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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第三章 ルージュの魔法
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ルージュとアテナ


 私たちはある一室に入りました。

 ウィンストンの頬は上気しており、全身に汗をかいていました。それは常の慎ましい彼女とは、まるで異なる姿でした。 


「さっきも言ったように、あなたはしばらくここにいた方がいいと思うわ。この部屋を自由に使って。何か要望があれば今のうちに言ってね」


「特に……要望なんてないわ。ここにいた方がいいというのはどういうこと? あなたは何か知っているの?」


「ルビウスから話は聞きました。事態が動くまで隠れていた方がいいでしょう」


「あなたの手の内に置いておきたいというわけ? もしもの時は私を大聖堂に引き渡すつもりなんでしょ? 恩着せがましく私のためみたいに言うのはやめなさい」


 ウィンストンは何も言い返してきませんでした。それで正解です。もしも否定の言葉を上げようものならぶってやるつもりでしたから。彼女の沈黙は、私との間にある深い溝を表しているようでした。


 やはり私はこの子のことが好きではありません。同じ御三家に生まれた者ですから、小さな頃から顔を合わせる機会はたくさんありました。しかし初めて会った時から、私はこのウィンストンという人間を受け入れることがどうしてもできないのです。

 端正な顔立ち、高い知性、博愛の心……およそ人から尊敬されるに値する全てのものを高い水準で持っている彼女に対する劣等感、嫉妬のために……などと片付けられれば話は簡単なのですが、残念ながらそうではないのです。私は確かに些細ないくつかの点でウィンストンよりもほんのわずかに劣っていますが、その他の多くの点では明らかに優れており、総合的に見れば私の方が優秀な人間であることは客観的な事実であることは間違いないので、自分より劣っている者に嫉妬なんてしません。


 私がウィンストンを受け入れることができないのは、ひとえに彼女が持つ胡散臭さのためです。聖地に住んでいるものならば、たとえ幼い子供でさえ純粋を保つことはできません。聖人信仰では光と影は表裏一体、聖地が美しければ美しいほどその裏には汚れが広がっている、そんなことは誰もが分かっていることです。それゆえ、皆、多かれ少なかれ二つの顔を持っているものです。私は昔からそういう他人の持つ二面性に人一倍敏感でした。温厚な人がふとした時に見せる暴力の影、乱暴者の目の奥にある優しい光……相反する二つの顔は、その人の魅力をより際立たせるとともに、私に安心を与えてくれました。それこそが「普通の人間」だからです。

 しかしこのウィンストンはどうでしょう。この人は初めて会った時から、今日まで、穢れを知らない乙女のような顔しか見せないのです。そんなはずはないのです。ワーミーたちと相対した時でさえ、彼女はあくまでも深い森の奥にある泉のように澄んだ顔を崩しませんでした。それがどうしようもなく気味悪く、そして恐ろしいのです。彼女が本当に純心しか持っていないというのなら、それはもう白痴か、あるいは聖女であるかのどちらかでしょう。


 かつて、そういう人がいたことを私は覚えています。聖女ミラとはこういう人だったのだろうと子供ながらに思っていました。しかしその人でさえ、裏には人に言えぬ深い闇を抱えていたのです。人間とは色々な顔を持っているもの——それが事実である以上、ウィンストンの純心こそが私が彼女を忌み嫌う理由に他なりません。だって、そうでしょう? もしもこの子が二つの顔を持っているとして、表の顔がこれほど燦然と輝いているのなら、裏には一体どれだけの影が広がっているというのでしょうか。



 ドアが外からノックされました。

「どうぞ」

 ドアが少しだけ開き、男の人が顔を出しました。鼻の下にひげを蓄えた、太り気味の男性……劇団の団長です。


「アテナ、分かってると思うが明日もあるんだから体を冷やすなよ」


「はい、これから浴室に行くつもりです」


「それと……」、団長さんは言いよどみます。「シュナが来ちゃってるんだが。入れていいか?」


 ウィンストンは腰に手を当てました。


「私のことはいいから、劇を最後まで観るように言ってください」


「だそうだぞ」


「はぁい」


「だから言ったんだ。怒ってるぞ」


「ひひっ」


 団長さんはドアを閉めましたが、「そうだ、すまん」と、少しだけ開けました。

「アテナ、今日はとてもよかったぞ。やっぱりお前ほどミラにふさわしい奴はいないよ。明日も頼んだよ」


 そう言うと、ドアを閉めました。


 ウィンストンは常の微笑みを浮かべていましたが、不思議とあまり嬉しそうには見えませんでした。よもや私に遠慮しているのでしょうか。この子にはそういうところがあるのです。私に対して特に友情など感じていないくせに、感じているふりをするのです。気にかけているようなふりをするのです。それは優しさなどではなく、自己陶酔の残酷な優越に他なりません。


「ミラにふさわしい、か」、ぽつりとウィンストンは言いました。「あなたも観たんでしょう? どう思った?」


「私は演技なんて分からないから」

 私は冷たくそう言うと、腕を組みます。「まあ、あなたにしては上出来ではないの? 私が演技を勉強すれば、もっと素晴らしいものになるでしょうけど」


 ウィンストンはフッと笑いました。「そうでしょうね」

 それから、ドアに手をかけます。

「でも、明日のミラはあなたも観た方がいいと思うわ。きっと素敵な体験をすることになるでしょうから」 


 その時の私は、まさか彼女があんな真似をするなんて思ってもいませんでしたから、過剰な自信の表れだと思い、ついカッとなってしまいました。私が罵声を浴びせると、「気に障ったのならごめんなさい」。ウィンストンは哀れな者を見るような目をこちらに向け、部屋から出て行きました。


 舞台上では今なお劇が続けられています。

 時折聞こえる観客たちの声の中では、自分がとても惨めな存在に思えました。



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