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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第三章 ルージュの魔法
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事件の舞台裏

いったいなぁ……」


 ジャンヌさんはむくりと起き上がり、ルシエル様の隣に立ちます。


「お前を蹴り飛ばせる奴がいるとはな」


 ルシエル様は感心したように言いました。


「油断しただけよ!」


 ジャンヌさんはキッと怒気を込めた目でルビウスを睨みつけます。「やってくれたわね、このど腐れが。消し炭にしてやる」


「こちらのセリフだ。人の女に手を出してただで済むと思うなよ」


 ルビウスの言葉に、プレシオーサはキュンとなりました。


「まとめて相手をしてやろう。かかって来るがいい」


「お言葉に甘えるよ」と、ルシエル様。


 二人は同時にルビウスに剣を向けます。


 その時でした。


「今よぉ捕らえなさぁい!!」


 ゼムフィーラの掛け声とともに、団員たちは何度目かの特攻を仕掛けました。意識があってもなくても、動く限りは使われ続ける哀れな操り人形たち……ゼムフィーラって怖い人だこと。従騎士たちはもちろんビクともしませんが、視界は塞がれてしまいます。その隙を突き、ルビウスは二人に接近すると、体を掴みました。そのまま駆け出し、二人を引きずったまま強引に直進しました。当然抵抗する従騎士たちでしたが、またもその体を炎が包みました。


「熱ちちちちッ!!」


 ハッとして振り返る私の横を、シークが駆け抜けて行きました。

 ルビウスは苦しむ二人を控室まで連れて行くと、中に放り込みました。ドアを閉めると、即座にシークが扉に布を貼り付けます。布には魔法陣が描かれており、ルビウスとシークが触れると眩い光を発しました。


「これで少しは時間を稼げるだろ」


 シークはパンパンと手を叩きます。


「出せやゴラァアアア!!」、中から怒声が聞こえ、衝撃音が聞こえました。


「やめろ馬鹿! 俺が死ぬ! いや本当にやめ……」


 続くルシエル様の悲鳴。ジャンヌさんが暴れているようです。


「な、何をしたの?」


「魔法で結界を作ったんでしょ。ああ痛い」


 背中を撫でつつ、プレシオーサは言いました。


「怪我はないか?」と、ルビウスが尋ねました。


「大丈夫よ、このくらい――」


「ルビー、怖かったぁ!」


 プレシオーサを押しのけ、ゼムフィーラがルビウスに飛びつきました。全力で甘えるゼムフィーラに気圧されたのか、それとも呆れたのか、プレシオーサは二人から距離を取りました。


「……やっぱちょっと痛いかも」


 ボソリと呟いた声は、私だけにしか聞こえなかったようです。


「舞台に何の音も聞こえなかったけどさ、ザラが魔法かけてくれたんだろ?」と、シークが訊ねました。


 ルビウスの胸の中で、ゼムフィーラはこくりと頷きました。


「さすが、気が利くな」


「よくやった」


 ルビウスに頭を撫でられ、ゼムフィーラの顔はとろけてしまいました。


「よし、じゃあまた後で!」


 そう言うや、嬉々としてシークは舞台上に戻って行きました。


「劇が終わり次第、ここを離れる。準備をしておけ」


 ルビウスは私たちに指示を出しました。それから、ウィンストンの元へと向かいます。


「ここから先は貴様の筋書きだ。上手くやれよ」


「ええ」


「ザラ、頼む」


「はぁい」


 ゼムフィーラは手を叩きます。

 団員たちは同時にガクンと頭を垂れると、ハッと顔を上げました。


「えっと……何してたんだっけ?」


「おいおい、何を寝ぼけている。劇の真っ最中だというのに」


 ルビウスが団長に語りかけます。


「ああ、そうだった」


「何か焦げ臭くないか?」

「本当だ! 美術が燃えてる!」


 団員たちは慌てて消火活動に入ります。


「何か叫び声が聞こえないか?」

「本当だ! 女が叫んでる!」

「どこからだ?」

「分からん!」


 すっかりパニックです。しかし続くルビウスの言葉で、更に決定的な混沌が訪れました。


「そんなことより、ミラはどうした? 出番だと言うのにどこにもいないようだが」


「え? 何だって?」


 その場の全員が周囲を見回します。


「本当だ、アテナがいない!」


「どこだ? どこに行った! 誰か見ていないか?」


 消火も忘れ、団員たちは顔を見合わせます。


「オレが時間を稼ぐ。早いところ見つけるなり、代役を探すなりするんだな」


「あ、ああ……分かった」


 ルビウスは舞台に戻りました。


 団員たちの捜索が始まりました。部屋という部屋を開け、物陰を隅々まで確認し、外に飛び出します。彼らは従騎士が封印されている控室の存在は頭から失念しているようで、扉の前を通過するばかりでした。


