フィリアの思い
来ていただいてありがとうございます。
「見て見てっ、お菓子たくさん用意してもらっちゃった!」
夜、満面の笑みを浮かべて、フィリアはお茶やお菓子を乗せたワゴンを押してハルカの部屋に入って来た。何をどう説明したのか、エレや料理人達に頼み込んで、お菓子を作ってもらったようだ。
この国では夜、室内では精霊石という柔らかい光を放つ石で灯りをとる。淡い色調で整えられたハルカの部屋がいくつもの精霊石で温かく照らされている。
「今夜は二人だけでゆっくりお話しましょうね」
ハルカにはフィリアが話したいことが何となく想像がついていた。この世界に来てやっと落ち着いて考えることができていた。フィリアはカップに香りの良いお茶を注ぐとハルカに手渡した。そして自分もお茶を一口飲むと、
「単刀直入に言っちゃうけど、私転生者なの」
「……やっぱり……そうだったんだ」
「あれ、気付いてた?」
「うん。時々あれ?って思うことがあったから」
「そっかぁ。ちょっと勇氣要ったんだけど、心配いらなかったね」
フィリアはえへへと笑った。フィリアは皿から小さな焼き菓子を取って口に入れた。
「うん、美味しいっ。サブレみたい」
「フィリアは、日本人、なの?」
「うん。正確には日本人だった、ね。十六歳位までの記憶があるわ。病気で入退院を繰り返していたの。前世の記憶を思い出したのはこっちで十六歳になった頃ね」
その頃のフィリアは、浄化の力はあったものの、今のような強い力は無かった。魔物討伐でピンチになった時、いきなり前世の記憶がよみがえり、大きな力が使えるようになったのだという。
「恋もしないで死ぬのはもう嫌って思ったら、なんだか力が沸いてきたのよねー」
フィリアは努めて明るくしていたが、自分の非力さにとても悔しい思いをしていた。五年前の悲劇の時にもこの力があれば、という思いがあったため、リフィロ同様、率先して討伐に出ていた。
「それで、ハルカはこの世界って覚えある?」
「ううん。フィリアも知らないの?」
小説だろうか、ゲームだろうか?二人はどの世界に来てしまったのか話し合ったが、結果として分からなかった。未知の世界に来たのだと結論付けた。ただ、フィリアにとってはここが自分の生きてきた世界であることには変わりがなかった。
それからフィリアはハルカに色々なことを話してくれた。暦や時間の進みかたなどは元の世界とさほど変わりが無いこと。この国の外は見たことがないが、どうやら、この国がある森は大陸の東側にあること。大陸のほぼ中央には南北に走る険しい山脈があり、その西側には自分達が使う魔法とは異なる「魔術」を使う人々がいるらしいこと。
「魔術?」
ハルカは聞きながら、用意されたお菓子を少しずつ口に入れた。この世界に来た当初に感じていた食べ物の苦味はほぼ無くなっていた。ハルカは不思議に思ったが、
(これはフィナンシェみたい。アーモンドみたいな木の実があるのかな?甘くて美味しい。精霊王様と契約したおかげかな……?)
などと考えていた。
「そう。あちらの国は大きくて、人も多くて、魔術師になるための学校なんかもあるみたい。魔術の研究もたくさんされてるらしいわ。ただ、精霊さんのことを見える人はほとんどいないんですって」
「え?そうなの?みんな見えてるんじゃないんだ」
「ええ。この国にも見えない人はいるわ」
ハルカは更に驚いたが、
「それでも、この国の人は精霊の存在を信じていて、大好きだからここにいるのよ。もちろん私も、生まれ育ったこの森が大好き。だからどんなことがあっても守るって決めてる。ハルカ、ありがとう。精霊王様を救ってくれて。」
微笑むフィリアに、ハルカは戸惑った。
「そ、そんな、私はなにもしてないのに……」
「ううん。そんなことない!私達ハルカのおかげで森を出なくてすんだんだもの」
その後も二人のおしゃべりは続いたが、フィリアがクレネスについて話すことが多かった。時々、「ハルカは王子様達の中で誰がいい?」とか「リフィロのことはどう思ってる?」とかの質問が飛んでくるのでハルカは焦って「分からない」とか「お兄ちゃんみたい?」とか返事をすると、フィリアはむーっと少しつまらなそうにしていた。
そうしているうちに夜も更け、ハルカが少し眠そうにしているのを見て、フィリアは
「そろそろ寝ましょ」
と食器を片付け始めた。ハルカも立ち上がって手伝う。精霊石に布を被せて灯りを落とし、一緒にベッドに入った。ハルカがうとうとし始めた頃、ささやくような声が聞こえてきた。
「ねえ陽花、どうしてあなたがここへ『渡って』来てしまったのかは分からない。私は今、この世界の人間だけど、陽花のことも他の人よりちょっと多く分かってあげられると思う。何かあったら私がいるって思い出してほしいの。絶対に助けになるから」
フィリアはハルカの手をそっと握って、真剣な表情で言った。ハルカは自分の考えが違っていたことを知った。フィリアが本当に伝えたかったことはこれだったのだ。
「うん。ありがとう……フィリア」
ハルカはフィリアに握られた両手がとても温かくて、胸の辺りに光が灯るように感じた。
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