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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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異端信仰

 階段を下りると、広い空間があった。晩餐会とは言わないが、ちょっとした集会を開くことは可能だろう。壁には灯石の仕掛けがあったが、石に触れても灯りはつかなかった。ここには魔導石からの魔力の供給が無いらしい。だから、大聖堂にもこの場所は掴めなかった。僕はポーチから灯りを取り出し、周囲を照らした。


 奥には祭壇があった。オブライエンの拘束は、ワーミーを匿っている疑いがあるからとされている。それが表向きの理由に過ぎないとは思っていた。本当の理由はこれか。


 異端信仰だ。


 祭壇を探ってみる。前面を飾る緻密な彫刻は、聖人様に聖女、そして赤い鳥と、そこに異端の気配は見て取れなかった。聖地ならどこにでもある普通の祭壇のようだが……。しかし壇の上には何も置かれておらず、空っぽだった。何かが置かれていた形跡はあるが……。


 ――聖地に隠された宝。

 ――オブライエンの屋敷が怪しい……。


 商人たちが言っていたのはこれのことか? 異端が隠した何か……。だが、今は無くなっている。誰かが持ち去ったのだろうか。


 階段を上がり、地上に出る。

 屋敷前の教戒師を呼ぶと、その場を任せた。



 僕は再度屋敷の中に入り、オブライエンの部屋に向かった。

 壁に向け、ブツブツと早口で呟いている教戒師に近づく。


「何か、ワーミーに通じるものはあったのか? 報告しろ」


「ゆらゆらもゆるあかきひをみつめたるめはうつろにてわれはさながらわれにもあらず」


「オブライエンは自ら毒を飲んだという。その毒とやらは見つかったのか?」


「やまはかすみてめくるめきはるかにあおげばあおきそらあめとくずしておちたときみずにうかびしまちひとつ」


「聞いているのか」


 聞いていない。


 教戒師は審問官の命令に背くようにはできていない。明らかに異常だ。先ほどは気づかなかったが、こいつ……。


 傍により、様子をうかがう。目は死んでいない。この異常は、教戒師の認識に著しく反する命令を下した時、稀に見せるもの。要はパニックだ。こうなると、大聖堂に連れて行かなければ修正できない。


 間違いない。ここに誰か来た。教戒師に命令を下せるもの――僕以外の審問官の誰かが。


 僕は部屋を出て、屋敷内の教戒師の様子を確認する。彼らには異常が見られなかった。あの部屋だけだ。


 屋敷の現状を報石に刻み、大聖堂に報告した。そして、屋敷から回収した物品に、オブライエンが飲んだ毒、また、異端信仰に関する物があるのか訊ねた。すぐに返答があった。毒はいまだに発見されていない。異端信仰に関しては、いくつかの怪しい物が列挙されていたが、それが本当に異端に関するものなのかは分からなかった。


 ここに来た者が誰かは分からないが、教戒師が配置された後であることを考えると、オブライエンの失脚以降のことになる。あの教戒師が覚えていれば話は早いが、修正時に記憶は消えてしまう。奴からは辿れない。


 状況から言えば、グレンがもっとも怪しい。だが、オブライエンが拘束された時点で、娘のジュノーにも厳しい監視の目が向けられた。その目をかいくぐり、修道院を抜け出してここまで来ることはできないだろう。協力者のワーミーの可能性もあるが、それなら教戒師は洗脳されているはずだ。


 教戒師は混乱していた……。奴らの仕事は、オブライエンの持ち物を捜索し、大聖堂へと運ぶこと。それに反する命令をしたということは……。教戒師が運ぶはずの物を、横取りした――あるいはそれに準ずる行為をした。

 何を持ち去った? 祭壇に置かれていた物だと考えるのが自然だが、しかし、これまで地下の隠し部屋が発見されたという記録はなかった。教戒師がこの部屋の中で発見した何かだ。地下の祭壇にあった物がお宝なのだとしたら、この部屋にあった物は何だ?

 考えたところで答えは出ない。オブライエンがお宝を祭壇に置かず、この部屋で保管していた可能性もある。答えを出すには情報があまりにも不足していた。異端信仰に関するものなのは間違いないが……。


 そういえば……。異端信仰者について、ジュノーは何か言っていなかったか?

 確か……。


 ――都市に住む者たちは……狙われている。

 ――何を言っている。誰にだ?

 ――異端信仰者たち……。


 うわ言のような脈絡もない言葉だったから深く捉えていなかったが……かなり重要なことだったのではないか?


