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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第三章 ルージュの魔法
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光の中から現れた少女

「ザラの魔法陣だ」


 ルビウスはそう言うや、素早くプレシオーサごと私を部屋の外に出しました。隠れていろ、ということなのでしょうか? 少なくともプレシオーサはそう受け取ったようで、私を抱えて息をひそめました。


 そっと、扉から部屋の様子をうかがいます。


 魔法陣の上に、女の子が立っているのが見えました。眩しかったのでしょう、腕で顔を隠しています。しばらくすると、腕を下ろし、恐る恐るといった様子で周囲を見回しました。男たちの姿が目に入り、びくりと肩を揺らします。


「だ、誰ですか……あなたたち……」


 震える声で、そう訊ねました。


 その淡紅色の髪を誰が見紛うでしょう。

 光の中から現れたのは、アテナ・ウィンストンでした。


「あ? 誰だぁ、この子?」


 ワーミーたちは私に対する時と同じような反応を示しました。


「名前は?」と、ルビウスは訊ねました。


「い、いやっ、誰なんですかあなたたち! ここはどこなんですか? わ、私は占いのテントにいたはずなのに……誰か、誰か助けてぇ!」


 ウィンストンは情けない声を上げました。


 こんな状況ですが、怯えるウィンストンを見るのはとても気分のいいものでした。もっと怖がらせて彼女の醜態を見せてほしいと、ワーミーたちを応援さえしていたのです。


「落ち着け。何も手荒な真似はしない。名前を名乗れ」と、再度ルビウスは言いました。


「わ、私はシュナと申します。ウィンストン家の使用人をしている娘でございますぅ」


 そう言うや、ウィンストンは床に這いつくばりました。見え透いた嘘を! 危うく声を上げそうになりました。


「使用人だと?」


「はい、そうでございますぅ。申し訳ございません! よもや私をウィンストン様と勘違いされてしまったのでは……。ウィンストン様の名を騙ってしまったのですが、戯れのつもりでございました。許してください、許してくださいぃ」


 ワーミーたちはどうしたものかと顔を見合わせます。この私でも一瞬、本当にそうなのかも……と思ってしまったほどです。彼らに判別できるはずがありません。


「つまり、何だ? ザラがウィンストンの娘と間違えてよこしたってこと?」


「貴族っぽくは見えねえな。なまってるし。嘘じゃないみたいだぞ」


「さっきのあの子に聞こうぜ。同じ貴族なら――」


「時間稼ぎのくだらん演技に付き合うつもりはない。そいつが手に持ってる魔石をとりあげろ」


 ルビウスが言いました。


「魔石?」


 ディランが慌ててウィンストンの腕を掴みます。彼女の手から、白い小さな石が落ちました。


「アクタの破片だ!」と、ワーミーたちは声を上げます。


「防犯用の奴だ。やられた、既に何か刻んでやがる!」


「見せろ」、ディランの手からルビウスが石をひったくりました。「暗号のようだな……。何かの座標……占いのテントだな?」


「今に我がウィンストン家の駆士たちがその場所に駆けつけるでしょう」


 ウィンストンはスカートの埃を払いながら、立ち上がりました。先ほどまでの怯えた仕草が嘘のように、彼女は落ち着き払っていました。


「たとえ占い師の方があの場を離れたとしても、テントは市民に目撃されています。駆士たちは占い師の捜索を始めるでしょう。すぐに大聖堂へと話が届き、大規模な捜索が始まる。あなたたちは転移魔法によって自由自在に都市に現れていたようですね。そのためのカモフラージュにあのテントを利用していたのでしょう? だとすると、占い師の行動が制限されるということは、あなた方の行動が制限されるということです」


 ウィンストンは腕を組み、小首を傾げました。「ワーミーが私に一体何の御用があるのでしょうか? お互いのためにも手短にお願いいたします」


「なるほど、頭が回るようだ」


 ルビウスは石をウィンストンに投げ返しました。


 一体何がどうなっているのやら。ウィンストンは彼らがワーミーたちだと気づいたようです。転移魔法? テント? 何のこと?


「私が無事に戻れば、全ては丸く収まるでしょうね」


「そのようだな。大した娘だ」


「おい、ルビー。ウィンストン家の娘なんだろ? 御三家とやらの。洗脳しようぜ」


「いや、この子はこのまま返す。指一本でも触れるなよ。同じ御三家でもアイツとは違う」


 アイツって誰のこと……?


