ワーミーVS騎士
広場の上に立っているのは、今やルシエル様だけになっていました。
「現れたな、大将」
ルシエル様は素早く剣を抜きます。
ルビウスは屋根の上を見ました。意識を失くしたエスメラルダを脇に抱え、シューレイヒム卿がこちらを睨んでいます。
「貴様ら……。オレの女に手を出せばどうなるのか分かっているんだろうな……」
ルビウスは頬を上気させ、目を爛々と輝かせました。
「ご教授願おうか」
ルシエル様の剣が紫色に発光します。臨戦態勢です。ルシエル様は地面を蹴ると、一瞬で私たちに接近しました。そのまま斜め上から剣を振り下ろします。ルビウスは背後に飛んで紫の軌道を避けると、私を抱えたまま身をひるがえしました。虚空を蹴る彼の足からは光が放射され、ルシエル様に向かって飛んでいきます。しかし、彼に当たる直前に、バシッという音と共に消滅してしまいました。間髪入れず、ルシエル様はなおも接近して来ました。
「噂の無色か……!」
ルビウスはそう呟くと、ルシエル様の剣をひらりと避けます。
ルビウスの敵は一人ではありません。シューレイヒム卿の魔法も彼を襲います。空に球体をした水が漂い、様々な形に変化してルビウスを襲います。師弟のコンビネーションは抜群で、片方が攻めると隙を突いてもう片方が攻めて来ます。特にシューレイヒム卿の遠距離攻撃に手を焼いているようで、ルビウスは攻めの機会を逸していました。
「ならばこうだ!」
そう言うや、ルビウスは足元に倒れている教戒師を掴むと、ルシエル様の方へと放ります。
「何!?」
無視するわけにもいかず、ルシエル様は教戒師を受け止めます。
「そら! そら! そら!」
教戒師たちは次々に宙を舞います。
「おい……反則だぞ!」
ルシエル様は一人一人地面に下します。教戒師はシューレイヒム卿のところにも飛んでいきました。彼もまた大事に受け止めます。師弟が分断されたその一瞬の隙を突き、ルビウスは教戒師の影に隠れてルシエル様に接近すると、腹部に蹴りをお見舞いしました。よろめいた彼の頭を足場に、シューレイヒム卿の元に跳躍します。私は下ろしてくれれば嬉しいのですが……。
ルビウスは上空から光を放ちます。シューレイヒム卿は剣を振りかぶり、フルスイングで光撃を弾き飛ばしました。
「やるな! ではこれはどうだ!」
そう言うや、ルビウスは私を放り投げました。
まるで見当違いの方向に!
「お前……!」、シューレイヒム卿は絶句します。
「ぎゃぁああアッ!」
悲鳴を上げる私のもとに、シューレイヒム卿は全力で駆けつけ、優しく受け止めてくれました。良い人……。しかし直後、ルビウスの蹴りを顔面に受け、仰向けに倒れました。彼の腕から離れたエスメラルダを、ルビウスは大事に受け止めます。そして私を奪い返すと、騎士から距離をとりました。
「起きろ、メル。しっかりしろ!」
「んん……」
エスメラルダは目を覚まします。瞬間、大きく目を見開きました。「ルビー!」
「遅くなって悪かったな。怖かったろう」
「信じてた! 絶対来てくれるって!」
エスメラルダは嬉しそうに抱きつきました。
隣の私に気づくと、「ジュジュ、大丈夫だった? 怖かったねえ!」と、笑います。
「え、ええ……」
「メル、オレの腰に魔石がある。使え」
「うん!」
エスメラルダはルビウスのポーチから黄色い魔石を取ると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべます。パチンと指を弾くと、彼女の三つ編みが解かれ、長い髪が露わになりました。「よーし、本気出しちゃうよ~」
ルシエル様が屋根の上にやって来て、シューレイヒム卿を助け起こしました。
「無茶苦茶しやがって……。あのガキ、人間を何だと思っていやがる」
顎を手でさすりながら、シューレイヒム卿は言いました。
「ジャンヌみたいな奴ですね」と、ルシエル様。
「あいつの方がまだ常識がある! 辛うじてだが……」
シューレイヒム卿は剣先をルビウスに向けました。「お前がルビウスだな?」
「いかにもそうだ」と、不遜な態度でルビウスは答えます。
「お前はマギアトピアの人間ではあるまい? どうしてワーミーと一緒にいる」
そうなの? 私はルビウスを見上げます。
「さあ、どうしてかな?」
彼は自嘲のような笑みを浮かべました。
「いずれにせよ、お前とは話しておきたいことがある。大人しく俺たちと一緒に来てくれないか」
「嫌だね」
「べー」
ルビウスとエスメラルダは同時に舌を出します。
「では仕方がない。少々乱暴になるぞ」
シューレイヒム卿の剣が青く発光しました。
「もうこりごり!」
エスメラルダが叫ぶと、風も吹いていないのに彼女のスカートがめくれ上がりました。スカートに縫い合わせた無数の布の裏地には、びっしりと魔法陣が刻まれてありました。それらが一斉に光を放ち始めます。勢いのまま、彼女は屋根に両手を突きました。
瞬間、さあっと緑が辺り一面に広がります。屋根の上から見回すと、都市の一角が草原になっていました。
シューレイヒム卿とルシエル様は警戒し、剣を構えます。
