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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第三章 ルージュの魔法
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暴れん坊少女

 路地の奥から教戒師たちがやって来るのが見えたので、シュナは私を抱き、大水路へと入りました。「息吸って」。言われるまま、大きく息を吸います。シュナは潜り、水中を移動しました。彼女はまるで魚のようで、水の抵抗などないように高速で遊泳します。彼女一人なら、このまま浮島の下を潜ってどこにでも行けたことでしょう。しかし私を抱えていたため、すぐに上がることになりました。


「おい、しっかりしろ!」


 シュナに頬を叩かれ、私は意識を取り戻しました。いつの間にか気絶していたようです。後少し遅ければ、ご先祖様たちとご対面するところでした。怒ってる人たちの顔が薄く見えていたような気が……。ああ怖い。


「ごめん、普通の人はあんまり息続かないの忘れてた。大丈夫?」


「だ、大丈夫です……」


 私は何とか立ち上がります。



 シュナは外画の自分の家に私を連れて行こうとしているようでした。細心の注意を払い、路地を移動します。

 その時、思いもよらぬ事が起きました。

 浮島が動き始めたのです。


 都市が切り離され、移動を開始しました。水中にもいられなくなり、私たちは動く都市を駆けます。しかし、私たちの動きは完全に把握されているようで、浮島によって進路が塞がれてしまいました。慌てて引き返そうとするも、背後に三人もの教戒師が立っていました。


「そらははいいろはがねのくもからおちてくるのはおもいあめ」、教戒師たちはブツブツと聖書の文言を呟き、近づいてきます。「のばらのやぶがいちめんいちめんもえるほのおをたちてみまもる」


「あそこ」、シュナは教戒師たちの後ろの路地を指し示しました。「私が時間を稼いでやる」、それから私を背中に庇うと、声を張りました。


「止まれ!」


 しかし教戒師たちは歩みを止めません。


「アテナをさらったのはお前らか?」


「さうさうとかぜのはしったきょうめんせかいきみがおもかげさがしたるめはうつろにしずむ」


「お前らがやったってんなら……」


 シュナは地面に手を突き、低い呻り声を上げました。錯覚でしょうか、彼女の背中が急に大きくなったように見えました。シュナが腕に力を入れると、地面にひびが生えました。


「うぉあああアッ!!」


 獣のような咆哮を上げると、シュナは教戒師たちに飛びかかりました。先頭の教戒師の腹に拳をめり込ませると、教戒師たちは折り重なって倒れます。すかさず、シュナは先頭の教戒師の顔面に拳を振り下ろしました。教戒師は後頭部を地面にめり込ませ、動かなくなってしまいました。


 後ろの一人がシュナに掌を向けます。魔法が発射される直前に、シュナは地を蹴りました。私の頭のすぐ横で、壁が爆発しました。耳がキーンとしてしまいます。「ひやぁっ」、私はその場に屈みこみました。


 シュナは壁を蹴ると、教戒師の頭めがけて膝蹴りを食らわせます。教戒師は地面に膝をつきます。シュナは地面に下りると、思いきり横顔を殴りました。教戒師は反対の路地まで吹き飛び、壁に激突して地面に崩れ落ちました。


 残ったのは一人だけ、女性の教戒師です。彼女は左右の掌の魔法陣から連続して魔法を放ちます。しかしシュナの機動力の前に、狙いを定めることができません。むしろ私の方が危険でした。必死に教戒師の掌の射線から離れ続けます。それは踊りのステップのようでした。今朝の特訓がまさかこんなところで役に立つとは!


