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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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オブライエンの屋敷

 聖堂階上の廊下をぐるりと回り、ある塔に辿り着いた。

 ここは管理塔。地上の魔法の一部を管理している場所だ。教戒師たちのシグナルもここで管理されている。


「聖週間の初日、何者かが教戒師を操りコーデリア様を陥れた。恐らくはグレンだ。奴は他にも教戒師に指示を出しているはずだ。その時の状況を探れば、奴の行動の目的が推し量れる」


「地道な仕事だな」


 ロッソは息を吐いた。


「ワーミーを捕まえることができれば、背信者の特定にも繋がる。コーデリア様からもお褒めの言葉をいただけるはずだ」


「じゃあやるしかねえな」


 ロッソは心なしか背筋を伸ばした。



 久しぶりに訪れた管理塔は、一歩踏み入れた足を軸にそのまま反転して帰ってしまおうと思わせる実に愉快な場所だった。壁や床にはびっしりと文字が刻まれていて、ここは筆談しか許されない場所なのかと錯覚してしまう。一部の文字は上から杭が刺さってあり、紐が結わえられている。その紐が縦にも横にも縦横無人に走っているものだから歩くのも困難だ。紐が無数に交差した場所があり、その上に男たちが立っている。一様に生気のない青白い顔をして、早口で何かを喋っていた。その言葉を受け、部屋の隅にいる書記たちがペンを走らせている。実に異様な光景だ。まともな信者がこの光景を目撃すれば、背信に走ってしまうかもしれない。



 僕たちは紐を避けつつ部屋の奥へと進み、そこで寝ている男を起こす。彼は記憶人。その名の通り、過去の記憶に特化した話屋だ。部屋の奥の一室には、床に陣が張ってある。記憶人をそこに立たせると、陣と接続した。


「聖週間から始める」


 記憶人はブツブツと呟き出す。書記がそれを高速で記録し始めた。僕たちは彼の後ろに立ち、ひたすら文面と睨み合う。まともな人間なら気が狂う作業だろうが、まともな人間などこの場に一人として存在しないので、作業を続行する。


 その時、じんわりとこめかみ辺りに痺れを感じた。同じ作業を続けているから脳に異常が来たのかと一瞬思ってしまったが、違う。すぐに報石を確認する。


 板面を読むと、「止めろ」と言った。

 すぐさまに記憶人は口を閉じ、書記の手もピタリと止まる。ロッソは食い入るように文面を見ていたが、やがてゆっくりと僕を見る。

 それから、


「ここか? ここだな? いや、ここか……?」


 文字に指を当て、正常な箇所に異常を見出そうとする。


「たった今、連絡があった。僕は直ちに現場に急行する」


「何だと? 俺は?」


「作業を続けろ。ワーミーたちの情報が入り次第、討伐を優先する。外で落ち合うぞ」


「それだけならよ……止めないでほしかったな……」


 ロッソはやれやれと頭を振る。


 記憶人は再び話し始める。書記の手の動きが再開し、ロッソはそれを睨みつける。客観的に見ると、それは実に奇妙な光景だった。一秒だってこの場にはいたくないと思わせるには十分だ。僕は足早にそこを離れた。


 〇


 オブライエンの浮島は、現在大聖堂が接収している。屋敷の関係者は全て拘束し、大聖堂の地下に監禁しているそうだ。浮島内には教戒師たちが常駐し、ワーミーとの繋がりを調査している。


 浮島に入る。

 広大な敷地内には様々なものがあった。庭園、温室や果樹園に家畜小屋、工房まであった。御三家たちは広大な浮島一つを独占し、聖地の中に自分たちの世界を作っている。自由が過ぎれば枷が外れる。その結果、背信に走らせてしまった。


 教戒師に案内され、水路の舟に乗る。敷地内の水路は浮島を掘って作っているので、底があった。壁面か床に魔法陣でもあるのだろう、水の流れが激しい。敷地内であれば舟に船頭は必要がなく、水流によって勝手に運ばれるのだ。


