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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第三章 ルージュの魔法
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籠の中の哀れな私

 ●


 聖誕祭二日目、花冠の日は、一年でもっとも都市が明るくなる日といっても過言ではないでしょう。花冠の交換はその日にこそ最も盛んに行われるからです。当然昨日も、市民たちは浮かれ、至るところで冠の交換をしていました。いつもなら私も冠を作り、ケイメン家のビナンやハン家のサムなんかと交換してあげるのですが、今年は誰とも交換できませんでした。朝から劇場に籠もっていたからです。



 ワーミーという自由人たちは掃除洗濯など雑務を全くしません。その習慣自体がないそうです。魔法郷マギアトピアはカルムとは違い、魔法が使い放題なので日常のあらゆることを魔法で簡単に解決できるのだそうです。郷に入っては郷に従えと言いたいところですが、彼らは自分たちの手が煩わされるくらいなら、頭がかゆくても衣服が悪臭を放とうとも気にしない筋金入りの怠け者なのです。料理もろくに作らず、盗んだ作物や動物を狩って食べるだけ。病人が出たら初めて重い腰を上げるのだそうです。


 そんなわけですから、旅を円滑に進めるために家事をしてくれる人を仲間に入れるのです。それまで家事掃除その他雑用ほとんど全てをプレシオーサ一人でやっていたそうです。が、新たに人が入ればそれらは新人の仕事になります。つまり、私が加入させられたことでプレシオーサは全ての雑用から解放されるはずでした。


 しかし私は超貴族。雑用などとは無縁の人生を送って参りました。そういうわけで、プレシオーサが私の教育係に就任する運びとなりました。劇場に転移した直後から、私は労働を強いられたのです。


 衣服の洗濯、料理、散らばった荷物の整頓等々……およそ下郎の仕事に当たるものは全てやらされました。劇団員たちを洗脳しているのですから、彼らにやってもらえばいいのにと思いましたが、ワーミーたちは所有物を仲間以外の者に触れられるのを極端に嫌がります。そんなことするくらいなら洗わなくていいと言うのが彼らの主張。もちろんそれを受け入れれば臭くてかないませんから、渋々私たちが洗うことになるわけです。



 二日目は早朝から、劇場の裏手にある洗濯場で服を洗いました。


 力の加減が分からず、私は誰かのシャツを破ってしまいました。プレシオーサは散々罵倒し、最後に「これだから貴族の子は」と、見下げたように言いました。


 そんなことを言われたのは生まれて初めてでした。思わず、「はぁ?」と抗議の声を上げてしまったくらいです。


 才能を持つ人というのは、誰からも尊敬されるものです。血統や美貌というのも立派な才能の一つですから、持っていない人は尊敬してしかるべきなのです。いくら常識のないワーミーといえど、その無礼は許せません。誠意ある謝罪を要求します。謝罪しなさい。謝罪するのです。


「つまんないこと言ってないで手を動かしなさい」


 彼女はぴしゃりと言いました。


 私は朝からずっとプレシオーサに叱られていました。外を見れば、花冠をつけて歩いている仲睦まじい男女の姿。私はこんなところで何をしているのでしょう? 涙が出てきます。唇を噛みしめ、声も出さずにしくしくと泣いている私を、プレシオーサは冷たく突き放しました。


「もういいから部屋に行ってなさい」



 とぼとぼと廊下を歩いていると、「ジュ~ジュ!」


 突然、背後から抱きつかれました。そのまま肩を掴まれ、くるりと正面を向かされると、顔に胸を押し付けられてしまいました。むぎゅう……。


「見て見て~! 今さ、外でもらったんだ~」


 エスメラルダは花冠を私に見せつけました。


「なんかさぁ、みんな花冠してるよねぇ? 私も欲しいと思ってたんだぁ! カワイイでしょ~!」


「ただの聖週間の花冠でしょ」


「特別な物なの?」


「人に手渡すしきたりがあるの。そうすることで強いお守りになるのよ」


「へえ、だからあの人もくれたんだ。入口でさぁ外眺めてたらねぇ、男の人が急にくれたんだぁ!」


「男の人にもらったの?」


「うん。なんで?」


「いえ……。好きな相手に渡すと恋愛成就するとも言われてるから……」


「えっ、そうなの? わぁ困った!」、エスメラルダは顔を赤くしました。「私さぁ、もう嬉しくなっちゃってぇ……」


「くっついたの?」


「くっついちゃったぁ~」


 エスメラルダは屈託のない笑顔を浮かべました。この世にこれ以上の幸福があろうかと言わんばかりのその喜びようを見せつけられ、私の惨めがより強くなったような気がしました。


