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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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ガントレットの男

 

 顔を上げると、男たちが見下ろしていた。一人は仮面を被っている。審問官――と一瞬錯覚したが、違った。ゲブラーの仮面だ。どこかで見たばかり……。そうだ、ルビウスがつけていた物と同じ物だ。


「目標確認」、男が言った。


 何だ、こいつら。

 僕のことが見えているのか――。


 その瞬間、腹部を思いきり蹴り上げられる。強い力に、僕は後頭部を壁に叩きつけられた。すぐに横に飛んで逃れようとしたが、回り込まれる。


「このまま潰せ」


 腕に攻性籠手ガントレットをはめた男はそう言うと、僕を殴りつける。何とか腕で受けたが、とても重い一撃だった。そう何度も受けられない。


 こいつら、一介の商人ではない。商兵だ。商会が抱える、戦闘に特化した武装集団。こんな奴らも聖地に入り込んでいたのか。


 路地を逃れようとするが、男たちの連携が上回る。簡単に追い込まれてしまう。赤色刀も爆破魔法もない今、僕は明らかに不利だった。しかも頭痛はまだ続いている。どう切り抜けようか……。


「商人が何故審問官を襲う……?」


 とりあえず訊ねてみる。


「オブライエンの娘と最後に話したのはお前だ」


「……」


 とりあえず沈黙してみる。


「ジュノー・オブライエンは異端信仰の聖典を受け継いだ。お前はその隠し場所を聞き出したはずだ」


「そんなもの、知らない」


「だからこそ、お前は地下の部屋を発見できた」


「何だと? 何故それを――」


「しらばっくれるな。こちらは全て把握しているんだよ、審問官モモ」


「とにかく連れて行くぞ。気絶させる」


 ガントレットの男が前に出た。腕部分に刻まれた魔法陣の列が発光した――直後。僕の目の中で火花が散った。仮面が割れる。強烈な一撃を受け、頭から血が流れた。赤色魔法陣による加速した拳……! その場に崩れ落ちそうになるが、何とか堪える。


「おい、こいつ立ってるぞ……?」


 男たちは明らかな狼狽を見せた。


「審問官か。噂通りの化物ってわけだ」と、ガントレットの男はニヤリと笑った。


「もう一発叩き込め!」


 男の一人が僕を掴み、壁に押し付けた。


 僕は額を押さえ、掌にべっとりとついた血を見つめる。


 ……僕にも血が流れているんだな。


 血は心臓によって全身に供給される。そして、心臓と心は同義だという人もいる。それなら、僕にも心があるじゃないか。


「……ありがとう」と、僕は言った。


「ああ?」

 男たちは怪訝な顔をする。


「おかげですっきりしたよ」


 頭痛はすっかり無くなっていた。とても清々しい気分だった。おかしいな。ゼロになったというだけなのに。


 僕は男の腕を蹴り上げた。男の腕はあらぬ方向に曲がる。脆い体だな。


「うああああっ!?」、男は悲鳴を上げた。


 間髪入れず、横にいた男が動いた。剣で鋭い突きを放つ。僕は跳躍して剣を避けると、男の喉に蹴りをお見舞いする。ついでに叫び続けている骨折男の肩を掴み、力任せに壁に叩きつけた。これで残りは一人――。


 ガントレットの男と相対する。魔法陣に魔力を溜めていたので、動けなかったのだ。一瞬の状況判断で仲間二人を失い、さぞ心を乱していることだろう。しかし、僕の思惑は外れ、男の顔には焦燥は見られなかった。冷静に、僕の能力を測っている。



 男の拳は壁を抉る。まともに食らえばただでは済まない。ここは受けずに避けるべきだ。怒涛の連撃は強力ではあったが、隙も多かった。ガントレットの重みの分、速度では僕に分がある。鉄の拳を避けると、無防備な横腹に蹴りを入れる。男は吹き飛んだが、まだ倒れない。強いな。


 僕の反撃を受け、男の戦法が変わった。攻勢ではなく、受けに回る。ガントレットは攻撃にも使えるが、本来の役割はあくまで盾だ。防御に徹せられると、これを崩すのは難しい。

 徹底した防御で僕の隙を生み出し、魔法陣を使った急加速による一撃を放つつもりだ。あれをもう一度食らえば、恐らく僕は壊れるだろう。その前に、奴を崩さなければ……。


 視界の端に何かが見えた。僕の背後には先ほど倒した男が寝転がっている。ガントレットの男もそれに気づいている。巧みに攻勢を仕掛け、僕を誘導していた。闘い慣れている。

 僕は寝ている男につまずき、体勢を崩してしまった。必然、大きな隙が生じる。それを見逃す男ではなかった。ガントレットの魔法陣が輝いた。爆破による急加速の一撃が炸裂する。


 かかった。


 攻撃のタイミングが事前に予測できるのなら、対処することはたやすい。男の動きはあまりにも僕のイメージ通りだった。


 その速度はもう知っている――。寸前で避けると、拳に合わせてカウンターで蹴りを放つ。顎への一撃をモロに受け、男はガクッと体勢を崩した。

 ここだ。一転、僕は猛攻をしかける。怒涛の連撃を、それでも男は防ごうとする。だが、脳が追いついていない。辛うじて意識を留めている状態だった。腹部を蹴り上げ、壁に叩きつける。勢いのままに弾んで戻って来た。僕は拳を振りかぶり、その顔面めがけて打ち付けた。そのまま壁にぶつけると、亀裂が走り、民家の中へと突っ込んでしまう。食卓を囲む家族と目が合った。一家の悲鳴を聞きながら、僕は煙を吸った。


 額の血が止まらない。どこかで処置をしなければ……。男を残し、その場を離れる。


 審問官を狙うとは……奴らも一線を超えたということか。それほどまでにお宝に価値があるということか? そう言えば、面白いことを言っていたな……。異端信仰の聖典……か。お宝の正体は聖典なのだ。隠し部屋の空っぽの台座に置かれていたのはそれだ。


 そうだ、隠し部屋といえば……。僕があれを発見したことを、どうして商人たちが知っていた? 当然、誰かが情報を流したのだ。大聖堂に商人のスパイが紛れているのは確実だ。


 いや、待て。

 そうか。


 顔から仮面を外す。どのみち、ここまで割れた仮面が意味を為すとも思えないが……。呼吸器を取り外すと、仮面を壁にぶつけて破壊した。


 教戒師の目を審問官が覗けるように、大聖堂も僕らの目を覗くことができるのかもしれない。スパイがいるとしたら、僕の場所を特定できてもおかしくはない。審問官は教戒師たちのように眼球に細工されてはいないから、覗かれているとしたらこの仮面だ。


 呼吸器を口にはめ、煙を吸う。両端から紫の煙が漏れて出て、宙に漂った。


 倒れている商人の足を掴み、引きずる。こいつを審問すれば、多くのことが分かるはずだ。どこかで審問を……。審問……。


 ぐらりと視界が傾いた。


 あれ。

 駄目だ、いけない。もう一度、呼吸器を……。

 血を流し過ぎた……。

 ああ……力が抜けて……。


 そのまま、僕は水路に落ちた。泳ごうにも体から力が抜けていく。水はしっかりと僕を抱きしめ、放してくれない。


 体と共に、僕の意識は沈んで行く。


 辺りは真っ暗に――。


 真っ暗に……。


 ……。


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