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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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商館内部

 舟はそのまま水路を進み、やがて商館に入った。しかし、すぐに止められてしまう。商会印のチェックが行われているのだろう。刺青を見せるだけらしいので、間もなく動き出した。何やら、通りの喧騒のような声が聞こえて来た。大勢の人間がいるらしかった。

 しばらくすると、舟は完全に動きを止めた。誰かが舟に乗り込んでくる。どうやら積み荷を検査しているようだ。やがて、足音とともに人の気配も消えた。


 僕は底板を持ち上げ、周囲をうかがう。近くに人の姿はなかった。素早く床下から出ると、積み荷の影に隠れた。


 そこは商館内部の港だった。


 とても大きな空間だった。建物の中とは思えないほど立派な船着き場があり、ずらりと舟が並んでいる。中心に広い通路があり、そこから壁にかけて無数の小橋が架けられていて、商人たちが荷物を運んでいた。とにかく数が多く、こいつらはここで繁殖しているのかと思ったほどだ。


 四方の壁に昇降機があり、上階へと荷物を運んでいた。下りてきた昇降機を見ていると、いくつもの荷車が乗っていた。それを商人たちは二人で押し、それぞれ舟へと運んでいく。相当な重さのはずだが、商人たちは苦も無く押していく。商人が全員怪力なわけではないだろうから、箱か荷車に魔法陣があり、少人数でも重荷を運ぶことができるようになっているらしかった。


「出港の準備をしている……。それも、これだけの数の舟が……」と、僕は呟く。


 辺りを見回すと、奥に二つの扉を見つけた。左右の壁に一つずつあり、他に扉は見られなかった。恐らく、角の塔に通じているのだろう。だが、積み荷が運ばれているのは二階だ。子供たちはこの上にいるのだろうか。


 すると、ルシエルが僕の肩を押し、身を伏せさせた。大きめの報石を持った男が舟に近づいて来るのが見えた。男は舟に乗り込むと、箱の蓋を開けて中身を調べる。それから石にチェックを入れた。次の箱にとりかかった時、その後ろに潜む僕たちに気がついた。


「な、なんだお前ら――」


 男が声を上げようとした、その瞬間。ルシエルの手から紫の煙が噴出した。煙を吸い込むと、途端に男は口を閉じ、とろんとした焦点の合わない目で仕事に戻った。


「捕まった子供がいるはずだ。どこにいる?」と、僕は訊ねる。


「舟で運ばれてきた荷は一度全て二階に運ぶことになっている……」


 石にチェックを入れながら、男は言った。


「あの左右の扉の奥には何がある?」


「左は商人の部屋……。右は俺たちは入れないから詳しくは知らないが……二代目の部屋がある……」


「入れないとはどういうことだ?」


「商人には等級がある……。二等以上か、特等の者しか右の扉はくぐれない……」


「特等とは?」


「特別等級……通常とは違う特別な任を帯びた者たちのことだが、ここでは商兵たちを意味する……」


「それにしても……これは一体何の騒ぎだ? いつもこんなに忙しいのか、ここは」と、ルシエルが訊ねた。


「いいや……。今夜中に必要な分の荷物を積んでこの聖地を出ることになっている……。カルバンクルスの港町へと向かい、それから本国の――」


「やはり出て行くつもりなのか。どうしてこんな夜逃げのような真似をする?」


「知らない……。俺たちはただ言われたことをやるだけだ……」


「さて、どうする?」と、ルシエルは僕を見る。


「まずは孤児の救出を優先する」


 僕が言うと、ルシエルはコクリと肯いた。


「僕たちを昇降機で二階に運べ」と、僕は男に言った。


 男は一度舟から離れると、荷車を引いて戻って来た。頭上から垂れている鉤を掴むと、箱に巻いてある鎖に繋げた。それから魔法陣を発動し、滑車を動かして荷車へと載せる。僕とルシエルは男の用意した空の箱に入る。例によって狭かったので、ルシエルに背中を預ける形になった。そのまま、荷車へと載せられる。しばらくして、荷車が動き出した。


 昇降機に載せられたのだろう、ゴウンゴウンと大きな音が聞こえてきた。一瞬、体が浮くような感覚がした。


「見たところ、ここでは膨大な量の魔力が使われているようだが……。この魔力はどこから来ているんだ?」


「魔導石から魔力を引いている。大聖堂から供給されているものだ」


「なるほどね」と、ルシエルは得心がいったようだった。「それにしても……これほどの量の魔力の供給が可能とは……。聖地にはどれだけの魔鉱石が眠っているんだろうな」と、いかにも思い出したように尋ねる。


「それを探るのも任務の内なのか」と、僕は冷ややかに言った。


「鋭い子だな」と、ポンポンと頭を叩かれる。


 ガクンと、頭が垂れた。


「っ……」


 ダメだ……。

 箱はダメなんだ……。

 意識が遠くなる。


「おい、どうした。また眠るのか?」


 ルシエルの声がやけに遠くに聞こえた。




 ……声が。


「――え様……」


 ……誰かの声が聞こえた。


「――なさい……」


 すすり泣く少女の声。


「――どいことを……こんな……こんな……」


 僕が……喋っているのか……?


 どこだろう。薄暗い場所……。よく知っているはずなのに、分からない。頭に靄がかかっているような……。目の前にいるのは……傷まみれの女……。ナイフで切り刻まれたのだろうか……酷い傷だ……。



 その時、体が大きく揺さぶられる。

 いや、違う。世界が揺れているんだ。


「大丈夫か?」と、背後からルシエルの声が聞こえた。


「ああ」


 一瞬、自分がどこにいるのか忘れていた。

 落ち着け。揺れているのは箱だ。昇降機が止まったらしい。荷車が動き出した。人の話す声が聞こえ、僕の意識も覚醒する。


「中身はなんだ?」と、箱のすぐ近くから野太い男の声がした。


「魔石だよ」


「馬鹿野郎! 魔石は下だって言われただろうが、この鈍牛が! もういい、あっちに箱置いたらてめぇはこっちを手伝え。聞こえねえのか、早く行け!」


「へい」


 再び荷車が動き出す。

 すぐに動きを止めると、外からコンコンと箱を叩く音がした。

 僕たちは素早く蓋を上げ、外に出る。そこは昇降機の上で、周囲には荷車が置かれてあった。近くに人の姿はなく、遠くの商人たちがこちらに注意を向けることもなかった。


「来い」

 僕たちは男を連れ、その場を離れる。


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