偽りの三日間
「――そして、今に至るというわけか」
男性の声に、私はぼんやりと顔を上げます。
そこはどこか、路地の間の広場のようでした。建物に囲まれており、壁を背に私は地面に座らされ、眼前には二人の男性が立っていました。ルシエル様と……シューレイヒム卿です。彼は相変わらず怖い顔をしており、騎士というよりは山賊の頭のようでした。転職すれば、意外と天職かも……と、ぼんやりとした頭で酷いことを思ってしまいました。
「大興行……にわかには信じられませんね」
「オブライエンの当主は捕らえられたそうだが……ジュノーという娘の話は聞いていない」
「その子が何らかの鍵を握っているのかもしれません」
夢の中にいるような、定まらない思考は徐々にはっきりとしてきました。
「私は……一体……」
「目が覚めたかい」
ルシエル様が膝をつき、私の頬に手を当てます。「申し訳ない。君を洗脳し、話を聞かせてもらった」
「話……? どんな……」
「聖週間の始まりから、今までの。つまり、君がワーミーたちの元に連れて行かれたところからだね」
彼の言葉を理解するうちに、私は目を大きく見開きました。
「ワーミー……私は……違う……ワーミー……」
「心配しなくともいい。君が誘拐されたことは疑いようのない事実だ。君はずっとそこを心配していたね。大聖堂には俺たちからも口添えしてあげるから安心してくれ」
ルシエル様は温和な笑みを浮かべてそう言うと、私の頭を撫でました。
「しかし、やはりワーミーたちは助けに来ないだろうな」
シューレイヒム卿は顎ひげを撫でながら言いました。「この子を餌に奴らを釣ることはできない」
「でしょうね。亜人や混血への差別意識は彼らにはもっとも理解できないものでしょう。こんな子供までが……」
私を見るルシエル様の目には深い同情と……それと同じくらいに明らかな侮蔑が浮かんでいました。
「さて……ルカ、お前はどう思う?」
シューレイヒム卿は腕を組み、疑わし気に私を見ます。「数日行動を共にしただけの子を、ワーミーたちが仲間だと認めるか? しかもこの子は貴族の娘、人間主義に汚染されている。奴らが最も軽蔑する存在だ」
「そうですね……。つまりは、こう言いたいわけでしょう? 今夜行われるという大興行も、奴らの拠点も全てが偽り。この子に嘘を教え込み、わざと大聖堂に捕まえさせ、撹乱しようとしている」
「ああ。俺はその可能性の方が高いと思う」
「違う……」
自分でも意識しないうちに、私の口から言葉が漏れました。「全て……本当のことです……。嘘なんかじゃありません……」
「自分は心の中で蔑み、仲間だなんて少しも思っていないのに、相手からは本心の友情を期待するのか? 虫のいい話に聞こえるけどな」
顔だけは相変わらず穏やかに、ルシエル様は言いました。
「だって……」
全てが嘘だった?
この三日間の彼らとの生活、その全てが虚構だったというの?
確かに、彼らとの出会いは私が騙されたことから始まりました。思い当たる節もあります。
プレシオーサがエスメラルダに与えた魔石……。ただのミスではなかったとしたら。最初から私を独り都市に置いて帰るつもりだった……。ルビウスの連絡というのも全て嘘で……。エスメラルダの正体を私に見せることで、私が自分から彼らの元を離れたように思わせた……。エスメラルダはルビウスかゼムフィーラが連れて帰り、今頃は島に戻っているのかも……。私はまんまと騙されてしまった……?
そもそも、エスメラルダを傷つけた私が、どうして彼らの仲間だと言えるでしょうか? 彼らはもう私を受け入れてくれないことは分かっているのに……。
それなのに、私の目からは涙がこぼれました。
どうして? ワーミーのことなんか大嫌いで、彼らとは距離を置いていたつもりだったのに……。
自分でも理由は分かりません。ただただ悲しくて仕方がなかったのです。
すすり泣く私を、シューレイヒム卿とルシエル様は無言で見つめ続けました。
「少なくとも、君はずっと騙されていたのは確かなようだ」
静かに、シューレイヒム卿が言いました。「自分って奴は、いつだって質が悪いもんだ」
幾重にも重なった足音が、路地の奥から聞こえてきました。すぐに赤い顔の人たちが現れます。彼らは私たちを取り囲みました。一人一人がブツブツ呟いているものですから、さながら大通りの喧騒のようでした。
「君たちの邪魔をするつもりはない。大人しく引き渡すよ」
ルシエル様はそう言うと、私の傍を離れました。
「審問には我々も立ち会わせてもらう。どういうものか興味があるのでな。もしやと思うが、こんな子供を痛めつけるわけではあるまい?」
シューレイヒム卿は教戒師に訊ねます。もちろん返答はありません。やれやれと呆れたように首を振ると、「連れて行け」と言いました。
「待って!」
大気を裂くような、女の子の声が聞こえました。
正面の民家の屋根に、頭にバンダナを巻いた女の子が立っていました。エスメラルダです。彼女は見せびらかすように石を宙に掲げました。
「ジュジュを離して! じゃないと魔法を使うから! 大変なことになっちゃうよ!」
「ワーミーだ」
シューレイヒム卿とルシエル様は同時に剣の柄に手をかけました。
「ジュジュ! 今の内だよ! 逃げて!」
「どうして……」
教戒師たちはみんなエスメラルダに気を取られ、誰も私のことなど見ていませんでした。私は壁を支えに足に力を入れ、何とか立ち上がります。しかしルシエル様に肩を掴まれ、身動きを封じられてしまいました。
「ふーん、来たのか……」
ルシエル様は呟くように言いました。「俺なら来ないけどな」
教戒師たちはエスメラルダに掌を向けると、一斉に魔法を放ちました。
「キャアアアアアッ!!」
建物にはいくつもの穴が開き、屋根の半分は吹き飛んでしまいました。
「やめろ! あの娘はもう魔法を使えない! あれはただの石だ!」
シューレイヒム卿は声を張り、教戒師たちを制止します。「俺たちが捕らえる! お前たちはオブライエンの娘を連れて行け!」
エスメラルダは傷だらけになっていました。肩を抱き、ブルブルと震えています。それでも屋根の破片を教戒師たちに投げつけ、注目を集めようとしました。
「やめてー! ジュジュを離してよー! どっか行ってよー!」
シューレイヒム卿はグッと膝を曲げるや、跳躍しました。あっという間に屋根の上に到達し、エスメラルダの腕を掴みます。
その時でした。
頭上で眩い光が走りました。何事かと空を見上げると、いくつもの光の筋が降り注ぎます。私は頭を抱え、その場にうずくまりました。光を受けた教戒師たちは、まるで殴打を受けているかのように、為すすべなく地面に倒されていきました。
しばらくして光が止んだとき、教戒師たちはみんな倒れ伏していました。一体何が……。
誰かが、私の肩を抱きました。顔を上げると、真っ赤な瞳と目が合いました。
「ルビー……」
「手間のかかるお姫様め」
優しい笑みを浮かべると、ルビウスは私を抱きしめました。




