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6話~7話

6話



「だから、言いたいことがあったら言ってくれていいし、何かいいアイデアがあるんなら、色々試してみようぜ」

「テルオ……。何でまた急にそんな事を?」

「別にいいだろ。俺はできるだけ楽をして暮らしたいんだ。そしたらお前も任務上都合がいいんだろ? Win-Winじゃん」

「それは地球人類への裏切り行為だぞ。いいのか?」

「ああ」


 テルオはあっさりとそう言いきった。私はまさか、再ログインした直後にこんな風に詰め寄られるとは考えていなかった。ただ、正面切ってそう言いきるのなら、こっちも正直に話すしかない。私は彼の口から、彼自信の心の持ちようが変えられないかと、提案を試みた。


 ***


「やっぱりそうか……でもな、そりゃ無理だ」

 俺は自分でも驚くくらいのデカイ溜め息を吐いて、ベッドに寝転がった。

「ほんの少しでいいんだ。他人の善意を信じてみてはもらえないか?」

「難しいな」

「自信を少し大きめに持つだけでもいい」

「それはもっと無理だ」


 ニムの言葉はこっちの予想通りだった。それがあんまりに予想通りでストレートだったので、俺はうっかり喜びそうになった位だ。


「テルオの好きなアニメのエンディングテーマでも歌われてるだろう。『誰かを信じれば幸福は倍になる』と」

「苦痛は4倍になるけどな」

 俺はさっきからずっと、ニムの言葉を否定し続けている。こっちから振っといて何様だよと思うが、情けないほどに俺は頑なだった。


「……分かった。なら仕方がない」

 ニムは引き下がった。珍しく結構な時間食い下がってはいたが、俺に対する無理強いは彼の任務特性上不可能なのだからどうしようもない……はずなのだが。


「だが、これでようやく我々は前線に立てた事になるな」

 ニムは意外なほど明るい口調でそう言った。

「前線?」

「ああ、宇宙戦争の最前線だ。だってそうだろう? 私が君の意見を曲げさせれば、地球侵略は一歩前進する。逆に私が屈服すれば、それは撤退と同意だ。利害と主張の方向性が、これで一致した。長かったが、これからが本当の戦いというわけだ!」


 明らかな強がりだったが、ニムは出会ったときと同じように、高らかにそう告げた。そしてまたあの時と同様に、隣人の壁ドンが響き、俺とニムとは同じ口で「スイマセン」と謝るのだった。


 ***


 それから半年が経過した。

 ニムは諦めなかった。

 テルオも認めなかった。

 互いの主張は平行線を辿り続けた。

 ただ、確かな事実が残り続けた。テルオとニムは共同生活を続けることができたし、テルオの身体はサークル活動に出席し続けることができたのだ。


 定期的に体調を崩しはしたが。



7話



「……だからさ、侵略じゃなくて、共生を呼び掛けたらいいんだよ、きっと」

「理想論だな」

「それが理想的だからさ。俺等地球人はお前らの技術と知識を得て、このクソッタレな世の中をもう何段階か進化させることができる。お前らエイリアンズは待望の肉体が得られる」

「……簡単に言ってくれるな。君はどうか知らないが、自由意思を奪われる恐怖は、私にとってすら御し難いものだぞ」

「奪われるって思わなけりゃこんな楽な事もないぜ。合体して進化するって事にすりゃいい。二つの種族が融合して別の次元の超生物になるんだってな……」


 テルオは額に脂汗を滲ませながらそう言って笑った。今日の症状はいつもより酷い。すぐにでもログアウトすべきだったが、テルオが妙に引き留めるので、そうできないでいた。それに、今のテルオの精神状態は不安でもあった。ひどいジレンマだ。


「……テルオ?」

 私は呟いてみたが、返事がない。眠ったのか? なら、一旦は安心か。

 私はテルオの身体を床からベッドに移し、毛布をかけてから即座にログアウトした。


 星だけが輝く自室で、私はしなくともよいのに大きく呼吸をした。地球生活のクセだ。そして、意味もなく両手で頭を抱えた。成る程な。最近、侵略作戦に参加している同胞達の間でこの手の症状が流行っているとも聞いたが、こういうものか。次に私は意味もなく大声で叫ぼうとした。できもしないのに。そして把握して、納得して、屈服したのだった。


 ***


「残念だが、私の敗北だ」


 ニムは、洗面台の鏡に向かってそう言った。俺は何かの演技の練習かと思った。


「君達地球人類の勝ちだよテルオ。我々は地球圏から撤退することが確定した。母船及び同胞達は既にその準備を開始している。私のログインも、せいぜい後数回で最後になるだろう」

 俺は「嘘だろ?」と言った。その瞬間、腹痛と悪寒が消えたように感じた。


 鏡の中の人影は、「本当だ」と言った。優しい声と、微笑みだった。


 ***


「身体、辛くないか?」

「ああ、ダイジョーブだよ、まだ」


 登山靴って、すごいもんなんだなと俺は感心した。ニムがこれまでランニングする時に履いてたシューズとは別物だ。俺が今まで歩いたこともないような険しい道を、ズイズイと苦もなく登って、滑りも躓きもしない。しかも堅牢で、その割りに軽い。まあ実際、靴の性能で登ってる訳じゃなく、登らせているのは俺の両足で、それを鍛え上げたのはニムだ。だから俺は心からこう思う。ニムは凄い奴だと。


 別れの言葉を聞いてから俺はすぐニムに訊いた。何かやり残した事はあるか? 残された時間で何がしたいのか? と。


 するとニムは、山に登りたいと言ったのだ。だから俺はすぐ貯金を幾らか下ろして、必要な道具を買い揃えて、バスに乗ったのだ。


「君がこんなに強引で無鉄砲だとは思わなかったぞ」

「俺も驚いてるよ」

 俺達が今登ってるのは、この近辺では一番高い山ではあるけど、日本百名山とも無縁で標高も大したことない、らしい。俺はど素人だからさっぱり分からないけれど、登山道具を買った店で、「初心者がこの季節に登れる、近場の山らしい山は?」と尋ねたら、ここを勧められたのだ。


「でも、なんで山登りなんだ?」

「説明すると長くなるぞ」

「別にいいよ。どうせまだまだ先は長いんだ」


 俺は手元の地図を見た。この先に食事と宿泊のできる山小屋がある。予定ではそこで一回休憩して、そのまま頂上にアタックをかける。問題なく登頂できたなら、今度は同じルートを引き返して山小屋に宿泊。翌朝から午前中にかけて麓まで戻る。そんなスケジュールだった。なんの問題もなかったとしても、かなりの時間をかけることになる。


「なら説明しようか。まず先に、我々の価値観や生活様式について軽く触れておく必要がある」

「ほほう」

 ニムは語った。彼らの一般的な日常についてを。それは俺みたいなグータラのクズ野郎にとってはまさに夢のような生活だった。疲れない、病まない、痛みも殆ど感じない、何より、何もしなくても死ぬことは絶対にない生活。

「母船が全てを完璧に調整するんだ。だから殆どの同胞は強い痛みや恐怖といった感情を知らない」

「全てを、完璧にか」

「そうだ。君達には非現実的に感じられるだろうが、母船はそんな夢物語を生真面目に実現しようと、恐ろしいほど長い時間をかけて計算と調整を続けてきたのだ」


 そう語るニムの声が、自分の声帯から出た音だとは信じられないくらい重く冷たかったので、俺は軽く身震いした。


「全てを完璧に調整できる世界など存在しない。存在するとしたら、それは停止した世界だ。馬鹿げている」

 ニムがそう吐き捨てた直後、俺達の目の前に、中継地点である山小屋が見えてきた。


 山小屋でやたらコスパの悪い食事を摂ると、俺達はそそくさと出発した。俺が促す必要もなく、ニムは小声でさっきまでの話の続きを聞かせてくれた。俺の目は主に足元の土や草木や石や岩を眺め、耳は自分の声だけを聞き続けた。


「母船のシステムが悪いとか狂っているとかという話ではないんだ。『彼ら』は必死で、恐ろしく繊細な仕事を続けているのだから、私だって誰だって、それを否定することはできんさ。だがそれでも、私は知りたかったし、知って良かったと思っている。痛みも、恐怖もだ。……見てみろ」


 ニムはそう言うと、顔を横に向けて登山道から外れた先の崖を視界に映した。高い。それに足場も悪そうだ。


「今から私が君の足をあちらの方に向けて数十歩動かしたとする。すると君はどうなる?」

「……死ぬだろうな」

「さあ、そこまでは保証しないが、間違いなく大ケガはするだろう」

「今から、それを試してみるのか?」

「まさか。馬鹿を言うな」

 ニムは少し声を荒げた。


「私は頂上に登るぞ。細心の注意を払ってだ。だがそれでも常に恐怖を感じているということが言いたいんだ」

「ニム、怖いのか」

「怖い」

「お前は死なないのにか?」

「怖いさ。だって、君を傷つけてしまうかもしれない」


 ニムは、声を少し震わせてそう呟いた。


「なあテルオ。信じてくれなくていい。返事もいらない。ただ、言わせてくれ。私は君に会えて良かった。私にこんな感情を教えてくれたのは、他ならぬ君だ。私は君に感謝している」


 俺は言葉が出せなかった。ニムは、発言権を俺からハックしたまま、返そうとしなかったからだ。俺は反射的にニムの言葉を否定しようとした。でも言葉が出せないから否定できない。しかもニムは言葉を続けるから、俺はそれを聞くしかない。


「……すまないな。ここからは道も険しくなるようだ。身体のコントロールが半端になると思わぬ事故を起こすかもしれない。だから、君には私の独り言を聞かせっぱなしになってしまう。我慢してほしい」


 ニムは淡々とそう言った。俺は何故か、ニムの言葉を聞いてやらなくちゃと思った。


「登山が一番適当だと思ったんだ。私は君と一緒に恐怖を感じてみたかった。無論、君に傷ひとつ負わせるつもりはない。だけど聞いてくれ。この地球上という素晴らしい世界には、『絶対』が存在しない。何か不測の事態が起こり得ないという保証はどこにもない。地震や、突風、崖崩れ。どれも発生の仕方次第で、君を傷つけてしまうだろう。なのに、私は無傷で母船にいる。痛みの感覚は共有できても、傷は共有できない。私は君をおいて、無傷で地球を離れる事になる。……怖くてたまらないよ」


 ニムは片手で額の汗を拭った。そしてその後はしばらく、黙って歩き続けた。俺は自分とニムの立場を置き換えて考えてみた。実感はないけれど、ニムの感じている恐怖は解るような気がした。


「さあ、見えてきたぞ」


 急にニムがそう言った。視界が開けた。太い木の杭みたいなのが、地面に立っていた。ニムは一歩一歩、それに近づいて、登って行った。


「頂上だ」


 杭に手を触れて。ニムが満足そうに呟いた。


「おめでとう」自然と俺の口がそう動いた。ニムはいつの間にか、発言権をまたフリーにしてくれていたようだ。


「ありがとう」

 ニムはそう言って、来た道の方へ振り返った。


 青い空の下、道も木も森も見下ろして、景色が遠く続いて見えた。小さく街も見える。あそこから来たんだっけ? どこまでバスで、どこから歩いたんだっけ? 遠く、そして高かった。当たり前の事だった。そして、知らなかった。


「いいか?」

 ニムが口の横に手を当てて言った。


「ドーゾ」

 俺が返答すると、ニムは大きく息を吸い込んで、腹の底から叫んだ。安直にド定番の言葉を。ヤッホーと。

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