 舟はそのまま屋敷へと向かう。これがジュノーの言っていた、彼女が幼い頃に作られたという新しい水路だろう。水路は視界の先、屋敷に隣接する舟小屋まで続いていた。屋根も壁もあるしっかりとした造りの建物で、舟の格納庫でもあるらしい。



 その舟小屋の中で、何やら揉め事が起きていた。五人ほどの男たちが屋敷の中に入ろうとし、ドアの前に立つ教戒師に詰め寄っていた。


『オブライエンの屋敷で、商人らしき男たちが不審な動きをしている――』。指令にあった通りだ。


 舟小屋の中に入ると、舟は勝手に停止した。水中で見えない壁にぶつかったような感覚だった。

 商人たちはハッとこちらに顔を向ける。僕は舟から下りると、彼らの方に向かった。


「なんで舟が……?」


 一人が怪訝な声を出した。僕のことが見えていないのだ。突如として現れた舟を、不思議そうに見つめている。しかし、ただ一人だけ、唖然とした顔で僕を凝視している男がいた。


「お、おい……。こいつ何だ?」と、僕を指して男は言った。


 彼の言葉を受け、他の者たちもその指の先を見る。しかし、「何言ってんだ?」と、首をひねった。


「審問官……。し、審問官だ!」


 男は悲鳴にも似た声を発した。瞬間、僕は地を強く蹴り、男に急接近する。肩を掴んで引き寄せると、掌底を腹に打ち込む。そのまま、地面に引き倒した。


「お、おい! どうした!?」


 場は騒然となった。


「何かいるんだ、ここに!」


「逃げよう――」


 男たちは一斉に背中を向けた。

 遅い。


 僕は瞬時に全員を地面に打ち倒した。


「舟に乗せろ」


 僕を視認できた男の首を掴み、壁際へと引きずりながら、教戒師に指示を送った。


 商人たちを拘束したことを報石に刻む。それから、仮面から呼吸器を外し、男の顔に着ける。煙を吸わせると、男はビクンと痙攣した。


「起きろ」


 頬を叩く。男は瞼を開け、焦点の定まらない虚ろな目で僕を見た。


「お前は仮洗礼を施されていないのか」


「ああ……」


「門での検査をどう切り抜けた?」


「舟底に……隠れて侵入した……」


「他にもお前のような奴はいるのか?」


「ああ……商会は聖地の体制を警戒している……。忍び込む必要があった……」


「何のために?」


「俺たちは聖地に侵入し……内情を調べ上げ……報告している……」


「侵入者の名前を言え」


 男は把握している限りの名前を上げ始めた。報石に刻み込む。


 商人の中にそういう者たちがいることは大聖堂も把握していた。既にリストアップもできているはずだが、それは商会側も気づいているはずだ。こうも白昼堂々と姿を現すとは予想外だった。よほどの事情でもあるのか。


「お前たちはここで何をしていた?」


「あの噂が正しいのなら……オブライエンの屋敷が怪しいと踏んで……」


「何の噂だ?」


「聖地のどこかに……お宝が隠されている……」


「お宝だと?」


「そうだ……。とんでもない値打ち物らしい……」


「どこからそんな話が?」


「知らない……が……大聖堂の誰かが商館に持ち込んだと聞いた……」


「誰か……」


「お宝を見つければ……大聖堂にも優位に立てると……二代目は考えている……」


 二代目。

 現在の商館長のことだ。

 あまり表には出てこない男だが、恐ろしく頭が切れるという。聖地における商会の自治権を認めさせたのも、確かそいつだ。相応の野心を持っているらしい。



 報石に大聖堂からの指示が刻まれた。


 やれやれ。

 僕は男の髪を掴んで立ち上がらせると、舟の方へと突き飛ばした。


「商館に届けろ」


 教戒師たちは二艘の舟に商人たちを乗せ、水路を進んで行った。

 商人を審問さえしないとは。商会を図に乗らせる一方ではないか。


 隠されたお宝だと? そんなものが本当にあると思っているのだろうか。一笑に付したいところだが、奴らは何事も利益最優先、行動する価値がなければ動かないはずだ。オブライエンの屋敷に何かが隠されていると、確実に近い情報があったからこそ馬鹿な行動に出たのでは……。大聖堂と揉めても構わないほどの価値がある、何か……?



