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聖週間の少女たち  作者: 雲丹深淵
第二章 シュナの大火
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何も知らないルビー

 私は水から上がり、ルビーは残って魔導石の研究を続けた。何がそんなに楽しいのか、ずいぶん熱心に調べていた。私が膝を抱え、寂しく思い始める頃になってようやく上がって来た。


「せっかくだからこの石の魔力を使わせてもらうか」


 魔導石の方を見ながら、ルビーは言った。


 地面に簡単な魔法陣を描くと、その上に乗った。すると濡れた服がみるみる乾いて行くではないか。魔法って便利。魔術師たちが魔法を使えない人たちを見下して来る理由が分かったような気がした。


「貴様は毎日こんなことしてるのか?」


 溜まりへと目を向け、ルビーは言った。


「うん。ここに来たのは久しぶりだけど。最近は湖で泳いでるんだぁ」


「その割にはあまり焼けていないな」


 私は自分の腕を見る。彼の言う通り、私の肌は真っ白だ。「日焼けしにくい……のかな?」


「オレに聞くな」


 ふと、ルビーは私が手に持っている花冠を眺める。


「聖週間の花冠……か」


 ルビーは頬に手を当てる。


「ルビーも作った?」


「いいや。そんなもの、作ったことも……ない……。これからも、この先も……。だが、どうしてかな……」


「どうしたの?」


 ルビーはこめかみに指を当てる。


「作った記憶がある」


 こいつ馬鹿?


 冗談かと思ったが、ルビーは真剣だった。腕を組み、思案を始める。


「鮮やかなハネズヒソウで作った……。誰かのために……。女の子……? 誰だ? 分からない……」


 幼い頃にでも作ったのを忘れているだけではないのかと思うが、どうやらそんな簡単な話でもないらしい。まあ、魔法使いはみんな頭がおかしいそうだから、そういうことなのだろう。


「ルビーってこの国の生まれなの?」


「さあ……。何故だ?」


「他の国もハネズヒソウを冠に使うんだなぁって」


 ルビーの目がキラリと輝く。


「そうだな。ハネズヒソウはこの国の国花……だからこそ冠に使われる。では、オレのこの記憶も……? オレはこの国で生まれた……?」


「自分のことなのに知らないの?」


「ああ」


 そして、腰を下ろす。「オレは何も知らないんだ」


 何だか不貞腐れたような言い方だった。私もまた彼のことは何も知らないが、それでもあまり良い人生を歩んでいるわけではないらしいことが分かってしまった。


 私はアテナの冠を差し出した。


「はい、あげる」


 ルビーは怪訝な顔で冠を手に取ると、しげしげと眺める。


「もらっていいのか? ずいぶん手間をかけて作られた物に見えるが……」


「うん、友達が作ってくれたの! でも、花冠ってそーゆーもんじゃん。他の人に渡してもいいし、ルビーがつけてもいいよ。私と友達の幸運が詰まってるからさ、いいお守りになるよ」


 ルビーは冠を頭につける。さすが美形、ちゃんと入った。


「ありがとう、嬉しいよ」


 本当に嬉しそうに、ルビーは笑った。不意に浮かんだ無邪気な笑みに、思わず見惚れてしまう。それから、彼はポンと私の頭を撫でた。「そろそろ戻るか」


「うん」


 ルビーはゲブラーの仮面をつけると、その上から花冠をつけた。

 私たちは魔導石の光を離れ、ウィンストン家の浮島を出た。



 最奥区画を出て、内画に入る。


「先程の会話を聞いていたが、貴様は本当に劇に出ないのか?」


「うん、もうやめたから。私の親友がミラ役で出るの。応援してあげて」


「ふうん、上手かったのに。それに、貴様ほどの美貌が出ないのはもったいないぞ」


「うわっ、嬉しい!」


 可愛いアテナといつも一緒にいるからか、あるいは私が女の子らしいところの欠片もない人間だからか、顔を褒めてくれる人なんていなかった。いけない。私の中でルビーの存在がどんどん大きくなっている。


 私はルビーから半歩ほど後ろについて歩く。距離感が分からないから、手を後ろで組んで様子をうかがう。たまに肩と肩が触れ合い、そのたびにその場で跳ねてしまう。


 なんだかこれって……デェトみてえじゃん。興奮しちゃうじゃねーか……。


 ぶらぶらしているルビーの手が気になって仕方がない。なんでぶらぶらさせてんの? 私に握られるのを待ってるの? 違うの? どっちなんだい? ええい、何を怖気づいてんの、私らしくない。握りゃいいんだよ握りゃ。いつものクソ度胸を見せたれぃ。おりゃ、繋いじゃう! 


 しっかりと両手で握り締めると、「痛いな」、ルビーは仮面を上げて私を睨んだ。まずい。


「ひひっ」


 とりあえず笑っておいた。



 劇場の近くまで来ると、人が集まっていた。入場待ちというわけでもなさそうだ。何だろうと思って混じってみると、なるほど舟がやって来て、王女様が姿を見せた。市民たちが声を上げる。王女様は渡し場で舟から降りると、歓声に応えた。


 王女様はひょろりと背の高い女の子だった。巡礼の旅のせいだろう、よく日に焼けている。真っ赤な火眼で周囲を威圧するように睨みつけていたが、眼光が鋭いだけで本人にそのつもりはないようだった。なんとなくだが、母に似ているように思った。母も怖い顔をしているものだから、よく周囲に喧嘩を売っていると誤解され、そのたびに揉め事になってしまうのだ。もっとも彼女は実際に喧嘩を売っている方が多いので、誤解とも言い切れないけれど。


 王女様の背後には髭もじゃの大男がいた。あれが話に聞くシューレイヒム卿なのだろう。噂通りの立派な筋肉だ。王都で人気があるのも当然と言わざるを得ないだろう。もっとも騎士というよりは山賊の頭の方が向いているかもしれないが。転職すれば天職だろうにと酷いことを思ってしまった。


 他に、シューレイヒム卿の弟子という二人の従騎士、そして見かけない女の子の姿が見えた。例の使用人の子なのだろう。コーデリア様の屋敷を離れ、王女様の家来になったと聞いた。悲しくなるほどに痩せた子だった。コーデリア様の屋敷で酷い目に遭っていたという話は、本当なのだろう。あの人が関わっていたとまでは思わないけど。一行のどこを探しても、コーデリア様の姿はなかった。


 王女様が劇場の中に入ると、人々も一斉に動き出した。その流れに乗って、私とルビーは劇場へと向かう。


 はぐれないように、私はしっかりとルビーの手を握った。握り方を模索していると、なんと向こうから指を絡めて来たではないか。頭の中で爆発が起きたような気がした。なんだか腑抜けになってしまい、全力でもたれかかってしまう。ルビーははっきりと迷惑そうだった。


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