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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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堕ちた騎士

 誰かの声が聞こえる。

 僕ではない、他の誰か。


 ――捕まえたワーミーたちはどうした。


「仮洗礼を施し、審問にかけ……魔法の知識を聞き出している……。その後に……全員商会に売ることになるはずだ……」


 ――売るということは、まだ無事ではあるのか?


「無事の定義による……。無傷ではないだろうが……壊れてはいないことは確かだ……。よほどの傷でなければ、大聖堂の回復魔法で治る……。傷物では売れないからだ……」


 ――仮洗礼を施したということは、大聖堂の洗脳にかかるということだな?


「そうだ……。大聖堂の制御下に置かれる……」


 頭がぼんやりする……。


 僕は今、正しいことをしているよな……。

 大丈夫、上手くやっているさ……。

 聞かれた質問に正確に答えることよりも正しいことなんて……あるはずがないから……。


 ――ジュノーを審問したそうだが。


「ああ……」


 ――何を聞き出した?


「同一化した理由……ルビウスとの関係……。だが、これからというところで……僕の活動限界が来て……中断した。その隙に奴は壊された……」


 ――誰が壊した。


「分からない……。審問官の格好をした者が目撃されたそうだが、わざと目撃されたようにも思える……。だとすれば、誰かが審問官に偽装した……。地下に下りることを許された高位聖職者の誰かだろうが……洗脳されていた可能性を考慮すると容疑者は無数に存在する……」


 ――オブライエンの当主はどうなった?


「壊れた……」


 ――壊したのか?


「違う……。大聖堂の手に落ちる前に……自らを壊してしまった……」


 ――つまり、奴からは何も聞き出せなかったと。


「ああ……」



 チクリ、と頭が痛んだ。

 何だ?

 目の前に誰かが立っている……。二人の男――ルビウスと、クーバート。

 そうだ、僕は確か……。

 頭の中の霧が晴れたかのように、急激に現実を理解する。

 悪い夢から目覚めた気分だ。


 僕はモモ。

 異端審問官のモモだ。


 それが現実。


「おや?」


 クーバートが僕の目を覗き込んで来る。


「僕に……何をした……」 


「解くのがずいぶんと早いね」、感心したようにクーバートは言った。


「邪魔が入ったようだ。オレたちに情報を渡すつもりはないらしい」


「貴様ら――」


 声を張り上げようとした、その時だった。


 また。

 チクリ、が起きた。


 それが全体に広がったのは、あまりに一瞬だった。


「ぐぁあああああああっ!」


 気づいた時には僕の脳は壊れていた。


 この世の全てが痛みに塗り潰される。叫べば叫ぶほど、体内から声が響いて痛みが増幅してしまう。でも声を出さずにはいられない。


 ルビウスが腕を組み、顔がくっつきそうなほど近くで僕を見つめていた。


「演技と思うか?」、背後を振り返ってルビウスは言う。


「どうだろ。本当に痛そうだけどな。すっげえ顔」


「これが活動限界というやつだろう。大聖堂の呪縛だと思っていたが……このタイミングはあまりに都合がよすぎるな。なるほど、見えて来たぞ」


 ルビウスは訳知り顔で言った。


 何を言ってる? 分からない……。頭の痛みにより、まともな思考ができなかった。


「痛い、痛い……助けてくれ、助けて……」

 懇願するようにルビウスを見る。「仮面を、仮面をつけてくれ……!」


「これが欲しい?」と、クーバートが僕の眼前に仮面を垂らす。


「つけてくれ! 痛い、痛いんだ……」


「ずいぶんと都合のいい考え方をするんだなぁ」


「お前たち……ただで済むと思うなよ……! 絶対に審問にかけてやる……」


「ひえー!」

 陰湿眼鏡は悲鳴を上げると、「怖い怖い、許してくだせえ。ほーれ、痛いぞ痛いぞ」、ぺちぺちと僕の頭を叩いた。


「やめろ……痛い……やめろと言って……痛い、痛い……や、やめて……」


 振動と共に目から火花が飛び散り、いよいよ体にまで燃え移ろうかという時だった。



「おお、真っ暗だ。どうなってる?」

 暗闇から、新しい声がした。


「見てください、壁も床も全て石で造られています」

「奴らの魔法か……。凝ったことをする」

 

 二人の男の声が近づいてくる。


「邪魔するぞ」


 光の中に現れたのは、びっしりと髭を生やした男だった。王国騎士のシューレイヒム卿だ。騎士というよりは山賊の頭にしか見えない。こんな時だが、転職すれば天職だろうにとくだらないことを思ってしまった。その後ろから、美貌の男が現れる。弟子だ。


