審問官の集い
僕は今一度全員を見回し、言った。
「知っての通り、背信者グレンは何者かに壊された。奴の正体はジュノー・オブライエン。表裏の人格の同一化を行い、心を獲得したらしい。それにより、大聖堂の管理下にもかかわらず背信行為に走ることができた」
「同一化の方法は訊き出せたのかい?」と、カルミルが訊いた。
僕はコクリと肯く。
「コーデリア様に報告した」
それ以上は、何も言わない。必要があるのならコーデリア様から各自に伝達されるはずだ。
「審問の途中で、僕は活動限界が来た。激しい痛みに襲われ、グレンを残して部屋を出ざるを得なかった。その間に、何者かが奴を壊してしまった」
僕はメラハへと顔を向ける。「その時間に活動していたそうだな」
「ええ。オブライエンの審問を行っていた」
「何かを聞き出せたのか?」
メラハは首を振る。
「同じよ」
「つまり?」
「オブライエンも壊れてしまった」
「誰かに壊されたのか?」
「いいえ。大聖堂に運ばれる途中で、毒を服用し、自壊したの」
メラハしか知らなかったようで、ロッソは「ヒュー」と口笛を吹き、カルミルはわずかに身を乗り出した。
「私が対面した時には、もうまともに会話すらできない状態だった。現在は隔離され、誰も近づくことができない状態にされてある。私が担当だったのは、洗脳魔法による記憶の復元を期待されてのことなのでしょうけど……何もできなかった」
「夫人の方は?」
「俺が審問した。昨日、捕らえられてすぐにな」と、ロッソが言った。「そもそもあの女には何も知らされてなかったようで、時間を無駄にした。壊して島送りにしちまったよ」
「昨日の時点でオブライエンに会った者はいないのか」
一様に首を横に振った。
「昨日は回復魔法陣による治療が行われていたそうよ。審問官は誰も関われなかったはず」と、メラハが言った。
僕は仮面の頬の部分に手を当てる。「毒、か。グレンを壊したのも恐らくは同じものなのだろうな」
「でしょうね。二人の状態は酷似していた。私たちが吸う煙の原料のようなものなんじゃないかって話よ」
「オブライエンが自壊したのは、何らかの秘密を守るためだろう。そして娘のジュノーも壊された。僕がその場からいなくなるのを待っていたかのように……。審問中の活動限界など、これまで起きたことはない。こんな偶然があると思うか?」
「誰かが裏で糸を引いていると言いたいわけだな?」
「地下の内情に詳しい誰か。そして、かなり上位の権限を持った誰か、だ」
僕は腰の刀を抜く。
「何の真似?」
咄嗟に、メラハが一歩下がる。ロッソは僕に掌の魔法陣を向けた。
「背信者がこの中にいると言いたいのか」
馬鹿馬鹿しいと言いたげに、カルミルは言った。
「言ったろう、その可能性を消しに来た、と。身の潔白を証明する方法が一つある」
「何だ?」
「仮面を外せ」
「どういうことだ?」
「同一化した審問官の顔は見ることができるんだよ。グレンがそうだった。僕たちは大聖堂の管理下にあり、大聖堂に背くことなんてできない。だが、同一化して心を手に入れていれば、話は別だ。グレンのように何食わぬ顔で背信することができる」
「なるほどな」
すかさず、ロッソは仮面を外して顔を晒した。首から上には顔がなかった。フードの中だと、ぽっかりと穴が開いているように見える。
「どうだ、俺はイケてるだろ?」
「ああ」
「最高」と、メラハ。
次に、僕が仮面を外す。
「僕が見えるか?」
三人それぞれに顔を向け、言った。
「こ、こいつはやべぇ……」、ロッソは絶句する。
「つまり?」
「なかなかのブ男だぜ。見るに堪えねえよ」
「自分を審問しちゃったの?」
「吐き気を催すね。さっさとしまいたまえ」
「そうか……」
赤色刀が熱を帯びた。
「冗談だ」
「見えないわ」
「顔無しだよ」
僕は仮面をつけ直した。
入れ替わりに、メラハが仮面を外す。一度フードを外したため、顔の両サイドで結んでいる髪が揺れる。この髪と、そして話し方から、僕はこいつを女だと思っている。だが、グレンのことを考えると、安易に決めつけることはできないのかもしれない。虚空の向こう側では、はたしてどんな顔をしているのかな。
