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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第二章 シュナの大火
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シュナが悪い

 劇場へと戻ると、私たちは裏口から中に入った。


「どこに行ってたの!」


 すぐに、バンダナの女の子がやって来た。

 彼女はルビーの胸を突くと、「連絡してよぉ、もう本番始まるよ!」と言った。


「安心しろ。オレは本番に強い。いつも強いが、本番は特に強い」


 大した自信だ。どうやら劇に出るのは本当らしい。だがゲブラー役というのは嘘だろう。その役はずいぶん前から決まっているから。


「それじゃあな」


 ルビーは私の頭を撫でる。


「また会えるかな?」


 劇団にいるのだから会えるに決まっているのに、何だか急に寂しくなってしまった。


「会えるさ」


 ルビーは仮面を上げる。美しい顔にぼーっとしていると、私の頬にキスをした。


「ひえっ」


 あまりにも驚いたものだから、思わずぶん殴ってしまった。


「役者の顔を殴るな」


 ルビーは仮面をつけ直すと、足早に奥へと行ってしまった。


 心臓が飛び出しそうだった。

 私は胸を手で押さえ、傍の壁によりかかる。


 ああ、やばい。

 私、ルビーのことが大好きになっちゃったみたい……。



 私の様子を見かねたのか、団長が寄って来た。


「おいどうしたシュナ。顔真っ赤だぞ。風邪か? アテナにうつすなよ」


 私はぼんやりと団長を見上げる。ふっくらしたおっさんの顔を見ていると、瞬く間に興奮は冷めてしまった。チッ。


「それと、すまんシュナ。いつもの席だが急な客が入ってな……埋まっちまった。二階の端っこになっちゃうけど、いいか?」


「もちろん。観れるならどこでも大丈夫。立ち見でいいよ」


「馬鹿。良い席で観るのも勉強だ」


 団長は私の頭をポンと叩く。この人の中では、私が復帰することは決定事項となっているみたい。


「フラフラしてないで、アテナを励ましてやってくれよ。いつになく緊張しているようだ」


「分かったぁ」


 控室にはミラの格好をしたアテナがいた。組んだ手の上に顎を置き、小刻みに震えている。なんだか顔も青白いように見える。これはまた度胸を分けてやらねば。


「アテナ~」


 近づくと、アテナは私の方は見ずに、


「どこに行ってたの」と言った。


「えへへ。とっても素敵な人に出会っちゃって。ちょっと一緒に泳いでた」


 私は頭を掻いた。でへへへ。


「素敵な人?」


 アテナは怪訝そうな顔をしてこちらを見た。


「うん、ルビーっていうの。新入りかな、今日の劇に出るって言ってたよ。これが恋なのかなぁ。ほら、私ってそういうのに疎いじゃん? 分かんないけど、胸がドキドキして止まらないの」


「そう……。もうすぐ本番が始まるっていうのに、私を残して……男の人と遊んでたの」


「ごめんごめん。でも、アテナは大丈夫だって私は知ってるから。きっと凄いミラになるよ。私も観てるから」


「冠は?」


「ん?」


「私の花冠はどうしたの?」


「ああ、ルビーにあげちゃった。本当にすごくよくできてたからさ、ルビーも喜んで――」


 その瞬間、アテナは弾かれるように立ち上がった。私は呆気にとられて動くことができなかった。椅子が倒れ、大きな音が鳴る。その場のみんながこっちを向いた。アテナの目は泳いでいた。動揺している? そうか、怒り慣れていない子だから、どうやって怒りを表せばいいのか分からないんだ――。そう気づいたのは、頬を叩かれてからだった。


 私は頬に手を当てる。痛くはなかったが、驚いた。

 アテナだけは絶対に私をぶたない人だと信じていたから。


 アテナは青い顔をさらに青くし、目の端にじんわりと涙を浮かべた。それでも謝ることはなく、キッと私を睨みつける。


 私は自分の頬に手を当てる。


「何してんの」


 自分でも不思議なくらい冷たい声が出た。

 アテナはビクリと肩を揺らす。


 さて、どうしよう。


 一発は一発。やられたら倍にしてお返しするのが私の流儀だけれど……。大事な本番を控えている女優を殴るわけにはいかんよな……。でも舐められたままでは終われないから、とりあえず拳を丸める。


「何やってんだ!」


 団員たちが慌てて割って入って来た。遅いよ。


「落ち着け、シュナ! どうしたってんだお前ら! アテナはこれから本番だぞ!」


 団長は必死の顔で私を諭した。


「分かってるけどぉ……」


 丸めた拳が寂しいから、とりあえず団長を殴っておいた。


「シュナが悪いのよ、シュナが……!」


 消え入りそうな声でアテナは言った。


「あぁ?」


「私が……私が……こんなに……こんなに――」


「聞こえねぇよ、はっきり言えボケェ!」


「ボケェはお前だ!」


 私は強引にアテナから引きはがされ、控室の外に出される。呆然と立ちすくんでいたアテナだったが、椅子に腰を下ろし、手で顔を覆った。慌てて団員たちが声をかけるのが見えた。


 私は団員たちの手を振り払い、身を乗り出す。


「私、観てるからねアテナ!」と、声を張った。


「静かにしろ! もう客入れてんだぞ!」


  構わず、叫んだ。「俺は観てるぞぉ馬鹿野郎!」


 すぐにドアが閉まり、私は連れ出されてしまった。



 そんなに怒んなくてもいいじゃんね。



「そりゃ友達なら喧嘩の一つはするだろうさ。だがよ、今する必要がどこにあるってんだ? お前ら劇団潰す気か?」


 団長は顔を赤くして怒っている。


「アテナ、すごく怒ってたね。何でかなぁ」


「お前が一人で遊びに行っちまうからだろ。一緒にいてほしかったんだよ」


「うーん。じゃあ私が悪いのかな?」


「知るか、自分で考えい!」


 そう言うや、団長は私の髪をぐしゃぐしゃと掻きまわす。


「とにかく、劇をしっかり見とけ。アテナの演技から目を離すな。そんで、終わった後に一番に会いに行ってやるんだ。ちゃんと褒めちぎるのを忘れるな!」


「演技がダメダメだったら?」


「お前はどんな奴だ。酷い奴か? 今そんなこと考えるんじゃねえ! 成功以外の何も想像するな! だが、もしもんときゃ死ぬ気で慰めてやれ!」


「よぉっし、分かった!」


 私は顔の前で拳を合わせる。

 こういう場合の団長の助言は、基本的に正しい。人のことをよく見てるから。


「客席では静かにしてろよ」


「はぁい」


 団長は私の背中を押し、客席の階段へと押し込んだ。

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