棟だ。二人は何故ここにセシリアがいるのかと訝しんだが、セシリアは微笑んで教科書を見せながら言った。
「先生の都合で授業は自習になりましたのよ。わたくしは少し他の先生に質問がありまして、こちらに参りましたの。そうしたらお二人のお話が耳に入りまして……。立ち聞きするつもりはなかったのですけれど、申し訳ありません」
「あのハルカさんは、「渡り人」でしたのね。どおりでわたくしが国にいたころはお見掛けしてないはずですわね。何故お二人と一緒に編入してこられたのか不思議でしたけれど、研究機関では異世界からの転移者を集めているというのは本当でしたのね」
「転移者?」
フラムが聞き返す。
「ええ、こちらでは渡り人をそう呼ぶのですわ」
「集めている?」
今度はリフィロが聞き返した。
「そうですわ。異世界からの転移者は変わった力を持っている者が多いらしく、魔術の研究に協力してもらっているということですわ。でも、不思議ですわね。あの方は魔術が使えないのでしょう?何故学園へ呼ばれたのでしょうか?」
セシリアは無邪気な様子で考え込んで見せた。その様子にフラムはやや眉を顰めた。
「それは、研究機関の方へ聞いてみないと分りませんね。それよりも貴女は何故ここへ?貴女も魔法が使えなかったですよね?」
フラムは余所行きの声と態度で尋ねる。
(精霊王様が眠りにつくと速攻で避難していった、火の魔法の一族だよね。確かラブレーヌ家だったか。珍しく精霊たちが見えない人間が多くて。あの頃セシリアはまだ魔法が使えて無かったはず……)
「わたくし、とっても頑張りましたのよ!わたくしたちは、遠縁を頼って赤の魔術王国の伯爵家に迎え入れていただきましたの。必死でマナーや教養を身に付けて、魔術も使えるように練習しました。おかげで学園にも来ることが出来ました」
「それは大変でしたね」
セシリアの誇らしげな様子に、やや乾いた気持ちになりながらフラムも微笑む。赤の魔術王国とは西側に在する数ある国々の中でも一、二位を争う大きさの王国だ。彼女が誇らしく思うのも当然だろう。しかし彼女の一族が森に残っていれば、魔物討伐も幾らか楽だったことだろう。国王は国を去るものを咎めはしなかった。しかし、力のない一般の国民とは違い、魔力の強いはずの貴族達が国を捨てて我先にと逃亡したことに、国に残って戦い続けている人々は思うところがあった。そしてそれは王子たちも同じだった。フラムはリフィロに目をやる。しかしリフィロは、何やら考え込んだ様子で上の空だった。そもそもセシリアの話を聞いていなかったようだ。
「リ、リフィロ様?どうかなさいましたか?」
リフィロの反応の無さに苛立ったように、それでも笑顔は崩さずにセシリアは呼びかける。
「?何か?」
「っ……」
リフィロは無表情のまま、問い返す。まるで自分からは話すことは何も無いというように。ここにハルカがいたら、彼の冷たい表情にかなり驚いただろう。だが、フラムにとってはこちらがリフィロのいつもの状態だった。リフィロは興味のない人間や、彼が身内と認めた人間以外にはほとんど表情を変えないのだ。
「兄上、僕はこれで失礼します。急ぎ調べたいことがありますので」
そう言うと、リフィロはセシリアには目もくれずに歩き去っていった。
(おいおいおいー、一人で行くなよー。「王子様」するのは面倒なんだよー)
「弟が失礼いたしました。それでは僕も急ぎますのでこれで」
フラムはなるべく丁寧な態度でセシリアに挨拶をすると、リフィロの後を追った。
一人残されたセシリアは教科書を強く握りしめ、唇をかみしめて、二人が去った廊下を見つめていた。
(何なの?あの態度は?わたくしは森を出て慣れない王国でとても大変だったのに!精霊は見えないし、魔術が使えるようになるまでとても大変だったし。魔術が使えない娘なんて迎えいれた意味がないとか、さんざん言われて……。そうよ、リフィロ様はわたくしに優しくすべきなの。だってリフィロ様のせいでフォルア様が……。精霊王様だって眠りについてしまわれたのだわ。わたくしたちが森の王国を出なくちゃならなかったのはリフィロ様が原因なのだから。それに何?あの娘は!リフィロ様やフラム様とあんなに親しげに!あんな娘、昔は森にはいなかった。わたくしの方が幼なじみなのよ。わたくしの方が大切にされるべきでしょう?魔術も使えないみたいだし、あんな娘絶対認めないわ……)
廊下は窓が少なく、魔術道具のランプにぼんやりと照らされている。佇むセシリアの影はその濃さを増したようだった。
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