 舟小屋のドアから屋敷の中に入ると、玄関ロビーに出た。ロビーには天井を貫く柱があり、中心で光る石が回っていた。魔導石だ。屋敷の中に置いているとは、趣味の悪い奴だ。

 僕は正面の階段を上がり、オブライエンの部屋へと進んだ。



 廊下の奥にオブライエンの部屋はあった。その途中でいくつかの部屋を通り過ぎる。開いたドアから中を見るが、空っぽだ。当然だが、屋敷の中のものは教戒師たちに押収されている。もはや目ぼしいものはない。オブライエンの部屋も同じだった。部屋の中には調度品があるばかりで、一人の教戒師が壁に向けてブツブツと呟いているだけだった。お宝が本当にあったとしても、とうに回収されているだろう。


 ジュノーの部屋を見てみる。こちらにも手が入っており、貴族の娘の部屋としては寂しいものだった。もっとも彼女の所有物は修道院にあるはずで、ここには碌な物はなかっただろうが。今頃は修道院にも手が入っているのだろう。


 ルビウスとさえ出会わなければ、ジュノーは誰よりも敬虔な信徒でいられたはずだ。悪の芽は必ず蔓延る。絶対に、奴を許しはしない。



 部屋は屋敷正面にあるため、窓から前庭が見渡せた。水路も見える。ここからバルコニーに出て、客を出迎えたりするのだろう。そのためにわざわざ新しく水路を作ったのか?


 疑問だった。元々、オブライエンの屋敷にはちゃんと水路が通っていた。屋敷の左手に船着き場があり、そちらを使えば、浮島の入り口から直通となっていたはずだ。船着き場から屋敷まで少々歩く必要があったとは言え、古い水路を潰してまでオブライエンは新たに水路を作った。わざわざ舟を遠回りさせる必要がどこにある?



 屋敷を出て、再び舟小屋へと赴いた。

 周囲を見回す。天井には舟を揚げるための滑車があり、隅にある大きな歯車に似た装置と鎖で繋がっている。天井の滑車は奥へとスライドされる仕組みのようで、小屋の奥には舟が格納されていた。


 水路の終わりには彫像が立っている。聖人の肩に鳥が乗った像で、大聖堂の中にあるものを小型化したようなものだ。聖人像は造り手によって、まるで別人のような顔になる。大抵は百戦錬磨の勇猛な男の顔だったり、苦虫を噛み潰したような渋い顔、この世の悲しみを全て背負ったような暗い顔をしているのだが、この像は変わっていた。まるで特徴がない。顔をそらせばもう忘れてしまいそうだ。どういう表情だ? ゲブラーの偽物と紹介された方が納得できる。聖人を冒涜しているのだろうか。

 聖人像とは違い、鳥の方はやけに緻密に造られている。聖人をこの地に導いたといわれる赤い鳥。信徒の中には、聖人以上にこの鳥を信奉する者もいるそうだ。


 鳥は二つの目で水路を見つめていた。聖書によれば、鳥は湖の島に降り立ち、聖人はそこに大聖堂を建てたという。この聖人像が立っている位置が大聖堂だとすると、水路はさながら湖と言ったところか。


 ふと、鳥の目に違和感を覚えた。左目はちゃんとはめ込んであるのに、右目だけが穿たれているらしかった。近づいて見てみると、穴は思ったよりも深い。いかにも怪しい。指を突っ込んでみる。奥を探っていると、上部に出っ張りがあった。持ち上げてみると、鳥の頭が開き、魔法陣が現れた。面白い仕掛けだ。審問官の籠手には魔石がついているため、そのまま発動する。


 すると、水路に変化が現れた。何やら波立ち始めたと思っていると、底の一部が沈み始めた。水路は分断され、水が滝のように落ちていく。その結果、水路の終わり付近からは水が無くなってしまった。

 それで終わりではなかった。露わになった底の部分が、動き始める。壁にある窪みに、どんどん飲み込まれていった。床が開いた。現れたのは、地下への階段だった。


 まさかと思ったが……。

 オブライエンが新たに水路を作ったのは、このためだったのだ。


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