幻の道
来ていただいてありがとうございます
「開いてくれ」
リフィロがそう言うと、胸にかけたペンダントの青白い石が輝き始めた。そのまま光は三人を包み込み、気が付くとはるかは先程までいた砂原ではなく、真っ暗な空間にいた。フィリアが再びハルカの腕にくっついていなければ、パニックになっていたかもしれない。ハルカはきょろきょろと周囲を見回すが、暗さで何も見えない。ただフィリアの腕の温かさと感触しかわからなかった。
やがて、ひとつ、ふたつと光が浮かび始め、色とりどりの淡い光がそこかしこに現れた。あっという間に暗いだけの場所にたくさんの光が溢れた。そしてどこかからかチリンチリン、シャリンシャリンと鈴が鳴るような、砂がこすれ合うような、かすかな澄んだ音が響いてきた。
「きれい……、きれいな音……」
ハルカは周囲を見渡して言った。
「君にも見えるんだな」
リフィロがそっとつぶやくが、幻想的な景色に気を取られているハルカの耳には届かない。そしてリフィロがはるかを見つめる目が、だいぶ和らいだことにもハルカは気が付かなかった。
「確かに美しい場所だが、あまり長居はできない。急ごう。帰れなくなる」
いつの間にいたのか、リフィロの肩には一羽の美しい鳥が止まっていた。その鳥は青白く光りながら三人を先導するように飛び立った。
「あのコは殿下と契約してくれてる精霊さんなの」
「精霊っ……すごい」
「というか、ここに浮かんでいる光の全てが精霊の光だ」
鳥の姿をした精霊の後を追いかけながら、フィリアとリフィロが説明してくれる。
「この光全部が?」
それまでうっとりと周囲を見つめていたハルカが、驚いてリフィロを見る。
「僕たちの国は精霊がたくさん住んでいる森の中にあるんだ。」
リフィロは話しながらも青白い鳥から目を離さない。フィリアは右手でハルカの腕を掴み、左手で前を行くリフィロの腰のベルトについた飾りを握っている。
「精霊さん達はさっきみたいな魔物が入ってこられないように、森に結界を張って守ってくれてるの。」
だから自分達はこの『幻の道』を通って森の外と行き来するのだとフィリアは続けた。
「ここは精霊さんたちの世界よ。精霊さんは基本的には優しくて親切なんだけど、いたずらが好きで好奇心も旺盛なの。たまに人を迷わせたり、気に入った人間を連れて行っちゃうこともあるから、この『幻の道』では私たちから離れないように気を付けてね」
「えっ」
ハルカは思わずフィリアの腕にしがみ付いた。
「ふふっ、殿下は強いし私もそれなりだから大体は大丈夫よ」
(「大体は」って、それフラグなのでは……)
ハルカの不安は実現することはなかった。ハルカの感覚で五分くらい経ったのち、リフィロから声がかかった。
「着いたぞ」
リフィロの精霊が前方の小さな光に飛び込むと急に視界が開けて三人は森の中に立っていた。
(良かった。無事に出られて。でも綺麗だったし、もうちょっと見ていたかったかも)
安心したような、少し残念なような気がするハルカであった。精霊はしばらく周りを飛び回っていたが、一度ハルカの頭に降りると興味深げにハルカの顔を覗き込んだ。
「えっ、な、何?」
ハルカは驚いたものの動くことができず、しばらく精霊と見つめ合う形になる。やがて、気が済んだのか再び舞い上がり、精霊はリフィロのペンダントの中へ消えていった。
「何だったの?」
「ふふふ、気に入られたみたいね」
困惑するハルカを見て、フィリアが微笑む。
「そうなの?」
「ええ、たぶん」
精霊がとまったせいで、わしゃわしゃになってしまった髪の毛を手で整えながら、
(なんか、馬鹿にされたような気もするんだけどな)
ハルカは眉を寄せた。
「ありがとう」
リフィロが石に触れるとそれまで輝いていた石は光を収めていった。
(王子様はちょっと怖い感じだけど、精霊さんには優しいのかな)
ハルカが見ていると、リフィロはハルカの視線に気付いてかすかに微笑んだ。
(あ、今笑った……?)
「あら、あら、珍しいっ。殿下が笑うのなんて久しぶりに見たわっ」
フィリアが驚いて声を上げる。
「別に珍しくない。僕だって笑うことくらいある。それに、特に今笑ってない」
「えー」
フィリアが不満の声を上げる。
「とにかく行くぞ。急いで城に戻る。」
それだけ言うとリフィロはさっさと歩き始めてしまった。だから、リフィロの頬が少し赤く染まっていたのは二人には見えなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます