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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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長刀の男

 倉庫には見渡す限りのたくさんの品物が置かれていた。都市で売るための食料品や衣服、日用品などや、都市の外で売るための魔石、聖書の類もあった。倉庫の中を商人たちが行き交い、集団で物を運んでいた。


 怒声じみた声が頭上を飛び交う。


「おーい、灯石はどこにあるんだ?」

「五番!!」


「報石はどこだった?」

「十三区画!」


 五番だの十三だの区画だの、倉庫にそぐわない呼称を疑問に思ったので男に訊ねると、この倉庫の配置は都市を模しているらしい。中央に大通りがあり、そこから左右に細い路地が伸び、それぞれ区画で分かれている。明らかに聖地を馬鹿にしている。


「子供たちはどこにいるんだ?」と、ルシエルが訊ねる。


「こっちだ」と、男は答えた。


 僕とルシエルは荷物の中にあったローブを拾い上げると、頭から被った。男の先導の下、物陰に隠れながら進む。周囲を警戒していたのだが、しかし商人たちは自分の仕事に集中しているらしく、僕らの方を見もしなかった。そのまま大通りを歩き、都市だと中画に当たる場所で路地へと入った。


 その一角には簡素な絨毯が敷かれており、その上に子供たちが寝かされていた。全部で十五人。拘束はされていないようだが、首輪をつけられていた。そこに数字が書かれている。どうやら品物にも等級があるらしい。


「多いな」


 ルシエルは顔をしかめると、子供を調べ始めた。瞼を開けさせて眼球を確認し、手首を握って脈を測る。「仮死にしているな。あまり良い状態ではなさそうだ」


 僕は子供の顔を一人一人調べる。ジュリアの姿はなかった。


「ここにいない子供はどこに――」


 商人の男に顔を向けると、ちょうどルシエルが子供の首輪を引きちぎっているのが目に入った。冷たい眼差しで、握りしめた首輪を見つめている。何か思うところでもあるのだろうか。どうでもいいが。


「ここにいない子供はどこにいる」と、僕は商人に訊ねた。


「知らない」と、男は言った。


「こいつはハズレだったか」


 僕は舌打ちをする。

 その時、人の近づいて来る気配を感じた。

 僕は依然として固まっているルシエルの腕を掴むと、物陰に隠れた。時を同じくして、商人たちが通りをよぎった。


「何やってるんだ、お前」


 その内の一人が、僕らが洗脳した男に訊ねる。男は返事をせず、ぼんやりと孤児たちを見つめていた。ルシエルは手をさっと横に振った。


「おい、聞いてんのか。ここで何してる」と、もう一度男が声を上げる。それから、こちらの方へと近づいて来た。


「え? 何って……あれ?」


 商人の男はきょろきょろと辺りを見回した。ルシエルが洗脳を解いたのだ。


「えっと……魔石の検品をしていたんだが……。子供を運べって言われたんだったか……?」


「何言ってんだ?」

 後から現れた商人は呆れたように男の肩を叩く。「人出が足りねえときに遊んでんじゃねえ、この鈍牛が。早く来い」


 男たちは通りを戻って行ってしまった。取り残された僕たちは顔を見合わせ、やれやれと頭を振るしかなかった。


「さて、どこにいるのかな」


「他の奴に聞くしかない」


 ジュリアはカルミルと一緒にいるはずだ。カルミルが商会の中でどういう立場なのかは知らないが、どこかに奴の部屋があるのかもしれない。商人たちの部屋があるという左の塔だろうか。


「行くぞ」


「ああ」


 ルシエルは子供たちが気になっているようだが、今はどうしようもない。僕たちは物陰を慎重に移動する。声が聞こえてくると、獲物を狙う捕食者のように足音を消し、息を潜める。すぐに検品をしている商人たちを発見した。一人が奥へと移動し、集団から孤立する。他の者たちの視線から消えたその瞬間、強引に物陰へと引きずり込んだ。


「審問官が一人商館にいるはずだ。そいつはどこにいる」


「知らねえな」

 男はとろんとした目で僕を見て、言った。


「商人たちの塔で、最近になって新たに人が増えたりということはないか」


「ないな」


 僕はルシエルと顔を見合わせる。


「右の方の塔にいる可能性が高い」


「だとすると面倒だな」


「お前の等級は?」と、僕は男に尋ねる。


「三等だ」


「こいつは使えない」


「右の塔へ行くにはどうすればいい。何か検査でもあるのか?」と、ルシエルが尋ねる。


「二等以上の者は札を持っていて、それを扉にかざすと開くようになっている」


「なるほど、分割陣だな」と、ルシエルが言った。「扉には欠けた魔法陣が描かれているはずだ。札に残りの陣が描かれてあり、それを合わせると陣が完成し、扉が開く」


「その札を手に入れよう。この階に二等以上の者はいるか?」


「特等がいる。商兵だ」


「さっきから外側を歩いている奴だな」と、ルシエル。


「そうだ。俺たちの監視を兼ねて巡回している」


「そいつから札を奪う」

 僕は男を解放すると、言った。



 商兵は外通路をぶらぶらと散歩するように歩いていた。

 長刀を手に持ち、通路の商人を見ては時折声をかけている。監視役ではあるようだが、今は商人たちが時間に追われてあくせく働いているため、あまり仕事はないようだった。せいぜい発破をかけるくらいのもので、誰も男に注意を払っていなかった。


 そんな手持無沙汰の男が、鼻歌を口ずさみながら奥から歩いてやって来る。酔いどれのように歩くさまは一見隙だらけにしか見えないが、ふいに見せるわずかな視線の動きや、耳の立て方で、何が来ようとも瞬時に対応できる状態であることが分かる。厳しい鍛錬に裏打ちされた動きだ。ガントレットの男に勝るとも劣らない手練れだろう。厄介には違いないが、今はルシエルがいる。相手が一人なら、そう時間をかけずに無力化できるはずだ。


 男はふと、足を止める。それから、左手を見た。通路の隅に何かが落ちているのを見つけたらしい。男はまんまと人の目の届かない一角に入り込んだ。床に手を伸ばし、落ちている物を拾う。それは、孤児がつけていた首輪だった。


「んー? なんでこんなもんが――」


 瞬間。ルシエルが物陰から飛び出した。しかし予期していたのだろう、男は低い体勢のまま長刀の柄を握り、背後に飛んだ。ルシエルは床に手を突き、強引に向きを変え、男へと飛んだ。長刀が抜かれる前に、そのまま腕を掴む。


「何だぁ、てめぇ」


「労働環境に不満があってね、もう我慢の限界なんだ」


「うそつけぇ。お前みたいな商人がいるかぁ」


 男はルシエルを蹴飛ばすと、「おーい――!」と、声を上げようとした。

 すかさず、僕が背後から掴みかかる。無理やりに呼吸器を口に当てた。


「んぐぅ……ぐぉお……」


 煙を吸わせたが、激しい抵抗に遭い中断してしまう。まだ足りない。男は暴れた。僕はもう吹き飛ばされないようにするのに必死で、男の首にしがみついているしかなかった。男は剣を抜き、僕を突き刺そうとする。だが、ルシエルが飛びつき、腕を押さえた。二人はそのまま取っ組み合う。 


 体格はまるで違うが、膂力はルシエルに分があるようだった。渾身の力で男をその場にくぎ付けにする。男の抵抗が弱まった。呼吸器を押すと、煙霧が噴出される。ついに男はガクンと膝を折った。


「ふう……凄い力だったな」


 ルシエルは額の汗を拭うと、男の体を調べる。すぐに上着の内側から一枚の札を取り出した。


「カルミル――審問官が一人お前たちのところにいるはずだ。知っているか?」


「ああ……知っている……」

 男は虚ろな瞳で僕を見て、言った。


「どこにいる?」


「二番塔の……五階……最後の部屋」


「二番塔とは、あの扉の先だな?」と、ルシエルは目的の扉の方を指す。


「そうだ」と、男は言った。


「よし、もういい。行け」


 僕は呼吸器を取り返すと、男に指示を送る。男はコクリと肯くと、ふらふらと例の酔いどれのような足取りで歩き出した。僕たちはしばらくその場で周囲をうかがっていたが、人が来る気配はなかった。


「行くぞ」


 ほとんど駆けるように、僕たちは進んだ。人の多い大通りに行き当たるが、うまい具合に荷車が向こうから運ばれて来た。通り過ぎるのを待ち、その影に隠れながら大通りを横断した。すぐに角塔の扉の前に辿り着く。


 ルシエルが言っていた通り、扉には魔法陣が描かれていた。中央が欠けており、札を合わせると陣が発光し、扉が開いた。陣にも色々な使い方があるものだ。僕たちは周囲をうかがいながら、中へと入った。


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