「何をしている」


 騎士は怪訝な顔でルビウスを見る。僕のことが見えていないのだろう。


「何かがいます」と、弟子。


「なるほど、審問官だな」と、騎士は目を細めて僕のいる場所を見る。実際には椅子が見えているだけだろうが。


「何故ここに来た」

 ルビウスはジロリと騎士を睨んだ。


「教戒師たちを撹乱すれば、こちらの話を聞いてくれる約束だ」と、騎士は言った。


「ここに来いと言ったつもりはないが……。まあ、いい。話してみろ」


 こいつらは……手を組んでいたのか? 一体、いつから……。


「話せと言われてもな……この場でか?」

 騎士は僕の方を見る。


「いいから話せ。条件を決めるのは常にオレだと理解しろ」


「……いいだろう」

 騎士はゴホンと咳払いをする。「俺は王国騎士、ディオニカ・トルネック・オーヴ・シューレイヒム。ルチル殿下の護衛としてこの聖地シュアンへと来た」


「知ってるよ」と、クーバート。

「要点だけ話せヒゲ」と、ルビウス。


「無礼じゃないか」


 そう言う弟子は、奇怪な顔をしていた。師を侮辱された怒りと、喜びを何とか堪えているかのような……相反する二つの感情が同時に噴出している。気味が悪い。


「よせ、ルカ」

 騎士は弟子の肩を叩くと、心なしか声を低くする。「……俺は王都の密命を受けている。その遂行のためにお前たちの力を貸してほしい」


「騎士がワーミーに頭を垂れるのか?」と、ルビウスはあざ笑った。


 騎士はポリポリとを顎を掻いたが、結局は頭を下げた。「頼む」


「それで、密命って何? 面白い話かい?」と、クーバート。


「薄色魔石の出所を探っている」


 一瞬、クーバートの笑顔が固まった。


「やはりお前たちの狙いもそれか」


「さあ、何のことだい?」


 クーバートは口笛を吹く。迫真の演技だな……。


 騎士は懐から何かを取り出した。淡い青色をした石だ。


「大したものだな、この薄色魔石……。自然採掘された魔石よりも内臓魔力が少ないとはいえ、使用に関しては何の問題もない。そして、はるかに安価ときている。その内、カルム全土の市場はこの薄色に飲み込まれるだろう。お前たちも知っている通り、この国はカルム屈指の魔鉱石の採掘国。これ以上このような紛い物が流通しては困るのだ」


 そう言うと、騎士は魔石をグッと握り締める。ボロボロと砕けた石が床に落ちた。


「王都の調査の結果、薄色魔石はハニカム商会を介して広まっている。そしてその出所こそが、この聖地というわけだ。お前たちもその流通経路を辿ってここに来たのだろう?」


「さあね」

「それで?」


 二人はいかにも興味なさそうな振りをして言った。


「大聖堂がどこから魔石を手に入れているのか、それを知りたい。聖地のどこかに採掘場があるそうだが、徹底して秘匿されている。洗礼を受けていないお前たちなら、監視を気にせずに制限なく動くことができるはずだ。大聖堂の内部は我々が調べている。お前たちには都市の――」


「あれだ、聖人様がくれたんだろ」

「良い子たちへのプレゼントだな」


 そう言うと、二人はクックッと笑った。


「真面目に話しているんだが」


「真面目に話している人間の目か、それが?」


「何だと?」と、騎士は怪訝な顔をする。


「貴様たちは仲良く洗脳にかかってしまっている。そんな奴らと話すことはこれ以上ない」


「馬鹿な、俺は王国騎士だ。洗脳対策は過剰なほどにしている。魔法具にも何の反応もなかった――」


「分っかんないかなぁ。そんなレベルじゃないんだよ、この都市の魔法は。使ってる本人たちにも過ぎた力が使われてんの」

 と、知った風な顔でクーバートは言った。


「うう……痛い、痛いぃ……」


 深い沈黙の中で、僕のうめき声だけが聞こえていた。


 騎士と弟子はしばし顔を見合わせる。互いの目を確認しているのだろう。


「俺は……洗脳にはかかっていない……。王都への報告だって――」


「へえ、どうやって王都と連絡をとってんの?」


「無論、報石でに決まっている」


「見たいな。見せてよ」


 シューレイヒム卿は懐から報石を取り出す。「これだ」


 板面を見たクーバートは笑い出した。


「ハッハ! それでどうやって連絡とんだよ、ば~か!」


「何だと?」


 彼が持っていたのは報石ではなかった。ただの平らな石……。遠目からでも、びっしりと文字が刻んでいるのが確認できた。


「貴様らの目論見など最初から看破されていたというわけだ」


 やれやれと頭を振りながらルビウスは言う。


「アハハ、ただの石に落書きしてたってことさ! 何か文字が浮かんで見えたのか? やっべー! やっべーよこのおっさん! アハハハハ!」


 クーバートは床に転げ、お腹を抱えて笑った。


「貴様らはルージュを洗脳し、話を聞き出したそうだな。それを自分たちさえ知らない内に大聖堂に漏らしてしまったのだ」


「何を……言っている?」


「だからこそ、ジュノーの行動が奴らにバレてしまった。その結果として、仲間たちも捕まった。まったく迂闊な奴らだ」と、ルビウスは呆れたように首を振った。


 シューレイヒム卿はポカンと口を開け、ずいぶんと間の抜けた顔をしていた。洗脳を指摘された者は大抵こういう顔になる。


「マスター……これは……」


「……聞け」


 顔面を蒼白にした弟子の肩を掴むと、騎士は何かを耳打ちした。何を言ったのかは聞き取れなかった。だが、その途端に弟子の目に力が宿った気がした。


「頃合いだな。こいつからはもう何も聞き出せない」


 ルビウスは僕の髪をかき乱す。それから笑い転げるクーバートの襟を引っ張ると、立たせた。


「最後にもう一度聞こう。貴様の名は?」


 騎士の方を見て、ルビウスは言った。


「俺……俺の名――ディオ……ディ……? 違う、違う、違う。お、俺……俺の名はルーペルト……」、ぽつりと騎士は呟いた。「ルーペルト・ペルドール……」


「何者だ?」


「我こそは……大聖堂に仕える駆士ランナーだ! 覚悟しろ、ワーミーども!」


 瞬間、騎士は腰の剣を抜いた。


「うわっ、馬鹿が怒った!」


「洗脳が強化された。この男はもはや大聖堂の手駒だ」


 直後、騎士の背後の壁が破壊され、教戒師たちがなだれ込んで来た。


 やっと……現れた……。

 頭痛のために、僕の意識は薄れかけていた。誰か、誰でもいいから仮面をつけろ。この痛みを止めてくれ……。


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