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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第三章 ルージュの魔法
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この世界の主人公

 その後、私はエスメラルダと共にウィンストンの着替えを手伝いました。エスメラルダは私の醜態を色々な角度から揶揄してきましたが、こっそり足を踏んづけたら黙ってくれました。彼女はミラの衣装を着たウィンストンをひとしきり称賛すると、ゲブラー役を探して部屋から出て行ってしまいました。


 私とウィンストンは部屋に二人きりになりました。


 沈黙が霜のように降りて来て、私たちの間に流れる空気を冷たくさせます。はあっと息を吐いたら白くなったかもしれません。


「やっぱり演技が好きなのね」


 不意に、ウィンストンが言いました。


「はぁ? 馬鹿なことを言わないで!」


 私は眉を顰め、声を荒らげました。これ以上この話題に触れるなという忠告のつもりでしたが、ウィンストンは気づかなかったようです。


「私がこの劇団の試験を受けた日……あなたも受けていたと聞いたわ。合格していた、とも。どうして入らなかったの?」


 そこに剣があれば、間違いなく私は自分の心臓を一突きにしていたでしょう。この女を先に刺して。なくてよかった。


「もしもあなたが入団していれば、今日も一緒に出られたかもしれないのに」


 彼女はいかにも残念そうに言いました。それが本心からの言葉にしか聞こえなかったので、なおのこと私の胸を見えない剣で抉るのです。


「私は気づいたの。演劇なんてくだらないということに」


 腕を組み、私は吐き捨てるように言いました。



 彼女の言う通り、かつて私は劇団の試験を受けました。


 私は物語を読むのが好きな子供でした。世界に選ばれ、中心に立つ主人公は私にはとても魅力的な人間に思え、彼らのようになりたいと心の底から思っていました。そのため、よく家族や召使いたちの前で物語の主人公になりきり、演じていました。みんな、私を褒めてくれました。それが嬉しかったから、私は劇団に入りたいと思うようになったのです。劇場で試験を受けると、そこでもやはりみんな褒めてくれました。何もかもが私の思い通り。この世界の主人公は私なのだと、信じて疑いませんでした。


 ですが私への賞賛はすぐに他の人に奪われてしまったのです。それがウィンストンでした。

 私の色に染まっていた劇場に、彼女はのこのこ姿を現しました。緊張で顔は青くなっており、さらには演技の経験もないということで、いかにウィンストン家の娘とはいえ期待している人はいませんでした。でも、ひとたび彼女が演技を始めると……。誰もが、彼女を天才だと絶賛しました。どこを探しても、私を見ている人なんていませんでした。まるで私のことなんて忘れてしまったかのように。


 その時、私は気づいたのです。演劇など子供染みたお遊びに過ぎないのだ、と。



 ウィンストンは腕を組み、何やら思案しました。私の言葉を否定したいのですが、波風立てない上手い言い方はないのかを考えているようでした。


「自分とはまるで異なる人間になり切って、あらゆる物事を取り込んで小さな自分が大きくなっていく……」


 静かに、ウィンストンは言いました。「だから演じることは楽しいの」


「何、それ?」


 彼女は片目をつぶります。


「私の友達の言葉。私にも意味はよく分からないのだけど……。でも、その子の演技を見れば、あなたもきっと考えを変えてくれるわ。心の底からの歓喜を表すのに、言葉なんて必要ないの。誰だって優れた表現者になれるのよ。自分の全てを出し切ることさえできればね」


「表現者だなんて気取った言い方はやめて……!」


 たまらず、私は言いました。「演技なんて結局は嘘じゃない。自分を偽っているだけよ。そんなことが上手くたって何の自慢にもならないわ! 品性を疑ってしまう!」


「どうしてそんなことを言うの?」


「あなただってただの嘘つきだわ! その端正なお顔の皮を剥いだら、一体どんな素顔が出て来るのでしょうね? あなたのお友達は、そんなあなたを見ても友達だと言ってくれるのかしら?」


 その時の私はただウィンストンの心に刃を突き立てたい、その一心でした。彼女を傷つけることさえできれば、その他全てから軽蔑されても構いませんでした。


「友達とは……呼んでくれないでしょうね」


 どこか諦めたようにウィンストンは言いました。


「もちろんそうでしょう! あなたは演技が得意なのではないわ! 自分を偽るのが上手いだけなのよ! みんな騙されてるんだわ! 私にはお見通しなんだから!」


 ウィンストンはすっとドアを指しました。


「出て行ってくれる? 一人で集中したいの」


「あーら、ミラ様の邪魔をして申し訳ございません。これから大事な舞台の前だというのにね! どうぞ皆様方の前で厚顔無恥に嘘を披露してきてください! きっととても素晴らしいものなのでしょう!」


「あなたと親しくなれたらと、かつては思っていました」


 微かに声を震わせ、ウィンストンは言います。「今ではもうそれほど強くは思わない。残念だわ」


「それで正解よ」


 嘲るように私は言います。「あなたの友人になれるほど、私は演技が上手くはないから」



 部屋から出ると、観客たちの賑やかな声が裏にまで聞こえてきました。本番は迫っていました。どこかに出かけていたルビウスもようやく帰ってきたようです。


 すぐにエスメラルダが駆けつけます。


「台詞覚えてるの?」


「今覚えてる」


 ルビウスは台本をパラパラとめくると、ぽいと投げ捨ててしまいました。


「失敗したら笑ってあげる」と、プレシオーサ。


「そうしてくれ」


 ルビウスは気怠そうに伸びをすると、衣裳部屋の方へと行きました。


 その直後、ちょっとした騒ぎが起こりました。団員たちの声が上がり、一人の女の子が連れ出されました。ウィンストンと稽古をしていた子です。彼女はそのまま観客席の方に行ってしまいました。何事かと様子をうかがうと、ウィンストンが顔を覆って泣いているのが見えました。団員たちが必死で彼女を慰め、平静に戻そうとしていました。とても本番が迫った女優の姿とは思えません。これは醜態を晒してくれるに違いない……私の胸は期待でいっぱいになりました。実際は醜態どころの騒ぎではなかったのですけれど……。



 ぞろぞろと、楽屋からワーミーたちが現れます。


「さあて、いっちょやってやるか」


 クーバートは伸びをしました。


「俺は心配だよ、本当に」


 腕を組み、シークが良き声で懸念を示します。


「諸君、ちゃんと俺の指示通りに魔法を使ってくれたまえよ」


 クーバートは魔術師たちにちょいちょいと指揮棒を振ってみせました。


「あいつに指揮ができるとは思えないんだよなぁ。自分のことしか興味ない奴なのに」


「だからお前がいんだろ。頼むぜ、首席術師!」


 ディランはバシンとシークの背中を叩きました。


「痛いんだよ、馬鹿力」


 シークは不機嫌にそう言うと、ディランのお尻を蹴りました。


 魔術師として舞台に上がるのが、クーバート、シーク、エイブの三人、役者として上がるのが、ルビウスとエスメラルダ、そしてディラン。音楽担当がビートのようです。エスメラルダはバンダナの上から青毛のかつらをかぶり、青い衣を身にまとっていました。青の聖人ケセドの役に自分をねじ込んでしまったのです。緑色魔法使いなら緑の聖人を演じればいいのにと思いますが、ケセドの方が出番が多いのだそうです。ルビウスが何の役をするのかは知りませんが、台本を覚えていたことを考えるとちゃんとした役なのでしょう。


 まもなく、開幕を告げるベルが鳴りました。


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