 異端信仰者たち……オブライエンがそうだったとして、奴とジュノーは敵対関係にあったのだろうか。市民を狙うとはどういう意味だ? 無差別攻撃を仕掛けるつもりなのか……。



 バルコニーへと出る。

 敷地内の水路に舟が浮かび、屋敷へと向かっていた。遠目にも教戒師や聖職者が乗っているのが分かる。地下の隠し部屋を調査するために派遣された者たちだろう。浮島内の教戒師たちがぞろぞろと屋敷へと集まって来ていた。客観的に見て、気持ちの良い光景ではない。


 情報の整理が必要だ。


 不足しているものもあれば、足りているものもある。

 頭の中でいくつかの点が線になり、連鎖しようとしていた。


「困ったもので、狂信者とはどこにでもいるものだ」


 大司教がジュノーに言ったとされる言葉だ。


 狂信者……信仰を究めようとするあまり、行き過ぎてしまう者はいる。それこそ教戒師だってそう言えるかもしれない。どこにでもいる、とは街中に立つ彼らのことを言っていると考えることもできる。だが、ジュノーの話では大司教は周囲を警戒していたのだという。まるで何者かの影に怯えているかのように。大聖堂の中に教戒師はいない。奴が警戒していたのは大聖堂の中の狂信者……。


「妹はまだ元気にしているかね?」


「近頃はあの子に興味を持つ者も多い」


「どうして逆らうことができる? 従うより他になかった……」



 つまり、こういうことだろう。


 大聖堂の中には狂信者、すなわち教義を曲解した過激派が存在する。異端信仰者たちだ。それらは影でありながら、大司教を屈服させるほどの力を持っている。彼らは何らかの理由からルージュを、そして市民たちを狙っている……。


 馬鹿どもは大司教に接近し、説得するか脅迫するかして協力を持ちかけたのだ。だが、あの老いぼれに聖地の闇に加担する度胸はなかった。奴らもそれが分かった。口封じをしようとした可能性が高い。ジュノーを手籠めにすることを望んでいた大司教に、香料を渡したのはそのためだろう。一時的にジュノーをグレンに変え、大司教を襲わせたのだ。誰であれ、審問官の実態を把握していることは間違いない。


 本来、大司教は聖地における治外法権。真聖大ハルマテナ皝国の後ろ盾がある以上、奴には絶対の安全が保障されている。この事態にも奴を審問さえできないのはそのためだ。だが、異端どもは奴に手を出した。それだけで、異端どもが正常な思考能力を持ち合わせていないことは明らかだ。


 修道院を管理していたのはオブライエンだ。奴なら香料を手に入れることも容易いだろう。審問官の娘の力があれば、敵対者の処理や異端勢力の拡大など、様々なことができたはずだ。全ての黒幕はオブライエンだったのか?


 当然、ジュノーもそれに気づいたはずだ。夜課が審問官の活動のカモフラージュであったことは修道院長も把握していたはずで、訊問すればオブライエンに辿り着くことはできる。ジュノーが父親と接触したのは間違いない……が、何が起きた? オブライエンは失脚し、自らを壊した。そしてジュノーは妹を助けようとして失敗、捕らえられた。結果だけ見れば、聖地の支配体系そのままにオブライエン家だけが排除されたことになる。


 オブライエンは切り捨てられたのではないか。失脚後に、奴が持っていた何かを奪った者がいる以上、黒幕か、あるいは地位を継承した者が存在することは十分に考えられることだ。

 いずれにしても背信者はまだ存在する。こうしている間にも、逃げの算段をつけているはずだ。全ての証拠を隠滅し、事実を闇の中に葬り去ろうとしている。絶対に逃がすわけにはいかない。必ず捕まえ、僕が手ずから審問してやる。


 僕は屋根へと飛び移った。


 ここに来たのが審問官であれば、話は簡単だ。異端に染まった馬鹿が、特権を利用し行動しているというだけだから。

 だが、もしもそうでなければ……。ここに来た者が審問官でないなら、これは由々しき事態と言わざるを得ない。異端信仰者どもが教戒師の認識を乱す何らかの方法を開発した可能性があるからだ。審問官と同等の力を得たのだとしたら、教戒師を支配下に置くのも容易いだろう。だとすれば、教戒師たちの中に敵と繋がっている者がいるということに……。今この瞬間にも、教戒師を通じて僕のことを監視している者がいるかもしれないのだ。


 仮面に左手の魔法陣を当てる。途端、頭の中に路地の風景が浮かんだ。教戒師たちの視界が共有されているのだ。都市に立っている教戒師たちには、目と耳に魔法の細工が施されている。彼らが見たもの、聞いたものの全ては大聖堂に送られる。市民たちは日常の中で問題があれば逐一教戒師に報告する。情報をもとに、大聖堂は問題を処理する。戒めが必要ならば教戒師が。処分が必要ならば異端審問官が。


 僕は視界を切り替え、めぼしいものを探す。ワーミーの姿がないか。そして、僕を監視する者の目はないか……。


「モモ」


 ハッとして振り返ると、いつの間にか背後にロッソが立っていた。こいつの気配に気がつかないとは、集中し過ぎたか……。


「何故ここにいる? 記録は――」


「やっぱり気づいていないのか。外画の目を見ろ」と、彼は言った。


「外画だと?」


 都市を駆ける男の後ろ姿が見えた。金髪の男だった。視界を切り替え、正面へと回る。仮面を被った男だ。ブーツの裏が接近し、視界が途切れた。


「恐らく、こいつがルビウスだ」


 あからさまに姿を晒し、逃げている。追って来いということだろう。


「向こうだ」


 僕らの視線の先には木々に持ち上げられた浮島がある。


「どうする?」と、ロッソ。


 うなじの辺りをチリチリと焦がす感覚はあった。明らかな罠だ。しかし飛び込んでみる価値はある。


「行くぞ」


 僕らは屋根を駆け、外画へと向かった。


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