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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第四章 モモの審問
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朱に染まる影

 聖地は乱れている。


 異端者、堕落者、背信者。

 愚か者たちが都市に蔓延り、秀麗な都市を汚している。

 大聖堂の中でさえ、腐敗にまみれ、頽廃に染まっている。

 僕はそれが赦せない。

 粛清してやる。

 あの方の理想のままに。

 全てのゴミをこの聖地から一掃する。


 それが僕の生きる理由であると理解する。


 〇


 奴らは深い眠りの中にいる。早朝から洗濯をする踊り子も、オブライエンの娘もまだ姿を現さない。昨夜は遅くまで狂騒の中にいたことを考えれば、まだしばらく時間がかかるかもしれない。


 この離れ島に教戒師と騎士一行が乗り込んだのは昨夜の事。ワーミーたちは大胆不敵にも大興行と称する大見世物を大聖堂の目と鼻の先で行った。島民たちは何の疑いも持たず、奴らが聖職者であると信じ、協力していた。教戒師が乗り込むと、島は大混乱になり、その隙に乗じてワーミーたちは逃げてしまった。しかし、奴らは島から出て行ったわけではない。


 ワーミーどもの拠点は朽ち果てた廃屋。かつてはアザレア・バーガンディの住まいだった。彼女の死後は忘れられたように放棄されていたから、隠れ家とするには具合がよかったのだろう。いくつもの高度な魔法がかけられていて、外からでは奴らを認識することはできない。よって大聖堂の目も誤魔化せる……愚かにもそう考えているに違いない。


 聖地に足を踏み入れたその瞬間から、ワーミーたちの動きは把握されている。魔石屋を拠点としていたのも、劇場を乗っ取ったのも、ルージュ・オブライエンを匿っているのも、我々があずかり知らぬことはない。ワーミーがいかに優れた魔法を誇ろうが、この都市にいる限りは関係ない。我らの手中だ。



 日もまだ眠る暗闇の中、廃屋のドアが開き、踊り子が姿を見せた。ルージュ・オブライエンも一緒だ。時間に多少の誤差があるが、この程度なら微々たるもの、問題ではない。二人は湖の共同洗濯場へと向かう。他の住居からも島民たちが出てきて、一様に湖に向かった。


 ふいに、踊り子はオブライエンの腕を掴むと、道を外れる。


「プリシャ? どこに行くの?」


 オブライエンは不思議そうに訊ねる。

 踊り子は無言で、どんどん引っ張っていく。僕たちのいる場所まで。


 民家の影まで来ると、オブライエンは立ち止まった。


「いや……そっちは……いや……」


 必死に踊り子の腕を振り払おうと、無駄な抵抗をする。


「怖い……怖い……!!」


 僕たちの姿が見えているはずはない。だが、オブライエンは明らかに総毛立っていた。ついには踊り子の手を振り払い、逃げ出した。すぐにグレンが回り込み、意識を奪った。


「魔石はどこだ」


 踊り子は焦点の定まらない目で僕を見て、洗濯物の入った籠を差し出す。検めると衣服はカモフラージュで、下に袋があった。中にはぎっしりと魔石が詰まっている。魔石屋と劇場で奪ったものだ。


「奴らの石はこれで全部か?」


 踊り子は肯く。

 グレンは素早く彼女の首を締めた。踊り子はしばしもがいていたが、すぐにぐったりと倒れ込んだ。そのまま袋に入れると、さらに別の袋にオブライエンも入れた。


「後は任せる」


 そう言うと、グレンは二つの袋を抱えた。


「オブライエンはまだ生きているようだが」


「この娘は生け捕りだ」と、グレンは言った。「俺が大聖堂に連れて行く」


「教戒師に任せればいい」と、ロッソが言った。


「確実を期すためにこれ以上の選択肢があるのか?」


 試すように、グレンはロッソを見る。ロッソは沈黙で答えた。


「あの方は失敗を望んではいない」


 そう言い残し、グレンは闇の中に姿を消した。


 ●



 あれは聖週間初日のこと。


 僕は巫女の間に呼び出された。大聖堂の天井や、壁の中には審問官用の通路が張り巡らされてある。天井裏を移動して覗き穴からうかがうと、コーデリア様は書き物をしていた。彼女はペン先で二度、机を叩いた。即座に彼女のもとに降り立ち、頭を下げる。「お呼びでしょうか」


「聖地の影が朱に染まる」、僕のことを見ずにコーデリア様は言った。


 僕は何も答えず、彼女の言葉の先を待った。


 沈黙。


 部屋にはコーデリア様が文字を書く音だけが聞こえ続けた。数分、あるいは数時間、正確には測りかねる長い時間が僕の頭の中を取り過ぎた時、ようやくコーデリア様は再び口を開いた。


「王女が屋敷に来た」


「お話はうかがっています。お望みとあらば不躾な従騎士を審問にかけて御覧に入れます」


「そんなことはどうでもいい。何故、このような事態になった」


「何者かが教戒師に虚偽の報告をしたのです」


 お屋敷で召使いに教育を施していたコーデリア様のもとに、従騎士の女が現れた。儀式中のはずの王女を連れて。従騎士の暴走など、都市に張り巡らされている教戒師たちが気づかないわけがない。当然、コーデリア様にもすぐに報告がなされ、事前に対処できたはずなのだ。


「聖地の影が朱に染まる」


 再度、コーデリア様は同じ文言を繰り返した。


「……審問官に背信者がいると?」


「記録に残さずに教戒師を動かすことができるのは私とお前たちだけだ」


 僕は眉を顰める。


 不可解だ。

 僕たちは信仰のために生まれ、信仰に生かされている存在。背信など馬鹿げている。そんなことが頭を過ればその瞬間、僕たちの存在は不要とされ、消されてしまうだろう。

 だが、可能性があるとすれば、一つだけ。


 表裏の人格が何らかの原因で一つに繋がったのだ。心を獲得すれば、背信も可能なのかもしれない。


 コーデリア様は指で机を叩く。


 ――コツン。


「ロッソ」


 審問官ロッソ。あらゆる面で雑なところはあるが、身体能力に秀でる。危険な仕事は大抵彼に任される。


 ――コツン。


「メラハ」


 審問官メラハ。短絡的なところがあるが、魔法陣の扱いに長ける。また、人一倍器用なため、普通には難しい仕事も彼女なら一人でこなすことができる。


 ――コツン。


「カルミル」


 審問官カルミル。身体能力は少し頼りないが、その分、思考能力に秀でる。優れた分析力で多くの背信者を特定し、背信行為を未然に防いだ。彼の立てた計画が上手くいかなかったことは一度もない。


 ――コツン。


「グレン」


 首席審問官グレン。全ての能力において彼に勝る者はいない。それでいて冷酷無比。心のない僕たちでさえ畏怖せざるを得ない怪物だ。コーデリア様の信頼も厚いが……彼までが候補だというのか。


「モモ」


 コーデリア様は僕の名を呼んだ。


「あの時間、衆目の中で確認されているのはお前だけだ」


 表の僕、だろうが。

 僕は一度深く目をつむり、コーデリア様をしっかりと見据える。


「私はお前を信用する」


「はい」


「お前も私だけを信用しろ。他の誰も信じるな」


「はい」


「背信者を見つけ出せ。聖地の安寧をお前が取り戻すのだ」


「かしこまりました」


 僕は影の中に入り、その場を後にした。


 ――コツン。


 背後から、小さな音が聞こえたような気がした。


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