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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第二章 シュナの大火
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開幕

 用意してもらった席に戻るつもりはなかった。あそこは貴族たちの席。私の席じゃない。


 私は平土間に立ち、舞台を観ることにした。しかし、この盛況では子供一人分の空間さえ空いていなかった。最後列では背伸びをしてもおっさんたちの背中しか見えない。そんなのが見たいわけじゃないんだ。どうしようかと辺りを見回していると、壁の柱の一階と二階の間部分に出っ張ったところがあるのに気がついた。私は柱をよじ登り、出っ張りに腰かけた。うん、よく見える。


 開幕を知らせるベルが鳴った。


 観衆は一斉に拍手をした。

 舞台の上に魔術師たちが現れ、奥の壇に立つ。全員が髪を整え、さっぱりとした姿をしている。黄色い声が上がった。魔術師がローブをまとい、長い前髪を垂らした怪しげな姿をしていたのはひと昔前のこと。今や彼らは花形で、都市の名声を欲しいままにしている。


 最後に丸い眼鏡をかけた男の人が姿を現す。新参魔術師の中にいた人だ。ヘラヘラと軽薄な笑みを顔に浮かべ、指揮棒を手の中でもてあそんでいる。彼は指揮術師。劇中、他の術者たちの魔法を指揮し、作品として仕上げる重要な役目を担う。


「誰だあいつ、見たことないな」


「何人か新しいのを雇ったそうだぞ」


 頭の上で、貴族たちが話す声が聞こえた。


 劇団の指揮術師はアシュレイという髪の薄いおっさんだ。昨日もそうだった。魔術師たちも主要なパートは新参者たちが担当しているようだった。今日からはこの形で行くのだろうか?


 眼鏡の人は舞台の中央で観客に向けて仰々しいお辞儀をすると、横に移動する。舞台の端には立ち見の客の頭に突き出た指揮台がある。螺旋階段を上がり、眼鏡の人は観客たちの頭上に出た。そして、指揮棒を構える。一瞬、観客の目が棒を追い、沈黙がその場を支配した。


 ゆっくり、しかし力強く、眼鏡の人は指揮棒を振った。



 途端、紫の煙が劇場全体を覆った。

 瞬きする間に周囲の景色が変化して、私たちはどこかの寂れた村にいた。聖匣マキナの並んだ墓地があり、頭上をカラスが飛び交っている。ワッと驚いた声が一斉に上がったが、私の声が一番大きかったはずだ。


 墓の前には一人の女性が立っている。後姿しか見えないが、胸の内が深い悲しみに食い破られている様は背中を見るだけで分かる。多分。おそらく。というか、そういう筋書きだ。


 そして、一行が姿を現す。先頭には白髪の壮年ケテル、その後ろを影のように歩いている青年がビナー、その少し後ろの女性がコクマー。今では至高の聖人と呼ばれる三人だ。三人から遅れて歩いている仮面の少年がゲブラー。昨日の第一幕でようやくケテルから名前をもらったのだが、もちろんこの時の彼はまだ自分が後に聖人と呼ばれるようになるなど想像すらしていないだろう。


 最後にミラが登場した。


 平土間から拍手が起きる。聖地においてミラは人気のある人だけど、これほどではなかった。聖ケテルやゲブラーよりも上じゃないか。演者が変わるだけでこうも差が出るものだろうか。観客たちの声に応えるように、アテナは完璧にミラを演じた。本番前の動揺が嘘のようだ。やっぱりあの子は凄い……。改めて思った。


 しかし、彼女に対するゲブラー少年の演技はおかしかった。明らかに昨日よりも質が低下している。ゲブラーを演じているのはオニオ。子役の中ではアテナほどではないが上手い方で、かなり芯のある演技ができる奴だ。そもそも何故、オニオは仮面を被っているんだろう。仮面を被るのは第四幕からのはずだけど。


「オレは主役しかやらないんだ」と、誰かが言っていたっけ。もしかして、冗談じゃなかったの……?


 まるっきり初心者の演技を見せつけるゲブラーだったが、不思議と惹きつけられるものがあった。


 自分を客観視できる冷静さ、物怖じしない度胸、瞬間で形を変える舞台の空気を理解できる勘の良さ、そして自分に対する絶対の自信。それらを高いレベルで備えている人の演技は見ていて面白いものだと、前に団長は言っていた。観客たちは劇に日常を忘れさせてくれる「理想」を求めているからだ、と。求めても手の届かない完璧さ。舞台上の彼は、まさに非日常の象徴のようだった。



 劇を形成する魔法も、昨日までとはレベルが違っていた。


 空間ごと入れ替わる場面転換、頭上を行進する無数の兵士たち、大気は輝き、空から光が落ちて来て、美しい街が炎にのまれる。空中に次々と現れる鳥たちや巨大な竜にはなんと触れることさえできた。


 自分が本当に壮大な世界の中にいるかのような、体験したことのない大迫力。あの眼鏡の人はとてつもない魔術師に違いない。舞台における魔法とは、指揮術師が操り一つにまとめるからこそ力が発揮されるのだ。


「うわあ! うわあ!」


 私はその場でぴょこぴょこ跳ねた。想像をはるかに超えた魔法の数々が私の心を高揚させ、血液を沸騰させ、発狂させた。


 こんな魔法の中で演じられればどんなに楽しいだろう! そこはまさに私の理想だった。自分の求める全てを体現させてくれそうな最高の舞台!


 どうして私はあの場にいないのだろう? 

 こんなところで見ているのだろう?


 何をやってるんだ、私は……。


 でも。


 代わりにアテナがいてくれる。それが何より嬉しかった。私の夢はアテナが叶えてくれる。あの子はやっぱり凄い子なんだ……。



 異変が起きたのは、劇が中盤に差し掛かった頃だった。


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