「いたか!!」


 団長さんは声を張ります。


「ダメです、どこにもいません!」


「どこに行ったんだ、アテナ……!」


「頼む、出てきてくれ!」


「アテナ!」


 悲鳴にも似た団員たちの声が焦臭さと共に部屋に充満しました。



 目の前にいるのですけどね、ずっと。



 ゼムフィーラの魔法のせいでしょう、団員たちにウィンストンの姿は見えなくなってしまったようです。ウィンストンは申し訳なさそうに謝罪の仕草を繰り返しますが、しかし同時に悪戯っぽい微笑みを浮かべていました。


「くそっ、こうなったら代役だ! サリーはどこだ? マギーでもいい! ええい、早く火を消せ! 客席まで臭っちゃうだろうが!」


「サリーたちですが……」


「どうした――」


 彼らの視線の先には、眠っている女の子たちの姿がありました。彼女たちは先ほど気絶したまま起こされなかったのです。


「なんだよ、どうなってんだ……」


 ついに団長さんはガクンと膝をつきました。


「もう限界です! 早くミラを出さなきゃ……」

「火が燃え移ってる……。消えません!」


「どうする、どうする……」


 団員の声に、少ない髪をかき乱して必死に知恵を絞ります。


 すると、ウィンストンが彼の傍まで歩き、耳元に顔を寄せました。


「まだシュナがいる。シュナに頼もう」


「まだシュナがいる! シュナに頼もう!」


 団長さんはバッと立ち上がりました。


「シュナ? 今からですか? アンタ頭がおかしくなっちまったのか?」


「じゃあ他に誰がいるってんだ! お前できんのか!」


「男でよけりゃな」


「もうシュナしかいない! あいつが頼みだ!」


 団長さんは観客席の方へと駆け出しました。



「ふう……」


 ウィンストンは腕を組み、壁に寄りかかります。


「あなた、自分が何をやっているのか分かっているの?」


「ええ、分かっているわ」


 私の方は見ずに、硬い表情で彼女は言いました。「罰は受けます。あなたは黙って見ていればいい」


 このような大それた真似をまさかこの子がしようとは、一体誰が考えたでしょう? ウィンストンが何か常識に反するような行為に及ぶなど、想像すらしませんでした。いつもなら喜びのあまり野を駆け回るところですが、今は好奇心の方が勝っていました。この子は劇団やワーミーを利用して、一体何をするつもりなのでしょう。



 やがて、誰かが舞台袖の階段を下りてきました。ウィンストンと稽古をしていた女の子でした。彼女がシュナだったのです。


「え?」


 シュナは立ち止まり、呆然と炎を見ていました。


 すぐにエスメラルダとプレシオーサが彼女を衣装室に案内します。


「ねえ、あれどうしたの? 何で燃えてんの?」

「いいから、いいから」


「誰が怒ってんの? 止めなくていいの?」

「いいから、いいから」


 彼女たちを見送り、私はウィンストンに顔を向けます。


「あの子を舞台に上げるため、自分は身を引いたというわけ?」


 ウィンストンは何も言いませんでした。


「あなたが何を考えているのか、私には分からない。ミラを演じることは聖地の子女の憧れなのよ? それを自ら捨ててしまうだなんて……。彼女にそれだけの価値があるというの? 見たところただの平民のようだけど」


 直後、プレシオーサの怒声が聞こえてきました。「――恥じらいを持たない女なんて最低よ。頭悪いんじゃない? 悪いでしょ? 悪いわね」


 ただの平民ですらないようです。ウィンストンは顔を真っ赤にしました。


 私たちはしばらく黙って団員たちの必死の消火活動を見ていました。シークの炎は特別なようで、少なくとも普通の方法では消すことができないようです。水をかけても、なおもしつこく残っています。ルシエル様がしたように、魔法でしか消せないのでしょう。団員たちの顔に絶望が広がりました。


「あの子はね……」、団員たちの声が飛び交う中で、ぽつりとウィンストンは言いました。「私がどんなに頑張っても勝てなかった子なの」


「え?」


 私は驚き、彼女を見ます。


「いるのよ、天才って」



 天才? ウィンストンよりも才能を持っているというの? あんな平民の子が?



 私の頭はこんがらがってしまいました。


 私はいくつかの点でウィンストンよりもわずかに劣っているとは前に言ったと思いますが、そのわずかは決して縮まることのないわずか。歯を食いしばっても、涙で枕を濡らしても届くことのないわずかなのです。そのウィンストンが、あの平民の子に勝てなかった……? では当然、彼女に劣るこの私も……。


 そんなの嫌!


「嘘でしょう?」


 私の言葉に、彼女は無言の微笑みで応えました。


「嘘だと言って……」


 貴族の私たちが平民よりも劣っているなんて、そんなことはあってはならないの!

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