最後に、カルミルが残った。
大聖堂の忠実なる下僕の三人は、彼が外すのを無言で待った。
しかし。
「外したくない」と、カルミルは言った。
「何故だ?」
「同一化と、顔が見えないことの関連性に疑問を感じる。グレンが背信者であることは分かっていた。大聖堂が洗脳魔法をいじくり、見えるようにしただけかもしれない。実際、一部の教戒師たちとの視界共有を無効にしたりもしていたそうじゃないか。僕は審問官として活動している時に仮面を外したくない。これはポリシーだ」
「拒否権はない。御託はいいからさっさと外せ」
「状況が分かってないのか?」と、ロッソ。「自分を疑ってくれと言っているようなもんだぜ」
「外さないなら外させるだけよ」
「やってみるかい?」と、カルミルは腰の刀に手を伸ばす。
「やってみよう」
赤色刀を発光させると、僕はカルミルに接近する。「顔面の皮ごとはぎ取ってやる」
「分かった。待て」
カルミルは素早く仮面を外した。ローブの中は、空白。顔はなかった。
「最初から素直に出してろよ」と、ロッソ。
「君らみたいに単純じゃないんでね」
カルミルは不満気にそう言うと、仮面を着けた。
「少なくとも僕たちは同一化をしていない。大聖堂に背信することはできないと考えてもいいだろう」
赤色刀を鞘に納め、僕は言った。
「お前の仮説が正しいならな」と、ロッソは肩をすくめる。
こいつらが違うとなると……。
次に候補に挙がるのは……。
僕は鐘楼を端まで移動する。
眼下には大聖堂に入る信者たちの姿があった。
「大聖堂の中であっても洗浄は可能だよな?」と、振り返って訊ねる。
「市民洗浄か」と、カルミル。
「まあ、そう考えるよな」
腕を組み、ロッソは言った。
都市で洗礼を受けた者は、大聖堂の管理下に置かれる。洗礼を受けたその瞬間から、洗礼者は常に洗脳魔法を施されている状態にあるらしい。僕たち審問官を含め、一部の聖職者はこの魔法に干渉することができる。一時的なため記憶にも、大聖堂の記録にも残らない。それが市民洗浄。
「洗浄は大聖堂の魔法を利用する。聖域でも可能なはずだ」と、カルミル。
「それ以外はないでしょうね。聖域の魔法解除があるから、外からの線はありえないし」と、メラハ。
「そうだな」
例え、ワーミーたちが洗脳した人間を大聖堂に入れようと考えたところで、聖域に入った途端に魔法は解けてしまう。聖域の内部で有効な魔法は、大聖堂により発動されたものだけだ。
「可能性の高さでいえば、聖職者の誰かが洗浄されてしまったと考えるのが一番だろう。地下に下りることを許された聖職者……。それが誰であれ、普通ならグレンを壊すことなど不可能だが……」
「お前の無茶な審問で相当に弱っちまっていた」
「そう。グレンは万全ではなかった。つまり、誰でも壊すことはできた。実行者が着用していたという審問官の装束だが……僕とメラハは直前まで活動していた。奪う時間はなかったはずだ」
「そもそもお前らは初めから候補にも挙がっちゃいねえ」
「何故?」と、メラハ。
「チビだからだよ」
僕とメラハは無言で顔を見合わせる。メラハは手を払う仕草をした。「失礼ね」、とでも言いたげに。
「目撃された人物は大人のサイズだ」
「疑われているのは僕の物か、ロッソ、それからグレンのもだ」
カルミルはそう言うと、僕の方を見た。「僕のも候補から外してほしい。その時間、僕は活動していたからね。任務に際して、グレンを審問する必要があった。君が活動を停止したという報告を受け、いい機会だと思ったから、僕は審問部屋へと急行した」
「壊れたグレンを発見したのはお前なのか?」
「そうだ。その後すぐに人を呼び、僕は君の部屋に向かった。記録にも残っているよ。疑うなら後で調べてくれてもいい」
「じゃあ、俺かグレンのものってわけだな。俺は活動停止していた。装束はいつも通り部屋に置いてあったが、おかしなところがあるとは思わなかったよ」
「使用されたのはグレンの装束だ」と、僕は言った。
「どうして?」
「単純な話だ。審問部屋から審問官の部屋は遠い。奪って元通りに置くだけの時間的余裕があったとは思えない。グレンの装束はどこに保管されていた?」
