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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第三章 ルージュの魔法
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少女の心象風景

 エスメラルダはハネズヒソウの中に座り込み、ごろりと横になりました。仰向きに空を見上げ、気持ちよさそうに伸びをします。


「んー、強い子たちだぁ。土がいいのかな」


「分かるの?」


「私は緑色使いだからねえ」


「その魔法の緑色とか赤色とかって、どうやって決まるの?」


「どうやって、って……ジュジュ、自分のセフィラ知らないの?」


「ええ。知っている人の方が少ないと思うけど」


 魔という言葉の通り、かつて魔法は世の理を乱す悪しき力として忌避されていました。今では信じられないことですが、魔術師たちも下賤と蔑まれていたのです。アギオス教が公に魔法を認めたのはほんの百年前のこと。それ以前も魔法都市では使われていたそうですが、それらは聖人の力とされていました。現在では学校もあり、誰でも学ぶことができます。


 しかしこの聖地では、一部の聖職者以外は魔法を教わることができません。劇場の魔術師や魔法を使う職人、駆士たちもみんな外から来た人たちです。魔法は全て大聖堂が管理しているため、私たち市民は使う必要がないのです。前時代的な考え方であることは分かってはいるのですが、強大な力は時に悲劇を招くもの。大聖堂が代わりに力を行使してくれるのなら、それに越したことはないのです。


 エスメラルダにそう説明しようと彼女を見ると、思わずギョッとしてしまいました。そこにいるのはワーミーの少女のはずなのに、貴族の娘がいたからです。正確にいえば、彼女たちが時折見せるのと同じ表情をしていました。しかしそれは刹那のことで、エスメラルダはすぐに常の笑みを取り戻すと、むくりと起き直りました。


「セフィラはね、遺伝とか心の波長とか色々言われてるけど、実際のところはまだよく分かっていないんだ」


「私のセフィラも分かるのかしら」


「んー、本当に何も知らないならある程度の訓練は必要かな~。ジュジュは何だろ。火眼だから赤色せきしょくじゃない?」


「瞳の色で決まるの?」


「そういうわけじゃないけど、体に表れる場合が多いんだ。私はほら、草眼だから緑色(りょくしょく)だし、ルビーは金髪だから黄色おうしょくだし。プリシャは……関係ないか。ザラも……違うか。あれ、クーバートも違うし……エイブも違うし……」


「全然あてにならないじゃない」


「あ、シークは赤毛だから赤色だよ!」


「よかったわ」


 その程度の話なのです。


「魔法を使うのってどんな感じなの?」


「どんな、か……。何だろう、自分の心にあるむにゃむにゃをさ、わーっと解放していく感じだね。自分を解き放つんだ」


「はあ……」


 お馬鹿?


「魔法の根底にはその人の心象があるの」


「心象?」


「その人の過去のトラウマとか、考えとかを合わせた心の中のイメージだよ。心象風景がその人の魔法を作るんだ」


 初めて聞きました。つい、興味をそそられてしまいます。


「あなたの心象は?」


「人に聞くことじゃないよ。その人の心の中のことなんだから」


 めずらしく、エスメラルダは冷たく言いました。とてもデリケートな話だったのです。


「ご、ごめんなさい……」


 私が素直に謝ると、「でも教えてあげる」、エスメラルダはにんまりと笑いました。


「私の心象風景は真っ暗な世界なんだ。闇の中に一人だけ。とても寂しい場所。怖くて怖くて仕方がないの」


 エスメラルダは肩を抱き、身を震わせました。


「孤独……」


「だから、私の魔法は繋がる魔法なの。お花を咲かせることもできるし、体から蔓を伸ばしてみんなと触れ合うこともできる。賑やかでいいでしょ~」


 魔法とは、その人の心の中を表しているものなのです。そんなこと、考えたこともありませんでした。私にとって魔法とは、超常的なもので、人の領域を越えたものだと思っていたからです。それがまさかそんなにも密接に人間と関わり合っていたとは。つまり、魔法とはその人自身を体現しているものだと言えるのでしょう。魔法を見ればその人がどんな人なのかということも分かってしまうのです。何と奥の深いものなのでしょう。


「ジュジュもきっと分かるよ。その時が来たら」



 私とエスメラルダは花畑に寝転がり、二人でぼんやりと空を眺めました。


 風がそよぎ、木々の葉を揺らします。視界の外から一匹の蝶が現れ、ひらひらと視界の外に消えて行きました。この場所には教戒師の目は届きません。つまり、今、私は自由なのです。いけないことではあるのですが、無性に清々しい気分になってしまいました。


 こんな気分になったのはいつ以来でしょうか。ずっと子供の頃は、これが普通だったような気がします。ダリアと笑い合っていたあの頃、夢見る少女であったあの頃……。いつからでしょう。私が誰かの目を気にするようになったのは。教戒師たちに怯え、己を矯めるようになったのは――。


 頭にズキンと痛みが走りました。


「くっ……」


 私は額を抑えました。


「どーしたの?」


 エスメラルダが心配そうな顔で覗き込んできました。緑の目に映るのは、ただのワーミーの女の子……。それが、今の私。


「ふふっ……」


 思わず、笑みがこぼれてしまいます。「あははははは!」


 気がつけば、私は笑っていました。


「なになに? どうしたの?」と、エスメラルダは不思議そうな顔をしましたが、すぐにつられて笑い出しました。「あははは、変なジュジュ! あははははは!」


 そのまま、彼女は私に覆いかぶさってきました。それでも私の笑いは止まらず、森の中には私たちの笑い声が溢れます。魔法とは自分の心の中を表に出すことだとエスメラルダは言っていました。それではこれも、私の魔法の一つなのかもしれません。



 ひとしきり笑い合っていると、


「あ、連絡」


 エスメラルダはポーチから報石アクタを取り出し、板面を確認しました。「プリシャから?」。そのまま文字を読んでいると、「え!?」、声を上げ、そして私を見ました。


「どうしたの?」


 私は起き直り、小首を傾げます。


「ジュジュ、ついて来て! あなたのお家が大変みたい!」


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