 シュナは高い跳躍力を利用して教戒師の死角に回り込みました。禿頭を両手で掴むと、力いっぱい顔面を壁に叩きつけます。女性の教戒師は動かなくなってしまいました。顔と一緒に壁に続く赤い筋は塗料でしょうか……。


 あっという間に、シュナは三人もの教戒師を倒してしまいました。彼女は正気なのでしょうか? こんなこと、前代未聞です。絶対にあってはいけないことなのに……。



 その時、誰かが民家の屋根から下りてきました。着地の際、鈍い金色の髪がふわりと揺れます。従騎士のルシエル様でした。


「なんてこった……」


 ルシエル様は地面に転がる惨劇を見て、苦い顔をします。「彼らに手を出してしまったのか……。面倒なことになるぞ」


「アテナをさらったのはお前か!」


「何を言っている? 少し落ち着け」


 もはや、シュナからは理性が失われていました。


「お前だな……! お前がさらったんだ……! アテナを返せ! 返せぇえええ!!」


 それなりに端正だったシュナの顔は、怒りによって豹変してしまいました。うなり声をあげ、問答無用でルシエル様に襲い掛かります。風を切り裂く彼女の拳を、ルシエル様は腕で防ぎました。鈍い音が大気に響きます。


「へえ、凄い力だな」


 ルシエル様は感心しているようでした。シュナは止まらず、なおも猛攻を仕掛けます。彼女の拳、激しい蹴りの嵐をルシエル様は全て受け流していきます。


「惜しいな、ちゃんと訓練さえ受ければ従騎士にだってなれるだろうに……」


 拳を避けると、ルシエル様は上手く体勢を変え、シュナを上から押さえつけました。しかし彼女は強引にルシエル様を振り回すと、彼の背中を壁に打ち付けます。そのまま腹部に肘を当てて押さえつけ、顔面を狙って拳を繰り出しました。ルシエル様は首をよじって辛うじて避けます。顔の真横で壁が粉砕されました。ルシエル様はシュナを蹴り飛ばします。


「やれやれ、手荒な真似はしたくないんだが……そうも言っていられないか」


 獲物に対する肉食獣さながら、地面に手をついていたシュナは、低い姿勢のままルシエル様めがけて飛びかかります。瞬間に二足歩行に切り替わると、勢いを利用して拳を繰り出しました。ルシエル様は彼女の拳を横から腕で弾き、無防備となった腹部に掌底を打ち込みます。シュナは吹き飛ばされ、はるか後方で水柱が上がりました。


 しばらくその方を見ていたルシエル様でしたが、「去ったか」と呟くと、私へと目を向けました。


「君に用がある、ルージュ・オブライエン。俺と一緒に来てもらいたい」


「あ、あなたも陰謀に関わっているの? 誰の命令なのですか?」


「陰謀? 君のご両親が捕まったことの話かい? 誤解しているようだが、俺は何も――」


 しかし彼の言葉は水面の破裂音にかき消されてしまいました。水中から飛び出したシュナは、勢いのままにルシエル様にぶつかります。そのまま彼の腰を掴むと、無理やり背後に反り投げました。二人は共に水路に落ちてしまいました。闘いは水中戦に移行したようです。今がチャンス――。私は小路を進み、駆け足でその場を離れました。 



 教戒師の姿に怯えながら、私は路地を進みます。しかしとうに私のことは気づかれているらしく、背後から複数の足音が路地に反響して聞こえてきました。つい気が急いてしまいます。恐怖が地層のように積み重なり、頭がおかしくなりそうでした。

 浮島は依然として動いており、シュナという機動力を失った私では、もはや逃げ続けることは不可能と思われました。

 ふいに、前方の屋根の上に人影が見えました。ルシエル様です。彼は屋根の上に立ち、ジッと私を見据えていました。咄嗟に、私は道を曲がります。すると、ちょうど背後で浮島が分離し、教戒師たちから私を引き離してくれました。そのまま近くの島に飛び移り、先に進みます。

 しばらく行くと、道が二つに折れていて、正面の民家の屋根の上にまたルシエル様がいました。私は慌てて道を曲がります。直後、背後で島が動き出し、遠のいていくのが見えました。教戒師たちの足音は聞こえていましたが、前よりは遠くなったような気がします。一体、これはどういうことでしょう? ルシエル様に誘導されているような……。


 そこに思い当たった時、目の前に壁が現れました。袋小路です。慌てて戻ろうとしましたが、屋根の上からルシエル様が降り立ち、退路が塞がれてしまいます。私は後退すると、背中が壁に当たりました。

 しかし、壁の割には温もりが……。

 振り返ると、ひげもじゃの大男が立っていました。アッと思う間もなく、大きな掌に私の視界は奪われてしまいました。


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