「グレンからはぎ取った物を、巫女の間に俺が運んだ。その後、地下に運ばれたと聞いている。保管庫に置かれていたはずだ」
保管庫は地下に下りたすぐの場所で、審問官の部屋よりは近い。
「誰でも触れることができる状態だったということだ。何者かは地下に下り、保管庫でグレンの装束を着用した後、グレンを破壊。保管庫に戻り装束を脱ぎ、地上へと帰還した」
「だとすると、もっと目撃されているはずではないか?」
「通常の道を通ればな」
「そうか……」、三人は同時に息を飲んだ。
「審問官の通路を利用したのだろう。そうすれば誰にも目撃されず、地下に下りることができる」
「では、目撃されたのは……」
「恐らくわざとだ。捜査をかく乱しようとしている――か、あるいは、僕らに対するメッセージなのかもしれない」
「メッセージ?」
「可視化された審問官は同一化した者だ。であれば、審問官の同一化について、あるいはその方法について知っている――と僕らに伝えているのではないか」
「嫌な奴だね」と、カルミルは言った。
「いずれにしても審問官についてかなり詳しい知識を持っている人ってことね」
「それに、地下の内情も知っている。そんな奴は高位の聖職者の中でも限られる」
「洗脳して聞き出したのかもしれないぜ? 今や容疑者は大聖堂の中の全員だ」
「それに市民洗浄の線もある」、カルミルが言った。「そうなれば、下手人を特定することは重要ではなくなる。洗浄されていては記憶にも残らないからね。本当に市民洗浄が行われたのなら、問題は誰がやったのかではなく、誰がやらせたか、だけれど……」
「結局同じところに戻って来るわけね」
「そうだね。現状、特定は不可能ときている」
「上から順に片っ端から審問するってのはどうだ。手始めにあの豚――大司教からだ。俺にやらせてくれ」と、ロッソ。
「それができるのならとっくにやっているよ」と、呆れたようにカルミルは言う。
「分かって言ってるのよ、この人」と、メラハ。
「今は後手に回るしかないというわけだ」
と、僕は言った。「とりあえず、この場に同一化している者はいない。僕たちはまだ大聖堂の管理下にあり、当然背信に走ることもできない。僕はお前たちを信用する」
「嬉しいな」
乾いた声で、ロッソは言った。
「僕とロッソはこのままワーミーを追う。お前たちは通常通り、コーデリア様の指示に従って任務に着け」
カルミルとメラハに向け、僕は言った。
「私は眠ることになってる」
「僕は任務に戻る。グレンが壊れたから遠回りになったけどね」
やれやれと、カルミルは頭を振る。
「ワーミーを追うのはいいけどよ。場所は特定したのか?」と、僕の肩を掴んでロッソは言った。
「いいや。教戒師の報告を待つ。僕の考えが正しければ、奴らは必ず教戒師に接触する」
「確かに、可能性は高いだろうな」と、カルミル。
「それまでは記録塔に籠もって過去を漁ることにする」
「そんなの、こいつの仕事だろ」と、ロッソはカルミルを指した。
「残念だね。僕はとっても重大な任務の途中なんだ」
「さっきから任務任務うるせえな。重大な任務って何やってんだ?」と、ロッソ。
「聞いてほしかったんでしょ?」と、メラハ。
「じゃあね」
そう言うと、カルミルは鐘楼から飛び降りた。
「カワイイ奴」と、ロッソは舌打ち混じりに言った。
カルミルの任務が本当に重要なのかどうかは置いておくとして、情報の共有がないということは知らなくてもいいということだ。僕は僕の任務に全力を尽くすのみ。今はルビウス討伐が何よりも優先される。
いつの間にか、メラハもいなくなっていた。僕はロッソを連れ、鐘楼を出た。
……馬鹿め。
同一化していなかったからと、誰が信用などするものか。
もっとも、それはこいつらも同じだろうがな。今や、大聖堂に属する全ての人間が容疑者となり得る。僕はコーデリア様を信じているが……洗脳されれば、彼女でさえ実行者となり得る。巫女の部屋は審問官の隠し通路に通じている。ジュノーを壊すことは十分に可能なのだ。
どうにかしなければ。一刻も早く。どうにかしたい。コーデリア様を疑わなければならないなんて。こんなこと、あってはいいはずがないから。