突如、浮島を地震が襲いました。周囲の家々が大きく揺れ出し、崩れ始めます。大量の木々が湖から生えてきました。木々は建物を貫通し、次々に繁茂していきます。あっという間に樹海のようになってしまいました。次に地面が傾き始めます。強靭な木々が浮島を持ち上げているのです。
「また無茶苦茶な……!」
騎士の師弟は剣を屋根に突き刺し、傾きに耐えました。しかし足元から生えてきた木々に飲み込まれ、見えなくなってしまいました。
「ルビー、今の内に!」
「ああ、掴まれ!」
私とエスメラルダは左右からルビウスに抱きつきます。
ルビウスの体が発光し、正面に向けて光の筋を飛ばしました。不思議なことに、光は消えることなく、そのまま宙に残りました。ルビウスは跳躍すると、光の筋の上を駆け抜けます。
しかしその時、背後から水飛沫が飛んで来ました。飛沫は屋根や地面に落ち、穴を空けます。シューレイヒム卿です。彼は空中に等間隔に平たく浮かべた水の足場を走り、追いかけてきました。彼は水を操る青色使いのようです。この聖地は湖に浮かんでいる都市、彼の力は何倍にもなります。水路から水が集まり、彼の操る球体に合流していきます。今や球体は区画を影ですっぽりと覆うほど巨大なものとなっていました。
雨が降り始めました。もちろん球体から落ちて来るもので、何千もの槍のようでした。木々の樹冠が大きく広がり、球体との間に壁を作ってくれました。葉の隙間を通って落ちて来る雨は、ルビウスが四方に光を飛ばし、足場を増やして避けました。一流の魔法使い同士の戦いはもはや天変地異のようなものです。できれば私とは遠く離れた僻地で戦ってくれればいいのですけど。
シューレイヒム卿が加速します。彼は水を背中に集めて噴出し、私たちの頭をとりました。
ルビウスとエスメラルダが迎撃に移ろうとしたその時、炎が空を走りました。続いて、民家が飛んできてシューレイヒム卿を襲います。咄嗟に騎士は水を盾にして身を守りました。
「大丈夫か、お前ら!」
ディランとシークです。二人は同時に結んだ髪を解きました。
「あいつは騎士だ、気をつけろ!」
そう言うと、ルビウスは二人の間を駆け抜けました。
球体から水が溢れ、滝のように落ちてきました。その勢いは凄まじく、大樹の枝を折ってしまいます。降り注ぐ水は形を変え、鋭利な刃物のようになりワーミーたちを襲いました。
「ルビー!」
通りで叫ぶ少女の姿が見えました。プレシオーサです。
「早く、二人をこっちに!」
プレシオーサは地面に魔法陣の描かれた布を広げました。
「受け取れ、プリシャ!」
ルビウスは私とエスメラルダを投擲しました。
「ギャァアアアアッ!!」
「ジュジュ!」
エスメラルダは空中で私を引き寄せると、しっかりと抱き締めました。こんな状況ですが私の全身は総毛立ちました。吐き気が止まらないのは空中だからでしょうか?
その時、前方の民家の壁を蹴り破り、通りにルシエル様が現れました。彼は空中の私たちを見て、軌道予測の末にプレシオーサを発見します。瞬時に状況を理解したのでしょう、紫色に光る剣を手にプレシオーサへと向かいます。
「ダメ!」
エスメラルダは体から蔓を出し、ルシエル様を捕らえました。私は地面に落ちてしまいます。ルシエル様は私に腕を伸ばしますが、エスメラルダに引っ張られ、地面に膝をつきました。
「今よ、ジュジュ!」
エスメラルダの声に押されるように、私はルシエル様の横を駆け抜けて、プレシオーサの元へと辿り着きました。
しかしその時、何かが私の顔の横を通過しました。
「キャッ!」
プレシオーサの悲鳴が上がります。見ると、地面に置かれた魔法陣の描かれた布に剣が突き刺さっていました。ルシエル様の剣です。
「そんな……」
プレシオーサが絶句しました。剣は陣の中心を貫いています。彼女の反応を見るに、これでは転移は不可能なのでしょう。
「何やってるの!」
背後からの声に振り返ると、こちらに駆け寄るゼムフィーラの姿がありました。
「ほぉら、これ使いなさぁい!」
そう言うや、新しい布を地面に置きました。そこにはもちろん転移魔法の魔法陣が描かれています。
「礼は言わないから!」
「言いなさいよぉ、お礼くらい!」
こんな時でも、やっぱり二人は喧嘩します。
バシンッ!
その時、耳鳴りがしました。
振り返ると、ルシエル様の体に絡まっていた蔓が枯れ果て、ポロポロと地面に落ちるのが見えました。エスメラルダは地面だけでなく、壁など辺り一面から樹木を生やしました。植物たちが一斉にルシエル様を襲いますが、彼は全てを避け、一気にエスメラルダとの距離を詰めます。
「わわわっ! こ、来ないで!」
彼女の全身から蔓が伸び、ルシエル様を拘束しようとします。しかしルシエル様はまとめて掴むと、強引に振り回しました。エスメラルダは地面に根を張っていたようですが、耐えられず、壁に叩きつけられてしまいました。彼女は咄嗟に体から植物を出し、衝撃を和らげました。よろよろと立ち上がった彼女に、ルシエル様が迫っていました。
「だ、ダメ――」
足を止めた私を、プレシオーサが背後から抱き締めます。
「しっかり掴まってて!」
そう言うや、魔法陣の上に乗りました。途端、足元が光り始めます。私の見ている前で、エスメラルダは地面に倒されてしまいました。
「メル――」
私が叫んだその直後、眩い光に包まれて何も見えなくなりました。




