超貴族の決意
「ところでルージュ。今夜は大丈夫か?」
不意に、シークが良き声で訊ねました。
私の心がドスンと沈みこんでしまいます。
「本当に私も出なければならないのですか?」
「うん」
「嫌なのですが……」
「ダメ」
「私は……人前で何かをするのに向いている人間ではないと思います。大観衆の前なんて、想像するだけで体が震えてしまって……」
「大丈夫よ!」
エスメラルダが抱きついて来ました。
この人はとにかく人に抱きつきます。男も女も関係ありません。「ごめんね、私はくっつく人なの」と、初日に言われたときは何を言っているのかと思いましたが、本当にくっつく人でした。新し物好きのきらいがあるらしく、近くにいると必ずくっつかれてしまいます。
「ほら、見て!」
エスメラルダは荷物の中からある物を取り出し、私に見せました。それは衣装のようでした。
「ジュジュが来てからずっと作ってたのよ! ジュジュの衣装! ステキでしょう? ほらほらほーら」
ひらひらと目の前で布が揺れます。何だか嫌な予感がしました。
「ねえ、ねえ、着てみてよ! お願い!」
「いや……」
「お願ーい!」
「は、はい……」
キラキラと輝く純粋な瞳に見つめられては、無下にするのは酷に思えました。私は二階へと連れられ、着替えさせられます。ベッドのあるその部屋には大きな姿見がありました。鏡面は汚れていましたが、辛うじて判別できました。
「ほぉらぁ、似合うじゃない!」
「こ、こんなのダメ! 恥ずかしい!」
都市でプレシオーサが踊っていたのを見たことがあるので分かっていたことですが、踊り子の衣装は露出度抜群でした。上部など、胸を隠しているだけのただの薄い布。ひらひらのスカートからは生足が露出し、布が揺れるたびに下着が丸見えです。見られても良い下着などと不可解なことを言われましたが、下着は下着です。こんな恰好できるわけがありません。
嫌々ながら皆の前に連れ出されると、ワーミーたちは手を叩いて喜びました。
「あはは、いいじゃんジュジュ! よく似合ってるぜ!」
「可愛い可愛い!」
「今夜はきっとすげぇことになるぞ!」
「すげぇことなんてダメ!」、私は声を張り上げました。
「こんな恰好で人前に出るなんて……正気の沙汰ではありません! 私にそのような破廉恥な真似をしろと言うの? 忘れているようですから言わせていただきますが、私はあなたたちの仲間になったわけではないの! あなたたちはその内に都市を出て行ってお得意の放浪をするのでしょうけれど、私は生涯をこのシュアンで暮らすんです! こんな恥ずかしい姿で人前に出れば一体どうなってしまうのか分かるでしょう? 後ろ指を指され、頭がおかしくなったと笑われます! 聖地の恥です! 両親が悲しみます! とってもとっても悲しみます! こんなの、まともな人間がする恰好ではありません! 絶対に誰が何を言おうと私の尊厳にかけて全力で拒否させていただきます!!」
一息でそう言うと、ワーミーたちは拍手の代わりに沈黙で私を迎えました。
静寂の中、ぽつりと誰かが言いました。
「じゃあ私は何なの?」
ハッ。
プレシオーサの顔は、浅黒い肌でもはっきりと分かるほど赤くなっていました。
「あぅ……えっと、そのぅ……」
しどろもどろの末、私はペコリと頭を下げました。「よ、よく見れば素敵な恰好……かも……。わ、私、着ます……。着させてください……」
食事を終えると、ワーミーたちは今晩の計画について話し出しました。
今宵、ワーミーたちはこの離れ島で興行を計画しているのです。彼らの進んだ魔術、その全てを投入した一世一代の大興行です。もちろん大聖堂も黙ってはいないでしょう。教戒師たちや都市の兵士に駆士、ハニカム商会の商兵たち、そして王国騎士シューレイヒム卿が乗り込んで来るでしょう。この国内アギオス教の中枢たる聖地での乱行、正気の沙汰とは思えません。きっと、一人残らず捕まってしまうでしょう。
しかし、それでもやらなくてはならないのです。
どうして? 何が彼らをそこまで駆り立てるのでしょうか? お金のため? それとも聖地を陥れることで王国内でのアギオス教の影響力低下を狙っているのでしょうか? 国家転覆? 王国乗っ取り?
いいえ、事はもっと単純です。
ひとえに、アギオス教の全てを馬鹿にするためなのです。
権威を有し、人望とお金の集まる宗教組織に痛い目を見せてやる……たったそれだけのために、極刑何百回分になろうかというほどの大事件を起こそうと言うのです。これはもう稀代のお馬鹿さんと断じる他ないでしょう。
対岸の火事ならばワクワク見物もできるのですが、困ったことにその大舞台に私も参加させられるのです。踊り子プレシオーサと一緒に踊るのだとか。そんな破廉恥な真似ができますかい。ご先祖様たちが苦労して積み上げて来た我が家の名声が、一瞬で地に落ちてしまいます。そんなわけにはいきません。本当に絶対にいきません!
我がオブライエン家は、代々聖地の要職についている名家です。ご先祖様の多くは聖職者であり、大聖堂を裏で支える長老の方々も輩出しております。言うなれば貴族を超えた貴族、超貴族なのです。そんな超貴族オブライエン家の娘たるこのルージュが、ワーミーなどという訳の分からない変人たちと仲良しこよしだと勘違いされてしまうのは迷惑千万この上ないことです。彼らとの間にありもしない不純な関係を疑われ、破門などされた暁には、私は湖に飛び込んでご先祖様たちに直接謝罪の場を設けようと思います。彼らの糾弾を避けるためにも、何としてでも大聖堂への忠誠を証明しなくてはなりません。何としてでも!
大舞台を阻止し、ワーミーたちを一網打尽に捕まえる。それが私に課せられた聖人様からの使命であると私は考えました。彼らは私が仲間になったのだと愚かにも油断しているのです。事は簡単になせるでしょう。聖週間の三日目たる今日こそが、私の命運の決まる人生最大の分岐点。ルージュ・オブライエンの全てを賭けて、きっと正しき道を選んで御覧に入れましょう! 乞うご期待!!