「ずいぶん物分かりがいいのですね」


「相手を選んでいるだけだ。悪かったな。もう一度この魔法陣に乗ればテントに戻れる。あの占い師にはオレから厳しく言っておく」


 ルビウスは魔石を一つ仲間たちからもらい、ウィンストンに手渡しました。「これを使え」


 ウィンストンは魔法陣の上に戻ります。


 え、本当にこのまま帰すつもりなの? それなら私も――。


 しかし、プレシオーサに凄い力で抑えられているため、私は一歩も動けませんでした。叫ぼうにも口を塞がれてしまいます。


「ただ……」


 ぽつりとルビウスは言いました。


「貴様が何か困っていることがあるのなら……オレたちが力になれるかもしれない」


「……アギオス教の信者である私を篭絡するつもり?」


「手を組めないか、と言っている」


「残念でした」


「どうして占いを頼った? 自分ではどうすることもできない問題が生じたのだろう? オレたちの力があれば、その願いを叶えることもできるだろう」


「まるで見通しているような言い方をする……」


 ウィンストンは沈黙しました。ルビウスと何やら小声で話し始めたようです。プレシオーサに捕まっているため、部屋の中の様子をうかがうことができませんでした。何とか話を聞こうとプレシオーサと格闘を続けていると、またもワーミーたちの声が上がりました。


「本当にここバレちゃうの? あの赤い奴らってそういう風になってたのか」


「なるほどなぁ。都市のことは全部筒抜けってことか……怖いなぁ」


「新しい隠れ家探さねえと……」


「あなたたちの隠れ場所には、一つ心当たりがあります」


 ウィンストンが言いました。



「どこだ?」


「今現在、この都市の中で魔法使いがいても最も怪しまれない場所です」


「大聖堂かぁ?」と、ディラン。


「劇場か」


 ルビウスが言いました。


「そうです。私なら、あなたたちをそこに導くことはできるでしょう」


「そりゃいいや!」


「僕たちで劇の魔法できる? すっごいのやってやろうよ!」


 ワーミーたちは湧き上がります。


「その対価は?」


 クーバートが訊ねました。


「あなたたちの魔法を、私のために使ってほし――」


「いいよ」、間髪入れず、クーバートは言いました。


「それでは交渉成立だな。まんまと利用されてやろう」


 嘲るようなルビウスの言葉に、ウィンストンは澄ました顔で応えました。


「ほんじゃま、握手」と、クーバート。


「なれ合うつもりはありません」


「あれま」



 私はプレシオーサの手を噛みました。


「痛っ!」


 彼女の力が緩んだ隙に腕を振り切り、部屋に飛び込みました。


「話は全て聞かせてもらいました、ウィンストン! この聖地の裏切者め!」


 ウィンストンは目を丸くして私を見つめました。


「聖人様の信徒でありながらワーミーと手を組むなんて言語道断! 恥を知りなさい! このことは大聖堂に報告しますから! 覚悟しなさい! あなたはもうおしまいです!」



 勝ったのです。


 ついに、ウィンストンに勝ったのです!


 昔から何をやってもどんなに努力を重ねても追いつくことすらできなかったウィンストンを、ついに倒すことができるのです。こんな状況にありながら、私は笑ってさえいました。ワーミーたちは呆気にとられたように私を見ています。彼らのおかげと言うと癪ですが、それでもこの場に連れて来られたおかげでウィンストンの不正現場に立ち会うことができました。彼らにも感謝しなければならないでしょう。これでウィンストンは将来の巫女の候補から外れるでしょう。ウィンストン家には大聖堂の手が入るはずです。最悪、おとり潰しになって島に移住を余儀なくされることでしょう。ウィンストンもダリアのようになるのです。そうなれば私の屋敷でこき使ってあげましょう! そしてウィンストンの代わりに私が巫女に選ばれるのです。近い内にお姉様が巫女になるはずですから、そうすれば二代続いて聖地の巫女にオブライエンが! 御三家は瓦解し、聖地はオブライエン家の一強となるのです。私は晴れて超・超貴族! 明るい未来に感謝乾杯!


「はぁ……」


 ウィンストンは大きなため息を吐きました。「ルージュ、あなたこんなところで何をやっているの?」


「私のことはどうでもいいでしょう! あなたの行動は――」


「ワーミーの仲間になったの?」


「え、違う……」


「大方騙されて捕まってしまったのでしょう」


「う、うん……」


「この子をどうするつもりなの?」


 ウィンストンは顔だけをルビウスに向け、訊ねました。


「訳アリでな。しばらく匿うことになっている」


 ルビウスはウィンストンに耳打ちします。


「そう……。あまり手荒に扱っては駄目よ」


「手荒には扱わないさ。こき使いはするが」


「ルージュ、少しの辛抱ですからあなたはこの人たちに守ってもらいなさい」


 張り付けたような固い笑みを浮かべ、ウィンストンは言いました。


「え? え、え、ち、違う。だから今は私のことじゃなくてあなたの……待ちなさい……待って……」


「劇場に向かいます。誰がついて来るの?」


「オレが行く」


 ルビウスは仮面を被ると、魔法陣の上に乗りました。


「俺も」


 クーバートも長椅子から立ち上がります。


「それではルージュ、ごきげんよう」


 最後に私にもう一度目を向けると、ウィンストンは眩い光とともに消えてしまいました。


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