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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第三章 ルージュの魔法
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最後の訓練

 極彩色が揺らめいた。


 紫の髪の少女が舞台で踊っています。月の光に映し出されるその姿は幻想的であると同時に、どこか煽情的でもありました。スカートに縫い付けられた様々な色の布が、彼女が踊るたびにひらひらと宙で揺れ、観客たちは目で追ううちにすっかり魅了されてしまうのです。


 背後で楽士が弦楽器を鳴らしています。寄せては返すさざ波のような旋律が、踊りに非現実的な余韻を付与していました。人々の目がうっとりと舞台の上に向けられる中、袖ではもう一人の踊り子が青ざめた顔で立っています。


 私です。


 心臓が胸を突き破って出て来そうでした。全身から力が抜け、立っているのがやっともやっと。こんな状態で踊れるわけがないじゃない……。私はすがるような目で背後の仲間たちを見ます。誰か一人くらい私の異変を感じて止めてくれるはず――。しかしそこにあったのは、無責任で能天気な笑顔。なんという奴らでしょう。私は大いに失望しました。


「頑張れ、ジュジュ。奴らの度肝を抜いてやれ!」


 巨躯のディランはそう言うと、力を込めて私の背中を叩きました。


「痛いじゃない!」、緊張も忘れて思わず私は怒りました。


「ジュジュならできるわ。あんなに練習したじゃない!」


 そう言って、エスメラルダは抱きつこうとします。私はひらりと避けました。飢えた肉食獣のように、この人は私に抱きつく機会をギラギラした目で狙っているのです。


「そうだけど……どうしよう、もう何も覚えてないの……どうしよう……」、私は声を震わせました。


 エスメラルダは噴き出します。「あはは、全部忘れちゃったの? それ面白い!」


「いや、冗談じゃなくて……」


「さあ、出番だぞ! 伝説を作ってこい!」


「ま、待って……お願い待って! まだ心の準備が――」


 嘆願も空しく、クーバートに背中を押され、私は半ば転げるようにして舞台上に飛び出しました。


 プレシオーサは私のために舞台の中央を離れました。月の光の下では、私の髪は妖しく輝いてしまうのです。観客たちの好奇の目に晒され、思わず後ずさります。ああ、私はなんと破廉恥な恰好をしているのでしょう……。まさかこのわたくしがこのような恰好をする日が来ようとは……ご先祖様方、お許しください。


 助けを求めてプレシオーサを振り返りますが、帰ってきたのは射抜くような鋭い眼差しでした。師匠の目は確かにこう語っていました。「あなたならできる」。しかし見ようによってはこうも読み取れます。「失敗したら殺す」。どちらでしょう? どちらでもいいのかもしれません。その力強い眼光は、私にこれ以上ない勇気を与えてくれました。拳を握り、一歩前へと踏み出します。


 私が頭を下げると、観客たちは拍手で迎えてくれました。

 聖人様への信仰しか持たぬと思っていた彼らですが、ワーミーたちの魔法にすっかり魅了され、盛り上がりは最高潮になっていました。


 こうなりゃヤケです。


 まったくあなた方はなんという幸運をお持ちなのでしょう! このルージュ・オブライエンの初舞台、とくと御覧じるがいい! 後悔したってもう遅いから!



 〇


「はい、ワンツーワンツー」


 エスメラルダの手拍子のリズムで、私は体を揺らします。


「ほら、もっと腰を落として!」、すぐにプレシオーサの鋭い声が飛んで来ました。


「ふぁいっ!」


「ちゃんと腕振りなさい!」

「ふぁいっ!」


「それが全力?」

「ふぁいっ!」


「なめてんの!?」

「ふぁいっ!」


「なめんじゃないわよ!」

「え? ご、ごめんなさぁい!」


 本番の前に、私は廃屋の庭でプレシオーサに最後の訓練を受けていました。彼女は相変わらず厳しく、私は怒られ、詰られ、根本から否定され、すっかりぺしゃんこになってしまいました。いつだって出る杭は打たれるものなのです。エスメラルダに慰めてもらいますが、彼女とはしかるべき距離をとっての清い交際を心がけているため、あまり慰めにはなりませんでした。くっつかなければ彼女の魅力は半減し、ただの元気いっぱいの能天気なお馬鹿な子に過ぎないのでした。


 プレシオーサに虐められていると、私は本当にこんなことをしていていいのか不安になってしまいました。もっと、他にしなければならないことがあるのでは……。


 オブライエン家はどうなるのでしょう。大聖堂の手はお姉様にも及んだのでしょうか。ここ三日間の私の行動は、全てシューレイヒム卿に話してしまいました。つまり、お姉様がルビウスと関係があるということも知られてしまったということです。しかし私は、シューレイヒム卿たちは大聖堂と違う考えの下に動いているような気がするのです。教戒師たちより先に私を洗脳し過去を聞いたことや、審問に対して釘を刺していたことなどからそう考えました。だとするなら、まだ私の話は大聖堂に伝わっていないのかもしれません。あの人たちのことを信じて、今はお父様たちの無事を祈るしかありません。


「どうしたの、もうおしまい? アンタ恥かきに舞台に出るわけ?」


「おしまいでは……ありません……!」


 私は立ち上がり、頬を叩きます。



 いつまでも落ち込んでいる場合ではないのです。


 聖地に闇が存在するというのなら、この私が暴くしかありません。家柄が無ければ、私などただの可愛く、賢く、博愛主義の才気あふれる小娘でしかないことはよく分かっています。強大な大聖堂に歯向かうことがどんなに愚かなことであるか、も。ですが、大聖堂が間違ったことをしているのならば、戒めるのも信徒の役割ではないでしょうか。私はそう思います。幸い、今の私にはワーミーたちがいます。猫の手の代わりにワーミーたちの力を借り、私がこの聖地に安寧をもたらすのです。乞うご期待!


「もう一度お願いします!」


「いい覚悟ね」、プレシオーサはニヤリと笑うと、組んでいた腕を解きました。


 苛酷な特訓は本番の直前まで続きました。


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