「そんなの何の自慢にもならないわ!」


 私はエスメラルダを押し退けると、言い放ちました。「こんなところにいなければ、私だってたくさんもらえるんだから!」


「たくさんってどのくらい?」


「こーんなに! こーんなによ!」


 私は腕を大きく広げます。合計するとそのくらいもらえるはずです。しかし、エスメラルダはニコニコしているだけで、驚いてはくれませんでした。なんの!


「いいえ、違う! もっとよ! この劇場に入りきらないくらいもらえるんだから! 本当よ!」


 さすがにそんなにはもらえませんが、彼女はよそ者、少しくらいの嘘はバレないはずです。


「じゃあ、これあげる!」


 そう言うや、エスメラルダは私の頭に花冠を載せました。「わぁ! よく似合うよ、ジュジュ!」


「……ありがとう」


 思いがけず今年初めての花冠をもらい、必死になっているのが何だか馬鹿らしくなってしまいました。


「プリシャどこ? 一緒に衣装作るんだぁ。ジュジュもどう?」


 私は無言でプレシオーサの居所を指しました。


「また後でねぇ!」


 くっつき娘は風のように去って行きました。


 私はしげしげと花冠を眺めます。ハネズヒソウで作られた、出来の悪い代物でした。日の光に晒されたのか、少しカピカピになっています。普通ならばこんな物を手渡されたらその場で踏みつけてやるのですが、まあ、状況が状況ですし、ハネズヒソウだし、不器用な人間が頑張って作ったであろうことは分かるので、及第点としておきましょう。少し大きな冠を頭に載せ、私は廊下を進みました。



 楽屋に行くと、ワーミーたちが集まって雑談に励んでいました。洗脳された魔術師たちは隅で譜面を眺めています。劇場の魔術師に雇われるほどですから、彼らの腕前は相当のはずなのですが、相手が悪かったようです。ワーミーたちにとっては魔術師も、魔法の使えない団員たちも、魔術レベルに大して違いはないようでした。机には布に描かれた魔法陣が広げられていて、それについて議論しているようでした。


「興味あんの?」


 見つめ過ぎていたのでしょうか、ふいにシークが声をかけてきました。


「あ、あるはずないでしょう!」


 思わず声を荒げてしまいます。


「何か気づいたことあるなら言ってよ。今、僕たちの頭、カッチカチでさ。新鮮な意見がほしいんだ」と、エイブ。


「じゃあ……」


 私はアルカナの一つを指します。「ここ、少し寂しいような気がする……。線を足したい」


「へえ……」


 ワーミーたちはピタリと一斉に沈黙しました。私の抽象的な意見を、頭の中で熟考しているのは明らかでした。


「悪く……ないんじゃないか?」


「いや、どうだろ……。ここがこうなって……こう繋がって……」


「ふーむ……方向性は間違ってないな」


「じゃあさ――」


 途端、堰を切ったように意見が飛び交います。私は忘れられました。これ以上彼らに混ざる気になどとてもなれず、逃げるようにその場を離れました。用意された部屋にこもり、隅っこで膝を抱えていることにしました。


 どのくらい時間が経ったのでしょう、気がつけばルビウスが目の前にいました。


「起きたか」


 私は目をこすり、ルビウスを睨みつけます。


「ね、寝てなんかいません!」


「奴らが感謝していたぞ。おかげで陣の簡略化の道筋が見えた、と」


「感謝なんていりません。私は思ったことを言っただけですから」


「魔術師にとって直感は何よりも得難い才能だ。知識や技量なんて後からいくらでもついてくるものだからな。案外、貴様は魔術師に向いているのかもな」


「そんなの少しも嬉しくありません!」


 私は憤慨します。都市の娘は魔法の才能なんていらないのです。


「特別な子、か。なるほどな……」


 ルビウスは私の手を取ると、引っ張り起こしました。「ついて来い。貴様に会いたいと言う者がいる」


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