初めての寮生活とココちゃん
来ていただいてありがとうございます。
「さっきはありがとね」
「ハルカはもっと我を頼ればいいのだぞ」
学園は全寮制である。校舎を挟んで両側に男子寮と女子寮があり、校舎の裏には演習場がある。 そしてその奥に研究機関が入る建物がある。寮の部屋は十分な広さで机や椅子、本棚。、ベッド、クローゼットなどが備え付けられておりとても快適だ。また各部屋には湖に面して窓があり、開けておくと湖に咲いている花の良い香りが入ってきてとてもいい気分になれる。ハルカはこの寮がとても気に入っていた。
今ハルカは薄緑色の小さな狐と向かい合ってしゃべっていた。普通の人が見ればハルカが一人で椅子に座って机に向かってしゃべっているという少々残念な状態になるのだが、ここは学園の寮のハルカの個室である。つまり誰もいないし、いないのは確認してある。また、ここは女子寮なので一緒に編入したリフィロとフラムはもちろんいない。
「ん、でもそうするとなかなか自分で魔法を使えるようになれないでしょ?ココちゃんがいなくても戦えないと駄目な時がくるかもしれないし。頑張らないと」
「我は頼りにならぬのか?」
「そんなことないよ!一番強い精霊の王様なんだから!」
この小さな狐はハルカが寮の部屋に戻ってくるなり、左手首のブレスレットから飛び出してきた。正確には蔦の模様のブレスレットについた深い緑色の宝石から。彼は大陸の東側に広がる森の精霊たちの王様だ。彼は本来とても美しい青年の姿をしているのだが、今はとても小さくて薄い。
「……薄いとか思ってないか?」
「…………思ってないよ?」
「何なのだ!今の間は?」
少々涙目になりながら、狐が叫ぶ。ハルカは人差し指を口に当て、小声で言った。
「しーっ。声が大きいよ。ココちゃん」
「我の声は大抵の人間には聞こえないぞ。それにしてもココちゃんというのは……」
「子どもの狐だから、ココちゃんかなって。やっぱり嫌?他の呼び方が」
「いや、それは良い。良い響きだ」
「……そう」
心なしか満足げに見えるココちゃんに難しいなと思いながら、ハルカは答えた。彼が何故こんな姿なのかというと、それは学園に編入するハルカを守るためだった。ハルカには力がある。しかしハルカは身を守るすべを全く持っていない。力の使い方が分からないのだ。ある程度力を使えるようになるまでは心配だからと譲らなかった。ただし、一つ問題があった。ここは山脈を挟んだ大陸の西側。彼の支配領域は東側。そう、この地を支配する別の存在がいるのだ。そして森の精霊王とその存在はあまり仲が良くなかった。「奴は頭が固いのだ。昔はかわいいところもあったが、今はカチコチなのだ」と精霊王は語った。ハルカには良くわからなかったが、とにかくよそ様の領域で派手なことはできない。つまりあまり大きな力は使えないということらしかった。そのため彼は自らの魂を分けて分身を作った。それがこの姿なのだった。彼らには彼らなりのルールのようなものがあるようだ。
「さあ、食堂に行こう。リフィロとフラムと約束したし、遅れないようにしなきゃ」
ハルカは立ち上がり、ココちゃんこと精霊王をそっと両手で掬い上げた。不安なことも多いが、ココちゃんの存在はハルカに勇気を与えてくれていた。
ハルカが寮の自室を出た時、どこからか羽音が聞こえてきた。
(鳥、か?精霊ではないが、ただの鳥ではないようだ。我らを窺っていた?何にせよ、我がいる限りハルカに手は出させぬぞ)
ハルカの肩に乗って後ろを振り向いた子狐はフンと鼻を鳴らして尻尾をブンッと振った。
島から遠く離れた湖の片隅で何かが落ちる水音がする。水紋が広がる。広がる。そして途絶える。未だ誰の目にも耳にも届かない。微かな微かな音が始まる。唯一それに気付いた者は、僅かにまぶたを持ち上げ、再び目を閉じた。
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